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二章

23.元神子の思いは変わらないようです

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俺たちはホロウとの対峙に備えて、夜の神について調べることから始めた。調べるといっても時間はあまりない。
 移動距離を踏まえても、与えられた時間は一日。
 ラティーフは、宣言通り協力を惜しむことなく、夜の神に関する資料をすべて俺たちに提示してくれた。それでも、新たに得られた情報の中に画期的な解決策は見つけられなかった。
 わかったことといえば、夜の神の本性は竜であり、本当かわからないが、その全長はこの世界の空程あるそうだ。神話によれば、夜というのはその大きさで世界を覆った闇から起こったことだ、なんて言われている資料もあった。
 そして、夜の神はどんなものでも自分が手に入れたものへの執着心が、どの神より強い。それに関する神話もいくつかあった。後は、賭けことや取引を好むという面もあるそうだ。
 それ以上に大きな発見もなく、すぐに一日は経過してしまい、明朝夜の神の神殿とやらに向かうことになった。
 眠るユヅ君を守るためにも、ナイヤは宮殿に残ることとなり、ラティーフも自分が行けば足手まといになると、案内人と兵を付けて俺たちを送り出してくれた。
 そこは宮殿から距離があり、馬を走らせても半日以上はかかるようだ。
 メルディが言うには、夜はホロウが一番愛している時間らしく、神殿に向かう時はその時間は避けたほうがいいとのことだった。
 それを考えて、俺たちは一旦野営を挟むことになった。神殿より少し離れた森の中、すでに日は落ちきって辺りは暗闇に包まれている。
 その中で俺は一人で地面に座りこみ、焚火をぼんやりと眺めていた。ぱちっと火が弾ける音に聞き入りながら、頭を埋め尽くすのはホロウのことだ。
 明日、ホロウからユヅ君の魂を取り返さないといけない。ユヅ君の明るい笑顔が頭を過ぎって、なんとも言えない気持ちになる。
 絶対に助けたい。そう思っているが……最悪の結果、俺も魂を奪われて二度と目覚めなくなるだろう。
 もしかして、遺言とかあったほうがいいのか。他人事のように考えたが、どうにも現実感がなくて口元が緩んだ。
「イクマ」
 ふと背後からかけられた声に向かい、振り向く。そこに立っていたのはルーカスだった。

「隣に座っても、いいかな」

 躊躇い気味にかけられた言葉に俺は黙って頷いた。別にここは俺の場所でもない。それに断る理由もなかった。
 ルーカスは少し距離を置いて、隣に腰を下ろした。二人とも目線は焚火に向けられたままで、しばらく言葉は発しなかった。

「セルデアは、いないんだね」
「ああ。今はいない、みたいだな」

 歯切れの悪い返答になってしまった。ルーカスの言う通り、何があっても大抵俺の側にいるセルデアが今はいない。どうにも俺たちは、あの出来事からぎくしゃくしていた。
 怒っている訳ではないのだが、どうにも余所余所しい雰囲気になる。だから自然と距離ができてしまい、昨日から側にいないことが増えていた。
 ……これは喧嘩している、ということになるのだろうか。

「そうだ、ルーカス。ずっと言わなきゃいけないと思っていたんだ」
「ん?」
「ラティーフに問い詰められた時、俺のことを黙っていてくれただろう」

 ラティーフにもう一人の神子をつれてこいと言われた時、エルーワの王子として俺を突き出す選択をしたとしても、文句は言えなかった。俺の考えすぎかもしれないが、下手すれば戦争なんてことも有り得たかもしれない。
 いくら神子といっても、あの時の俺は力のない元神子だ。正直、俺は失っても問題のない存在だろう。
 それでもルーカスは黙っていてくれた。逃がそうとしてくれたのだ。
 もし、あの時バレていたなら、俺はホロウに魂を奪われていただろう。

「ありがとう、助かった」

 ルーカスに目線を向けると、まるで幽霊でも見たような驚愕の表情をこちらに向けていた。その表情があまりにも大げさで、思わずふっと噴き出すように笑ってしまう。すると、ルーカスは勢いよく俺から顔を逸らした。それがどういう意図かわからない。
 笑ったことを怒るほど、心が狭いヤツではないはずだが。
 俺から追ってかける言葉もなく、またしばしの沈黙が戻ってくる。

「僕は……」

 ルーカスが、ぽつりと零した声は少しだけ震えていた。

「死ぬほど後悔したんだ。あの時、どうして……君が、問いかけてくれたのに気付けなかったんだろうって」

 少しずつ吐き出す言葉が、何のこと言っているのかは段々と理解できた。ルーカスが言っているのは、俺が再召喚されたときのことを言っているのだろう。

「イクマは、真っ先に僕へ問いかけてくれたのに。表面だけ見て判断したんだ、それに酷い態度もとった」
「……」
「あの時のこと、何度も夢でみたんだ。それなのにいつも僕は気付けない、だから、だから……」

 ルーカスが握りしめた拳は小さく震えていた。そして、こちらにしっかりと身体を向けると深く頭を下げた。

「――本当に、すまなかった。イクマ」

 吐き出された声は後悔に満ちて、苦しそうにも聞こえる。それはルーカスの心からの謝罪だった。
 それを真正面から聞かされた俺は頭を掻くしかできない。メルディやセルデアにも言ったが、俺は怒っていない。
 異世界から召喚された者たちへの態度としては、改めるべきだというのは俺も思うが、それ以上の感情はないのだ。俺に気付かないのは当たり前で、俺もそれを変えようとしなかった。
 だからこそ、この謝罪は受け取る必要のないものだ。
 ただ突き放すというのはあまりにも残酷だと思うから、俺はそっと手を伸ばす。それはいつかのユヅ君にしたのと同じだ。
 下げている頭にぽんと掌を乗せ、緩く撫でた。今思えば、ルーカスはもう俺より年下なのだ。年下を虐める趣味は俺にはなかった。

「……っ」

 ルーカスは、俺が撫でている間は顔を上げずに両手で自分の衣服を力強く掴み、何かに耐えている様子だった。それでも決して払うことはせず、俺が手を離すまではずっとそのままでいた。
 俺が撫でる手を止めると、ルーカスも頭を上げて少し気まずい雰囲気が流れる。二人とも、言葉を切り出せないまま、焚火の音だけが響く。

「……イクマは、セルデアのどこが好きになったんだ?」
「は?!」

 その沈黙を破ったのはルーカスによる言葉だ。その内容があまりにも予想外で、半音上がった声が俺の口から零れた。

「別に他意はないんだ。ただ、もしあの時僕が気付いていたら……何かが変わっていたのかと思って」

 あの時――もし、ルーカスが俺をイクマとして気付いていたら。
 有り得ないことを考える。そうなると俺とセルデアの関係性はどうなっていたのだろう。
 セルデアの誤解は解けないままだったかもしれない。もしかしたら、会うことさえ嫌がっていたかもしれない。そうすれば、ルーカスに対する思いも何か変わっていたのだろうか。
 ふっと思い浮かんだのは、セルデアの顔だ。笑顔や悲しい顔ではなくて、ただいつものセルデアだ。
 紫水晶の瞳は、鋭く冷たい。形のよい眉は吊り上がり、表情が余り動かない美しい顔立ちは鉄仮面のようだ。人をよく見るときの癖だろうか、眉間にぎゅっと眉を寄せれば悪党そのものだ。
 笑えないほどに、人に誤解されやすい男だ。
 俺はセルデアほどに純粋ではない。もちろん、ロマンチストでもない。彼のように、どんな姿になっても、なんて言葉はいえない。断言だってできない。
 それでも、きっと――

「――俺は、セルデアを好きになっていたと思うよ」
 
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