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第1章
10.
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「おや、覚えて下さっていたのですね、驚きました。私の事などてっきり忘れられていると思っていたので」
「え、え。ま、まさか忘れる訳なんてないでしょう! そんな、えへへへ……」
「そうですか? だってキーリさん」
一瞬にしてロイドの雰囲気が一変する。先程の笑みは消え去り、感情の一切が削げ落ちる。残るのは無だ。何の色も浮かんでいない瞳が、キーリを射貫く。睨まれると息をする事さえ難しく感じる。
「────私の探し人、知っているのに教えに来てくれなかったじゃないですか」
「ひ、っ」
ぶわっと鳥肌が立つ。ぞくぞくと背筋を這いあがってくる悪寒が、キーリに警戒を促す。命の危機さえ感じ始めたが、頭の隅ではアカの事もキーリの名前もバレてるよ、なんて他人事のように現状を理解していた。
キーリの目は、ロイドを直接見る事さえ拒否し始めて、ただあちらこちらに目線が動く。
──ヤバイ。まずいまずいまずい!
手も震えが上ってきて、恐怖で止まりそうにない。息も少しずつ上がっていき、心臓の鼓動も破裂しそうな程に早い。
「ああ、こんなに震えてしまって可哀想に。勘違いさせてしまって申し訳ありません、私は別に怒っていませんよ」
「え……」
「寧ろ、私は貴方にいいお話を持ってきたんですよ」
ロイドは、先程の様子が嘘のように消え失せていた。ただ優しく微笑んで、キーリの手をゆっくり掴む。
それには驚きから肩が跳ねたが、掌にそっと何かが乗せられただけだった。
──な、何だ……?
キーリは掌に乗せられたモノをよく見る。それは黄金の輝きを放っている、金貨だ。初めて見た金貨だった。
これがあれば、キーリならば一年は食うモノには困らないだろう。
「こ、これは……?」
「私たちの探し人が貴方の家にいるのは知っています。彼をここに連れてきて欲しいのです、もちろん私の存在は秘密にして」
「……」
「そうして頂けたのなら、黙っていた事には目を瞑りましょう。それとこれを差し上げます。まだ欲しいのなら引き渡し後に追加分もお渡しします」
「……つまり、それは」
それは、アカを騙してこちらに引き渡せという言葉だ。
わざわざ何でそんな面倒な事を、とキーリは思った。アカは生きて捕まえる必要があるという事だけ、察する事が出来た。しかし、引き渡した後にどういう目に合うかは想像がついていた。
キーリはぼんやりと掌を眺める。そこにある金貨の重みをしっかりと感じる。
これがあれば、キーリなどは暫くは楽をして暮らしていけるだろう。こんな機会は滅多にない。普通ならどちらを選ぶかわかりきった事だった。
何故ならここは貧民窟。騙されるモノが悪い、弱いのが悪なのだ。
「……あの、彼は殺されるんでしょうか?」
「それを貴方に説明する必要がありますか?」
「い、い、いえ! その、だけど」
「……そうですね。一つだけ確かな事があります」
はっきりとしないキーリの態度に苛立ったのだろうか、溜め息混じりな声を出したロイドは目線を合わせた。
そして人差し指をそっと、キーリの首へと押し当ててゆっくりと横へ撫でる。
「貴方がこの機会を蹴ったら、ボスに全てをお話しますよ」
それは露骨な程の死への誘いだった。
キーリは瞳を見開いて固まり、動けなくなる。
アカを渡さなければ、キーリが殺される。トーマック一家のボス、サラディに殺される。
キーリは全てを理解してから、縋りつくように掌の金貨を握り締めた。
◾︎◾︎◾︎
キーリは無言で、それこそ飛び込むように扉を開けて家へと飛び込む。室内を見ると変わらずアカはベッドにおり、こちらを見て赤い瞳を丸めていた。
「……キーリ? 今日は早いな」
それもそうだろう。出て行って十分もしない内に帰ってきたのだ。普通は驚く。
しかし、キーリはそれに答える事はなくアカの側へと近付く。
それこそ早足で、古い床が軋む程の勢いだ。
すぐにベッドに辿り着くと、アカを改めてしっかり見る。黒い髪に赤い瞳、顔も良く女性に人気はあるだろう。
来たばかりは一言も話さなくて、色々困った事も多かった。キーリがアカと名前をつけた時に少し不愉快そうにしていたのも覚えている。
キーリは、ただ黙ってアカを眺め続ける。
「……何かあったのか?」
黙り続けるキーリを気遣うような視線が向けられる。
ここは、貧民窟だ。そして、キーリはここで生きている。
アカとは二週間少しの仲だ。親族でも友人ですらない。
ただの他人。
掌にある金貨を力強く握り締める。それこそ掌に爪が食い込むくらいに強い。
「……アカ」
「何?」
キーリは大きく息を吸い込む。そして、しっかりとアカの腕を掴んだ。
「──一緒に逃げるぞ」
「え、え。ま、まさか忘れる訳なんてないでしょう! そんな、えへへへ……」
「そうですか? だってキーリさん」
一瞬にしてロイドの雰囲気が一変する。先程の笑みは消え去り、感情の一切が削げ落ちる。残るのは無だ。何の色も浮かんでいない瞳が、キーリを射貫く。睨まれると息をする事さえ難しく感じる。
「────私の探し人、知っているのに教えに来てくれなかったじゃないですか」
「ひ、っ」
ぶわっと鳥肌が立つ。ぞくぞくと背筋を這いあがってくる悪寒が、キーリに警戒を促す。命の危機さえ感じ始めたが、頭の隅ではアカの事もキーリの名前もバレてるよ、なんて他人事のように現状を理解していた。
キーリの目は、ロイドを直接見る事さえ拒否し始めて、ただあちらこちらに目線が動く。
──ヤバイ。まずいまずいまずい!
手も震えが上ってきて、恐怖で止まりそうにない。息も少しずつ上がっていき、心臓の鼓動も破裂しそうな程に早い。
「ああ、こんなに震えてしまって可哀想に。勘違いさせてしまって申し訳ありません、私は別に怒っていませんよ」
「え……」
「寧ろ、私は貴方にいいお話を持ってきたんですよ」
ロイドは、先程の様子が嘘のように消え失せていた。ただ優しく微笑んで、キーリの手をゆっくり掴む。
それには驚きから肩が跳ねたが、掌にそっと何かが乗せられただけだった。
──な、何だ……?
キーリは掌に乗せられたモノをよく見る。それは黄金の輝きを放っている、金貨だ。初めて見た金貨だった。
これがあれば、キーリならば一年は食うモノには困らないだろう。
「こ、これは……?」
「私たちの探し人が貴方の家にいるのは知っています。彼をここに連れてきて欲しいのです、もちろん私の存在は秘密にして」
「……」
「そうして頂けたのなら、黙っていた事には目を瞑りましょう。それとこれを差し上げます。まだ欲しいのなら引き渡し後に追加分もお渡しします」
「……つまり、それは」
それは、アカを騙してこちらに引き渡せという言葉だ。
わざわざ何でそんな面倒な事を、とキーリは思った。アカは生きて捕まえる必要があるという事だけ、察する事が出来た。しかし、引き渡した後にどういう目に合うかは想像がついていた。
キーリはぼんやりと掌を眺める。そこにある金貨の重みをしっかりと感じる。
これがあれば、キーリなどは暫くは楽をして暮らしていけるだろう。こんな機会は滅多にない。普通ならどちらを選ぶかわかりきった事だった。
何故ならここは貧民窟。騙されるモノが悪い、弱いのが悪なのだ。
「……あの、彼は殺されるんでしょうか?」
「それを貴方に説明する必要がありますか?」
「い、い、いえ! その、だけど」
「……そうですね。一つだけ確かな事があります」
はっきりとしないキーリの態度に苛立ったのだろうか、溜め息混じりな声を出したロイドは目線を合わせた。
そして人差し指をそっと、キーリの首へと押し当ててゆっくりと横へ撫でる。
「貴方がこの機会を蹴ったら、ボスに全てをお話しますよ」
それは露骨な程の死への誘いだった。
キーリは瞳を見開いて固まり、動けなくなる。
アカを渡さなければ、キーリが殺される。トーマック一家のボス、サラディに殺される。
キーリは全てを理解してから、縋りつくように掌の金貨を握り締めた。
◾︎◾︎◾︎
キーリは無言で、それこそ飛び込むように扉を開けて家へと飛び込む。室内を見ると変わらずアカはベッドにおり、こちらを見て赤い瞳を丸めていた。
「……キーリ? 今日は早いな」
それもそうだろう。出て行って十分もしない内に帰ってきたのだ。普通は驚く。
しかし、キーリはそれに答える事はなくアカの側へと近付く。
それこそ早足で、古い床が軋む程の勢いだ。
すぐにベッドに辿り着くと、アカを改めてしっかり見る。黒い髪に赤い瞳、顔も良く女性に人気はあるだろう。
来たばかりは一言も話さなくて、色々困った事も多かった。キーリがアカと名前をつけた時に少し不愉快そうにしていたのも覚えている。
キーリは、ただ黙ってアカを眺め続ける。
「……何かあったのか?」
黙り続けるキーリを気遣うような視線が向けられる。
ここは、貧民窟だ。そして、キーリはここで生きている。
アカとは二週間少しの仲だ。親族でも友人ですらない。
ただの他人。
掌にある金貨を力強く握り締める。それこそ掌に爪が食い込むくらいに強い。
「……アカ」
「何?」
キーリは大きく息を吸い込む。そして、しっかりとアカの腕を掴んだ。
「──一緒に逃げるぞ」
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