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第2章

3.

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 日を改めて、キーリはラルを探す所から始める事となった。しかし、たった一人で簡単に人を探せる程に貧民窟は狭くない。更に『夜の狼』のボスとなると難易度も上がる。ただ、キーリも無策ではなかった。
 前世の記憶を思い出した際に、ラルに関する重要な事を思い出したのだ。ラル本人を探すのではなく、彼に繋がる重要なモノを探すのであればそう難しくはない。
 少しだけキーリの運が良ければ見つかる。だからこそ、キーリは外でそれを探し始めていた。

「……ここにもいないか」

 覗き込んだ路地裏には何の影もなく、キーリは肩を落とす。夜にはサラディが来る為、日が落ちるまでには家に帰る必要がある。しかし、思った場所は全て空振り。焦りだけが増していく。
 今日までに、という訳でもないのだが臆病者のキーリとしては出来る限り早く見つけたかった。
 急ぎ次の場所へ行こうと踵を返した瞬間、キーリはその顔を何かにぶつける。
 何にぶつかったのか分からず顔を上げると、そこには固めの筋肉があった。

「よお」
「ぎ、ぎギザットさん?」

 立っていたのはトーマック一家の収集人のギザットだ。キーリからすれば、前の時間軸から長い間会っていなかったのでかなり久しぶりの再会だ。
 元からキーリにとっては苦手な相手だ。キーリの身体は萎縮から固まる。ギザットはそのキーリを見て、にたにたと悪意に満ちた笑みを浮かべた。

「元気そうだな、キーリ」
「あ、あはは。お、お陰様で」
「それにしても……いやあ、さっきの盗みは見事だったな?」
「え?」

 全く身に覚えのない言葉にキーリは首を傾げる。最近のキーリは一切盗みをしていない。元々盗みは生き抜くために始めた事だ。現在はサラディが持ってくる食料で十分こと足りている。
 本当に何もしていないので前世でいうヒモのようだと思う事もキーリにはあったが、ただ遊んでいる訳でもないと考えないようにしている。
 意味がわからず不思議そうにしているキーリに向かって、ギザットは舌打ちをした。

「なんだ。隠すつもりか!」
「か、隠すつもりも何も、俺は……っ!」
「収集人の俺が盗みを見たって言ってるんだぞ!」

 大声で喚き散らすギザットに、キーリの肩は大きく跳ねた。そして、そこでギザットの意図に気付く。

 ──コイツ! 嘘をついて、俺から金を毟るつもりだ!

 それはもはや収集人の仕事ではなく、ただの強盗だった。最悪のタイミングでギザットに見つかったのだと気付いた時には既に遅かった。
 キーリの入った路地裏の奥は行き止まりだ。戻るには、邪魔するように立っているギザットの横を通りぬけなくてはならない。
 一瞬、サラディの事を言おうかとキーリは悩んだが、それはすぐに選択肢から消える。信じて貰えるはずがないのだ。

 ──お前の組織のボスと友人なんだぞ! とか今言ってもな……逆の立場だったら俺だって鼻で笑う。

 ギザットの場合は、笑うのでなく激しい暴力になる可能性もある。今のキーリとしては自分の身を危険に晒す事はなんとしても避けたかった。一番の解決策は満足する程の金を差し出す事だろう。しかし、残念ながらキーリは無一文だ。

「あぁ? 俺から金を隠すつもりか?」

 そう言いながらキーリの目の前で指を鳴らす。パキパキという音がこれからのキーリの姿を予想させて、キーリの顔は真っ青へと変わる。ゆっくりと迫るギザットに合わせて、キーリもゆっくりと後へ下がる。
 張り詰めた雰囲気が流れ続ける。キーリの足が行き止まりの壁にぶつかって、止まった。その瞬間、ギザットが拳を振りかぶって殴りかかる。

 ──やられる……っ!

 キーリが恐怖から両目を瞑った時だった。

「キーリ!」

 聞きなれた声に目を開いたキーリの視界に映ったのは足だ。正確には、ギザットの股の間から足が生えていた。
 一瞬何が起こったか、わからないがギザットが股間を両手で押さえた所で現状を理解する。誰かが、股間の急所を背後から蹴り上げたのだ。ギザットはこの世の苦痛の全てをかき集めたかのような表情をして、前のめりに倒れ込んだ。痛みに悲鳴さえあげられないようだった。

「……うわあ」
「今だ! 逃げるぞ!」

 同じ男としてその無残さに同情の声が上がるキーリだが、ギザットの背後からこちらへやってきた男に腕を掴まれる。キーリはそれに従い、激痛に苦しむキザットの横を通り抜けて走り出した。
 そして、揃って全速力で駆け続ける。かなりの距離を走り続けて、二人とも体力の限界が訪れた辺りで足を止めた。
 そのまま、二人で地面に倒れ伏す。互いにすぐ話す事は出来ずに荒い息だけが流れていた。

「っはぁ、はぁ。助かったよ────アレン」

 アレンはキーリの言葉に仰向けに倒れたまま、手を振って応えた。息を整えるので精一杯なのだろう、その振っていた手も崩れ落ちるように力が抜けていった。
 そのアレンを横目で確認しながら、同じく息を整えていたキーリが笑う。

「俺、っはぁ、お前……探していたんだ、っ」

 そうしてキーリは、ラルに繋がる重要なモノを見つける事が出来たのだった。
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