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第2章

4.

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 アレンはキーリの言葉を聞いて、ゆっくりと身体を起こす。まだ地面に寝転んだままのキーリを見下ろすアレンは、不思議そうに目を丸めていた。

「俺を? 何か用事か?」

 問いかけてくるアレンの息はまだ荒いが、落ち着いてきているようだった。逆にキーリはまだ息が荒いままで、声を発するのも難しい。その為、数回頭を縦に振って頷く。

「お前……はっぁ、兄貴いる、だろ、ぁっ?」
「うん、いる。キーリには何回か言ったよな」
「な、名前教えてくれ、げほごっほ」

 身体をくの字にして、咳き込み始めたキーリの背をアレンは擦り始める。元々キーリには体力があまりない。ここまでの全力疾走など久々なので、キーリの全身は悲鳴を上げていた。その状態でも、キーリはアレンの腕を掴む。
 キーリの考えが正しいのならば、望んだ名前が聞けるはずなのだ。だからこそキーリは必死だ。答えをせがむ様に懇願の視線がアレンに向けられる。
 しかし、アレンにはキーリの切迫感が理解できず困惑しながらも口を開いた。

「あれえ? 言わなかったか? 俺の兄貴の名前は────ラルだぜ」

 キーリが知っているゲーム内情報は攻略キャラの簡易プロフィール、好きなモノ、嫌いなモノだけだった。他には好感度があがる選択肢も、微かに覚えている程度のものだ。
 もちろん、ラルの好きなモノについてもキーリはしっかりと覚えている。ラルの好きなモノは『弟のアレン』だ。
 つまり、アレンの兄はラルではないかと予想していたのだ。それでも詳しいストーリーを知らないキーリにとっては、アレンの口から聞くまで気が気ではなかった。

 ──でも、これでラルに会えるぜ。

「アレン。俺を、お前の兄貴に会わせてほしい」
「え、いいぞ。あははは、兄貴に会いたいなんて物好きだな!」

 躊躇いのない即答で逆にキーリが不安になる。ラルは確かに『夜の狼』のボスだ。しかし『夜の狼』はその全貌が謎とされている。つまり、ラルが『夜の狼』のボスだと知っているものは少ない。
 弟のアレンが知らないはずはないとキーリは思っているのだが、知っているならば兄に近付く人物は警戒するのが普通だろう。
 しかし、アレンは明るくけらけらと笑う。そのまま、キーリへ手を差しだした。

「ほら。案内するからいこうぜ!」

 やる気に満ちたアレンの様子に、キーリが躊躇う程だ。しかし、ここで怖気づいては意味がない。
 キーリは、自分のために、そしてサラディのためにもラルの寵愛の力を借りなくてはならないのだ。
 ぐっと全身に力を入れ直して、覚悟を決める。キーリは差し伸べられたアレンの手を力強く掴んだ。

 ◾︎◾︎◾︎

 アレンに案内されてキーリが向かったのは、貧民窟の西部方面だ。キーリとアレンは友人関係にあったが、キーリがアレンの家を訪れる事はなかった。その理由は多くあるが、一番の理由はアレンの拠点はよく変わるから、というものだ。
 前まではその事に関して気にも留めなかったキーリだが、今考えればそれはラルのせいではないかと予想が出来た。
 路地裏を通り、角を幾度か曲がって、漸くキーリ達はそこに辿り着く。
 二階建てであり、キーリが住んでいるものよりかなり良い家だ。アレンはそこに着くや否や、家の中へと飛び込んでいく。キーリも慌ててそれを追って中へと入っていく。

「兄貴ー! 兄貴ー!」

 アレンは大声で叫びながら、二階へ駆けあがっていく。そして、二階にある突き当りの部屋まで真っ直ぐ向かうと、扉を乱雑に拳で叩いた。
 ガンガンと加減なく叩くので、後ろで見ていたキーリは落ち着かない気分になる。
 キーリがゲーム内のラルに抱いた感情は、クールな寡黙キャラだった。
 藍色の髪に、黒の瞳。目付きは刃物のように鋭く、人を寄せ付けない雰囲気のある男だ。まさしく『夜の狼』のボスに相応しいと思える人物だった。
 キャッチコピーは『孤独は彼を強くして、殺す』
 それが、この扉の向こうにいる。そう思うとキーリの心臓の鼓動は速まる。
 そのキーリの前で軋んだ音と共に、扉がゆっくり開いていく。微かに開かれた隙間から顔を覗かせる。

「アレンくん、力任せに扉を叩かないでってお兄ちゃんいつも言って……」
「あ、えっと。どうも初めまして」

 顔を覗かせた男は、キーリの覚えているラルの容姿そのままであり、彼こそが本当にラルだと確信する。
 キーリは好印象になるように、とすぐに挨拶をしたが途端にラルは固まる。
 突如、瞳を大きく見開いて凍り付く。その表情は化け物でも見たようなもので、唇は魚のようにぱくぱくと動いていた。

「キーリ、耳を塞いだ方がいいぜ。あはは」
「……は?」

 からからと笑いながら、アレンは自身の両耳を塞ぐように手を添える。キーリはアレンが何を言っているのかわからず、首を傾げた。
 しかし、すぐにその意味を理解する事となる。

「ぎ……」
「え?」
「ぎゃああ! し、知らない人だあ!!怖い!!」

 ラルは、死の直前に口にするように絶叫を上げた。大きすぎるその声は、キーリの鼓膜に響き渡りすぐさま耳を塞ぐ。
 何を、と思う前に勢いよく扉が閉められた。バンッという音が辺りに響き渡り、キーリは目の前の扉を呆然と見る事しか出来ない。
 キーリは現状の問いを求めるように目線をすぐ側にいるアレンへ向けた。その際のキーリの動きは、壊れかけたブリキ人形のようだった。
 その視線を受けると、アレンは悪意などは一切ない無邪気な笑みを向けた。

「あれ、俺の兄貴。面白いだろ?」
「いや、全然面白くない馬鹿」
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