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【お邪魔しま~す ー前編ー 】
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夏休み初日、玲は友人の麻美を家に招くことになった。訪問は昼食後、午後一時の予定だ。
事前に銀仁朗にも友達が来ることを伝えてあり、遊び道具を持ってきてくれることも話していた。そのせいか、銀仁朗は朝からそわそわして、浮かれた様子だった。
昼ごはんを食べ終え、自室に戻った玲は、もう一度部屋の掃除がちゃんとできているかを確認する。ほこりやゴミがないかを目で追い、ひと通りチェックして、「よし、大丈夫」と胸をなでおろしたちょうどそのとき、玄関のチャイムが鳴った。
「こんにちは~」
「麻美、おつかれ。ちょっと待ってて、今開けるから」
「お願いしま~す!」
玲は、駆け足で玄関へと向かい、ドアを開錠した。
「おはよー。ささ、入って入って!」
「お邪魔しま~す」
「いらっしゃい、麻美ちゃん。お久しぶりね。いつも玲と仲良くしてくれてありがとね」
「お久しぶりです。あ、これ母からなんですけど、おじいちゃんが育てたオリーブが入ったお素麺です。よかったら食べて下さい」
「まぁ、ご丁寧にありがとね。あら、これとても美味しいやつだわ。すごく嬉しい! もしかして、おじい様は小豆島にお住まい?」
「あ、はい。小豆島でオリーブ農家やってます」
「やっぱり! このお素麺、以前同僚の方から小豆島土産にいただいたことがあるのよ。ほんのりオリーブの香りがして、色も綺麗な緑色で、味も見た目もすごく良かったから、また食べられるなんて嬉しいわぁ。とても喜んでたってお母様にお伝えしてね」
「喜んでもらえてよかったです! あ、あと玲にはこれあげる」
麻美は、やや大きめのビニール袋を玲に差し出した。その袋には、見覚えのあるゲームセンターのロゴが印字されていた。
「なにこれ? まぁまぁデカいな」
「開けてみて!」
玲が袋の中に手を入れ、中身を取り出すと——そこから現れたのは、等身大のコアラのぬいぐるみだった。
「わぁ! コアラのぬいぐるみだ。しかもサイズも顔も銀ちゃんそっくり!」
「こないだ兄ちゃんのバ先のゲーセンに遊びに行ったら、この子がいたんだ~。銀ちゃんのお友達にちょうど良さそうかなぁ~て思って、兄ちゃんに取ってもらったの」
「へぇ~。お兄さん、あそこのゲームセンターでバイトしてるんだ!」
「そっ。うちの兄ちゃん、クレーンゲームめちゃくちゃ上手くてさ~。これもワンコインで朝飯前だったよ~」
「すごいね! うちのお父さんとはえらい違いだよ」
「そうなの?」
「前にうめぇ棒がいっぱい入ったやつに挑戦したら、まさかの二本しか取れなかったんだよ。大損……」
「それは才能ないかもだねぇ~」
「でしょ! あ、ごめん。いつまでも玄関で立ち話してたらあれだね。私の部屋こっち。銀ちゃんも待ってるよ」
銀ちゃんというフレーズを聞き、麻美の目がギラギラと輝き出した。
「銀ちゃん……とうとうお目にかかれるのねぇ~!」
「麻美、目がバキバキになってるよ。それじゃ銀ちゃんビビっちゃうよ」
「おっと、いけねぇ。興奮が抑えられなくなってたぜ(じゅるり)」
「よだれを垂らすな。とにかく落ち着いて。銀ちゃんは逃げないから」
久しぶりに見る玲のクラスメイトのテンションに、少し引き気味な英莉子は、必死で笑顔を取り繕いながら、麻美に挨拶をした。
「じゃ、じゃあ麻美ちゃん。ゆっくりしていってね」
「は~い、お邪魔しま~す」
「銀ちゃーん、麻美が遊びに来てくれたよ」
「おぅ、来たか! いらっしゃい」
「お邪魔しま~……って、は?」
麻美は、手にしていた荷物を盛大に床に落とし、ガシャーンと大きな音をたてた。無理もない。そこには本当にコアラがいるのだから……。いやそこは麻美にとっては周知の事実だ。そこも一応は驚くべきシチュエーションではあるのだが、それを遥かに凌駕する違和感……。
(……ちょ、待って。コアラが——しゃべったぁ⁉)
そう、コアラが人語を話しているという尋常ではない圧倒的な違和感を感じざるを得ない状況に、放心状態となったのだ。
「麻美、麻美! 大丈夫?」
「どないしたんや、そんなトコで固まってもうて」
数年ぶりに訪問した友人の部屋の真ん中に、ゴロンと寝そべる珍獣がおり、しかもそれが人語を話すという非日常すぎる光景に、麻美の思考回路はショート寸前……いや、完全にショートしてしまっていた。
玲が麻美の顔の前で手をひらひらさせる。
「おーい、麻美さーん」
「——あ、えっ、な、なに?」
「大丈夫? てか初めて見たよ、人の目が漫画みたくテンになるとこ」
「いや、いやいやいやいや、何あれ? おかしいよね? いや、コアラがここにいること自体がおかしいんだけど……やっぱ、おかしいよね⁈」
「麻美、さっきから何言ってんの?」
「いや、だから。コアラはコアラだけど、コアラじゃないじゃん」
「銀ちゃんはコアラだよ」
麻美は早口でまくし立てる。
「だからコアラはコアラだけどこのコアラはコアラじゃないって!」
「会話が支離滅裂だな。とりあえず座って落ち着こうか」
「あ……えっと、はい。し、失礼します」
「玲、この子も桜っこみたいな、お転婆ガール系か?」
「桜とはちょっと違うけど、まぁ似たような感じかと」
「まぁ、元気なんはええこっちゃ」
「あの~、とりあえず説明してもらえます……かね?」
「何を?」
「いや、だからその……。コレは一体どうなってるんでしょうか?」
麻美は銀仁朗を左手で指差しながら、右手で会話のジェスチャーをした。
「あっ、えっ、嘘⁉」
「……お気づきになられたでしょうか」
「もしかして、言ってなかったっけ?」
「その『もしかして』でございます」
「あっ、ごめーん麻美!」
「ん? どないしたんや?」
「私、てっきり伝えたと思い込んでた、銀ちゃんが喋れるってこと」
「いやいやいや、だからおかしいよね。百歩譲って、コアラが玲の部屋でくつろいでることはいいとして、会話できるってのは、流石にないわ~」
「嘘ちゃうで。先言っとくけど、機械でもないからな。何やったら、背中にチャックあるか、チェックしてみるか?」
「えっ、マジ! いいんすか!?」
冗談を本気にする麻美を見て、銀仁朗の心の声が漏れる。
「やっぱこの子も桜っこと同類やがな……」
少し落ち着きを取り戻してきた麻美は、これまでの玲との会話を思い返し、ようやく玲の言葉の真意に気づく。
「なーんか、玲がやたら銀ちゃんは賢いって言ってたけど、こういうことだったのかぁ!」
「そういうことです、はい」
「麻美ちゃん言うたか。わしは銀仁朗や。よろしゅうに」
「あ、そか。挨拶まだだったね。は、初めてまして。よ、よろしくお願いします」
「そんな堅苦しくせんでええで」
「ありがとうござ……じゃなくて、ありがと! じゃあ、うちのことも玲と同じように呼び捨てでいいよ!」
「さよか。ほな麻美、改めていらっしゃい。ここ、わしの部屋やないけどな」
「じゃあ銀ちゃんの部屋は別にあるの?」
「部屋はないけど、寝床はリビングの隅っちょにあんで」
「コアラの寝床——どんなのか興味あるかも。見てみたいなぁ~」
両手を組みながら銀仁朗の寝床を想像する姿をみて、玲が発案する。
「そんなに見たいなら、見てもいいよ」
「マジ! じゃあ案内よろしく~」
「わしが案内したろか?」
「わぁお! 最高のガイドさんじゃ~ん」
「なら、銀ちゃんにお願いしようかな。他の部屋には入らないようにね」
「さすがにそんな非常識なことしないよ~」
「お手洗いだけは教えたって構わんか?」
「あぁ、そうだね。よろしく」
「ほな麻美、行こか」
「は~い。銀ちゃんベッドへ、レッツゴー!」
「いってらっしゃーい」
銀仁朗と麻美が部屋を出ていくのを見送りながら、玲はふっと微笑んだ。思っていた以上に、銀仁朗が麻美の訪問を楽しんでいるようだった。
「あ、二人ともおかえり」
「銀ちゃんの寝床って木だったんだね~。動物園でも木の上で寝てたっけか。あとトイレのステップとかも可愛いのが置いてあったね~。てか、一人でトイレ行けるとか、銀ちゃんマジで賢いが過ぎるでしょ!」
「そんな褒めても、ユーカリくらいしか出てこーへんで」
「コアラジョーク! ぎゃはははー、ウケるんですけど~!」
銀仁朗からの冗談がさく裂し、麻美は腹を抱えて爆笑した。
「盛り上がってるとこ恐縮ですが、お母さんがお菓子とジュース用意してくれたから、一緒に食べよ」
「ありがと~。え、ケーキじゃん! めっちゃ嬉しいんだけど‼」
「私が友達呼んでいいか聞いた時から、お母さん、やけに張り切っちゃって。普段あんまり友達とか招待することないからさ」
「実は、うちもあんま友達を家に連れてきたことないんだよね~。兄ちゃんは、よく友達呼んでバカ騒ぎしてたけど。うち、誰かが自分の部屋に入ってくると、大事な領域を穢されるみたいな感覚になっちゃうんだよねぇ~」
「何となくわかる、その気持ち」
「だから、お呼ばれするのも実は慣れてないんだ~。でも今日は大好きな玲と、銀ちゃんにご招待してもらってすっごく嬉しい!」
「私も、麻美だから呼んだんだよ。来てくれてありがと! じゃあ、ケーキ食べよっか」
「やたぁ~。いっただきま~す」
ケーキに舌鼓を打っていると、部屋の外から大きな声が聞こえてきた。
「たっでーまー。ひゃ~、あっつかったー……ってあれ? 知らない靴があるなぁ。ねぇママ、お客さん来てるのー?」
「玲のお友達が来てるのよ。ちょっとは空気読んで静かにしなさい」
「お、お姉ちゃんの友達が、家に来ているだとぉぉぉぉ⁉ し、信じられん。あー、だからか。昨日やたらに部屋の掃除してるなぁと思ってたんだよねー。ガッテン」
「だから、少しは静かにしなさいって!」
「あ、すんません。ねー、おやつ何かあるー?」
「だから、シー!」
「ありゃりゃ、こりゃ失礼」
やかましい妹の声に、内心怒りが込み上げていたが、表情には出すまいと必死で笑顔を取り繕う玲であった。
「ごめんね、うちの妹、いつもあんな感じなの」
「玲とは全然タイプ違うよね~」
「よく言われる」
「桜っこはいっつも元気いっぱいやなぁ。うらやましいわ」
銀仁朗の若さをうらやむ発言を聞き、麻美はふと疑問を抱いた。
「そういや、銀ちゃんって今いくつなの?」
「詳しくは分からないらしいけど、十五歳前後らしいよ」
「へぇ~。ちなみに、コアラの寿命ってどれくらい?」
「前に調べたら、十三歳から十八歳くらいだって」
「てことは、銀ちゃん結構長生きしてんだ~」
「できるだけ長生きしてほしいんだけどね」
「そだね~。ねぇ銀ちゃん、コアラの長生きの秘訣とかってあるの?」
「せやなぁ。よく寝てよく食べることかいなぁ、知らんけど」
「餌って、やっぱ笹食べるの?」
「麻美、それはパンダだよ」
「あ、そっか~。何だったっけ、パンダの餌?」
「笹だよ! さっきからパンダの話になってるよ」
「あははっ、失敬失敬。コアラだね、コアラ。で、コアラは何食べるんだっけ?」
「主にユーカリやな。わしは少し苦味のあるユーカリが好きや。わしの兄妹は二匹とも甘みの強いのが好みやったけどな」
銀仁朗から兄妹という言葉を聞き、玲が質問した。
「え? 銀ちゃん兄妹いたんだ」
「言うてへんかったかいなぁ? 兄の金太朗と、妹の彩音いう兄妹がおったんや」
過去形で話していることに気づき、玲は小声で言う。
「おったっていうことは、二匹とも……」
「せやな、もう死んでもうた。病気とかやのぉて、寿命が尽きたんや。苦しまんと往生したみたいやから、善しとせんとやな」
「そっか……なんかごめんね。辛いこと思い出させちゃって」
「かまへん。生き物はいつか死ぬもんや。そんなことより麻美、今日なんか遊び道具持って来てくれとんやろ? 何持ってきてくれたんや?」
「そうだね。麻美の念願の、銀ちゃんと一緒に遊ぼうタイムにしようか!」
「うん! じゃあ、まずは『UMO』持って来たからやろ~ぜ」
「わし、トランプ好きや!」
銀仁朗が麻美の手にしたものを見て、嬉しそうに言った。それを聞いて、麻美がすかさず訂正する。
「銀ちゃん、UMOはトランプとはちょっと違うんだよ~」
「ほぅ。同じカードゲームでもいろいろあるんか。ほな、早よルール教えてんか」
「了解! UMOは——」
麻美が簡単にルールを説明すると、銀仁朗はすんなり理解していった。その理解力の高さに驚きつつ、実際にプレイしながら細かい部分を教えていくことにした。
「ドロー4!」
「まぁた麻美はやらしいカード出しよってからに。わし、全っ然上がられへんがな!」
「ふっふ~。うちUMOめっちゃ強いんだ~」
「UMO!」
UMO強者アピールをしていた麻美をよそに、しれっと手札が残り一枚になった玲が、ルール通り『UMO』と言い放つ。
その瞬間、麻美と銀仁朗は、同時に「えっ?」と言って、玲の顔と手札を交互に二度見した。
「はぁ⁉ 玲、あんたいつの間にUMOになってんのさ」
「二人があーだこーだ言ってる間に、着々とね!」
「ふ、伏兵がこんなところに……」
「はい次、麻美の番だよ」
「あぁ、ごめん。黄色の4だから、色変えて青の4でどうだ!」
「わし、手持ちいっぱいあるさかい、何でも出せるで~。青の9!」
「あぁ~、銀ちゃんってば、なんて良い子なのかしら。赤の9で上がり!」
UMO宣言に続き、麻美と銀仁朗は「なんやてぇぇぇぇ」とシンクロしながら叫んだ。その様子を見て、玲はお腹を抱えて笑った。
「あはははは! 二人ともさっき会ったばっかなのに、めっちゃ息ピッタリだね!」
事前に銀仁朗にも友達が来ることを伝えてあり、遊び道具を持ってきてくれることも話していた。そのせいか、銀仁朗は朝からそわそわして、浮かれた様子だった。
昼ごはんを食べ終え、自室に戻った玲は、もう一度部屋の掃除がちゃんとできているかを確認する。ほこりやゴミがないかを目で追い、ひと通りチェックして、「よし、大丈夫」と胸をなでおろしたちょうどそのとき、玄関のチャイムが鳴った。
「こんにちは~」
「麻美、おつかれ。ちょっと待ってて、今開けるから」
「お願いしま~す!」
玲は、駆け足で玄関へと向かい、ドアを開錠した。
「おはよー。ささ、入って入って!」
「お邪魔しま~す」
「いらっしゃい、麻美ちゃん。お久しぶりね。いつも玲と仲良くしてくれてありがとね」
「お久しぶりです。あ、これ母からなんですけど、おじいちゃんが育てたオリーブが入ったお素麺です。よかったら食べて下さい」
「まぁ、ご丁寧にありがとね。あら、これとても美味しいやつだわ。すごく嬉しい! もしかして、おじい様は小豆島にお住まい?」
「あ、はい。小豆島でオリーブ農家やってます」
「やっぱり! このお素麺、以前同僚の方から小豆島土産にいただいたことがあるのよ。ほんのりオリーブの香りがして、色も綺麗な緑色で、味も見た目もすごく良かったから、また食べられるなんて嬉しいわぁ。とても喜んでたってお母様にお伝えしてね」
「喜んでもらえてよかったです! あ、あと玲にはこれあげる」
麻美は、やや大きめのビニール袋を玲に差し出した。その袋には、見覚えのあるゲームセンターのロゴが印字されていた。
「なにこれ? まぁまぁデカいな」
「開けてみて!」
玲が袋の中に手を入れ、中身を取り出すと——そこから現れたのは、等身大のコアラのぬいぐるみだった。
「わぁ! コアラのぬいぐるみだ。しかもサイズも顔も銀ちゃんそっくり!」
「こないだ兄ちゃんのバ先のゲーセンに遊びに行ったら、この子がいたんだ~。銀ちゃんのお友達にちょうど良さそうかなぁ~て思って、兄ちゃんに取ってもらったの」
「へぇ~。お兄さん、あそこのゲームセンターでバイトしてるんだ!」
「そっ。うちの兄ちゃん、クレーンゲームめちゃくちゃ上手くてさ~。これもワンコインで朝飯前だったよ~」
「すごいね! うちのお父さんとはえらい違いだよ」
「そうなの?」
「前にうめぇ棒がいっぱい入ったやつに挑戦したら、まさかの二本しか取れなかったんだよ。大損……」
「それは才能ないかもだねぇ~」
「でしょ! あ、ごめん。いつまでも玄関で立ち話してたらあれだね。私の部屋こっち。銀ちゃんも待ってるよ」
銀ちゃんというフレーズを聞き、麻美の目がギラギラと輝き出した。
「銀ちゃん……とうとうお目にかかれるのねぇ~!」
「麻美、目がバキバキになってるよ。それじゃ銀ちゃんビビっちゃうよ」
「おっと、いけねぇ。興奮が抑えられなくなってたぜ(じゅるり)」
「よだれを垂らすな。とにかく落ち着いて。銀ちゃんは逃げないから」
久しぶりに見る玲のクラスメイトのテンションに、少し引き気味な英莉子は、必死で笑顔を取り繕いながら、麻美に挨拶をした。
「じゃ、じゃあ麻美ちゃん。ゆっくりしていってね」
「は~い、お邪魔しま~す」
「銀ちゃーん、麻美が遊びに来てくれたよ」
「おぅ、来たか! いらっしゃい」
「お邪魔しま~……って、は?」
麻美は、手にしていた荷物を盛大に床に落とし、ガシャーンと大きな音をたてた。無理もない。そこには本当にコアラがいるのだから……。いやそこは麻美にとっては周知の事実だ。そこも一応は驚くべきシチュエーションではあるのだが、それを遥かに凌駕する違和感……。
(……ちょ、待って。コアラが——しゃべったぁ⁉)
そう、コアラが人語を話しているという尋常ではない圧倒的な違和感を感じざるを得ない状況に、放心状態となったのだ。
「麻美、麻美! 大丈夫?」
「どないしたんや、そんなトコで固まってもうて」
数年ぶりに訪問した友人の部屋の真ん中に、ゴロンと寝そべる珍獣がおり、しかもそれが人語を話すという非日常すぎる光景に、麻美の思考回路はショート寸前……いや、完全にショートしてしまっていた。
玲が麻美の顔の前で手をひらひらさせる。
「おーい、麻美さーん」
「——あ、えっ、な、なに?」
「大丈夫? てか初めて見たよ、人の目が漫画みたくテンになるとこ」
「いや、いやいやいやいや、何あれ? おかしいよね? いや、コアラがここにいること自体がおかしいんだけど……やっぱ、おかしいよね⁈」
「麻美、さっきから何言ってんの?」
「いや、だから。コアラはコアラだけど、コアラじゃないじゃん」
「銀ちゃんはコアラだよ」
麻美は早口でまくし立てる。
「だからコアラはコアラだけどこのコアラはコアラじゃないって!」
「会話が支離滅裂だな。とりあえず座って落ち着こうか」
「あ……えっと、はい。し、失礼します」
「玲、この子も桜っこみたいな、お転婆ガール系か?」
「桜とはちょっと違うけど、まぁ似たような感じかと」
「まぁ、元気なんはええこっちゃ」
「あの~、とりあえず説明してもらえます……かね?」
「何を?」
「いや、だからその……。コレは一体どうなってるんでしょうか?」
麻美は銀仁朗を左手で指差しながら、右手で会話のジェスチャーをした。
「あっ、えっ、嘘⁉」
「……お気づきになられたでしょうか」
「もしかして、言ってなかったっけ?」
「その『もしかして』でございます」
「あっ、ごめーん麻美!」
「ん? どないしたんや?」
「私、てっきり伝えたと思い込んでた、銀ちゃんが喋れるってこと」
「いやいやいや、だからおかしいよね。百歩譲って、コアラが玲の部屋でくつろいでることはいいとして、会話できるってのは、流石にないわ~」
「嘘ちゃうで。先言っとくけど、機械でもないからな。何やったら、背中にチャックあるか、チェックしてみるか?」
「えっ、マジ! いいんすか!?」
冗談を本気にする麻美を見て、銀仁朗の心の声が漏れる。
「やっぱこの子も桜っこと同類やがな……」
少し落ち着きを取り戻してきた麻美は、これまでの玲との会話を思い返し、ようやく玲の言葉の真意に気づく。
「なーんか、玲がやたら銀ちゃんは賢いって言ってたけど、こういうことだったのかぁ!」
「そういうことです、はい」
「麻美ちゃん言うたか。わしは銀仁朗や。よろしゅうに」
「あ、そか。挨拶まだだったね。は、初めてまして。よ、よろしくお願いします」
「そんな堅苦しくせんでええで」
「ありがとうござ……じゃなくて、ありがと! じゃあ、うちのことも玲と同じように呼び捨てでいいよ!」
「さよか。ほな麻美、改めていらっしゃい。ここ、わしの部屋やないけどな」
「じゃあ銀ちゃんの部屋は別にあるの?」
「部屋はないけど、寝床はリビングの隅っちょにあんで」
「コアラの寝床——どんなのか興味あるかも。見てみたいなぁ~」
両手を組みながら銀仁朗の寝床を想像する姿をみて、玲が発案する。
「そんなに見たいなら、見てもいいよ」
「マジ! じゃあ案内よろしく~」
「わしが案内したろか?」
「わぁお! 最高のガイドさんじゃ~ん」
「なら、銀ちゃんにお願いしようかな。他の部屋には入らないようにね」
「さすがにそんな非常識なことしないよ~」
「お手洗いだけは教えたって構わんか?」
「あぁ、そうだね。よろしく」
「ほな麻美、行こか」
「は~い。銀ちゃんベッドへ、レッツゴー!」
「いってらっしゃーい」
銀仁朗と麻美が部屋を出ていくのを見送りながら、玲はふっと微笑んだ。思っていた以上に、銀仁朗が麻美の訪問を楽しんでいるようだった。
「あ、二人ともおかえり」
「銀ちゃんの寝床って木だったんだね~。動物園でも木の上で寝てたっけか。あとトイレのステップとかも可愛いのが置いてあったね~。てか、一人でトイレ行けるとか、銀ちゃんマジで賢いが過ぎるでしょ!」
「そんな褒めても、ユーカリくらいしか出てこーへんで」
「コアラジョーク! ぎゃはははー、ウケるんですけど~!」
銀仁朗からの冗談がさく裂し、麻美は腹を抱えて爆笑した。
「盛り上がってるとこ恐縮ですが、お母さんがお菓子とジュース用意してくれたから、一緒に食べよ」
「ありがと~。え、ケーキじゃん! めっちゃ嬉しいんだけど‼」
「私が友達呼んでいいか聞いた時から、お母さん、やけに張り切っちゃって。普段あんまり友達とか招待することないからさ」
「実は、うちもあんま友達を家に連れてきたことないんだよね~。兄ちゃんは、よく友達呼んでバカ騒ぎしてたけど。うち、誰かが自分の部屋に入ってくると、大事な領域を穢されるみたいな感覚になっちゃうんだよねぇ~」
「何となくわかる、その気持ち」
「だから、お呼ばれするのも実は慣れてないんだ~。でも今日は大好きな玲と、銀ちゃんにご招待してもらってすっごく嬉しい!」
「私も、麻美だから呼んだんだよ。来てくれてありがと! じゃあ、ケーキ食べよっか」
「やたぁ~。いっただきま~す」
ケーキに舌鼓を打っていると、部屋の外から大きな声が聞こえてきた。
「たっでーまー。ひゃ~、あっつかったー……ってあれ? 知らない靴があるなぁ。ねぇママ、お客さん来てるのー?」
「玲のお友達が来てるのよ。ちょっとは空気読んで静かにしなさい」
「お、お姉ちゃんの友達が、家に来ているだとぉぉぉぉ⁉ し、信じられん。あー、だからか。昨日やたらに部屋の掃除してるなぁと思ってたんだよねー。ガッテン」
「だから、少しは静かにしなさいって!」
「あ、すんません。ねー、おやつ何かあるー?」
「だから、シー!」
「ありゃりゃ、こりゃ失礼」
やかましい妹の声に、内心怒りが込み上げていたが、表情には出すまいと必死で笑顔を取り繕う玲であった。
「ごめんね、うちの妹、いつもあんな感じなの」
「玲とは全然タイプ違うよね~」
「よく言われる」
「桜っこはいっつも元気いっぱいやなぁ。うらやましいわ」
銀仁朗の若さをうらやむ発言を聞き、麻美はふと疑問を抱いた。
「そういや、銀ちゃんって今いくつなの?」
「詳しくは分からないらしいけど、十五歳前後らしいよ」
「へぇ~。ちなみに、コアラの寿命ってどれくらい?」
「前に調べたら、十三歳から十八歳くらいだって」
「てことは、銀ちゃん結構長生きしてんだ~」
「できるだけ長生きしてほしいんだけどね」
「そだね~。ねぇ銀ちゃん、コアラの長生きの秘訣とかってあるの?」
「せやなぁ。よく寝てよく食べることかいなぁ、知らんけど」
「餌って、やっぱ笹食べるの?」
「麻美、それはパンダだよ」
「あ、そっか~。何だったっけ、パンダの餌?」
「笹だよ! さっきからパンダの話になってるよ」
「あははっ、失敬失敬。コアラだね、コアラ。で、コアラは何食べるんだっけ?」
「主にユーカリやな。わしは少し苦味のあるユーカリが好きや。わしの兄妹は二匹とも甘みの強いのが好みやったけどな」
銀仁朗から兄妹という言葉を聞き、玲が質問した。
「え? 銀ちゃん兄妹いたんだ」
「言うてへんかったかいなぁ? 兄の金太朗と、妹の彩音いう兄妹がおったんや」
過去形で話していることに気づき、玲は小声で言う。
「おったっていうことは、二匹とも……」
「せやな、もう死んでもうた。病気とかやのぉて、寿命が尽きたんや。苦しまんと往生したみたいやから、善しとせんとやな」
「そっか……なんかごめんね。辛いこと思い出させちゃって」
「かまへん。生き物はいつか死ぬもんや。そんなことより麻美、今日なんか遊び道具持って来てくれとんやろ? 何持ってきてくれたんや?」
「そうだね。麻美の念願の、銀ちゃんと一緒に遊ぼうタイムにしようか!」
「うん! じゃあ、まずは『UMO』持って来たからやろ~ぜ」
「わし、トランプ好きや!」
銀仁朗が麻美の手にしたものを見て、嬉しそうに言った。それを聞いて、麻美がすかさず訂正する。
「銀ちゃん、UMOはトランプとはちょっと違うんだよ~」
「ほぅ。同じカードゲームでもいろいろあるんか。ほな、早よルール教えてんか」
「了解! UMOは——」
麻美が簡単にルールを説明すると、銀仁朗はすんなり理解していった。その理解力の高さに驚きつつ、実際にプレイしながら細かい部分を教えていくことにした。
「ドロー4!」
「まぁた麻美はやらしいカード出しよってからに。わし、全っ然上がられへんがな!」
「ふっふ~。うちUMOめっちゃ強いんだ~」
「UMO!」
UMO強者アピールをしていた麻美をよそに、しれっと手札が残り一枚になった玲が、ルール通り『UMO』と言い放つ。
その瞬間、麻美と銀仁朗は、同時に「えっ?」と言って、玲の顔と手札を交互に二度見した。
「はぁ⁉ 玲、あんたいつの間にUMOになってんのさ」
「二人があーだこーだ言ってる間に、着々とね!」
「ふ、伏兵がこんなところに……」
「はい次、麻美の番だよ」
「あぁ、ごめん。黄色の4だから、色変えて青の4でどうだ!」
「わし、手持ちいっぱいあるさかい、何でも出せるで~。青の9!」
「あぁ~、銀ちゃんってば、なんて良い子なのかしら。赤の9で上がり!」
UMO宣言に続き、麻美と銀仁朗は「なんやてぇぇぇぇ」とシンクロしながら叫んだ。その様子を見て、玲はお腹を抱えて笑った。
「あはははは! 二人ともさっき会ったばっかなのに、めっちゃ息ピッタリだね!」
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わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
居酒屋で記憶をなくしてから、大学の美少女からやたらと飲みに誘われるようになった件について
古野ジョン
青春
記憶をなくすほど飲み過ぎた翌日、俺は二日酔いで慌てて駅を駆けていた。
すると、たまたまコンコースでぶつかった相手が――大学でも有名な美少女!?
「また飲みに誘ってくれれば」って……何の話だ?
俺、君と話したことも無いんだけど……?
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