次第にバカデカ声になっていく異界の妻(男)

陽花紫

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高位魔術師のイリス

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 ギルとユウトの甘い夜は、時には趣味嗜好を変えて飽きることなく過ぎていく。
 ある日は平民と悪徳貴族になりきり、ある日はギルが手にした鞭でユウトの身をひどく打ち付けることもあった。しかしこれらは全てユウトの要望であり、ギルもまた笑みを深めて了承していた。
 多少心は痛むものの、ユウトの快楽に堕ちた笑みを見つめるだけでギルの心は和らいでいく。

***

 ある日の朝、屋敷には珍しく客人が招かれていた。
 ユウトは控えめな笑みを浮かべながら、客人が放つ言葉に向けて相槌をうっていた。
 客人とはギルの旧知の友でもある、高位魔術師のイリスであった。
 普段は他国に身を寄せているものの、今回は仕事の都合で偶然にもギルの屋敷の近くに立ち寄ることとなったために結婚祝いも兼ねて友の顔を見にやってきていたのだ。
 祝いの言葉もそこそこに、イリスはギルとユウトの顔を見比べてしみじみと呟いた。
 彼の目に映る二人の姿は、仲睦まじくもありつつも長年の時を経たかのような安心と信頼が存在していた。
「ギル、いい人と巡り合うことができたんだな」
「そうだな。感謝しても、しきれない。ユウトは私の目の前に舞い降りた天使なんだ」
 そのような言葉を惜しげもなくこぼすギルに対して、ユウトは頬を赤くさせながら首を振る。
「天使だなんて、そんな……。俺も、ギルと巡り合うことができてとても幸せです」
 その屈託のない笑みに、イリスもまた表情をわずかに緩めた。

 ギルとイリスはしばらく語り合った後、仕事の話があるからとユウトを置いて別室へと移動してしまう。
「ユウト、すぐに戻るからね。また後で」
「はい。イリスさん、このたびはありがとうございます」
「こちらこそ、ギルのことをよろしく頼む」

 別室、ギルの私室へと移動をしたイリスは扉を開けた瞬間に嫌な気配を察知する。
「なんだ、これは……」
 そこには強大な魔力の残影と、大量に置かれた魔法石、積み上げられた魔導書にかすかに鼻をつく性の臭いが漂っていた。
 思わず顔をしかめるイリスに対して、ギルはやはりと深いため息をつく始末であった。

「まずは、座ってくれ……。そして、私の話を聞いてはくれないか?」
 ギルは友に向けて、先ほどまでとは打って変わった真面目な表情でこれまでのユウトとの夜の経緯について語りだす。
 イリスはその話を半信半疑で耳にしながら、部屋の酷いありさまと先ほど目にした貞淑そうなユウトの顔を照らし合わせようとしていた。しかしどう思考を巡らせても、これは果たして事実であるのかと疑いを持ってしまう。
 しかし目の前で必死に語り掛けるギルの表情には、並大抵ではない努力の跡と疲弊がにじんでいた。
 言葉を選ばずに言うのであれば、イリスと同年代であるというのに少しばかり老けたようにも感じられたのだ。

 全てを聞き終えた後、イリスは冷めてしまった紅茶を口に含んだ。
「……その、お前がみる夢の話ではなく?」
 イリスは何度も聞き返したものの、決まって答えは事実一択であった。
「あの控えめでおしとやかそうな方が、そのようなことになるとは……。呪いや、何かよからぬものなどを口にした覚えは?」
「そのようなことは、一切ないはずだよ。一度魔法で診てみたが、呪いの力は感じられなかった。それにユウトはここで毎日私と同じものを食べている」
 二人の重いため息が、不本意ながら重なってしまう。
「全ての手を尽くしたであろうことは、この部屋を見ればわかる。ギル、友人として言うが、このままいくとお前は愛する人を遺して一人早死にする」
 その言葉に、ギルは息を呑む。
「そんな……!ユウトを残して死ぬことなど、私には……」
 その顔には、絶望が浮かんでいた。
 しかしなおも、イリスは言葉を続ける。
「治癒する魔力もない、魔法石にも限りがある。加えて強力な防音魔法を日々使わなくてはならない。お前は今、魔力の前借りをしている状態にある。それは、わかるな?」
 その言葉に、ギルは静かに頷いた。
「わかっているのなら、今すぐにやめるべきだ」
「しかし、それでは……」

 イリスは深く息を吐きながら、ギルに向けて二つの提案をした。
 一つは、イリスの魔力によって防音魔法をより強固なものにするというもの。
ギルよりも魔力が高いイリスが施せばその効果は十年は保証されるとのことであった。しかし、十年ごとにイリスがギルの屋敷を立ち寄らなくてはならないという制約が発生してしまう。
「もし俺がこの場に立ち寄ることができなくなってしまった場合、お前はどうする?」
 ギルは、深く考える。
 そしてもう一つは、いま一度ユウト自らの身に原因がないかイリスが高位魔法を用いて診察をするというものであった。
「診察といっても、お前が行った表面的なものではない。もし呪いなどの類が原因であるというのなら、俺は君の愛する人の肉体の隅々までその痕跡がないか確認をしなくてはならないからな」
 その言葉の意味を理解したうえで、ギルはさらに考え込んでしまった。
「もちろん両方行うこともできる、それにこのまま何もしないこともできる。ただ俺は、お前が早死にするよりかはましだと思う」
 イリスはそう言い残し、窓辺へと歩み寄る。
 窓の下では、ユウトが笑みを浮かべながら使用人とともに白い薔薇の花を見つめていた。
「人格まで変貌してしまうようであれば、俺は高度な呪いの可能性が高いと考えるが……」
 その言葉にギルもまた、昼間のユウトの笑みを思い出す。
 自らの目の届かぬうちに、ユウトは呪いを受けてしまったというのであろうか。
もしそうだとすれば、呪いの原因や呪いをかけた悪しき者までもを探し出さなくてはならない。ギルはこれまでユウトとの甘い夜に耽っていた自らの身を、深く省みる。

「こうなってしまったのも……。全て、私のせいだ」
 その言葉に、イリスはギルを振り返る。
「そうだな。なぜ、俺に連絡を寄越さなかった」
「すまない、イリス」
 そしてギルは、覚悟を決めた。

 ギルはまず、ユウトの診察をイリスに願い出た。
「防音魔法よりも前に、やはり原因を探るのが一番だと思う」
「賢明な判断だな。それで、いつ行うんだ?明日の朝には、俺はここを発つ予定でいるが」
「すまないが夜に診てはくれないか?まずは、ユウトにこのことを説明しなくては……」
「お前、どこまで伝えていないんだ?」
「……防音魔法を、施していることから」
 イリスは呆れたような顔をして、ギルの顔を睨みつけた。
「お前は馬鹿か?いや、大馬鹿だな」
 その言葉に、ギルもまた眉間に皺を寄せる。
「君は、結婚をしていないからそのようなことが言えるんだ。愛する人と共に過ごす夜がどんなに大切なことか、君は知らないだろう?」
「それが、これからお前を助ける俺に言う言葉か?」
「……すまない。私は、君が言う通りの馬鹿だ」
「まずは、全てを説明したうえで同意を得ることだな」
 イリスはギルの背を強く押しながら、扉の外へと追いやった。
「この部屋は、綺麗にして俺の魔法をかけておく。これが結婚祝いだ」
「イリス……!」
「さっさと行け」
「ありがとう。君には、感謝してもしきれないよ!」


***

 その後、ギルはユウトに向けて頭を下げていた。
 ユウトもまた、これまでギルがその身を削っていたことに対して目に涙を浮かべて頭を下げていた。
「ごめん、俺……。そんなことちっとも知らなくて」
「いや、何も話をしなかった私が悪かったんだ。ユウト、辛いだろうがイリスの診察を受けてはくれないか?」
「ギルのためなら、俺はなんだってするよ」
「ユウト……!」

 ユウトはギルが手にした誓約書に、サインをした。
 そこにはイリスがユウトの身に触れること、それは肉体だけでなく精神に触れることも意味しておりギルに知られたくない事柄やユウトの元の世界での出来事など、産まれてから今に至るまでのことが全て明らかになるといった内容が記されていた。
「それでも、大丈夫かい?」
「大丈夫だよ。ギルに隠してることなんかないと思うし……。それに、もし呪いとかが見つかったらその時はイリスさんに任せればいいんだよね?」
「そうだとも。イリスは名高い魔術師だからね、きっとユウトの呪いも解いてくれるはずだ」
「なら、大丈夫。俺、頑張るよ。ギル、今まで本当にごめんなさい。これからは、自分のことを大切にしてほしい」
「ユウト……」
 二人は互いの身を強く抱きしめ合い、夜を待った。
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