冴えない最弱冒険者な俺の日常が、大人気配信者の撮影に映り込んでしまったことで一変し始めている件

ぷぷぷ

文字の大きさ
6 / 14

#6 【いなばんちゃんねる】路地裏より【生配信】

しおりを挟む
「わぁあああ! すごい! すっごい綺麗だね、おにーちゃん!」
 
 小洒落た洋服を大切そうに抱きしめながら、日菜はニッと笑ってこちらを見た。
 心底嬉しそうに笑うから、つられて俺も微笑む。
 
 ――言おう。
 ぎゅっと拳を握りしめて、投げやりに覚悟をそっと決めた。
 
「――大丈夫。日菜の病気は、俺が治すよ。だから、大丈夫」
 なんて、全部嘘だ。嘘なんだよ。本当は治せない。俺には無理だった。ごめんね、日菜。君はもう、外になんて死ぬまで出られないし、花も見れないし、遊園地にも行けないんだ。
 
 ――言わないと。
 ぎゅっと唇を噛みしめる。
 言えって、早く……。
  
 心地よい風が吹いて、部屋を彩るいくつもの花がなびいた。
 甘い匂いが鼻を突く。日菜が自慢げに目を瞑って、すーっと大きく息を吸って、人差し指をピンと立てた。
 
「すずらん」
 日菜の呟きが優しく鼓膜を揺さぶって、ハッと息を呑む。

「え?」聞き返すと、彼女は目を瞑ったまま「ふふん」としたり顔を浮かべた。
「ガーベラ、チューリップ、アネモネ、ペニチュア」ゆっくりと目を開けると、「やった、正解だ」と彼女ははにかんで笑う。
「……嬉しい」日菜は少しだけ鼻をすすると、目をこすって幸せそうに笑った。「また、見れるなんて思ってなかったから。ありがとね、おにーちゃん」
 
 もっと見せたいものが、いっぱいあるんだ。
 外に出れば、桜も見れる、もっと綺麗なお花畑にだって行ける。これだけじゃないんだよ。
 
 見せたかった。欲張りさんって、日菜は怒るかもしれないけど。でも、俺は見せたかったんだ。彼女の病気を治して、もっとたくさんのものを、ささやかな幸福なんて、馬鹿になるくらい大きな幸せを、彼女に与えたかった。遊園地に行って、お花畑で駆け回って、家の庭でお花を育てて……。
 考えれば考えるほど、キリがないほど幸せな景色が溢れ出て、その全てが泡沫になって消えていく。

 出来なかった。俺には、何も。大鬼を前に逃げ出した、せっかくのチャンスを、格上殺しなんて怖いことしたくないって、そんなわがままで棒に振るった。
 だから、言わないといけない。正直に、偽り無しで。
 
「ごめん、日《ひ》――」
「――ねーね、知ってる? おにーちゃん」
 
 日菜は俺の言葉を遮ると、楽しそうに語りだす。
 
「すずらんの花言葉はね」と。「再び幸せが訪れる、なんだよ」
 
「――知ってるか、日菜」不意に過去の記憶が脳裏をよぎって、瞳孔がゆっくりと開かれていくのが分かった。「――花にはな、花言葉ってのがあるんだ」
 爽やかな風が首筋を掠める。窓を締め切っていたカーテンが勢いよく風になびいて、ベッドに横たわる彼女の背に晴れやかな青空が広がる。
 
「でね」日菜は楽しそうに続けた。「ピンク色のチューリップは、誠実な愛」

「――花言葉?」記憶の中の小さな日菜は、わくわくに目を輝かせて、「じゃあ」と俺の裾を引っ張った。「――あの花言葉はなに!? ねえ、おにーちゃん!」
「――ああ、あれか?」毅然とした態度で取り繕ったけど、お生憎様、その花の名前など知らなくて、でも妹の前で格好つけたい俺は、確か嘘をついた。ガキみたいな話だけど。 
 
 日菜は青空の中心で、太陽のような笑みを浮かべた。
「紫のアネモネは、あなたを信じて待つ。あと、最後はね」
 
「――あれな、あれはだな、えっと、ええっと、あの花の花言葉はだな」

 病室の窓際。最後に残った赤色の花を見て、ハッとなった。記憶の中にある花とそれが、重なったからだ。
 泣き崩れる俺の頬を撫でながら、日菜は優しく呟いた。 

「赤いペニチュアの花言葉はね――」と。
「「――最後まで頑張る」」
 
 記憶の中の俺と今の日菜の言葉が重なる。
 日菜はぽんぽんと俺の頭を優しく叩くと、いたずらに笑った。
 
「惜しかったね、お兄ちゃん。正解は、『諦めない』なんだよ」と、見透かしたように。「昔からおにーちゃんは、強がって……嘘をつくのが、下手だなぁ」
 
 ああ……。

「分かってるよ。だから大丈夫。……日菜の病気、治んないんだよね」
「ごめん……ごめん、俺、日菜、ごめん、おにーちゃん、ほんとは、もっと、もっと……」
 
 謝るとか、何を今更。また、言い訳を重ねようとして。なんで、なんでだよ。なんでなんだよ。……なんで俺は、こんなダメなやつなんだよ。

 ごめん、ごめん、ごめん。
 俺が君のおにーちゃんで、ごめん。
 
 膝から崩れ落ちて、俺は情けないほどに泣きじゃくった。だらしなく妹にしがみついて、ガキのように泣いた。
 
 そっか、そうだよな。
 ずっと、バレてたよな。
 
 無責任に、日菜の病気は治るなんて、嘘ついて。
 ほんと、クソみたいなおにーちゃんだ。なのに日菜は、ずっと騙されたふりをして、俺のこと、励ましてくれて……。
 
 もう、返しても返しきれないくらい、貰ってる。
 じゃあ――どう返せば良い?
 
 疲れて眠ってしまった日菜の姿を見て、ゆっくりと息を吐く。
 顔の半分の皮膚が緑色に変色し、皮膚がただれ、関節がありえないほど肥大化して、手足を鎖で拘束された少女の姿を見て、それから奥歯を噛みしめた。
 医者の声が脳内で反芻する。

「――妹さんは残念ながら、約一年かけて少しずつ、魔物に至ります。完全に魔物となり、人間としての意識を失い誰かを襲うようなことが起きる前に、安楽死をしていただくということになっておりまして。よろしければ、こちらの同意書に署名して、妹さんの安楽死の許可を」

 あの時握りしめたペンの重さを、ふと思い出した。
 あのときの俺は無力で、のくせに強欲だった。もしくは自惚れていた。シンデレラを夢見る少女のように、己を悲劇のヒロインかなにかだと勘違いしていた。でも、違った。
 
 君に、してやれること。
 
 暮れなずむ空の日を浴びて、赤いペニチュアが漲るように花弁を広げている。
 
「……諦めない」鼻をすすりながら、日菜のゴツゴツした・・・・・・手をぎゅっと握りしめて、繰り返すように呟いた。「諦めない」もう一度言葉にすると、妙にしっくりきた。
 
 日菜を世界で一番幸せな女の子にする。欲しいものはなんでも買ってやる。金とかじゃない、本当に大切なもの、みたいな。俺には、よくわかんないけど。でもきっと、正直になって寄り添えば、少しずつ分かってくる。そしてそれと同時に、もう一度、1億を稼ぐ。
 まったくもって諦めの悪いやつだと、己のことながら吹き出すように笑った。でもやっぱ、諦めきれる訳なんてないと再認識出来たんだから、もう、逃げない。

 俺はここぞという場面で誤った選択を取ってしまう。
 そんな人生を繰り返してきた。今日もまた、間違えた。
 
 いつからだっけ。そう思うことがよくある。いつからこんな、腐った人間になったんだっけ、と。
 きっと、少しずつだ。選択を間違えるたびに腐っていく。そして今日もまた、少し腐った。
  
 でも、取り返しのつく間違えってのは多分、ある。

「おやすみ、日菜」
 
 声をかけて病室を出る。時刻は16時。17時から近場のカフェでバイトだから、大体50分くらいは暇な算段だ。
 懐からスマホを取り出して、おもむろにMeTubeを開いた。
 
 配信準備の画面を開く。
 それからふと人目が気になって、路地裏に逃げ込んだ。カラスが床に散らかったゴミを啄んでいる。鼻をくすぐる生臭い風に顔をしかめながら、配信設定を決めていく。
 
 最後にタイトル。何にしようか。誠実に行くか、ネタに全振りするか。
 悩みながらぼーっと歩いていると、ぬるりと滑らかな感触が足裏にあった。バナナの皮である。気づいたときには遅かった。

「どぅわっ!?」
 視界が茜空を捉える。落っことさないようにしっかりとスマホを握り直すと、ピッ、と可愛らしい電子音が響いた。

「ガッ!?」
 幸い痛みはなかった。その代わりに、尻が柔らかで濡れた何かを押す感覚があった。かつ、尻を何かが覆う感覚があった。というか、すっぽりはまってね? 
 視線をゆっくりと下げる。すると、見事に青いバケツみたいなゴミ箱に尻がはまっていた。

「うわぁあああああ!?」
 慌てふためき叫び声を上げてもがく。しかしバランスを崩して、尻がはまったまま地面に転がった。ごろごろと尻にゴミ箱をはめたまま転がっていく。
 
「あー……くっそ」
 溢れ出たゴミが吐瀉物みたいに撒き散らされて、群れたカラスがそれを啄みにやってくる。……俺も仲間と思われているらしい。優しいカラスが一匹、啄んだゴミを俺の口に押し付けてきた。

「やめろよ、まったく……」
 ため息を付きながら見上げた空は、青く、青く澄み渡っていて。何気なく手を伸ばしたら、その遠さに少しだけ、笑いたくなった。
 
 ピピッ! 
 電子音を響かせて、安物の浮遊カメラが青空を遮って視界に飛び込んでくる。……まさか、配信付いてる!?
 咄嗟に耳元に小型インカムをつけて、『配信モード』をオンにする。瞬間、まさしく世界が”一変”した。ハッと息を呑んだ音が、吹き抜ける風にかき消される。
 






『キタァァァァア!』『飛んできた!』『さあ見せてくれ!格上殺し』『どんなスタートwww』『まさしく最弱にふさわしいリスタートwww』『ゴミ箱に埋まってらwww』『カラスに仲間だと思われてるwww』『可愛い可愛い可愛い可愛い』『稲葉きゅん飼いたい……』『←通報しといて』『やってくれると思ってた』『心配だけどまじで頑張れ』『応援してるぞ、格上殺し!!』『応援してる!』『頑張れ!』『もう逃げんなよ!』『応援してるぞ!』
 
 澄み渡る一面の青空を、あまねく埋め尽くすほどの称賛《コメント》。
 その全てが、一斉に視界になだれ込んだ。

 目の縁がじわりと熱くなる。……こんなにも、応援してくれる人がいる。逃げ出した俺を、受け入れてくれる人がいる。
 面食らったようにコメントに見入っていると、すぐ横でまた音が鳴った。
 
 ピーピピ、ピピッ!
 二つの電子音が重なり響く。
 
「おにーさん、おにーさん」 

 背後から声をかけられ、ハッとなる。
 聞き覚えのある声。

 振り返れば、見覚えのあるピンク髪の少女がいる。
 彼女はとぼける俺に向かって、ニッと笑ってみせた。

「もしかして、私が誰か分からない? だったら――」
 
 懐から猫耳のカチューシャを取り出すと、彼女はそれを恥ずかしげもなく装着する。
 
「――こうしたら、分かるかにゃ?」
 
 驚き固まっていると、彼女は悪巧みする少年のような囁き声で俺を誘った。

「ヒヨりんは金儲けの天才にして、人の才能を見抜く天才にゃ。そんな私の嗅覚が言ってるのにゃ。……お前、稼げるにゃよ、1億」
「……え?」
 
 ……稼げる? 俺が? ……本当に?

「――よろしければ、こちらの同意書に署名して、妹さんの安楽死の許可を」
 あの日握りしめたペンの重さを、無力感を思い出すように、ぎゅっと拳を握りしめていた。
 
 稼げるわけがない。節約だの死体漁りだの小細工を繰り返しながら、漠然と思っていた。がむしゃらだった。……暗闇の中を手探りで進むように、ただ1億を稼ぐために走ってきた。心の何処かで諦めながら、走っていた。
 それが、ようやく、今……。
 
 ぐっと涙をこらえて、腕で目を覆い隠した。涙が溢れないように空を向く。
 
 もし、まだ、チャンスがあるのなら。今度はもう、間違えないから。
 もし、これが間違えだとしたのなら。それでももう、構わないから。
 
 あまりにも飄々と、呆気なく。

「で、やるにゃ? 格上殺し」
 
 俺の人生が、変わりだす。
 
 差し出されたヒヨりんの手に腕を伸ばす。掴みかけた手を、寸前で止めた。
 スマホがメールを受信する。

『お前、俺抜きで勝手なことしたらぶっ殺すからな』
【シーカーズ】リーダー担当、タカシ。受信したのは、彼からのメールだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

処理中です...