冴えない最弱冒険者な俺の日常が、大人気配信者の撮影に映り込んでしまったことで一変し始めている件

ぷぷぷ

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#7 【シーカーズ】今話題の最弱冒険者に格上殺しさせてみたwwww【生配信】

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 ――最弱にして最強、今巷を賑わせる空前絶後の『格上殺し』。
 突如としてネットに現れ、颯爽と世間の話題を奪い去った期待のホープ。Eランク冒険者にも関わらず常人離れした反射神経と身体能力により、格上の大鬼の猛攻を軽々とあしらった【回避】の天才。いずれ最強の冒険者に名を連ねること間違い無し。
 ……記事にそう書いてあったっけ。
 
 いずれ最強の冒険者、ね。
 今の落ちぶれた俺の姿を見ても――

「うぃーっす! どもども、【シーカーズ】のタカシ・・・でーす! 今日はなんと、まさかのうちのポンコツいなばんが大バズリ中ってことで……流行りに乗って、最弱冒険者を『格上殺し』に挑ませてみた、をやっていきたいと思いまーす!」

「どうもー、みんなの従順なペット、ぽんこつキュート担当にして格上殺し担当となりました、稲葉颯太でーす! ズッキューン!」
 
 ――同じことが、言えるだろうか。

 路地裏での一件のあと、カフェでバイトして午後11時すぎ、そんな夜更けに、俺はタカシと共に【赤羽の迷宮】の一層へとやってきていた。もちろん、配信のため。
 
 媚びへつらった笑みをひっさげて、カメラに向かって全力でポーズをキメる。
 どうやら既に俺の認知度は相当なものらしく、膨大なコメントが一斉に流れた。同接数は、開始二分にして既に5万を超えている。

『キタァアアアアア!!』
『シーカーズの企画力まじでえぐすぎるwww』
『今一番来てるグループ』
『まじで格上殺しやるんだwwww』
 
 流れるコメントを虚ろに眺めていると、隣でタカシがホクホク顔でごますりをし始める。

「いやぁ、実はですねみなさん……。このいなばんの大バズリ、大鬼に挑戦したあの放送――」
 
 バサァ。
 タカシは翼をはためかせるように、両手を広げて大げさに天を仰ぐ。

「――全部、俺が企画しましたぁああああ! いやぁ、予想通り大バズリで俺も嬉しいっすよ~」

『すげえええwwww』
『流石俺たちのタカシ、企画力の鬼www』
『まじでバズらせの天才』

 それほどでも、なんて謙虚に振る舞うタカシを一瞬ぶん殴ってやろうかとまで思って、やめた。
 
 よく言うよ……。
 マイクにも載らない声量で、ため息とともにぼそりと漏らす。
  
 全部俺だ。俺が勝手に、あの暗闇に飛び込んだ。タカシに指図された訳じゃない。なのにこいつは、よくもまあいけしゃあしゃあと。
 呆れるくらいのクズ野郎。とことん、クズ。

 だったら言い返せば良い、なんて、簡単に言わないでおくれよ。
 
 カメラの視界から外れた下の方、ぐりぐりと足を踏みつけられ、無言で圧をかけられる。……言うなってことね、おーけー。任されました。なにせ俺、タカシの従順なペット、いなばんなので。
 
『あれ、いなばん、ヒヨりんと格上殺しやるんじゃかったの?』 

 流れるコメントを見て、胸がぎゅっとなった。

「――で、やるにゃ? 格上殺し」
 数時間前。路地裏。伸ばしかけて宙ぶらりんのまま止めた手と、震える指先を思い出す。
 
 俯いて、ゆっくりと息を吸って、吐いて、顔を上げた。
 ニィ。こういう時に作り笑みをするのは、得意だ。
 
「いやぁ、やっぱ俺はシーカーズの一員なのでね?」
 まるで道化になったように、大げさな身振り手振りで語ってみせる。

「ヒヨりんとやるんじゃなくて、大好きなシーカーズのみんなと! 特に俺たちの偉大なリーダー……ッ」
 
 一瞬、そこで胃液が込み上げて、寸前で堪えた。偉大なリーダー。なんだそれ、笑える。飲み込んで、またニィと笑う。

「タカシのために、俺も頑張りたいなって!」

 ――本当に?
 これまで抱いた葛藤、後悔、色々が胸の内で押し寄せあって、ぎゅうぎゅうに胸を押しつぶそうとしている。

『そうそう、さっきの路地裏の配信で思いっきりヒヨりんの誘い断ってたもんねwww』
『ビビったけど、断る理由は納得』
『感動した』
『まじでシーカーズ熱すぎる』
『タカシ泣いてんじゃんwww』
『仲間思いすぎんだろ、こいつらwww』

 流れるコメントを見て、飲み込んだはずの胃液がまた逆流してくる。
 ……全部、嘘なのに。

「――あー……すみません」
 記憶の中で、路地裏で蹲る少年がお得意の媚びた笑みを浮かべている。

「――ヒヨりんさんからのお誘いも有り難いって思うんですけど……俺にはもう、大事なグループがあるんで。そっちとやりたくて」
 手を差し伸べる少女が、少しばかり見透かすような目で、じっと俺の瞳の奥を覗く。

「――それ、君の本心?」
「――……うん、本心」
「――そっか」
 
 振り返り背を向ける彼女は、多分もう、二度とこちらに振り返らないだろうなって、漠然と思った。

「――残念だにゃぁ? 期待外れみたいにゃ。もう二度と君には声かけないから、安心してにゃ」
 
 立ち去っていく彼女の後ろ姿を思い出して、ぎゅっと拳を握りしめる。
 
『嘘だ!! 全部嘘だ!』
 叫べただろうか。俺にもう少し勇気があれば、立ち去る彼女の背に、今この前にあるカメラに、そうやって。
 
 なけなしの勇気を振り絞って、すっと軽く息を吸い込む。
 あるいは言ってしまえ、今。

「あの、皆さん……やっぱ、俺――ッ」
 
 ぎちり。何かを踏みしめる音と共に、足の指先に激痛が走る。思わず言葉を飲み込んだ。神経に触れるような鋭い痛みに、つーっと首筋に冷や汗が伝う。
 震える視界で足を見ると、のめり込んでいた。タカシの足が、俺の指先に。スニーカーから血が滲み始め、意識した途端、更に鋭い痛みが走る。
 
 芽吹き始めていた威勢が、しゅんと一瞬で鳴りを潜めた。

「――いやぁあああ、最高の仲間がいて、わたくしタカシ、感激でございますうう! ではでは、十分ほどの休憩の後、企画をスタートしていきますゆえ、お楽しみに!」
 
 ぷつりと配信が途切れる。
 途端、鈍痛が頬を駆け抜けた。衝撃にくらりと目がくらむ。呆気にとられる。
 ……あ、始まった。漠然と思ったときには、既に戦意は折れていた。

「お前さぁ……今言おうとしたよな?」
 鈍臭く転ける俺の胸ぐらを掴んで、宙に軽々と持ち上げる。……圧倒的にパワーが違う。文字通り、レベルが違う。少しばかり力を入れて身体を捩るも、びくともしなかった。
 これが、CランクとEランクの間にある、絶対的な差。
 
「なんて言おうとした? やっぱりヒヨりんとやりたいとか? それとも、俺《タカシ》が嘘ついてるとか、下らないこと言おうとした?」
 
 文節を終えるたびに、一発、また一発と殴られる。
 いつもの教育。これが、タカシのやり方。少しずつ、痛みで恐怖を刷り込んで、恐怖に縛り付けて、思い通りの駒を作る。【シーカーズ】のリーダー、タカシの帝王学。
 
「す、すみしぇん……も、もぉ、言わないでぇぇす……なので、やめてくださぁい」 
 なんて、半泣きで懇願するたびに、自尊心が削れていく。

 タカシは怒りが収まらないのか、ボロ雑巾見たく俺を好き勝手弄ぶと、床を這っていた小石ほどの魔虫をつかみ上げた。
 虫から粘っこい粘液が滴り落ち、16本ほどある足が不規則にぱたぱたと宙を漕ぐ。
 
 タカシは巨大なダンゴムシみたいなそれを俺の顔に押し付けると、笑顔で言った。

「口、開け」
「……え?」
「罰。これ、食えよ」
「は? ちょっ……やっ」

 無理、無理無理無理……っ!
 必死になって口をつぐむ。けれどタカシはそれでも、ぐりぐりと押し付けてきた。にゅるりと虫の細い足が一本、二本と唇の隙間から侵入してくる。
 目に涙がにじむ。気持ち悪さに思わず胃液を吐き出すと、そのスキをついて、一気に口に虫を押し込まれた。
 
 発狂する。口内でもぞもぞと蠢く物体に、全身から拒絶反応が溢れ出す。全身の毛が逆立って、毛穴がぶわりと開いていくのが分かった。
 
「む、むっ」
「飲み込めよ」
 
 ああ、嫌だ、いやだいやだいやだ。
 唾が溜まり始め、喉に違和感が生まれる。飲み込むな、飲み込むな。念じるほどに、喉に意識が溜まっていく。
 
 ああ、……やばい。

「……はい、お粗末様でした」
 にやりと、下卑た笑みでタカシが笑う。
 
 ごくり。喉を確かな物体な通過していくのが分かった。焦って喉に指を突っ込んで、吐き出そうと何度ももがく。けれどいくらやったって、出てくるのはただの胃液だけだった。
 
 ゲラゲラと笑い転げるタカシは、グチャぐちゃな顔をした俺の髪を掴み上げると、ニヤリと不敵に笑った。

「いいか?」と。「俺が命令したら、はいだ。答えはそれしかない。わかったか? じゃあ、俺が格上殺しに挑めって言ったら?」
「……は、はひ。やります」
「Aランクダンジョンに潜れって言ったら?」
「潜りまあぁス……」
「裸で踊れっつったら?」
「踊らせてくだサァい……」
「よし」
 
 まるで犬にそうするように、優しく頭を撫でられる。

「……それでいいんだよ、蒼汰。じゃあ、やってくれるよな? 配信再開だ。格上殺しの時間だよ、蒼汰」
 
 念押しするように、悪魔が耳元で囁いた。

「やってくれるよな?」
「はひぃ」
 
 息が漏れるのとともに、情けない返事がこぼれた。
 ピピッ。配信開始の電子音とともに、視界の右から左に一斉にコメントが流れていく。
 
『キタァアアアア!』
『格上殺し見せてくれ!』
『頑張れ、いなばん!』
 
「というわけで!」
 タカシの声が遠く、遠くに聞こえる。朦朧とした意識の中、血でぐしゃぐしゃになった足の痛みだけがなんとか千切れかけた神経の糸を繋ぎ止めていた。
「いなばん格上殺し企画、スタートです! いってらっしゃい、いなばん! 頑張れ!」

『にしても鬼畜だなぁ、タカシwww』
『笑顔で地獄に送り出してらwww』
 
 ……そういえばあの日も、同じような感じだったな。
 漠然と、そんなことを考えていた。
 
「行ってきます」
 自分の声が、耳元で鮮明に反響する。すっと体が軽くなった。意志は固く、決意は重い。もう、恐れはない。同情もなかった。
 一歩、一歩確かに歩いていく。大鬼への元へと、あの日と同じ、暗闇の先へと。

『あれ? なんかいなばん様子おかしくね?』
『てか、こんなオーラあったっけwww』
『おい、前からゴブリン三体来てんぞ!逃げろ最弱www!』
『わんちゃんここで死ぬんじゃねwww』 
 
 ……反吐が出るほど嫌いだった。クソの掃き溜め以下のコメント。なのにどいつもこいつも、俺より幸せな暮らしを送っているらしくて。そいつらに媚びへつらってしか生きていけない自分が、どうにも醜くて、自分の動画を見返すたびに吐いていた。
 でももう、それも今日で終わりだ。
 
「キシャァア!!」
 飛びかかってくるゴブリンを、最小限の動きで躱してそのまま突き進む。
 
『は!?』
『何今の曲芸?何が起こった?』
『待て待て待て、お前本当にEランク?』
『ただ歩いてるだけなのに棍棒の座標がズレたように見えたんだけどwww』
 
【シーカーズ】、ぽんこつキュート担当。みんなの従順なペットいなばん。それももう、お別れだ。
 
 四層。暗闇が眼前で蔓延っている。
 その先で化け物が俺を呼んでいる。だったら行こう。今度こそ、自分の意志で。もう後戻りは出来ない。……それでも? それでも良いの?
 
 うん、良いよ。自分自身に答える。
 クソ以下の生活よりかは、全然良いに決まってる。

「今日の企画は」

 すっと息を吸う。
 闇を見据える。今ならわかる。この闇は、俺を呼んでいる。だから俺はあの日、この場所にたどり着いた。全ては、この闇から変わる。あの日も、今日も。

「――最弱が、格上殺しに挑んでみた」
 
 呟きが闇に吸い込まれていく。
 闇に一歩踏み出す。ひりりと空気に肌が痺れる。闇の中を突き進みながら、堪えきれずに笑った。
 
 化け物が姿をあらわす。大鬼。ここまで来たら……もう、後には戻れない。
 
「それじゃあ、やりましょうか」
 ゆっくりと大鬼に背を向けて振り返った。やってきた暗闇の方から、俺以外の、さらにもう一つの足音が響く。コツコツと軽やかな足音が近づいてくると、少しずつその輪郭が鮮明になった。ピンク色の髪。猫の耳。
「ヒヨりんさん」
「任しとけにゃ!」

『え!?』
『ヒヨりん!?』
『いま来たんですがこれどういう状況ですか?』
『俺にもさっぱりわからん』
 
 にやりと彼女は笑うと、「配信開始にゃ」と呟いた。
 ピピッ。ヒヨりんが手に持つカメラが『配信開始』の合図を告げる。
 
 瞬間、
「グラァアァアアアア!!」
 背後で大鬼が金切り声をあげて拳を振り上げた。その到達地点を”影”から推察して、軽やかに振り下ろされた拳を躱す。

 脳が冴えわたっている。間違いない……。今の俺には、誰も触れない。
 
 ヒヨりんが掲げるカメラに向かって、シーカーズの配信につながる安物の浮遊カメラに向かって、ゆっくりと告げる。

「今日の格上殺しのターゲットは――」

 さあ、行こうか。
 闇よりいでて、大鬼を引き連れ。俺の人生を、変えてやろう。今、ここで。

「――【シーカーズ】のリーダー、タカシです」
 
 CランクとEランク、その間にある絶対的な差。
 それを全部覆すような、究極の切り札ジョーカー
 人生を変えるためなら、使えるものは何でも使おう。……たとえそれが、大鬼でも。

 飲み混んだ魔蟲の魔力が蠢いてか、腹の奥底が確かな熱を帯びていた。

 ◇ 

 路地裏、記憶の中で猫耳の少女がにやりと笑っている。
 
 彼女は何を言うわけでもなく、立てた人差し指を顔の前に置いた。静かに、その意図が確かに伝わった。
『私をカメラに映さないで。』彼女が最初に俺に見せたノートには、確かそう書かれていた。『演技をしよう。タカシに束縛されてるんでしょ? だから、それを逆に利用するの。いい? まず、私の誘いを断って』

「――あー……すみません」
 差し出された手を振り払う。
 
「――ヒヨりんさんからのお誘いも有り難いって思うんですけど……俺にはもう、大事なグループがあるんで。そっちとやりたくて」

 ヒヨりんは納得したように頷くと、淡々と、普段動画で見せているのとは全く違う冷酷な表情で、ノートをはらりとめくった。
 
『一応、君の意志を聞いておきたい。私とやる? 格上殺し。やるなら、次の私の質問に”YES”で答えて』

「――それ、君の本心?」
「――……うん」初めから答えは決まっていた。「本心」
「――そっか」 

 捨てセリフを吐いて、残念そうに立ち去るひよりん。
 その全てが、嘘だった。そう、全部嘘だ。シーカーズと格上殺しをやることになったのも、シーカーズへの愛も。
 
 路地裏。配信を終了した後、颯爽とヒヨりんは戻ってきた。
 その時のことも、鮮明に覚えていた。

「いい?」
 彼女は俺に計画を告げる。それは、タカシの動画外での俺への暴力を盗撮して、ネットに公開するというものだった。

「君の格上殺しは、タカシを倒して幕を開けるの。完璧なプロローグでしょ?」
「それじゃあ、物足りなくない……っすか」
 おずおず尋ねる俺に、彼女は不思議そうに首を傾げた。

「社会的に抹殺するだけじゃ、格上殺しとは言わない。だから……っ」
「君、本気で言ってるわけ? Eランクの君が、Cランクの彼に勝てると思ってるの?」
「いや、思ってないよ。だから――」
 
 路地裏より。
 浮ついた空気が漂う中で、静かに俺の声が響いた。

「――大鬼を使う。それなら、出来るだろ?」
 
 ヒヨりんは目を見開くと、けろりと笑ってみせた。

「いいね」と。「君、稼げるよ、1億」
「え?」
「名を馳せてる冒険者は、ネジが何本かぶっ飛んでるの。……君も、その中のひとり」
 
 
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