異世界弓師~作るおっさんと、射るエルフ~

蒼乃ロゼ

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弓師とエルフ

十三話 ハズパラの木とミーハーな精霊

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「──これが?」

 足元に注意しつつ歩を進めると、同じ種類の木々が並ぶエリアに来た。
 それは木の根の一部が地面から浮き上がり、まるで家のようにぽっかりとした根の空間ができている。
 実際に森の動物たち──特に体のサイズがちょうどいいウサギが雨宿りによく来るようだ。

『にしてもエルフの森にゃ魔物、いねぇんだな』
「全くいないわけではありません、セロー様。聖樹のある村周辺と、この場所のように精霊様へ祈りを捧げる場所付近には近寄らないようでして。森を外へ抜けるように進んで行けば、必ず道中で遭遇するかと」
「うわ……魔物か」

 やっぱりいるんだな。
 今のところ異世界に来て命の危険を感じたことがないから、にわかには信じられない。

「! そうか。だからか」
『「?」』
「あ、いや。こっちの話」

 森を抜ける……つまり、逆に森の外からエルフの村へ来るにも危険が伴う。
 エルフの職人の言っていた『ギルド』という制度が整うというのはきっと、俺がファンタジーな世界で思い描く冒険者ギルドや商業ギルドのようなもので、護衛を素早く手配できるようになったとかそういう話なんだろう。

『それで? コーヤになにしろって?』
「はい。……コーヤ。もう一度、つるを打ち鳴らしてくれないか?」
「弦を?」

 聖樹の前でやったやつってことか。
 でも、あれで応えてくれたのは風の精霊だ。
 目の前の聖樹はおろか、その他の森の精霊も応えてはくれなかった。

「風の精霊じゃないのに、応えてくれるかな?」
「ここは私以外のエルフも多く祈りを捧げる場所。周辺で最も精霊様の存在が濃い場所とも言える。もしここですらコーヤの祈りに応えてもらえなければ、他の場所でも望みは薄い」
「そういうことか」

 現状ここが最も可能性のある場所……か。
 聖樹に関しては俺が枝を折った時点でなんらかの異変があるのは確実。
 聖樹の精霊が姿を現さないのも分かる。

 だが、ここは見る限り木々に異変というのはない。
 ここで無理なら、きっとどこでやっても無理ということだろう。

「やれることがあるなら……だな」
「ああ。これを」

 ミラウッドは大切な弓をまたしてもためらいなく渡してくれた。

『特等席で聞いとくか』

 セローはその細長い体を俺の両肩に引っ掛けるようもたれかかる。

「……」

 弓を左手で持つ部分──にぎりをぎゅっと確かめるように握りしめた。

 弓と自分の一体化。
 そして、この場所との一体化。

 弦音つるおとに乗せる自分の気。
 それを届ける相手はどんな者だろう。

 耳に届く鳥の声や葉音に自分の気を紛れ込ませる。
 今、自分は森の一部だ。

 どうか応えてほしい。
 エルフのためにも。
 自分のためにも。



 パシッ。


 もう一度、


 パシッ。





『やっぱイイ音だわ』
「……」

 反応はない。

 ……ダメか?

 代わりにセローが気に入ってくれたからか、周囲を静かで優しい風が通り抜けた。
 風に撫でられたハズパラの木の葉たちも、まるで踊るように揺れている。




『……んもーー。なんですの、なんですのぉ?』
「「!」」

 目の前の木の根よりやれやれとでも言いそうな声と共に、何かがピョコピョコと出てきた。

「う、ウサギが……!」
『あらぁ? てっきり風のお方の唄かと思えば、人間さんでしたか』

 セローのイタチ姿と同じくらい小さな存在。
 薄茶色の毛を持つウサギが、木の根から出てきた。

 しかもただのかわいいウサギじゃない。

 ピョンッとした耳には赤い花。
 首元には葉っぱや蔓で出来たマフラーのような装具。
 背中にはまるで羽根に見立てた四枚の葉が生えている。
 日本では絶対にお目に掛かれない姿だ。

『こんにちは、こんにちは! エルフのお方でもないんですね。わたくし、ビックリです!』
「こ、こんにちは」

 少女のような声をしたウサギは、意外と俺たちに興味津々の様子だ。

『チッ。起きやがったか』
『まぁー!? 起こしておいて、なんですの? なんですのー!?』

 ウサギ姿の……精霊? に近づいていったセローは、なぜか悪態をついている。
 森の精霊と風の精霊って仲悪いのかな……。

「ハズパラの木々に棲まう者よ。突然の来訪をお許しください」
『まぁまぁ。これはご丁寧に、エルフのお方。……無作法な風のお方とは大違いですわ!』
『ああん??』
「こらこら、セロー……」

 俺は食って掛かりそうなセローをなだめて、俺の肩に乗るよう取りなした。

『! ここにいるだけでもめずらしい人間さんが、風のお方と契約なさっているんですの?』
「ええ、一応……」
『まぁまぁまぁ!! 素敵ですね、素敵です! わたくし、ビックリです!』
『うるせーなコイツ』
「えっと、起こしてしまって申し訳ないんだが、おうかがいしたいことがありまして」
『ええ、ええ。どうぞ、めずらしい人間さん』
「その。最近森の精霊たちが、エルフたちの声に応じてくれないみたいで──」

 俺はミーハー気質な森の精霊に、一連の状況を伝えた。
 ついでに聖樹の枝を折ったことも。

『あらあら、聖樹の枝まで……』
「なにか異変についてご存知ではないですか? 精霊様」
『それはね、エルフのお方。さきほどのわたくしのように、みんな寝ているだけだと思いますよ。ええ、思います』
「寝ている?」

 冬眠みたいなものだろうか?

『森のヤツってのはヤワだこって』
『まー! 風のお方は野蛮ですこと! いいですか? この森に棲む精霊にとって、聖樹の力が弱まるというのは、自分たちの力の源も弱まるということですよ!』
「聖樹の力が弱まる? ……我らがエルフの方で、聖樹への祈りを欠かしたことはないのですが……」
『ええ、ええ。聖樹に宿る精霊は、あくまでそこを住処と定めた者。元より聖樹をもたらしたのは大地の神ですから。かの方のお力により、聖樹というものはあらゆる場所に根があるんですよ。もしかすれば、どこかで聖樹の一部が消失したのかもしれませんねぇ』
「そういうことか……」
「つまり、失った一部の力を補うために、聖樹は自身の力を低出力にしている?」
『そういうことですね、人間さん』
「まさか、そのようなことが……」

 ミラウッドは初めて聞いたとでもいうような顔だ。
 エルフの寿命がもし長いのだとしたら、それがどんなに珍しいことかが分かる。

『しばらくすればまた新たな根も張ることでしょう。心配ありませんよ、エルフのお方。……でも、その間に魔物が近寄ってきましたら、皆さんお困りですよねぇ?』
「! 魔物が」
『ええ、ええ。……うーーん。……! では、こうしましょう!』
「「?」」
『素敵な魔力のお返しに、わたくしが人間さんに付いていって、アドバイスしてあげればいいんです!』
「「!?」」

 また精霊が……!?
 そんなに弦音ってのは貴重なのか!?

『ハァー? ザコはいらねぇよ』
『まぁー!? 風のお方っていうのは、ほんっっとうに野蛮なんですね!』
「二人とも、落ち着いて……」
『居心地のイイ場所に引きこもってるヤツなんざ、ザコに決まってんだろ』
『まぁまぁ! 自分以外も大切にできないお方が、なにをおっしゃるんですか? それは強いと言えるのでしょうか? 言えないですよね?』
「落ち着い……」
『そんなに言うなら、やってやろうか?』
『かまいませんよ、ええ、かまいません! その尻尾、大地の槍でちょん切ってやりましょうか!』

 意外と森の精霊も好戦的……!?

「あ、あのー」
『はい!?』
『あ??』
「どちらのスタンスも素敵だと思います……ので、ケンカは止めていただけると……」
『『……』』

 精霊はどうか分からないが、俺の感覚でいえば自分の力を信じる孤高の旅人も、自分の住処を大切にしてそこに暮らす者も、どっちもすごいなと思う。
 ミラウッドもうんうんと無言でうなずいた。

『……』
『……』

 ギロッと顔を見合わせる精霊たち。

『……しかたありませんわ、しかたありませんね。素敵な人間さんの言うことですもの』
『チッ。しゃーねぇな』
「よ、よかった」

 さすがに精霊同士のケンカともなれば、この辺りがとんでもないことになりそうだ。

「本当に共に来ていただけるのですか?」
『ええ、エルフのお方。せっかく目覚めたんですもの。ついでというやつですわ』
『うるさくなりそうだ……』
『では、人間さん。あなたのお名前は?』
「真中侯矢……コーヤです」
『コーヤさま! 素敵ですね! わたくしの名前も付けてくださいますか?』
「名前を?」
「セロー様のような存在はそう多くはないのだよ、コーヤ」
「! そうなのか」

 名前を持っていない精霊も多くいるということか。

「えっと、じゃあ……」

 名付けか……。
 動物と一緒に暮らしたこともないし、なかなかこういう機会はないんだが。
 うさぎ……うさぎ……。

 ん? そういえば、弓とも関係あるな。
 兎《うさぎ》は月を表す。

 月……ムーン、ルナ。
 ルナ、いいな。
 でも森の精霊だし植物っぽい名前にもしたいな。

 うーん。
 ルナと名の付く植物とか……?

 ──あ!

「ルナリア! ルナリアはどうかな?」
『! 素敵ですね、素敵です!』

 元の世界でのルナリアは紫色の花をつける植物だが、月に由来するその名はぴったりだ。
 ルナリアはパァっと瞳を輝かせて喜ぶ。

『……』
「? なんだセロー」
『べつにー』
『素敵! わたくし、ルナリアですって! そう思いません? エルフのお方』
「ええ、とても素敵ですね」
『うふふ! 気軽に呼んでちょうだいね!』
「ありがとうございます、ルナリア様」

 その場で踊り出しそうにご機嫌なルナリア。
 気に入ってもらえてよかった。


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