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異世界と弓作り
五十一話 成果と想定外【ミラウッド視点】
しおりを挟む翌日。二人と同じ宿に泊まった私は森の中を徒歩で移動することを想定し、暗い時間から行動を開始した。
厩舎に預けた馬を引き取り荷物を乗せると、そのまま出発。
ただでさえ薄暗い森の中だ。
本来であれば日中の移動が望ましいが、徒歩での移動となると現場にたどり着くまでに時間がかかる。
「蹄の音を抑えるためとはいえ……」
「暗い森ってのは、怖いねぇ」
ヨルディカが魔術の光で照らしながら、慎重に進む。
「でもヤツが元気な日中より、“おねむ”な朝に討伐した方がいいだろうよ」
「まあな。見つかればいいが」
そんなことを言いながらひたすら森を進む。
精霊様の力を感じる普段であれば暗さが怖さになり得ない私でも、今の状況下の森では幾分か恐れを感じる。
「ミラウッドの方が夜目は利くだろうし、なんか見付けたら言ってくれ」
「ああ、分かった」
人の街に続く森の道はある程度村の者が整備している。
ここは冒険者を雇って村へとやってくる行商の者らも通る道。
知能の高い魔物は学習しており、この道の途上で出会うのは知能の低い魔物か、強さに自信のある魔物かだ。
この道の途上で会えれば一番いいが、問題はそれが叶わなかった時ヤツの居場所を見付けられるかどうか。
私は僅かな痕跡も見逃さないよう、周囲によく視線を配りながら慎重に進んだ。
「木が燃えてた場所ってのはそろそろか?」
「そうだ」
フラマの木が倒れていた場所周辺へとやってきた。
そろそろ陽が昇り、ヨルディカの光魔法が必要ないほどになってきた。
「そういえば、足跡なんかは残ってないのかい?」
「はっきりとした跡はなかった。広範囲に物がスレたような跡はあったがな」
「尻尾の跡か、それ?」
「なんにせよ、図体がデカいってのは間違いなさそうだね。……じゃ、そろそろ」
ヨルディカの合図で昨夜検討を重ねた作戦の準備に取り掛かる。
道の途上で会えなかった場合、私たちはヤツをおびき出すことにした。
リザード種は雑食性らしい。
店が閉まるギリギリに買い込んだ、隣街周辺に生える野草や野菜、おまけに肉なんかも入れたカゴを設置する。
「【吹き抜ける風、佳芳を導け】──いけっ」
ヨルディカが風の魔術を放つ。
彼女の風の魔術の媒介は耳に揺れるピアス。
風の魔力を多く含んだ緑色の魔石からなる魔道具が、彼女の力を増幅させる。
「さーて、どうかな」
ヨルディカの風の魔法が四方に拡散し、罠として置いた食料の香りを届けてくれる。
この周辺を根城としているなら、ヘルリザードも気付くことだろう。
「……」
「……」
「……」
私たちは周囲の草木に紛れ、声をじっと潜めながらその時を待つ。
「──!」
そうしてしばらく待つと、音が聞こえた。
葉の掠れる音だ。
待ち望んだ展開に左手の弓を握る力も強くなる。
……だが、地を這うにしては地面に振動が響いていない。
と、私は油断していた。
「────!? 【拒絶する、不可視の障壁】っ!」
「「!!」」
いち早く気付いたヨルディカが、防御魔法を放つ。
真上から放たれた炎のブレスは私たち三人を簡単に飲み込む広範囲のものだった。
「上か!」
その巨体から地を這うリザードと油断していた。
まるで木々に体を巻き付けるかのようにしなやかに動く体は、木々の移動さえ容易にするようだ。
気付けば見上げた木々の合間に巨大な影が出現していた。
「つっても、やるこた変わらねぇ!」
「ああ!」
「あいよ!」
アンセルが意気揚々とヘルリザードを挑発した。
「おいおい、トカゲさんよぉ! ビビってんのか知らねぇが、そーんな木の上から人間とエルフを眺めて楽しいか? ええ?」
『……ッ!』
声もなく、ギョロッとした大きな眼を開いてアンセルを睨むヘルリザード。
「【交錯する、氷の刃】!」
「っ」
アンセルが敵の注意を引き付ける間に、私の矢とヨルディカの氷の魔法がヘルリザードの腹を狙う。
事前に鱗に覆われた部分は防御性能が高いと予想していたため、むしろ木の上に登っていたのは好機ともいえる。
『!!』
「尻尾か!」
ヘルリザードは寸でのところで気付いたのか、長い尻尾を翻して攻撃を防いだ。
「やっぱり鱗がある部分は厄介そうだね」
「ああ」
「んなら──っ!」
ならばとアンセルが力業で攻める。
ヘルリザードが巻き付く木々を、その背から抜いた大剣で横薙ぎにする。
「! 相変わらず、すごい力だな……」
弾かれたように音を立て折れる幹がゆっくりと倒れていく。
そうして一定の角度になると轟音と共に地に伏した。
「! 速い!」
木が地面に着くやいなや、炎のブレスでは防がれると思ったのか、木の幹から駆け降りるように直接アンセルへと向かうヘルリザード。
「かかってこいやぁ!!」
迎え撃つアンセル。
私とヨルディカも援護して、アンセルが全力で斬りかかれるようにヤツの動きを制限する。
飛びかかろうとするヘルリザードの眼を私とヨルディカが狙うと、防御姿勢に入ったヤツの懐へアンセルが潜り込む。
「っしゃぁ!」
弧を描くように後ろから前へと振りかぶった大剣は、ヘルリザードの腹を十分に傷付けた。
しかし、そうなることを想定していたのか、ヤツは取り乱すことなく次の体勢に入る。
「げっ」
「バカだねぇ」
至近距離でアンセルに向かう炎をヨルディカが再び防ぐ。
「ふぅ~あぶねぇ~。サンキュー姉貴!」
「どうする?」
「打合せどおりいくよ」
「分かった」
その鱗の強度からアンセルの攻撃、精霊魔法のない私の矢の攻撃も通りづらいと予想していた。
であればヨルディカの魔法でトドメを刺すのだが、敵もそう易々とは捕まってくれない。
絶対に逃げられない状況を、私とアンセルが作る。
「ミラウッドの剣術もなかなかだよな」
「それはどうも」
弓を背に戻し、腰の剣を抜く。
この作戦に欠かせないものだ。
「いくぞ」
「おうよ!」
『!』
ぬるりとした巨体の威圧感が、雄叫びをあげずとも威嚇する。
しかし気圧されることなく向かう私たちに、ヘルリザードは一瞬迷いを見せた。
「おらぁ!!」
先陣をきったアンセルが大剣をヘルリザードの左腕に突き刺し、地面へと縫い付ける。
『~~!!』
「まだだ」
その隙に私はヤツの身体に飛び乗り、頭から剣を突きさす。
「──くっ」
『~! ~~!!』
しかし、アンセルほどの力もない私では地面にまで貫き通すことはできない。
「どきなミラウッド! 【落つる、氷の月】!」
ヨルディカの掛け声に合わせ飛びのくと、その場に巨大な氷塊が出現した。
ヘルリザードはその勢いと重さに耐えきれず、頭を垂れる。
「今だ!」
私は打合せどおりヘルリザードの口元に駆け寄る。
「っ、剣が……仕方あるまい」
本来ヨルディカの魔法を体の内から通すために、その口元を剣で上下をこじ開けるつもりであった。
しかし力が足りず半端に突き刺さったままの剣は、ヘルリザードの頭上に在るままだ。
私は苦肉の策として、背中の弓を手に取った。
「……」
心の中で、慣れ親しんだ弓に別れを告げる。
「ヨルディカ!」
「任せな!」
くらくらと目を回しているヘルリザードの口元を弓でこじ開け、縦に置いて口を開いた状態を維持する。
コツコツとヒールを鳴らして口元までやってくると、ヨルディカは獲物に別れを告げた。
「あんたの不運は、逃げ込んだ先……あたしらの縄張りに入ったことさ。──それじゃあね」
ぽっかりと空いた口元に掌を向け、魔法を放つ。
「【交錯する、氷の刃】!」
「っ」
確実に仕留めると言わんばかりに出現した無数の氷の刃は、内側から外に向かって縦、横あらゆる角度からヘルリザードを貫いた。
凄まじい氷の攻撃を受けた巨体は、喚く間もなく事切れる。
「……やったか」
「ふぅ」
「いっちょ上がりぃ!」
「あーんたはまた、調子に乗ってさ」
「姉貴ごめんって」
変わらないいつものやり取りに安堵を覚えつつ、再び問題と向き合う。
「それにしても……デカイな」
「歯と尻尾、爪くらいでいいかね?」
「鱗も素材としちゃ売れるんじゃないか?」
「……素材、か」
そういえば、コーヤは前に弓を引く際のグローブのことを聞いてきたことがあったな。
ヘルリザードほどの素材なら、恐らく魔力伝導効率もいいんだろうが……。
コーヤがここに居たらよかったんだが。
「村に運んでもいいか?」
「それはいいけど、素材を売った金もあたしらのものだよ」
「もちろんだ。その前に調べたいことがあってな。……もし条件が合致すれば、皮だけもらえないだろうか?」
「? そりゃー別にいいが」
「助かる」
まずは木材を売る際に使う荷馬車を村から持ってきて、そのまま一度村に戻ることにした。
「じゃあ、あたしらはここで待って──」
「! 避けろ!!」
「「!!」」
一瞬視界の端にチラついたものを判断するまでもなく、私たちは体ごと横へ回避した。
「もう一体いたのかい!?」
「そいつぁさすがに予想外だな」
「くっ……」
「炎が……森に!」
「先にやっちまおう!」
先ほどのヘルリザードと同等の巨体が道を塞ぐ。
しまったな……。武器が、もう──
「──ミラウッド!!」
「! この声は……」
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