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血気盛んな騎士団も、初めての慣れない魔物討伐に疲れ切ったのか
食事が終わると用意してもらった宿に各々帰っていた。
念のため団長の周囲、会話の内容を確認したが特にこれといって
目立ったことはなく俺も眠りについたが、翌日…日も昇らないうちに起きてしまう。
妙に目が冴えてしまい、もう一度横になるが眠れない。
カーテンを空けると、ほの明るい中を、
小さな人影が何かを抱え小走りでどこかへと向かっていた。
目を凝らそうとして思い出す。
寝ぼけている頭をどうにか叩き起こし、力を使う。
「ユーノ…?」
村から出て森へと向かう、ユーノの姿を見た。
もうあの森には魔物はいないが、元々住んでいた大型の動物はいる。
襲われでもしたら大変だ。
身支度を整えて急いで追いかける。

この時期のユーノは、1人になると怯えて動けなくなってしまっていた。
見知らぬ土地で大人たちに囲まれ、受け入れられず、
けれど逃げ出さないように監視され続けた結果だ。
王都で訓練と事務作業に追われ、彼のサポートを出来なかった俺のせいでもある。
その彼が、行動している。

驚かせないようにそっとついて行くと、
あらかじめ用意していたであろう石を並べ始めた。
石遊びでもするのかと見ていると祈りを捧げている。
祈る姿は何度も見たことがあった。

彼は魔物討伐に参加する度にその地で小さな墓を作る。
いつしか俺もそれに加わり、毎回祈った。
何に対して祈っていたのか、わからないまま。

ぱきり、と小気味いい音が足元から鳴る。
「だ、誰…?!」
早朝の森は静かで、踏んでしまった小枝の折れた音が響く。
今出ていって、彼はどうなる?
王都にいた頃のように監視されていたと知ったら。
これ以上音を立てないように注意する。

「枝…だけ。足音…でも、まさか…妖精さん?」
森には小動物だっているのに、真っ先に出るのが妖精か…。
このまま無下にするのは、心苦しい。
『う…ウン、ソウダヨ』
聞き伝える力、こんなことばかりに使っている。
ただでさえ朝から裏声を出すのはキツい。
力を使用する際に起こる喉の締め付けも相まって
不自然な話し方になってしまう。

「はあ…よかった……。人に見られたら大変なことになっちゃう」
『ドウシテ、タイヘン、ナノ?』
妖精がどう喋るかは知らないが、ユーノは納得しているようだ。
「妖精さんは……人じゃないから言ってもわからないですよ。
人にとって、コレはダメな事で内緒にしなきゃいけないんです」
意外と、しっかり線引きしているなあ……。
妖精さんにはなんでも話してくれると簡単に考えてしまっていた。
『ハナシテイイ、ヒトニ、ハナシテミナイノ?』
「そんな人、…団長は……怒らないけど……。けど、それだけ。
セイリオスさんも……。…副団長……。
わかんない……あんまり話したことないから…」
『ネエ、チョットダケ、オハナシシテミタラ?』
「でも、嫌われちゃったら……気持ち悪いって、変って……。
せっかく昨日、みんなに話しかけてもらえたのに……また…」
ユーノはそのまま黙り込んでしまった。
俺は、ただ見ているだけではいられず、考えなしに駆け寄ってしまった。

「!?なんで………副団長が……?」
驚きと、恐怖の表情。
逃げ出す前に会話を続けないといけなかった。
「ま、毎朝、鳥を見るのが日課なんだ。ここは良い森だからな。
鳥がたくさんいるかなって、散歩をしていたんだ!」
「……鳥さん……。でも、ちょっと早いかもしれません…。
日も昇ってない…あ、夜行性が好き……とか?
それにはちょっと明るすぎる…と思います……」
ズタボロの取り繕いにユーノは素直に考え答えてくれた。
沢山ならべた石を隠そうとしているのか、服の裾で覆う。
そのまま引っ掛けて、じゃらじゃらと散らしてしまう。
「っ、その、僕、石が……好きで……」
言い訳をしようとモゴモゴと口を動かすが、途中でやめる。
石をひとつ、つまみあげ、小さな声を絞り出し呟く。
「……これは……。…魔物のお墓の石……です…」
そのまま嘘を突き通してしまえばいいのに。貫くのは彼なりの信念があるからだろう。
隣にしゃがみ、崩れた石を並べ直すと、
ユーノはびくりと一瞬体を震わせ、うつむく。
「怒らない…んですか」
「理由がわからないことは、怒れないよ」

「……人にとって悪いモノのお墓を建てるなんて、良くないことだから……。
人をあんな風に困らせて悲しませて、死んで、いなくて………とうぜん……で」
理由を言うたび苦しそうに声を震わせる。
「それはユーノの考えていることなのか?」
「……僕の、考え…」
ユーノはおずおずと石を拾い上げ、丁寧にひとつひとつ、積み上げていく。
「……死んでも当然は、おかしい…。
魔物は人の命を奪う……それは、人として許せない。
けど、それは、この世界にいてはいけない理由にはならない」
澄んだ声で言葉を紡ぎ終えた途端、顔を真っ青に染めた。
「っご……ごめんなさい…。
騎士団の一員なのに、啓示者なのに……っ。こんな、変なこと……」
全ての石を並び終えると、ちょっとしたモニュメントのようになっていた。

「ユーノ……」
共に祈っていた時も、考えていたのだろうか。
聖職者としての形振り、儀式を重んじる子供の行動に関心していただけにすぎない俺の横で。
懸命に、祈りながら。
「考える事は、悪いことじゃないんだよ」
「……別々に」
「うん?」
少し顔をあげ、小さく息を吸い込む。
「思想するものが異なる考えを持てば、必然的に衝突はうまれ争う。
結果として、思想を持たないものを巻き込む。
それでも思想、思考は悪では、無いと……?」
「う、ん??」
唐突の難題に思考が止まる。
なんと言った?……なんだって?何か真理的なことを言っている……?
混乱する頭でどうにか自身の中で噛み砕いていく。
再び萎縮し始めてしまう前に、何か、何か言わなくては。

「あ、争いを回避するための考えを探す。っていうのは」
なんとか導いた言葉に、ユーノは更に考えを深めていく。
「さらに考えを増やして問題を解決するの……?
つまり思考自体に善悪はない……。
ああ、なんだ。そうだったんだ……」
ユーノは哲学者のような面持ちで並べた石を見つめ、安堵したように息を吐く。
俺は中盤あたりから何を言っているのか分からず冷や汗をかいていた。
「副団長。お話ししてくれて……ありがとうございます……。
僕、これが気持ちなのか考えなのか、わからなくて。
ただ、漠然と苦しくて。石の意味もわからなった……」

「石の、意味?」
生きてきた中でその言葉は、聞いたことがないなぁ…。
「僕………神殿と、教団…修道院にいて……。
いろんなことを教えてもらったのに……。
わからなくなっちゃたんです……。
けど、多数の信仰の中において、埋葬という概念は形こそ違えどありまして…。
だから、その共通したものをどうにか…まとめて…。
聖職者として、そのように振る舞っている。
……と思い込もうとしていたんです。
けれど、この石は僕自身が、思考するための装置だったんです」
「そうち…」
「埋葬という儀式を通じ、魔物の命を奪った事実を再確認。
信仰心、考え、思考、関係性を改める。
決まった手順を踏む行為は、精神を落ち着かせるんです。
複数用意した石を積み上げる作業は無意識に働きかけるため……。
その作業を行おうとした時点で、没入していたのです。
石は意識のない所で選んでいたんです……!」
「おお……そうか……」
怒涛の早口。
意味の大半はわからない。
一つも噛むことのない喋りに、ただただ、驚かされている。
「あっ……!う、上手く説明できなくて、ごめんなさい……。
いい言葉が選べない……うーん……会話も……技術……足りなくって…」
興奮して頬を染め、言い淀んで、再び一生懸命、おもいを伝えようとする。
特別な、選ばれた子供。
団員達だけではなく、俺自身も、どこかでそう考えていた。
ユーノを見ようとしなかった。

てっぺんに置く最後の石を、ユーノは優しく、愛おしげに手のひらに包み込む。
「この石は、ユーノの大切な意味が沢山こもっているんだな」
「大切……。そうですね。大切、です」
手のひらで温められた小さな石を手渡される。
「同じ世界にいるもの同士、否定しあうだけではない……。関係を、築けたら。
何をすれば、どうすればいいか……。
それがいいことなのかも…。今の僕には、何一つ、わかりません…。
……この遠征で、手がかりを…見つけたいんです……」
積み上げた石を前に、目を伏せ静かに祈る。
彼がこれからどうなっていくのかを見たい。
絶対に死なせない……。
自分自身に祈りを捧げた。

小さなモニュメントを後に、俺たちは村へと歩いていく。
ちょうど日が昇り始めた頃だった。
「ねえ副団長。今日のお祭り、お菓子でますかね」
「多分。とびきり甘いのが出るよ」
「ふふ、絶対がいいなあ」
祭りを心待ちにし、下手くそなスキップをしながら前を行く姿は、
まだまだ、あどけない。
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