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第二話 芳樹

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 俺のレシートやら給料明細やら見て、急にどうしたんだ。
 結婚当初は大雑把な所もあったのに、家計簿をきちんと付けない代わりに俺の事を細かく見ているようだ。
 まるでうるさい母親みたいに。


 さっきもレシート見られたけど、大丈夫かな。
 怪しいものはないけれど、最近俺も後輩とイタリアンなんて行ってしまった。
 
 俺は突然寝室に姿を消した美恵を気にしつつも、自分の事で頭が一杯だった。
 ソファにもたれ、会社での気がかりな事を思い出してしまう。

 なぜなら、俺は後輩と噂になっているからだ。 

 担当しているまだまだ新人の後輩と、不倫だ、と。
 
 とはいえ、事実は違う。
 
 外回りの仕事の事を教えていたら、対人面が苦手なのか中々上手くいかず、会社へ戻るのが遅くなってしまい、残った仕事を2人で手分けしてこなしている。他にも仕事がやたらと多いので手伝ったり。
 けれど、昼飯でやたらと話が合う奴で悪い子ではないと分かり、呑みやら簡単な食事やら、お疲れ会みたいに行く仲になってしまっただけだ。

 が、美恵にそれが通じるか。

 異性の友情なんてありえない! なんて鬼の形相で怒りそうだ。
 
 俺は1人、頭を抱えた。 
 自分の行動は夫として軽率なのか。

 仕事場でも同じだった。
 只後輩の白木と話しているだけで、浮気だの不倫だのと疑われた。
 異様に噂が広まるのが早かったので、白木には行動を気をつけろと言っておいた。


 さすがに仕事中に不倫だ浮気だの話のネタにされてはたまらないだろうから、俺も白木に気を使い、メールで色々と指示をした。
 そういう面倒事に対し自分で考えて行動出来るような、頭の冴えた子ではないからだ。
というより、間が悪い奴というのだろうか。
 陰口を直接聞いてしまったり、帰ろうと思ったら、仕事を頼まれたり。
しっかりしているが、まだまだ気も弱い。

 そんな白木を見ると、面倒だが、これも仕事だと思ってメールを送っていた。 

 さっきソファでDVDを見るフリをしながら、美恵に隠れケータイを広げると、その後輩からメールが届いていた。


『最近私の周りで私たちの事が噂になっているようで・・・。先輩、どうしたらいいでしょうか』


 バカ。
 そんなのとっくに気が付いてるよ。


呑気な白木の文面に、少し腹が立つ。
 だから行動にはあれほど気をつけろと言ったのに。
 噂なんて尾ひれを付けて広がるもんだ。
 こと恋愛やら不倫なんて、女どもの格好の餌食。
 もう社食でも、見知らぬ女性社員から、冷たい視線を感じている程だ。
俺は気にしないが、この頼りない後輩はさぞかし頭を悩ましている事だろう。
  
 俺はケータイをテーブルから取ると、先ほどのメールの返事を打とうとメールの内容を考えた。

 まさか美恵がいる前で後輩にメールなんて打つ度胸はない。
 どうせ何をしてるか勘ぐってくる。

 それにしても美恵はいきなり2階へ駆け上がってしまったけれど、どうしたのだろうか。
 少し気になるが、白木をほっとくわけにもいかない。

 最近はセックスもしない、キスだってままならない関係だが、俺は美恵が好きだ。
 だからこういう事は後ろめたい。
 さっさとどうにかしたい。

 出来れば頭が冴えて、気が強く、ペラペラ良く喋る後輩で、しかもその話も世間話程度で済むような、そんな距離感の関係が良かった。
 でも現実はそうはいかない。

 気も弱い、ちょっと鈍感で余計な話もしない、けれど気の合う後輩なのだ。
 
 俺はソファにもたれ、ケータイと睨めっこした。


『とにか今は耐えるしかない。俺も出来る限りうるさく言う奴らにはなんとか言ってみる。でも逆効果かもしれない。だからしっかり自分は関係ないんだという態度を周りには取っているんだぞ』


 送信、と。
 同時に思わずため息も出る。 

 本当に手がかかる。
 休みの日まで助け舟が必要なんて。
 そりゃ浮気だ不倫だのと噂も立つ。


 でも、俺の周りは言わないんだよな。
もちろん遠くから言われているのは感じているし、同期の人間から、真意を確かめられたりはしたけれど。
周りは静かなもんだ。
 やっぱり性格で損してるんだろうな、白木は。


 大丈夫かな。


 俺は不安になってきた。
 返事も来ない。
 足を組み、テレビを見ながら返事を待つ。

 テレビを眺めながら、俺は白木との挨拶周りを思い出す。
 たどたどしい、何を言っているのか分かりにくい、けれど精一杯の初めての社会人としての挨拶。
取り引き先は、白木でも受け入れてくれそうな小さな会社で、にっこり微笑みよろしくお願いします、と言ってくれた。

 せっかく頑張って教えている子が辞めるなんて言い始めたら、今までの苦労はなんだったんだと思うし、寂しい。
 性格は素直で真面目な子だ。
 素直さゆえ、嘘を付くと顔に出やすい。
 だから俺との距離も近いのかもしれない。俺はそれを直すのに、徹底的に先輩からしごかれた。
 
 
 白木、会社で上手くやってけるのかな。


 俺は不安になって、もう一度メールを送ろうとケータイを手にする。 

 が、美恵の事が頭に浮かぶ。

 さっきちょっと触れ合った肌。
 久しぶりの感触だった。
 美恵はまだ女を捨てていなくて、しっかり手入れをしていた。
 そういえば、風呂場に色々クリームがある。
 さっきキスした時も、唇は柔らかいままだった。

 また、続きがしたい。
 今日は、俺はしたい。

 頭の中で、美恵が誘いをかけてくる。

 いやいやいやいやいや、美恵は美恵だ。

 俺は白木宛に文章を考える。
 さてどうしたものか。


『最近会社で上手くやってけてるか。噂に負けてないか?』


 送信、と。 
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