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第5話:滅びゆく愚かな国
しおりを挟むリリアナの拒絶が伝わった後、アルトリア王国はわずか一か月で絶望的な状況に陥った。
まず史上最悪の疫病が蔓延した。
「私の力では...!嘘、なんで治らないの!?」
セラフィナが血を吐いて倒れる。彼女自身も疫病に感染し、自分すら治すことができずに苦しんでいた。
偽聖女として崇拝していた貴族たちは、手のひらを返すように彼女を見捨てた。
「リリアナ様なら一瞬で治してくださったのに!」
「役立たずめ!」
「偽物の聖女だったのか!」
民衆から罵倒される中、セラフィナは高熱にうなされながら呻いていた。美しかった金髪は汗でべとつき、緑の瞳は熱で虚ろになっている。
続いて魔獣の大群が首都を包囲した。王宮の兵士たちは次々と魔獣に食い殺される。
「誰か!誰でもいい!魔獣を止めてくれ!」
王太子エドワードが泣きながら逃げ惑う姿は、かつての威厳など微塵も残っていなかった。王子の服は泥と血で汚れ、顔は恐怖で歪んでいる。
貴族たちは我先にと国外逃亡を図ったが、国境で魔獣に阻まれ、多くが命を落とした。
食料不足で民衆が暴徒化し、王宮を襲撃した。
「リリアナ様!お許しください!どんな条件でも!」
アルトリア国王が土下座しながら泣き叫ぶが、もはや誰も聞く耳を持たない。
暴徒と化した民衆たちが王宮に乱入し、王族の財宝を略奪していく。王冠すら奪われ、玉座は血で汚されていた。
かつてリリアナを嘲笑した貴族たちの末路は悲惨だった。
「あの時リリアナ様を庇っていれば...」
侯爵夫人が路上で物乞いをしながら後悔に暮れる。かつて美しく着飾っていた彼女は、今やボロ布を纏った乞食と化していた。
「私は間違っていた...真の聖女を見抜けなかった...」
宮廷魔法使いは栄養失調で路上に倒れ、そのまま息を引き取った。彼の最後の言葉は、リリアナへの謝罪だった。
「リリアナ様の偉大さが今なら分かる...でももう遅い...」
元近衛騎士団長は魔獣に片腕を食いちぎられながら、涙を流していた。
セラフィナの転落は最も酷いものだった。
疫病で美貌も失い、髪は抜け落ち、肌は爛れる。民衆からは石を投げられ、汚物を投げつけられた。
「偽聖女め!」
「国を滅ぼした悪女!」
「お前のせいで皆が死んだ!」
かつて「可憐な聖女」と呼ばれた彼女は、今や醜く変わり果てた姿で街角に蹲っていた。
「私が...私が聖女だったのに...どうして...」
狂ったように笑いながら呟く彼女の姿は、もはや哀れとしか言いようがなかった。理性を失い、現実と妄想の区別もつかなくなっている。
最後は修道院に幽閉され、一生外に出ることを禁じられた。
「こんなはずじゃなかったのに...」
薄暗い独房で、彼女は壁に向かって呟き続けるのだった。
エドワードの転落も悲惨だった。
王位継承権を剥奪され、貴族の身分も失う。元婚約者だったことがバレると、どこでも「リリアナ様を捨てた愚か者」と蔑まれた。
「食べ物を...誰か...食べ物を...」
ボロボロの服で物乞いをする姿は、かつての王太子の面影など皆無だった。髭も伸び放題で、目は虚ろになっている。
「リリアナ...すまない...すまない...」
彼は一日中、リリアナの名前を呟いていた。しかし謝罪の相手はもうこの国にはいない。
ついには身元がバレることを恐れ、行方不明となった。
「俺はなんて馬鹿だったんだ...」
その後、彼の行方を知る者はいない。おそらく野犬の餌となったか、魔獣に食われたのだろう。
アルトリア王国の混乱を見かねたベルガリア王国が、「人道的支援」の名目で軍を派遣した。
実際は領土拡張が目的だったが、表向きはリリアナの故郷を救うための慈悲深い行為とされた。
「リリアナ王妃の故郷を見捨てるわけにはいかない」
ベルガリア国王の言葉に、リリアナは苦笑した。上手い口実だった。
ベルガリア軍は一日で首都を制圧した。もはや抵抗する力も残っていなかったアルトリア王国は、あっけないほど簡単に降伏した。
アルトリア王国は地図から完全に消滅し、その領土はベルガリア王国に組み込まれた。
かつてリリアナを「不気味」と言っていた民衆たちが、今度は必死に謝罪していた。
「リリアナ様こそ真の聖女だった!なぜ気づかなかったんだ!」
「王太子とセラフィナが全て悪かった!リリアナ様は被害者だ!」
「リリアナ様、どうかお帰りください!この通りです!」
土下座して泣き叫ぶ民衆たちの姿を、ベルガリア軍の兵士たちは冷ややかに見つめていた。
しかし、リリアナがこの光景を見ることはなかった。彼女は既にベルガリア王国で幸せな生活を送っており、この愚かな国のことなど眼中にないのだから。
遅すぎる。
全てが遅すぎた。
ベルガリア王国では、この一連の出来事が「愚かな国の当然の報い」として歴史書に記録された。
リリアナの名前は「真の聖女」として永遠に称えられることが決まった。
「真の価値を見抜けない国は滅ぶ。これは歴史の必然だった」
ベルガリアの歴史学者がそう評価した。
一方で、アルトリア王国については「愚昧な国家の典型例」として、後世の教訓とされることになった。
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私はアレクシス王子と並んで、元アルトリア王国だった土地を見渡していた。
そこには美しい麦畑が広がり、健康な人々が平和に暮らしている。ベルガリア王国の統治下で、土地は生まれ変わっていた。
「後悔はないか?」
王子が優しく尋ねる。
「全くありません」
私は微笑んだ。
「あの国は、自分で自分の運命を選んだのです。私を必要としなかった国の末路を見て、何を感じろというのでしょうか」
風が頬を撫でていく。それは新しい季節の始まりを告げる風だった。
「私は前を向いて歩んでいきます。私を愛してくれる人たちと共に」
王子も頷いた。
「君がそう言ってくれて、本当に良かった」
かつてアルトリア王国があった場所には、もう過去の痕跡は残っていない。愚かな国は歴史から消え去り、新しい土地として生まれ変わったのだった。
真の価値を理解できなかった者たちの末路を、私は冷静に見つめていた。
それが、愚かな選択をした者たちへの、最後の教訓だった。
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