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プラスアルファ4.5

タノサト山へ

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 ハシゴを登り、ヴェルムドールはアースドラゴンの背中の箱へと到着する。
 ちなみに箱と呼ばれてはいるが、アースドラゴンの背中にくくりつけられている乗客や荷物を載せる為の入れ物であり荷台の事である。
 ちょっとした部屋のようなものだが、外から見ると箱にしか見えないということで箱と呼ばれているのだ。
 このアースドラゴンの背中の箱だが……すでに扉の開けられた箱の中を見て、ヴェルムドールは驚きの声をあげる。
 部屋の床には、ふわりと柔らかそうな絨毯。
 部屋の壁際には固定されたソファーらしきものが備え付けられている。
 以前見たアースワームの箱と比べると、実用性よりも快適さを最優先させた感じだ。
 御者用の席もないのは、アースドラゴンが自分で考え走行するせいだろうが、その分スペースが広く、更に四方にクリスタル製と思われる窓がはめ込まれている。

「……すごいな。全部の箱がこうなのか?」
「いえ、定期便の方は長椅子の設置になっています。この内装は特別運行サービス限定ですね」
「なるほどな」

 ロカの回答に納得すると、ヴェルムドールは手近なソファーに腰を下ろす。
 ふわりと身体の沈み込む感触を楽しんでいると、ハシゴを登ってきたニノがその横に腰を下ろす。
 更に、直後に登ってきたイチカが反対側に腰を下ろす。

「随分早かったな」
「ええ」
「まあね」

 二人とも、ヴェルムドールが登るのにかけた時間よりもずっと速い。
 流石だな……と考えていると、続けてファイネルと、顔面に靴跡をつけたアルムが登ってくる。

「……何があったんだ?」
「幸せがありましたですじゃ」

 本当に幸せそうに言うアルムに、ヴェルムドールはそうか、とだけ答える。
 何となく、深くつっこんではいけない気がしたのだ。

「それでは、出発します!」

 備え付けられた伝声菅からアースドラゴンの声が響き、窓の外の景色が動き始める。
 それは段々と加速していき、やがて最高速に達したらしい事が分かる。

「……もっと地響きが聞こえてくると思ったがな」
「衝撃もないね」

 ヴェルムドールとニノは、そう呟く。
 アースワームとアースドラゴンの走り方は、かなり違う。
 滑るように動くアースワームと違い、アースドラゴンは地響きのするような大地を踏みしめる走り方だ。
 当然、轟音と衝撃は覚悟していたのだが……そんなことはなく、実に快適だった。

「この箱に秘密があるらしいですが、具体的なところは分かりません。ただ、初期型は酷かったらしいですよ」
「なるほどな」

 ロカの言葉に、ヴェルムドールは頷く。
 外からでも物凄い轟音なのに、同じような轟音に加え衝撃まであっては、乗っている客はたまらないだろう。
 どう考えても必要な改善だが、それを成した技術者の努力を評価したいところだった。

「さて、では今の時間を利用して状況の再確認をしましょう」

 ロカはそう告げると、絨毯の上に資料を広げ始める。
 それは走り書きと思われるものから丁寧に纏められたものまで、様々である。

「まず第一報。これはタノサト山担当の部隊が確認した事項に関する報告です」

 最初にそれを発見したのは、タノサト山担当の部隊による巡回の時だった。
 元々タノサト山はタケノコが多く自生する場所で、魔力濃度も比較的低かった。
 その為魔力異常が起こる可能性も低く、起こったとしても危険度の低い現象ばかりだった……はずなのだ。
 しかし、その時の巡回担当の兵士が見たものは……タケノコが飛翔する姿だったのだ。
 新しい現象だと、その時は単純に兵士はそう考えたのだという。
 ニルギリが空を飛ぶ現象と同様だとしても、推定危機レベルはE。
 この場で対処するのも難しくは無い。
 そう考え、兵士はその場での対処を決断する。
 そしてこれ自体は、対応マニュアルに沿った行動なので問題ない。
 問題があったとすれば……最悪の可能性を想定し、応援を呼ばなかった事だろうか。

「そして対処の結果、それが単なる飛行現象ではない事が分かったということです」
 
 兵士に気付いたタケノコは、その場で急速上昇。
 兵士の手の届かない場所まで逃げたように見えた、その直後……四方から、別のタケノコが現れたのだという。
 合計五本のタケノコたちは一列に連なり、槍のような形へと合体。
 その高い攻撃力の危険度を規定値以上と判断し、巡回兵士は撤退した。

「その後、現地の部隊による影響範囲の調査が行われましたが……確認できた以上で五十本以上。確認できているだけで合体変形パターンは槍、クロスブーメラン、ハンマー。それぞれ威力が高く、現地では収穫を諦めて破壊に移る許可を求めてきています」

 ロカの説明に、ヴェルムドールは頷く。
 確かにそうなれば収穫など考えずに破壊してしまった方がいいように思える。
 しかし、あえて言わずにファイネルへと視線を向ける。

「ファイネル。お前はどう判断する?」
「そうですね……」

 ファイネルは頷くと、真剣な表情で答える。

「破壊すべきです。それだけの魔力異常を引き起こしたタケノコであれば相当の魔力含有が期待されますが、どちらにせよ訳あり品になりますしね……。いっそ破壊してこれ以上の被害を抑えたほうが賢明だと思われます」
「ああ、俺も同じ考えだ」

 ファイネルの答えに、ヴェルムドールは満足そうに頷く。
 タケノコを処分することで確かに収穫物は減るが、元より訳あり品であれば問題は無い。
 訳あり品になるからと全て処分してしまえば、それはそれで問題なのだが……その辺りの線引きは東方軍では必要な能力となる。

「では、今後の作戦としては現地到着後に破壊命令をだし、そのままファイネル様も現地での破壊作戦に加わるということでよろしいですか?」
「ああ、問題ない。それでいこう」

 ロカは頷くと、一枚の書類をファイネルへと差し出す。
 そこに書かれた内容を見て、ファイネルはロカに視線を送る。

「作戦許可書……か。お前、本当に用意がいいな」
「ええ、あとはそこにファイネル様のサインを頂き、向こうの部隊に渡すだけで済みます」

 ファイネルがサインした書類を受け取り、ロカはそれを大事そうに仕舞う。
 その様子を黙って見ていたイチカが、ヴェルムドールに小さく囁く。

「……あの副官は、本当の意味でファイネルのサポートをしているのですね」
「ん? どういうことだ?」

 その言葉に興味をひかれたヴェルムドールが聞き返すと、イチカはヴェルムドールの耳元に口を寄せる。
 そのまま万が一にでも声が漏れないように手で抑え、囁く。

「ファイネルがどう考え、どう動くかを考え、それに先回りしているということです。それが過剰な為ファイネルが何も考えていないように見えたりもしますが、必ずしもそうではない、ということです」

 まあ、何も考えていない時もあるでしょうけどね……とイチカは付け加える。
 つまり、こういうことだ。
 副官ロカのやっていることは、ファイネルがやろうとしている事を代わりにやっているだけ、ということだ。
 無論それを出来るのは同等に優秀な能力を持っているからだろうが、何よりもファイネルを理解しなければ出来ないことだ。
 そして、それは副官として優秀だという証であると同時に、ファイネルが副官にそうさせるだけの何かを持っているという証だ。

「……なるほどな」

 納得したようにヴェルムドールは笑い、ソファーに身を深く沈める。
 そうすると、難しい話に飽きたニノがヴェルムドールの膝に倒れ込んでくる。
 イチカはそれを見咎め、ニノの頭を小突く。

「ニノ。ヴェルムドール様にご迷惑をおかけしてはいけません」
「かけてないよ。ニノは幸せしかもたらさないから、皆幸せになれる。素敵だね」
「あー……イチカ。俺は別に構わんから」

 ヴェルムドールの言葉にニノが勝ち誇った笑みを浮かべ、イチカがムッとした顔をする。
 しかしすぐに無表情に戻ると、イチカはヴェルムドールの肩に寄り掛かる。

「……なら、私がこうしていても構わないということでよろしいですね?」
「ん? あ、ああ。それは構わんが……」

 何やら珍しい反応だな、などと思いつつもヴェルムドールはされるままになっている。
 その様子を見ていたアルムがマネしてファイネルの膝に倒れ込み、迎撃の膝蹴りで横回転しながら絨毯へと落ちる。

「……ファイネル様」
「なんだ?」
「あの御三方は、いつも……その、あんな感じなのですか?」

 コソコソと囁くようにファイネルに話しかけるロカに、ファイネルは苦笑する。
 いつも堂々とものを言うロカが珍しくコソコソ話しかけてくると思えば、確かにコソコソせざるをえないような内容だった。
 ただでさえ目上の相手……魔王ヴェルムドールのそういう話をするのは、不敬にも思えたのだろう。

「いや、ああなったのはつい最近らしい。何があったのかは知らんが、イチカにも心境の変化があったのだろうさ」
「らしい、とは?」
「いや、サンクリードの奴がな。この前そんな事を言っていたのを思い出したよ」
「……そういえば、あの方もちょくちょく来ますよね」
「アイツのところは軍事担当だからな。今の情勢だと多忙ってわけでもないだろうさ」

 ファイネルの興味無さそうな返事に、ロカは曖昧に頷く。

「皆様方! まもなくタノサト山に到着です!」

 伝声管から、アースドラゴンの声が響く。
 正面の窓からは、タノサト山の雄大な姿が見える。
 少しずつ減速していくアースドラゴンを、東方軍の現地部隊が見つけて歓声をあげていた。
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