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そして、歩き出す事を決めた2

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 黄昏を恐れよ。
 それは世界の狭間。
 此処ではなく、されど何処でもない。
 何処でもないが故に、何処へでも繋がる。
 されど何処でもないが故に、何処からも繋がらず。
 
 勇者リューヤは旅の最中に見つけたこの碑文から、「次元の狭間」の存在に辿り付いた。

「実際にこの鍵を手に入れるまでの冒険譚については省きますが……」
「つまり……先程お前の言った光と闇……闇の鍵なり扉なりが必要というわけだな?」
「その通りです。闇の鍵。それが次元の狭間に行く為に必要な、もう一つの道具です」

 ルーティの言葉にヴェルムドールは頷くと、小さく息を吐く。

「なるほど、そいつは大冒険だっただろうな。なら、その闇の鍵とやらも出して……おい、イチカ。視界を塞ぐんじゃない」

 再びイチカに視界を塞がれたヴェルムドールがイチカの手を外そうとするが、予想以上に力強く外れそうにもない。
 背後からしっかりと塞ぐ手はいわば抱きつくような形にもなっており、ヴェルムドールの身体をしっかりと固定して振り払うことすらも許しはしない。

「……別に胸元にはもう何も隠してませんよ?」

 ルーティが苦笑するとイチカはさっと離れるが……その一瞬で、少し乱れたヴェルムドールの服を直していくことも忘れない。

「で、あー……そう、闇の鍵だ。ほら、出してくれ」

 ルーティ達は一回次元の狭間に行っているのだ。
 当然「闇の鍵」も持っていなければ行く事など出来ない。
 それであるが故に、闇の鍵もルーティの手元にあるのは当然だ。
 そう考えていたヴェルムドールは、そう促し……しかし、ルーティはヴェルムドールをじっと見つめたまま動かない。

「……おい、まさか」
「此処にはありません」
「此処には、ということは……何処かにはあるんだな?」

 まあ、考えてみれば当然の事だろう。
 二つセットで効果を発揮する道具なのであれば、その二つを同じ場所に置いておくのは愚の骨頂でしかない。
 何故なら、悪意を持つ者が何かをしようと考えた際に一箇所を襲撃してしまえば済むからだ。
 そして……襲撃しようとした際に、確認できる中で唯一の勇者パーティの生き残りであるルーティを真っ先に疑わない理由がない。
 だから、当然この屋敷からも離しておくべきだろう。

「ええ、あります」

 首を縦に振るルーティに、ヴェルムドールは頷いてみせる。
 当然の危機管理だ。
 今すぐこの場にあったほうが好ましいのは確かだが、大した手間でもない。

「なら、それを取りに行くとしようか」
「そうですね。今何処にいるのか分かれば……ですが」
「……なに?」

 まるで闇の鍵に足が生えて歩いているかのような言い方に、ヴェルムドールの表情が曇る。
 
「その闇の鍵とやらは、勝手に何処かに移動するようなものなのか?」
「まさか。鍵をなんだと思ってるんですか」
「……そうだな。なら、どういうことだ?」

 ヴェルムドールの質問にルーティは説明が足りませんでしたね、と言いながら頷いてみせる。

「闇の鍵は、とある人物の元にあります」
「なら、そいつの家に行けば……ああ、そうか。代替わりして何処かに引っ越したとかいうオチか?」

 貴族であれば没落して財産と共に闇の鍵も離散したという可能性もあるだろうか。
 そうなると流れを追うのは相当に面倒そうだ。
 光の鍵と見た目が似ているのであれば、ガラクタ一歩手前の外見しかしていないのだ。
 何処かの雑貨屋で売られていてもおかしくはないかもしれない。
 いっそ国に預けていてくれればそんな手間も……と思わないでも無いが、それはそれで個人に預けるより面倒な話になっていただろうか。
 ……と、そこまでヴェルムドールが考えをめぐらせた辺りで、ルーティが口を開く。

「いいえ。彼女は私と同じシルフィドですから、代替わりなどしていないはずです」
「それは安心と言いたいが、「はず」とはまた不安な話だ。連絡くらいとっていないのか?」

 ヴェルムドールがそう言うと、ルーティは肩を竦めてみせる。

「……元々、闇の鍵は彼女の持ち物なのです。シュクロウスとの戦いが終わった後、彼女は鍵を回収して放浪の旅に戻ってしまいましたから」
「放浪の旅……か」
「好きで放浪しているわけではないのでしょうけどね」

 少しだけ悲しそうな顔をしたルーティに、ヴェルムドールは何か事情があるのだと察する。

「定住できないわけが……ああ、そうか。長命故、か?」

 シルフィドは他の人類と比べても、極端に長命だ。
 それ故に他の人類とは生き辛く、ジオル森王国でも一部のシルフィドは自分達だけのコミュニティに引き篭もってしまっている。
 それを良しとはせずとも、安住の地を探して放浪するというのは充分にある話だろう。

「いいえ、そういうわけでもありません。彼女の使命故です」

 使命。
 その言葉に多少の引っ掛かりを覚え、ヴェルムドールは渋い顔をする。
 まさか、命の神の用意した手駒の一つではないか。
 そんな危惧を抱いてしまったのだ。
 ヴェルムドールがそう考えたのを見抜いたのだろう、ルーティは光の鍵を指で弄びながら真剣な表情を形作る。

「彼女の名前は、レルスアレナ。闇の巫女を名乗る、失われし霊王国の遺産の守護者です」
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