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世界会議の後に4
しおりを挟む「そうでもありませんぞ。ほれ、貴国の実施されておる観光事業……あれの噂はここまで届いておりますからな」
ザダーク王国の宣伝の為に行っているジオル森王国を対象とした観光事業だが、申し込みが殺到しているらしいことはアルムも聞いていた。
大分観光対象の場所の住民達も「慣れて」きた為、そろそろ枠を拡大してもよいかという話が出てきてはいたのだが、どうやら遠く離れたサイラス帝国の元までその評判は届いていたらしい。
「空は常に薄暗いが乱舞する照明魔法でいつも明るく、市場はどの町よりも活気がある。見た事のあるものが並ぶ一方で、見た事のないものも多数。しっかりと区画分けされた町並みも美しく、どの都市よりも平和な印象を感じさせる……とまあ、そんな感じの事は聞いておりますな」
「随分とベタ褒めですのう」
褒めすぎな気もするし、物事を決める際の殴り合いがなくなった訳でもないから、あくまで表面的な印象であろうとアルムは思う。
しかしながらその感想を聞く限り、観光計画の目指すものはある程度達成できているように思えた。
「まあ、そうですな。大体の者が想像する、勇者伝説で伝わる印象からは大分乖離している。それ故に……というものもあるかもしれませんが、それでもベタ褒めするほどの満足を感じたということでしょう」
「勇者伝説では未開の地扱いですからのう。まあ、確かにヴェルムドール様の即位以降急激に変わったというのは事実ですがな」
そうしたギャップは、勇者伝説の印象に凝り固まった人類に衝撃を与えるだろう。シャイアロンドの語る「ベタ褒めな感想」はその表れであり、ひょっとするとまだ遠巻きで見ている中小国の代表者達の態度も、そうした影響なのかもしれなかった。
「先程婚約と言いましたが、今の貴国であればそれは充分武器になる。貴国の外交官で、ジオル森王国におられるナナルス殿……彼の元にもそうした話が随分届いていると伺っておりますぞ」
「ああ、そういえばそんな話もありますのう」
ナナルスがジオル森王国のシルフィドの娘達にモテているというのは、ザダーク王国では有名な笑い話だ。ナナルス自身にその気がないようなので、そうした話しに発展したとは聞いた事もないのだが……どうやら、「ナナルス個人に起因する話」ではないようだ。
「それでも、これまでは貴国との窓口が狭く貴国の事情を掴める者が少ないが故に、そうした話が出てこなかった」
「なるほどのう。わしが今回代表者として表に出てきたが故に、それなりの立場……そういう話を仕掛けるに値する者であると目をつけられた、と?」
「そういうことですな」
だとすると、それは結構な買いかぶりである。
実際の立場でいえばアルムは東方軍の一員であってご大層な役職についているわけではない。
その辺りは「役職」などというものに固執しない魔族の性格と、人材起用にあたって純粋に能力のみで判断するヴェルムドールのやり方の合わさったものと言えるだろう。
しかしながら、人類国家でいえば重要な仕事をする者は重要な立場にあるのが当然であり……そのあたりの認識に差があるのだろう。
ひょっとするとソレを言えばあの中小国の代表者達は居なくなるのかもしれないが、それも上手い手とはいえない。
人類の常識から言えばこうした場には立場のある者が来るのが常識であり、そうでないと知れば「この場を軽視している」などと言われてもおかしくはない。
「面倒なことですのう」
「政治とはそういうものですからの」
「ま、そうかもしれませんのう……で? まさかこんな世間話をする為に大国の権威を振りかざして人払いをしたわけでもありますまい」
ワインのグラスを軽く揺らしながらアルムはシャイアロンドへとそう問いかける。
軽く話して分かったが、シャイアロンドは「政治の世界」に深く足を踏み入れている者だ。
それは先程の会議の時にも発揮されており、今とて世間話風ではあるがアルムから少しでも情報を引き出すような会話の流れになっている。
されど、それでも「本題ではない」とアルムに感じさせるには充分すぎた。
実際、アルムの問いかけにシャイアロンドは好々爺といった印象の笑顔の奥に真剣な色の光を宿している。
「……そうですな。今回の侵攻戦……貴国は何故我等に提案された?」
「国際協調を是とするが故ですな」
「なるほど。貴国一国でも為し得た、と?」
「さて。出来たかどうかはさておき、人類国家全体にも関わる案件であるのは確かでしたしのう」
アルムの答えにシャイアロンドは「確かに」と頷き、しかし全く納得していないような顔でアルムを見る。
「貴国の今回の提案は、我等にとっても渡りに船。アルヴァの問題は何処かで決着をつけねばならなかった。そしてアルヴァと貴国を絡める論が僅かでも出てき始めていた現状で、貴国からその提案がなされたという事実もまた大きい」
だが、とシャイアロンドは声を低くして続ける。
「私は非常に不安だ。貴女ならば、この不安を共有できるかと思ったのだが……如何だろう?」
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