【完結】あなたの瞳に映るのは

今川みらい

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アイラス殿下の戦死を告げられてから、私はずっと暗黒の闇の中を彷徨っていた。

自分が生きているのか死んでいるのかすら分からない。
来る日も来る日も、深紅のサンブリテニアをただぼんやり眺めて過ごした。
そしてそのまま気を失うように眠っては、しばらくして目を覚まし、またサンブリテニアの花を眺めた。

「ティアラ様……一口でも良いので、お食事を召し上がって下さい。水すらも飲んでおられないなんて……このままではティアラ様の身体が持ちません」

食事を運んで来たターシャが、懇願するように言った。

彼を失い、食べるのも寝るのも生きるのも全てが面倒でどうでも良かった。

「……また、後ほど来ますね」

しばらく待ってもピクリとも動かない私に諦めたのか、ターシャは静かに部屋から出て言った。

鮮やかな深紅のサンブリテニア。

愛らしい小花がたくさん咲いたこの鉢を、アイラス殿下が置きに来てくれた夜、私は夢を見ていた。

『あなたの大切な人は、命に代えても俺が必ず守る』

彼が夢の中で言ったあの言葉は、もしかしたら夢ではなかったのかもしれない。
眠っていた私に向かって、アイラス殿下が実際に語りかけてくれた言葉だったのではないか。

そんな気がしてならなかった。

あれが夢でないのなら、彼は私のために死んだのだ。
私の大切な人を守るために──

「違う……違うのに。私が本当に大切だったのは……あなただったのに」

掠れる声で、今はもう会うことの出来ない彼に呟いた。
ボロボロと瞳から泪が溢れて止まらなかった。

ごめんなさい──あなたに謝りたかった。

私があなたにネモフィラを渡していた事を覚えていたら、婚約披露パーティーであなたが言った『忘れられない大切な人』が自分であると、直ぐに気がつく事が出来たのに。

お互いの想いがすれ違ってさえいなければ、あなたが戦死する事を避けられたかもしれない。

私は強い後悔と自己嫌悪で押し潰されそうだった。

コンコン──

その時、扉がノックされた。

憔悴していた私は返事をしないでいると、静かに扉が開き、室内に誰かが入って来た。
またターシャが戻って来たのだろうと思い、私は顔を向けなかった。

「ティアラ」

その呼び方に私は思わず顔を上げた。

「レオンハルト様……」

もしかしたらと僅かな希望を抱いてしまった自分は、レオンハルト様の姿を見て落胆した。

「顔色がとても悪いよ。大丈夫?」

彼は私のそばへ来ると、気遣うように顔を覗き込んできた。
そんなレオンハルト様が鬱陶しくて、私は目をそらした。

「……本当にすまなかった。アイラスを巻き込んでしまって……」

「すまなかった……?」

私はアイラス殿下の死を、ただ謝って済まそうとしている彼に強い憤りを感じた。

「あなたが……あなたが、アイラス殿下に助けを求めたのですか?ゼスティリア王立騎士団の団長である彼に、自分が殺されそうだからって、あなたは助けを求めたのですか?」

爆発しそうな感情を必死で抑え、震える声で問いかけた。
しかし彼は黙ったまま何も答えなかった。

「あなたは最低な人です。自国の問題をアイラス殿下に押し付けて……あなたにジェミリオン国王としての矜持はないのですか?自国の問題くらい自分で解決して下さい」

国王である彼に、言って良い言葉ではなかった。
それでも、言わずにはいられなかった。

「アイラス殿下は私のためにあなたを守ったんです。私があなたをまだ愛していると思っていたから……あなたを守る必要などなかったのに」

一方的に責める言葉を吐き続ける私に、彼は一度も口を挟む事なく静かに澄んだ瞳で聞いていた。

「自分勝手なあなたが私は大嫌いです。私が本当に好きなのは──」

その時、突然階下から悲鳴のような歓声が上がった。

そして急に廊下が騒がしくなると、ターシャがノックするのも忘れて部屋に飛び込んで来た。

「ティアラ様!あ、あ……」

気が動転しているらしく、言葉が詰まってなかなか出てこない。
焦れったくなったのか、彼女は代わりに指で廊下の方を差し示した。

「廊下に誰かいるの?」

私は椅子から立ち上がると、部屋を出てターシャが指し示す方向を見た。

「俺はまだ会わないと言っているだろう。ティアラ達を二人きりにしようと思って、馬車で大人しく待っていたと言うのに……」

そこには屋敷の者達に無理やり背中を押されている人がいた。

色素の薄い金髪に鮮やかな深紅の瞳──

「アイラス殿下……」

信じられない。
戦死した筈の彼がそこにいた。

「すまない。邪魔をするつもりはなかったんだ。こいつらに無理やり連れて来られて……」

私の存在に気がついた彼は、気まずそうな表情を浮かべ廊下を引き返して行こうとした。

「お待ち下さい!私は、あなたが戦死したと聞いて……」

アイラス殿下が生きていたのだと分かると、身体から一気に力が抜けて、私はその場にへたり込んだ。

「俺が戦死した?一体誰がそんな嘘を……」

「申し訳ありません!私が……私が言ったのです。ティアラ様がジェミリオン国王陛下への想いをいつまでも引きずっておられたので、アイラス殿下へのお気持ちを試したいと思い……」

その時、シリルが前に出て来ると床につく勢いで深く頭を下げた。

「ティアラ様がまさかこんなにもお気持ちを落とされるとは思わず、浅はかな真似を……如何なる処分も謹んでお受け致します」

「……良いのよ。シリル。顔を上げて。悪いのは私の方だもの」

シリルに誤解を与えるような行動をしてしまっていたのは自分だった。
それに彼がアイラス殿下を深く理解し、とても大切に思っている事を知っていた。

そんなシリルを責めるなど私にはとても出来なかった。

「シリルが迷惑をかけてすまなかった。俺も自分が死んだものと思っていたが、レオンハルトが部下を連れて助けに戻ったらしく、運良く助かってしまったんだ」

アイラス殿下はゆっくりこちらに歩いて来ると、床に跪いている自分と目線を合わせるように屈んだ。

「俺などいなくなった方が、あなたも気兼ねなくレオンハルトと一緒になれただろうに。でも、安心して欲しい。あなたとの婚約はまだ正式には成立していない。俺の父であるゼスティリア国王にまだ話を通していないから、何時でも婚約解消出来る」

アイラス殿下の言葉を止めたくても、彼が生きていた安堵と嬉しさで胸がいっぱいになり言葉が出てこなかった。

「あなたを愛する人から引き離すような真似をして、本当に申し訳なかった。これからはレオンハルトと幸せになって──」

その言葉を遮るように、私はアイラス殿下の胸に飛び込んだ。

力強い鼓動の音に、彼はやっぱり生きているのだと実感した。

「……アイラス殿下。あなたにネモフィラの花を渡していたのに、それを忘れてしまっていた私をどうかお許し下さい」

言えなかった想いがどんどん溢れてきた。

「この屋敷の庭園であなたに声をかけられた時、私は嘘をつきました。ネモフィラを見ていたと言ってしまいましたが、あの時、私が本当に見ていたのは……サンブリテニアでした」

「え……」

彼の瞳が戸惑うように大きく揺れた。

「婚約はあくまで利害の一致による形式的なものだと思っていたので、サンブリテニアを見ていたとあなたに悟られたくはなかったのです。その嘘のせいで、私がまだレオンハルト様を忘れられないのだとあなたに勘違いさせてしまいました」

「ま……待ってくれ。あなたが本当に愛しているのはレオンハルトだろう?」

私の溢れ出す想いについていけない彼は酷く困惑していたが、それに構わず言葉を続けた。

あなたに一番伝えたい想いが、最後に残っていたから。

「レオンハルト様の元には戻りません。私が……私が本当に愛しているのはあなたです」

鮮やかな深紅の瞳を真っ直ぐに見詰めながら、ずっと隠していたこの甘く疼くようなあなたへの想いを私はやっと解き放った。



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