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第一章

第九話 覚醒と執着とそれから

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「……できた!」

「おいおい、護冗談はよしこさんだぜ?勝負を始めてまだ二時間しかたってねーから、早すぎだから!はい嘘松~続きやるぞ!」
流石に嘘だよね?これでフェイニーが認めたら受け入れるしかないけど……

「いえ、これは……」
「出来ていますね!!この成長速度は素晴らしいです!では、護さんは健人様がサボらないように見張っていて頂いても構いませんか?」

「いいですよ!ところで優衣ちゃんは今何をしてるんですか?」

「優衣さんは皆さんのお昼ご飯を作ると仰られましたので厨房へ行かれました!」

「…………」
「……ねぇ健ちゃん…………」
「あぁ、ヤバいな……」

「フェイニーさん!厨房は何処ですか?!」
優衣が料理するとそこには何も無くなる、これは冗談でも無ければ過大表現でも無い。以前、小学生のキャンプの時にそれを知らず、優衣にカレーの調理を任せたことがある。優衣の周辺に何もかも消滅しており、調理器具や簡易コンロなども全て存在しなかったのだ……
某ガイルのユイちゃんなんてこっちに比べればまだ可愛いもんだ、料理が完成している時点で人並みと言ってもいい、それ程優衣の調理それは異次元で最早、人間離れしている。

「護!頼む!!」
「うん分かった!!フェイニーさん!案内お願いします!」

「はい!!こっちです!」
護と家えと向かい、俺は再び一人となった。そして考える何故自分にできないのか、何故護には出来たのか、思考して試行して思考しては試行する。
何度も失敗を繰り返す内、徐々に楽しくなっていき、この気持ちをなんと表現するのかわからないのがもどかしい……

「健ちゃーん!大丈夫だったょ……」
「今の感覚は今までの奴と違うな……もっとこれに近づけて……いや、こうの方がいいのか?………………」
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「健ちゃん!健ちゃん!!」
「?!護いつからそこに居た?というか優衣の方は大丈夫だったのか?!」

「うん!えっとね、僕が戻ったのは優衣の元へ向かった十五分後位だよ!優衣ちゃんはね、この世界での調理方法が解らずに戸惑っていたから間に合ったんだ!一応フェイニーさんが手料理を振る舞いたいという建前で、納得してくれたよ!!」

「そうか……良かった」

「健ちゃん凄く集中してたね!何回か読んだのに気づかないんだもん!」
「なぁ護、俺も出来たぜ!」
 俺は護に見てもらうため再び集中する、そう今までの失敗は考えるポイントが違ったのだ、俺はどうすればコントロール出来るかを考えていて現にフェイニーもコントロールという単語を使っていたが、現象としてみるなら妖力が漏れなければなんの問題も生じないのだ。
だから、血管の外側を膜で覆うイメージを意識することがコツだったのだ。
「どうだ?護?ちゃんとできているか?」

「うん!さっきとは雰囲気が全然違う!詳しくはフェイニーさんに聞かなきゃ分からないけれど、これならいけるよ!!」

「だろ?!いや~疲れた疲れた、でもやってるうちは辛くなかったな……何だったんだろ、あの気持ちは……」
「?!健ちゃんもしかして、楽しく感じた?」
「あぁ、もしかして護は知ってるのか?これの正体を?!」

「……それは努力だよ」
努力?!もっと苦しいくて辛いものだとばかり思っていたが、それは偏見に過ぎなかったのだろうか。

「……健ちゃんの考えることは分かるよ、でもいつも楽しい訳じゃ無いんだ、ある程度を超えると苦しいくてそしてまた楽しさがくる、ただしその間隔は一定ではないから楽しさに変わる前に挫折してしまう……それが努力、瞬間ではなく継続でのみ、えられるとても厳しい道」

「……だからさ健ちゃんは強いんだからわざわざ苦しい思いしなくてもいいんだよ!!」  
「いや、折角面白くなってきたんだこれからも進んでやるぜその道!」
「…………ごめん、健ちゃん僕先に戻るね」

「おい、護……」
「アイツいきなりどうしたんだよ……」
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「クソ、クソ、クソッ!!」
「健ちゃんから逃げちゃうなんて……」
僕は部屋に戻ると部屋に篭ってひたすら考えた。僕が健ちゃんに勝っていること、それは努力すること、この一点だけは誰にも、健ちゃんにも負けるはずないと確信していた。
でも、さっきの話ぶりで僕は察したのだ、今まで健ちゃんが努力の存在すら知らないということを……
僕は散々努力して、健ちゃんの隣を歩いているのにのに健ちゃんは走り始めてしまった、僕の到達点は健ちゃんのスタート地点であり、互いに走り続けても差は埋まらない。
僕は健ちゃんが努力をする限り、二度と健ちゃんに追いつけないのだ。

「はぁ、何してんだろ僕……」
最悪の気分だ、絶望感、焦燥感、喪失感あらゆる負の感情が混ざり合い心に溶けていく。
「さっきの態度は酷かったかな……」


「おやおや、甘美な香りに誘われてみれば中々どうして、今の貴方の心はとても美しいですねぇ!」

「誰?!」
窓の方から声がし、そちらに目をやるとコートをきてフードで顔の隠れた男が立っていた。

「これはこれは、申し遅れました、私ドラキーリ=エリバムというものです、貴方は今、剣城様に置いていかれたくないという恐怖を持ちながら、それでも剣城様の為に強くなりたい、しかし自分には突出した才能が無い、そんな想いを抱えていらっしゃる」
この人、完璧に僕の心理を看破している。

「だから何だって言うんですか!」

「いえいえ、お気に障ったのなら謝りましょう」

「ですが、より強さを望むのならば私がその舞台へ連れて行って差し上げますよ?」
このドラキーリという男、明らかに胡散臭い。まず正面のドアからでなく窓から入ってきている時点で既に怪しいのに言葉には不思議と怪しさを感じない……

「どうすればいいんですか?」
方法さえ聞いてしまえば後は自分で出来ることかも……

「この小瓶の液体を飲んで私にほんの数滴の血液を頂ければそれで構いません、たったそれだけです」
ドラキーリの持つ小瓶の中は紅い液体が入っているようで、その小瓶がドラキーリから僕に渡る、正直怪しい、けれど今の僕にはそれを飲むことに対しての冷静な思考は出来るはずも無かった。

「これを……飲めば…………ンック」
不味い、とても飲みこめない然しこれを飲まない事には強くなれない。
「強く……なるために……」

「ンフフフフ、イイですねぇ、では最後に血液を数滴いただきますね」
「っいた!」
突然右手の人差し指から血液が流れ落ちる直前にドラキーリは僕の指を舐め血液を飲み込んだ。

「これで終わりなのか?僕は、強く慣れたのか?!」

「ええ、貴方は確かに強くなりましたよそして、人間としても終わりました!」
人間として終わる?!何言ってるんだ!?

「これから貴方は私に逆らえない、一生ね。さぁ、行きますよマモル」
身体が勝手に動く、脳ではいきたくないと感じてる筈なのに。
嫌、嫌、嫌だ!!行きたくない!こんな事って……
 あぁ、健ちゃんごめん、僕また失敗しちゃったみたい。
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「剣城様!起きてください!!」

「なんだよフェイニー、今日は起こし方雑じゃない?ん、あれ、優衣も揃ってどうした?」
そんなに俺の目覚めが恋しかったのか、幼馴染よ!

「健ちゃん……あのね、あのね、護君が護君が!!消えちゃったの!!」

「どういう事だよ、消えたって?家中探したのか?」
「うん……健ちゃん、どうしよう!!」
人が一晩で消えるなんであるだろうか?いや、理由も無い現象は存在しない。だからこれにもちゃんとした経緯がある筈なんだ。

「やっぱり何にもないか……」
熱血刑事の口癖、現場百回のように俺と優衣、フェイニーは護のいる部屋、いや、正確にはいるはずの部屋になる訳だが、現場の調査に繰り出したが結局のところめぼしい物は何も無かった。

「ん?何だこの小瓶、なぁフェイニーこれさ……」

「……剣斗様??!」
フェイニーはミツルギの名をよぶやいなや一階へ急ぐ、俺もフェイニーにつられて一階へ向かった。

「やっぱり!!剣斗様~~」
「フェイニー!会えて良かった!!」
「あぁ、本物の剣斗様……でも何故此方へ?」

「剣城君、フェイニー実はヴァンパリーというギルドの長がフェイニーを狙っているという情報をえたから急いで来たんだけど、どうやら大丈夫みたいだね」

「そうでも無いんだ……ミツルギ、実は護がいなくなったんだよ」

「護の部屋を見たがさっき見つけたこの小瓶以外何も無かった……」

「?!剣城君、それが落ちてたのか?!」
「剣……コホン。ミツルギ様!あれってもしかして……」
口を揃えて驚きの声を漏らすが俺にはこの世界の知識がないのでわからない。

「なぁ二人ともこの小瓶はなんなんだよ!もしかして、護と関係があるのか?!」
「……剣城君その小瓶は吸血鬼が眷属をつくり主従契約を交わすためのものなんだ」
「いいかい、これから話すことはあくまでも、可能性の話だ……落ち着いて聞いて欲しい」

「あぁ……分かった話してくれ」

「その小瓶が空で落ちているそして護くんの失踪、一般的に考えるなら護くんがどこからかソレを拾って、今は買い物等の外出をしている可能性だが、これは低いだろう何故なら護くんは転移者この国の通貨を持っていないからだ」

「この世界は日本とは違い家の外を歩くのにもお金がかかる、少額だけどね。だから無一文の人は物理的に歩行することもできないんだ。」

「そうなると誰かが持ち込んだという可能性が高くなる訳だが、この小瓶に付いてるマークはヴァンパリーというギルドのドレードマークだ、その中でもギルドの主であるドラキーリ=エリバムしか所有出来ない代物だ、つまりドラキーリがここへ侵入した可能性が高い」

「ここへ来た動機は恐らくフェイニーを攫うため、だけどそれよりも確実な餌をみつけた、それが護くんだった……」

「ちょ、ちょっと待てよ!なんでそのドラキーリってやつが護の事を餌だとわかるんだ?俺たちはここに来てまだ二日目なんだぜ?ミツルギを釣るなら護よりフェイニーの方がいいだろ?」
そうだ、フェイニーは俺らよりも顔が通っているのに何故、護なんだ……

「健ちゃんその言い方は無いんじゃないかな、フェイニーさんが可哀想だよ!」

「あっ、フェイニーゴメンな……」
「構いませんよ、大切な御友人が連れ去られたのですから、無理も御座いません」

「少し話が逸れてしまったね、話を戻そう」
ミツルギの言葉につられて俺はだんだんと冷静さが戻っていく。

「剣城君、君は一つ思い違いをしているそれは今回のターゲットは僕ではなく、君だと言うことだ。そしてさっきの疑問の答えは知っていたからだ」

「知っていた?でもどうやって?」
「入れ替わりを知っていた理由まではわからない。だけど戻ってきた理由を覚えているかい?」
普段ならここで質問を質問で返すんじゃない!!と某漫画のようにツッコミを入れる場面だが、今はそれどころではないのでやめておこう。

「あぁ、確か情報があったからだよな」

「そうだ、そしてその情報元は塚本くんだ。」

「塚本?アイツがなんで?!」

「彼とドラキーリは接触を持ち、彼は自らの意思で吸血鬼になった。そしてドラキーリからここの事を聞き俺達の入れ替わりを知った、そしてその吸血鬼の能力で俺を倒そうとしてきたんだ」
塚本が、本当にそうならば塚本もこっちに来ているのだろうか

「前置きが長くなったね、そんなこともありドラキーリは俺の姿の正体が剣城健人である、と気付きおびき出すならフェイニーよりも護くんの方がいいと感じた、そして抵抗されると作戦が失敗するかもしれないので、護くんを油断させて、吸血鬼の契約を行い、ついてくるように命じた、これが最悪の場合の可能性だ、状況的にも可能性が一番高い」
護も吸血鬼になってしまった?護は人間に戻れるのか?

「それって、護は……戻れるのか?」
否定されるのが怖くて、人間に、という言葉が出なかった。

「戻れるよ……吸血鬼にした人が戻そうとすればね……」
戻れるのか、良かった、本当に良かった、そう思うと自然に表情が緩んだ。
「剣城君は今の言葉で安心したのかもしれないけれど、今回ソレをしたドラキーリが元に戻すとは思えない。そうすると、後はドラキーリを始末するしか無い」
再び身体に緊張が走る、相手は吸血鬼とはいえ、殺人には変わらないソレを実行するそれは強制連行したドラキーリよりも罪が重い
「ミツルギ!待てよ!殺す必要は無いんじゃないのか?話せばきっと解決するだろ?」

「剣城君、甘いよ。護くんを戻すにはドラキーリの協力か、ドラキーリの始末しか無い!全員無事に残る道は始末するしか無いんだ!」
殺害、始末、そんな言葉が頭の中で回る、グルグルと。そして脳は決断をし、その指令が身体中をまわり口へ伝わる。

「今の俺はドラキーリを倒せるのか?倒せば護は戻るんだな!」
倒せば護が戻る…………人間として、俺らの隣に。

「今の剣城君が全力を出しても勝つことは無理だ……僕が神器を手にした状態で君とチームを組んでも厳しいだろう……」

「だからこそ剣城君、君には神器争奪戦にでて、俺の天閃ノ剱と同等以上の性能を持った天二ノ剱を手に入れるんだ!!神器が二本ならばこちらが勝利する可能性は十分にある!」
護を置いたまま悠長に大会だって?!こいつ、護が殺されるかもしれないのに!

「お前!もしそれで護が殺されたらどうするつもりだ!!」
するとミツルギは不意に俺の両肩に手を置き子どもを諭す母親の様に優しい口調で話した。

「落ち着いてくれ、剣城君……護くんは今吸血鬼、つまり不死身だ殺されることは無い、だけどドラキーリがこちらの作戦に気付き契約を解いたら護くんの命は保障出来ない……だから焦ってはいけない、先走ってはいけない、常に冷静さを持ちながら勝ちぬくんだ!」
「剣城君、一緒に闘ってくれるか?」
護を救うためのこの布石、音をたてないように静かにうってみせるぜ!!

「あぁ、俺の方こそ宜しくな!!」
互いに握手をし、雰囲気も穏やかになった所で、優衣が静か過ぎるのでそちらへ目をやると不謹慎なことに、鼻から血を流している、幼馴染の姿がそこにはあった……
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