異世界帰還者の気苦労無双録~チートスキルまで手に入れたのに幼馴染のお世話でダンジョン攻略が捗らない~

虎柄トラ

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42-2 防音部屋

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 客室前まで足を進めたところで停止する。

 この部屋は男爵屋敷離れの中でも特に上質な素材を用いている。ドアも隙間なく閉まるようになっていて、室内での会話が外に一切漏れないように工夫されている。
 この一室だけ金に糸目を付けず大層な防音対策を講じている理由わけ。この部屋はただ祖父が愛妾と密会するためだけに作られた。だが、この部屋が一度も使われることはなかった。男爵屋敷離れが完成する頃には、祖父は彼女にもう興味をなくしていたからだ。

 公然の秘密とはいえ、領内どころか敷地内に堂々と密会場所を作る無能な祖父に、他所で若い燕をついばむ祖母。それらを咎めることも無く、自分達の欲望のためだけに散財する両親。
 邪欲な英才教育によりランカード家に連なる者は、こうやって見事な浪費家へと成長を遂げる。イレギュラーな存在である俺達兄妹が誕生しなければ、未だに負の系譜が続いたかと思うと本当に反吐が出る。

(嫌なことを思い出してしまった……それにしても……)

 防音仕様かと疑いたくなるほど二人の声が貫通している。ドアに耳を当て盗み聞きする必要もないぐらい、普通に二人が何を話しているのか聞き取れてしまう。

「やはり莉緒さんに兄さんの世話をさせるべきじゃなかった……」
「あたしだって、こんなことになるなんて思ってもみなかったわよ!」
「ああ兄さんがこのまま目を覚まさなかったら……わたくしは貴女を一生許しません。死すら生ぬるい、生かさず殺さずで罪を償わせます!」
「ええいいわよ受けて立つ! 凪があたしの料理を美味しいって言って全部食べてくれたんだから、もう何も思い残すことはないわ。その時が訪れたら、その罪一生をかけて償ってやる!!」
「素晴らしい気概ですね。では……こちらの誓約書にサインと血判お願いします」
「やって……やろうじゃないのぉ――!!!」

 なんか俺のせいで莉緒のやつ真っ黒な契約を交わそうとしていないか? ミーナもミーナであんなことを言っているが、きっと本心では言ってない……いや、お兄ちゃんっ子のあやつならやりかねないか。どんな内容かは不明だけど、喧嘩腰で署名していいもんじゃないのは確かだ。

(阻止することが先決か……)

 バァ――ンッ!!

 ドアを蹴破り押し入る。

「その契約、ちょっと待ったあぁぁ!?」

 テーブルを境に対面でイスに腰かける両名を見やり場を制する。

「……えっなに……凪?」
「あら、おはようございます兄さん。今日もまた元気いっぱいですね」

 莉緒の手には案の定ボールペンが握られていた。右下の欄には彼我ひがという二文字が刻まれている。あと少しでも突入するのが遅ければ、彼我結莉緒サインが完成していたところだ。サインを中断させたこと、また血判をさせずに済んだことに胸をなでおろす。特に血判を阻止できたのに安堵した。親指をちょっと切るだけとはいえ、彼女の身体が傷つくことも血が流れるのもいい気はしない。

(その潔さは目に見張るものはあるけど、こんなことに使うものじゃない……)

 ミーナのほうは、紅茶をすすりながら莉緒がサインを書くのを静観していた。何の感情も見えない無機質な表情かおをしていた。
 眉間にしわを寄せてテーブルにかぶりついていた莉緒とは正反対。それどころか、全く相手にしていないような素振りだった。防音仕様の客室を貫通するほど、大音量で言い争っていたのがウソのように冷めている。

 なるほど……そういうことか、これもまたミーナの演技か。ああやって煽ることで自分のペースに
相手を誘い込む。さすがは我が妹ミーナといったところか。まんまと俺まで騙されてしまった。

「何じゃねぇよ、お前! 一体何にサインしようとしているのか、本当に分かっているのか?」
「……なにって? これそんなにヤバいこと書かれてんの?」

 莉緒は首をひねりながら誓約書を見せてきた。

「…………」

 誓約書に目を通していく。

 甲は乙に○○乙は甲に□□とあれこれ長ったらしく書かれていたが、俺が危惧するような文言は一つも記載されていなかった。ただその内容に対しては、いささか首を傾げてしまう。

「なにこれ……?」

 そう問わざるを得なかった。
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