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第7話 少年との口約束
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昨年の夏のことだ、何の前触れもなくカサンドラ姉さんが唐突に家に来た。見たこともない変な乗り物に乗ってだ。その乗り物の名は自転車――通称ママチャリ。姉さんが発明した自らの脚力を使って車輪を回転させることで、高速移動を可能とする次世代の乗り物。
T字のハンドル部分には、大きなカゴが取り付けられていて、大半のものはそこに入れて運ぶことができる。サドルの後部にもスペースが用意されていて、そこにカゴを追加したり荷物を括り付けて運ぶこともできる。
その姉さんが置いていったママチャリを使って私がニールを搬送すれば、彼の体力が回復するのを待つ必要もなく、簡単に終わらせられる。そう思っていた時期が私にもありましたよってね……。
意気揚々とニールを後部座席に乗せて、ペダルを漕ぎだしたまではよかった。私はニールの体力のことばかり気にして、自分の体力のことなど微塵も考えていなかった。
おんぶとは違うから大丈夫だろうと、軽く考えていた自分を引っ叩きたい……ほんとそんな心境です。
明日絶っ対に筋肉痛だと確信しながらも、私はひたすらに漕ぎ続けて見事任務を完遂した。
森から五百メートルほど離れた場所で、ママチャリを止めてニールを降ろした。これ以上先に進んでしまうと、へたすれば彼を探しに来た従者や王都周辺を巡回している騎士に発見されるかもしれない。それを危惧してゴール地点をここにした。
正直な話……この理由付けにしたんだから、もう少し手前で降ろしてもいいんじゃないかって、何度も思いました。えぇ五百メートルも一キロも一緒だろうと思っちゃいましたよ。だけど、一度ゴール地点を決めた以上は変えない、それが私なのよ。決して、この近くに自生した果物を採るついでに、場所を選んだわけじゃないのよ、決してね。
「はぁはぁはぁ……ふう。ニール、忘れ物はないわよね。私が手渡したものはちゃんと持ってる?」
私がそう尋ねるとニールは「はい、こちらに」とポケットから小瓶を二つ取り出して見せてくれた。
ニールには昨夜の気付け薬と希釈した消臭剤を持たせておいた。彼の様子を見る限りもう服用しなくても大丈夫だとは思うけど、もしものことに備えて持って帰らせた。
「道中で教えたとおりに正しく使用するのよ。それじゃさようなら」
「分かりました……って、なんかあっさり過ぎませんか?」
「まだ何かあるの? 私はもうやり遂げた感がすごいんだけど……」
「助けてもらった側なんで、ぼくから言うのもおかしな話なんですけど、もうちょい別れを悲しむとかなんかありませんか?」
別れの挨拶がどうとか言い始めたんだけど、私としては特に何も思わないし何もない。その問いかけにどう返そうかと、頭を悩ませるはずだったけど、その思考が脳に届くよりも先に口走っていた。
「えっ、何もないわよ。私はそこの果物を採って、さっさと家に帰りたいんだけど?」
「そう……ですか。では、二つほど聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「えぇいいわよ。できれば手短にお願いね」
「分かりました。まず一つ目はあなたの名前を教えてほしい、樹海の魔女ではなくてあなたの本当の名前をぼくに教えてください。二つ目は……いつかあなたを迎えに来ます、その時はぼくの……ぼくと婚約してくれますか!」
本来の私であればこの問いには答えずに、濁しながらママチャリに乗って逃げていたことだろう。魔女の直感が危険だと訴えていたからだ……だけど、残念ながらこの時の私は疲れ切っていた上に、果物のことで頭がいっぱいになって聞き逃していた。
「魔女の名前が知りたいなんて、あなた本当に変わってるわね。私の名前はアリシャ、覚えた? えっと、それでもう一つはなんだっけ……ニールが会いに来るんだっけ? いいわよ、ニールが私の家に今度は無事にたどり着けたらね」
「約束! 約束ですよ! 絶対にぼくは必ずあなたを、アリシャを迎えに来ますから‼」
「はいはい、約束約束。それじゃ気を付けて王都に帰るのよ。またね、ニール」
私はママチャリにまたがると、目的の果物を目指して重くなったペダルを漕いでいった。
背後からは「絶対ですよ、約束ですからね!」と何度もニールの叫ぶ声が聞こえた。それは私が完全に彼の視界から消えてもまで続行された。
T字のハンドル部分には、大きなカゴが取り付けられていて、大半のものはそこに入れて運ぶことができる。サドルの後部にもスペースが用意されていて、そこにカゴを追加したり荷物を括り付けて運ぶこともできる。
その姉さんが置いていったママチャリを使って私がニールを搬送すれば、彼の体力が回復するのを待つ必要もなく、簡単に終わらせられる。そう思っていた時期が私にもありましたよってね……。
意気揚々とニールを後部座席に乗せて、ペダルを漕ぎだしたまではよかった。私はニールの体力のことばかり気にして、自分の体力のことなど微塵も考えていなかった。
おんぶとは違うから大丈夫だろうと、軽く考えていた自分を引っ叩きたい……ほんとそんな心境です。
明日絶っ対に筋肉痛だと確信しながらも、私はひたすらに漕ぎ続けて見事任務を完遂した。
森から五百メートルほど離れた場所で、ママチャリを止めてニールを降ろした。これ以上先に進んでしまうと、へたすれば彼を探しに来た従者や王都周辺を巡回している騎士に発見されるかもしれない。それを危惧してゴール地点をここにした。
正直な話……この理由付けにしたんだから、もう少し手前で降ろしてもいいんじゃないかって、何度も思いました。えぇ五百メートルも一キロも一緒だろうと思っちゃいましたよ。だけど、一度ゴール地点を決めた以上は変えない、それが私なのよ。決して、この近くに自生した果物を採るついでに、場所を選んだわけじゃないのよ、決してね。
「はぁはぁはぁ……ふう。ニール、忘れ物はないわよね。私が手渡したものはちゃんと持ってる?」
私がそう尋ねるとニールは「はい、こちらに」とポケットから小瓶を二つ取り出して見せてくれた。
ニールには昨夜の気付け薬と希釈した消臭剤を持たせておいた。彼の様子を見る限りもう服用しなくても大丈夫だとは思うけど、もしものことに備えて持って帰らせた。
「道中で教えたとおりに正しく使用するのよ。それじゃさようなら」
「分かりました……って、なんかあっさり過ぎませんか?」
「まだ何かあるの? 私はもうやり遂げた感がすごいんだけど……」
「助けてもらった側なんで、ぼくから言うのもおかしな話なんですけど、もうちょい別れを悲しむとかなんかありませんか?」
別れの挨拶がどうとか言い始めたんだけど、私としては特に何も思わないし何もない。その問いかけにどう返そうかと、頭を悩ませるはずだったけど、その思考が脳に届くよりも先に口走っていた。
「えっ、何もないわよ。私はそこの果物を採って、さっさと家に帰りたいんだけど?」
「そう……ですか。では、二つほど聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「えぇいいわよ。できれば手短にお願いね」
「分かりました。まず一つ目はあなたの名前を教えてほしい、樹海の魔女ではなくてあなたの本当の名前をぼくに教えてください。二つ目は……いつかあなたを迎えに来ます、その時はぼくの……ぼくと婚約してくれますか!」
本来の私であればこの問いには答えずに、濁しながらママチャリに乗って逃げていたことだろう。魔女の直感が危険だと訴えていたからだ……だけど、残念ながらこの時の私は疲れ切っていた上に、果物のことで頭がいっぱいになって聞き逃していた。
「魔女の名前が知りたいなんて、あなた本当に変わってるわね。私の名前はアリシャ、覚えた? えっと、それでもう一つはなんだっけ……ニールが会いに来るんだっけ? いいわよ、ニールが私の家に今度は無事にたどり着けたらね」
「約束! 約束ですよ! 絶対にぼくは必ずあなたを、アリシャを迎えに来ますから‼」
「はいはい、約束約束。それじゃ気を付けて王都に帰るのよ。またね、ニール」
私はママチャリにまたがると、目的の果物を目指して重くなったペダルを漕いでいった。
背後からは「絶対ですよ、約束ですからね!」と何度もニールの叫ぶ声が聞こえた。それは私が完全に彼の視界から消えてもまで続行された。
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