豪華客船での結婚式一時間前、婚約者が金目当てだと知った令嬢は

常野夏子

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白きドレスはまだ純白4

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 ベリッシマの視界は赤く滲んでいた。
 先ほどまで甘く笑いかけていた女――エルヴィナが、他の男と人目も憚らず唇を重ねている。しかも、その男は自分の友人であるエムエスだ。

「……エルヴィナ、お前……何をしている」
 低く、押し殺した声。
 しかしエルヴィナは怯まない。唇を離し、涼しげに微笑んだ。
「見て分からない? 楽しんでいるのよ」

 その言葉は、刃物のようにベリッシマの胸を抉った。
 彼は、エルヴィナが自分だけの女だと信じていた。いや、信じ込もうとしていた。
 欲しいものはすべて手に入れる――その彼が、この女だけは特別だと錯覚していたのだ。

「……お前……っ、ふざけやがって!」

 次の瞬間、ベリッシマは襟元を掴もうと腕を伸ばした。
 しかしその動きを、間に割って入ったエムエスが遮った。
「おいおい新郎さんよ、式の前に何やってんだ。女一人に振られたぐらいでみっともねぇぞ」

「黙れ! これは俺とエルヴィナの問題だ!」
「いや、もう俺とエルヴィナの問題だな」
 エムエスはわざとらしく肩をすくめ、さらにエルヴィナの腰に手を回す。

 エルヴィナはエムエスの胸に体を預け、片眉を上げた。
「あなた、私を特別だと思ってたの? 可愛いわね。でも私、退屈なのは嫌いなの」

 ベリッシマの表情が怒りと屈辱で歪む。
 拳を振り上げたが、それをエムエスが軽く受け止め、逆に押し返す。
 二人は互いに肩を押し合い、胸ぐらを掴み、船上のプロムナードで言い争いながら周囲の視線を集めていく。

 少し離れた場所。
 コスタは柱の陰に立ち、最新鋭の小型カメラを構えていた。
 その機器は軍事転用も可能なほどの高性能――風の音や遠くの囁き声まで鮮明に拾う。

 ファインダーの中では、タキシード姿の新郎が花嫁以外の女を巡って醜態を晒し、女は微笑みながら別の男の腕に収まっている。
 これほど鮮やかな証拠映像は、社交界の毒酒よりも強烈な一撃になるだろう。

 コスタの唇に、わずかな笑みが浮かんだ。
 ――駒は揃った。あとはセレーナ様の一手を待つのみ。
 
 船上の鐘が、三度、甲板に響き渡る。
 式の開始を告げる音。ゲストたちが次々と会場へ向かう。

 ベリッシマはエムエスを突き飛ばし、乱れた髪を指で梳きながら息を荒げていた。
 その横で、エルヴィナは何事もなかったようにドレスの裾を整え、唇の端を上げる。
 エムエスは肩を竦め、「式、頑張れよ」と言い残し、涼しい顔でその場を去った。

 ベリッシマは震える拳を握り締めながら、会場へと足を向ける。
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