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第1章  伏龍

第56話  農主

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 ――――翌朝

「おはよう! ケンちゃん! ちょっとこっちに来てよ!」

「おう! ノア」振り返ったケンちゃんは、パオラさんを見て固まる。

「パオ、パオラサン。イイテンキデスネ。オッ、オハヨウゴザイマス」

「おはようございます。ケンさん。本当に気持ちの良い朝ですね」

 今日はパオパオラの日か、パパオラの日もあるからな。

「いいから! ――ケンちゃん。俺に付いて来てよ!」

 俺はケンちゃんを引っ張って王領の畑へと向かった。

 陽気な農家の三男坊ケンちゃん十九歳。

 彼の本名はケィンドリットと言うのだが、俺にはケンドリットとしか聞こえない。

 この文字を俺が発音するとキンドリットになるのだが、全然違うらしい。

 英語のLとRとか、ドイツ語の発音しないHとか、言語的適性で俺にはちょっと擦過音がするかな程度で、ほとんど聞こえないのだと思う。

 初めは小さなィが付いていることを主張していたケンちゃんも、俺が全く気にしないので、その内に諦めた。

 この諦めにより、俺と彼に関わる全ての人にケンと認識され、それは愛称へと昇華した。

 この間とうとう小さな『ィ』をつけた張本人。親父さんからもケンと呼ばれるようになったのだ。

 ジャンボの仇を長崎で打った気分だぜ。

 朱に交われば赤くなる? 的な。

 それはそうとこれから育てる野菜の事で一つ説明しておきたい事がある。

 俺の錬金召喚には一つの制約がある。

 ――――食材が呼び出せない。

 たとえば、肉とか卵とか野菜とか果物とかの事だな。

 卵で鶏を育てたりしたかった。そうしたら一個五,〇〇〇ベルもする卵を暴落させられたかもしれない。

 袋井のクラウンメロンとか波田、正確には下原しもっぱらのスイカとか。

 日本の農業技術の粋を使って作ったメロンや気候風土によってスイカに適した場所の果物とかがあればいくらでも金が稼げたのにな。
 
 こういうところがちょっと物足りない器用貧乏たる所以だね。

 だから欲しかった、にんにくや里芋、ショウガ、らっきょうやこんにゃく玉が手に入らなかった。

 これらは食材との境目が無いからね。スーパーに並べば食材で、種苗店に並べば元株となるものだからだろう。

 類するもので一つだけ呼び出せたものがある。


 ――――ジャガイモなんだ。

 里芋と同じじゃないかって?

 いやいや! ジャガイモは食材じゃなく種だ。


 ――間違いなく。

 その証拠にジャガイモは検疫がかけられ、種馬鈴しょ検査合格証票というものが貼られている。

 簡単に種馬鈴薯の仕組みを説明しよう。
 
 ジャガイモはウィルスなどにより収量が落ちるため、汚染されていない種馬鈴薯を作る必要がある。

 その方法バイオなものだ。植物の芽の生長点にはウィルスが存在しないから、その生長点を切り取り培養育成する。

 ご存じ! マイクロチューバ-という技術だね。

 マイクロチューバーで作った株を植えて、採れたものがミニチューバーと言われる小さな馬鈴薯だ。

 大きさは親指と人差し指で輪っかを作ったくらいかな。

 このミニチューバーを一年育てたものが原々種と呼ばれるものになる。原種の原種で原々種だ。

 この原々種を五~六年育成し大きさをそろえ数を増やし、ようやく出来上がるのが原種なんだ。

 この原種を種イモ生産農家に育成委託して、出来上がるのが一般に売られる種イモだ。

 それらが検疫を経て、健全と認められたものに検査合格証票が貼られ、合格を押印されて販売される。

 ――これが食材か?

 だからだろう俺の中では他のものと違ってジャガイモは種という認識があり呼び出せた。

 まぁ。ここはオーソドックスに男爵で良いだろうな。

 トヨシロでポテチって手もあるが、ポテチは呼び出せるしな。

 なにしろジャガイモは世界の食を担う基幹野菜だからな。欠点はナス科の特徴として連作を嫌う事だな。

 この世界でどうなるかは分からんが。

 実はすでにパオラさん経由で畝立てはお願いしている。

 こつこつ呼び出したジャガイモは半分に切って灰をまぶしてもらってある。

 今日からいよいよ作付けだ。

「ケンちゃんには、この農場の管理責任者になってもらいます」

「おい! ――ノア! ……話が急だな! どうした?」

「あなたには『はい』か『分かりました』のどちらかを選ぶ権利が、法律で正式に認められています」キリッ!
 
「……きょっ! 拒否権は?」

「――ないっ!」
 
「……ないのっ?」

「ないっ! 一切ない!」

 俺はケンちゃんい近づいて耳元でこしょる。

「ケンちゃんにお願いしたいってさ」

 俺はパオラさんをチラ見しながら囁く。

 ――――嘘だが。

 ケンちゃんもパオラさんをチラチラ見ながら顔を赤らめ謎のアピールをし始める。

「まかせとけ!」

 そう言ってグーを天に向かって突き上げた。

 ――駄目だよケンちゃん。ちゃんと雇用条件聞かなきゃ。悪い人に騙されちゃうよ。

 ハンカチというアイテムすら必要のないチョロ可愛い奴だな。

 あれ? ――いつの間にかモルトが来てる。物珍しそうに男爵芋をつついている。

 ダメだぞ! 俺達が関わると無茶苦茶になるっ!
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