上 下
125 / 403
第3章  進窟

第30話  終章Ⅰ ~種は広がる~

しおりを挟む
 ――――王都

 王民事業体イ-ディセルの銀行部門を束ねるエーギルはノルトライブの支社の設立完了にほっと息を吐く。

(これでイ-ディセル様とレオカディオ様に良い報告が出来る)

 エーギルは1年半ほどの付き合いになった、年上のような少年との目まぐるしい日々を思い出す。

 エーギルが少年と会ったのはケィンリッドの管理する圃場でだ。

 しっかりと話をしたのはジャガイモという野菜を収穫した後のネスリングスでの夕食会だ。

 酒を振舞われ遠慮がちに職業を聞かれた。

 エーギルが数学者だと学も無いのにと皮肉に笑うと。

 少年はにっこりと微笑みお願いしたいことがあると言ってきた。

 なんでも、ネスリングスの経理を一緒にやってほしいとの依頼だった。

「エーギルさん。BSとPL――賃貸対照表と損益計算書は、企業の経営を見える化するために必要なことです。決算期は7月として毎年作成し、複数年の長期動向で健全な体質企業を目指しましょう」

「ポイントは『資産』『負債』『純資産』『収益』『費用』です」

「売上総利益から販管費を引いた営業利益を確保して、利益積立を行い内部留保の蓄積を行って下さい」

「ただし”利は元にあり”です。売り手よし、買い手よし、世間よしの精神で利益の社会還元も並行して行いましよう」

 一緒にやってほしいと言われた割に、一方的に教わる方が多かった。

 暗算と呼ばれる瞬間計算とインド式と呼ばれる計算法。

 20歳を迎えた数学者エーギルが今まで触れることのなかった知識が空っぽだった体に吸い込むようにたまって行く。

 そうこうする内に王民事業体イ-ディセルで簿記と計算を教えてほしいとお願いされる。

 世話になりっぱなしのエーギルに否やはない。

 王都でも珍しい職業の研究者や文官などが集められ、希望する職業市民も揃えられた。

 その中にもう一人の数学者イェルダがいた。

 同じ数学者ということで気にかけていたが、彼女もエーギルと同じように知識をどんどん吸収する。

 王民事業体イ-ディセルの1期の卒業生がでる頃、少年はエーギルに設立したばかりのメイリン&ガンソ社の経理会計と依頼してきた。

 エーギルは苦笑いしながらその要望も受けた。

 王民事業体イ-ディセルの授業は知識を吸収したイェルダに任せ。

 経営管理課の1期生を連れてメイリン&ガンソ社で経理会計の基盤を作る。

「エーギルさん。粉飾決算は信用を失墜させます。優良企業ですら一発で飛びますから、明朗潔白な決算をお願いします」

 どこか達観したよな含蓄ある言葉にエーギルは深く頷く。

 そしてエーギルは一つの計画を企てる。

 計画が実るのは少年が旅立つ3ヶ月前。

 少年がエーギルに会いに来る。

 いつも振り回される恩人の少年に言ってやるのだ。

「ノアさん。――次は何を手伝えば良いんですか?」

 初めて見るきょとんとした少年の顔を今でも忘れない。

 エーギルはメイリン&ガンソ社の会計経理をいつでも手放せるように準備していた。

 次なる少年の計画は投資と回収だ。

 王民事業体イーディセルに戻ったエーギルは銀行の概念を少年から聞く。

「銀行はお金を王都中に運ぶ血液の役割です。大金をリスクを冒さず保管し好きな時に引き出せる。利子という配当をつけることで一般人からお金が集めやすくなります。商店や飲食店の設備投資に資金を提供して利息をとることで利益を得ます」

「農家には収穫期払いの提案をし、収入のない時期を無理なく乗り越えてもらえるようにします。飲食もろもろの新たに商売を始めたい人達の資金確保にも利用できます」

「与信は後ろ盾が王国である以上問題ないでしょう。踏み倒せばお尋ね者です」

「貸付金額の大きい場合は賃借対照表と損益計算書の開示を条件にしてください」

 賃借対照表と損益計算書という概念は先見の明のある商店で受け入れられ、王民事業体の経理会計部門の卒業生は引く手数多の人気となり、王都で広がりを見せる。

(本当はノルトライブの銀行には自分が行きたかったんだが)

 残念ながら許可が下りなかった。

 代わりに一番弟子のイェルダを向かわせた。

(イェルダ。私が君に教えたことは全部ノアさんから頂いたものだ。宜しく頼むよ)

「銀行も同じです。エーギルさん”利は元にあり”です」
 
 真面目な表情でそう言ったノアの顔を思い出しエーギルは銀行の基盤整備に精をだす。


§


 どうしてこうなった?

 ネビルは自分の立場に途方に暮れる。

 まだ正式開店前のネスリングスで彼は衝撃的な出会いを果たした。

 ある日練習も兼ねて孤児院向けに料理が振舞われた時のことだ。

 店に向かう前に漂う嗅がずにはいられない匂い。

 魚の発酵調味料を塗られ焦げ目のついた黄色い物体。

 ――焼きトウモロコシ。

 噛むと弾ける甘さと歯ごたえで、こんなに旨い物があったのかと思った。

 頼りになる兄貴分のアルバロからそれを焼く手伝いを探していると聞いて一も二もなく立候補した。

   そしてその思いは簡単に叶う。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

僕らの青春はここにある。

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:76

重婚なんてお断り! 絶対に双子の王子を見分けてみせます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,590pt お気に入り:44

偽りの恋人達

恋愛 / 完結 24h.ポイント:731pt お気に入り:38

ある国の王の後悔

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,477pt お気に入り:100

婚約破棄ですね。これでざまぁが出来るのね

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:170pt お気に入り:4,131

君の瞳は月夜に輝く

BL / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:170

眼鏡モブですが、ラスボス三兄弟に愛されています。

BL / 完結 24h.ポイント:234pt お気に入り:3,167

森の中で勇者を目覚めさせたら、一目惚れされました!?【R-18】

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:1,215

処理中です...