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第4章  飄々

第1話  笙響

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 ――――王都

 司書長室でパオラとレオカディオがルルに話しかける。

「箱庭のポストに手紙を投函しました。いつもなら直ぐに現れるモルトが今日は来ません。異常事態が起きたのは間違いないと思います」

 そのようにレオカディオが報告する。

「精霊と風颶鳥を繋ぐノアくんがダンジョンで倒されるとは思いません。三日間程なら冒険者は連続で籠るとも聞きます。もう少し様子を見ても良いのではないでしょうか」

「ギルドからの報告ではダンジョンがおかしいそうだ。転移門が利用出来なくなったとあった。異常の原因が何か分からないが、ノア君は巻き込まれたと考えるべきだろう」

 三度鳴らされるノック。

 ルルが許可を出すと現れたのはウェンだった。

「ネスリングスの子達にはノアのこと伝えて来たわ。ついでにケンにもね」

 少し前まで俯いて立ち止まっていた少女は、目指す先をブレさせずに強い眼差しと意志で歩き出した。

 短い金髪の額に無地のバンダナを巻き魅力的なそばかすを紅潮させて英雄と呼ばれる男に師事している。

「エステラはノアが無事だと信じて特訓中よ。あたしもそれに賛成。あたしの弟子がそう簡単にどうこうなる訳がないじゃない」

「だがなウェン。ノア君は何かに巻き込まれた可能性が高い。例のアレではないか?」

「いずれにしろダンジョンにエルフが出来ることはないわ。ルル。あなたも知っているでしょう?」

 守ることの由来すら途切れた古よりの盟約。その縛りはエルフが世界に影響を与える事を拒む。

 ルルは表情を曇らせると短く息を吐いた。

「それにノアは逆境すらそうと気づかずに軽々と超えてしまうのよ。導かれる者だから。その内ひょっこりでてくるわよ。何か騒がしいですがどうしたんですか? って他人事のようにね」

 エルフの錬金術師は弟子に甘い。それは全幅の信頼の表れでもある。

 弟子が強く全うであることを信じればこその甘さだ。

 レオカディオが最後をまとめる。

「念のため配下をノルトライブへと向かわせました。ノアがサポートを必要とするなら手伝えるように」

 ルルが頼んだと言って打ち合わせを締めた。


§


 ノアが地面に飲まれた直後一人だけ動く人物がいる。

「まったく! 口ばかりじゃねぇか! 何がA級冒険者だ。小僧にやられやがって、祖国はなんでこんな奴を寄こしたんだ」

(連れ出すのも面倒くせぇな。ここでヤッちまうか? ――いや待て。同じミッション中だ。失敗の責任は本人に取らせよう。巻き添えは御免だ)

(残りの男達はどうする? 後腐れないように殺しておくか? ――服が汚れて面倒くせぇし。どうせ俺の顔は見ていない。……だりぃし。放っておくか)

 その男達は悪意の気まぐれにより命を拾った。

「それにしても小僧は何処へ行ったんだ? 死んだと報告出来ればよかったんだが……ダンジョンに食われるなんて聞いたことねぇし。ファギティ-ヴォにそんな効果はなかったよな」

(虎の子の新型使っちまったが、こいつのせいにしとくか。どうせ失敗の責任取って殺されるか致死率の高い任務行きだろう)

 男は嫌そうにナナシと名乗った男を担ぐと転移門に向かって歩き出す。

 そして、転移門が作動しないのを知るとナナシを投げ落として転移門を蹴り上げた。

 ノアがその場所に居ればその人物が誰か気付けただろう。

 ノアにミルクを差し出してニヤニヤ笑っていた男だ。

 その日ノルトライブのギルドが運営する酒場から1人のバーテンダーが姿を消す。

 だが転移門の作動しなくなったダンジョンの騒動で誰にも気にされることはなかった。


§


 アネリアは初めて起こった理解が及ばない状況に動きを止める。

 絶えず続いていたダンジョンとの交信が途絶えたのだ。

 彼女の長い活動期間でもこんなことは初めてだった。

 彼女の正体。――それはヌクレオ管理下のダンジョン外情報収集ユニット。

 有機型ゴーレム
 タイプ:ウピル
 コードネーム:アネリア

 今の任務はダンジョンに脅威を与えているノアの情報収集だ。

 アネリアは急いでダンジョンに向かうが、転移門が作動しなくなったダンジョンは入場を規制され、階段を使って上がって来た冒険者達の出口として使われていた。

(何があったの? ――ヌクレオ! 応答して!)

 その問いに答える者はいない。


§


 森の奥深くで過ごすツンツクが語り掛ける。

「いつも朝の挨拶をしてくれるダンナと連絡が取れなくなって3日だ。神様憑きのダンナにめったなこたぁねぇとおもうが。どう思うよ。オナイギ」

「私もそう思いますよ。でも万一のとき側にいないのでは恩も返せませんよ」

「そりゃぁそうだ。よし行くか!」

 風颶鳥の種族も古の盟約によりダンジョンを攻略できない。

 だが、義理と恩を通すために追放されたツンツクの一族は別だ。

 盟約の拘束から解き放たれた一族。それがツンツク達だ。

 上空まで舞い上がったツンツクとオナイギは目にもとまらぬ速さで人知れずダンジョンに入る。

 ノアがいる層まで何層でも進むのだ。

 伝説に謳われる風颶鳥のダンジョン攻略が始まる。


§


 少女はヌクレオの前でソファベッドに座り、足を抱え毛布にくるまってまんじりともしない。

 ある日突然。この場所で意識を現してからずっと側にいた相棒が無反応だった。

 半身を削り取られたかのような思いでダンジョンのヌクレコアオを見つめる。

 使い物にならないコマンド端末。

 ノイズと不明瞭な映像が流れる映像媒体。

 ヌクレオの温度は常温に戻ったが、ぬめるような黒さで光り少女の心を騒つかせる。

 少女は異変が起きてから四日間。眠る事も無くずっと対策を考えていた。

 出来る事を全てやり、万策尽きても諦めず他に何かないか更に思考を深める。

 
 ――――変化は突然現れた。

 パイプオルガンのように響くしょうの調べ。
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