農家は万能!?いえいえ。ただの器用貧乏です!

鈴浦春凪

文字の大きさ
162 / 403
第4章  飄々

第35話  終章Ⅰ ~種は旅立つ~

しおりを挟む
 少女は暗闇の中で目を開く。

 体を包み込むような弾力のある豪奢な椅子に座っていた。

 ここは何処だろう。

 それが少女のこの世界で初めて意識したことだ。

 そして――それと同時に自分がダンジョンの主であることを理解する。

 相棒はダンジョンの核であり管理者であるヌクレオ。

 何の知識もないがダンジョンを管理運営する方法だけは初めから知っていた。

 少女はその仕組みの中で生きる。

 少しずつ力を付けて階層を増やし人間に襲われることなく長い時を過ごした。

 目覚めて三万五千年。

 風変わりな少年にこの世界での生活がどうやって始まったかを聞かれその瞬間を思い出していた。

 少女がそれを話すと誰が仕組んだか知りませんがいい迷惑ですよねそう言って少年は笑った。

 このところ週に一度料理を教えてもらうようになった少年だ。

 少女に食事は必要ないが料理を食べると今までとは違う何かが満たされる気がした。

 この頃度々入るようになった温泉への入浴もそうだ。

 温泉に浸かっているときは体に血が巡っていることを感じられた。

 今までの長い生涯で感じた事の無い”生きる”という現実を意識できる。

 神武かみたけは少女を慈しみ見守る。

 様々な質問を少年に投げかける少女に少年はある日一つの提案をした。

 それは身長も伸びてもう青年と呼ばないといけないくらい彼が成長した頃だった。

 少女は逡巡し――ゆっくりと頷いた。


§


 なんて輝かしくて美しい場所なんだろう。

 エミリアは椅子に座って目の前の料理を見つめる。

 職業が料理人の父は公共事業の一環で行なわれている王国領の畑で農業を仕事にしていた。

 職業が芸術家の母は針子の仕事をしている。

 シェア層の両親は家にいることも多いが長女のエミリアは二人の弟妹の面倒をよく見ていた。

 貧しくはないが裕福でもない家で質素な食事を作っていたエミリアにとって目の前の見た事の無い料理はご馳走に見えた。

 父が働く畑の管理者であるケィンリッドの計らいで父が栽培し収穫した野菜が家族に振舞われたのだ。

 光あふれる場所の名はネスリングス。

 弟も妹もキラキラした瞳で料理に釘付けだ。

 ケィンリッドの短い挨拶の後に食事会は開催される。

 エミリアはどれを食べても美味しい料理に目を丸くしながら食べこぼす弟の世話をする。

 飲んだことのないシュワシュワ音を立てて泡がはじけるジュースに後を引いて病みつきになるポテチと呼ばれるスナック。

 中でもコロッケという小麦色の料理に添えられたシャクシャクと歯切れのよい白く甘い食べ物に心が躍った。

 たまらずに各テーブルを回って飲み物を注いでいる少年に話しかけた。

「すみません。この甘い食べ物はお菓子なんですか?」

 エミリアは菓子を食べたことが無い。

 そして――それがエミリアの大きな悩みだった。

「っん? それはトウモロコシもやしの炒め物だね。私も好きなんだ。気に入った?」

 エミリアはお菓子が甘いものだと聞いていた。

「お菓子じゃないんだ……」

「――お菓子が食べたいの?」

「はい。……あのっ! あたし職業が菓子職人なんですけど。菓子がなにか分からなくて……近くで知っている人も居なくて。甘くて美味しいからてっきり……」

「へぇ。菓子職人なんだ?」

「はい。神様から頂いた職業なのに諦めなきゃいけないかと思ってたんです」

 少年はどこからともなくバスケットに入った小麦色の薄い板状のものを少女に差しだす。

 それが菓子だという言葉を聞いてエミリアは驚く。

「そう。クッキーというお菓子だよ。試作品だけどね。食べてみる?」

 見た目は堅そうなのに口にするとさっくりと崩れ上品な甘さと香ばしい風味が口に広がった。

「このクッキーはあのが作ったんだ。クローエッ! ちょっとこのとお菓子のこと話してて」

 少年はそう言うと瞬く間に両親に説明をして、あくる日からエミリアがネスリングスに通う事が決まった。

 エミリアは年上のクローエの手伝いをしながらお菓子を作り始める。

 高級な卵をふんだんに使ったお菓子に目眩を感じながら目まぐるしい日々が続く。

 そんなある日。王宮から彼女の召喚を伝える使者が訪れる。

 エミリアは突然の事態に断る間もなく召し上げられた。

 王宮に連れてこられたエミリアが豪華な待合室で縮こまって座っていると。

 不意にドアがノックされる。

「どっ。どうぞ」

 恐る恐る声をかけると現れたのはレオカディオ。

「エミリア。すまないな。少し手が遅れた」

「えっと。どういう事でしょうか?」

「エルフの方々に作っている菓子があるだろう? パオラも融通してもらっているんだが。それが手違いで王宮に流れてね」

(正確には、こそこそ食べているパオラが王妃様に見つけられてしまったんだが……)

「はぁー」

「君を王宮で召し抱えたいという話が出たんだ」

「へぇ。……えっ! ――えっ! ……えぇぇっ!!」

「君も望むまいと思って差し止めておいた。もう店に戻れるから送ろう」
しおりを挟む
感想 331

あなたにおすすめの小説

最強スライムはぺットであって従魔ではない。ご主人様に仇なす奴は万死に値する。

棚から現ナマ
ファンタジー
スーはペットとして飼われているレベル2のスライムだ。この世界のスライムはレベル2までしか存在しない。それなのにスーは偶然にもワイバーンを食べてレベルアップをしてしまう。スーはこの世界で唯一のレベル2を超えた存在となり、スライムではあり得ない能力を身に付けてしまう。体力や攻撃力は勿論、知能も高くなった。だから自我やプライドも出てきたのだが、自分がペットだということを嫌がるどころか誇りとしている。なんならご主人様LOVEが加速してしまった。そんなスーを飼っているティナは、ひょんなことから王立魔法学園に入学することになってしまう。『違いますっ。私は学園に入学するために来たんじゃありません。下働きとして働くために来たんです!』『はぁ? 俺が従魔だってぇ、馬鹿にするなっ! 俺はご主人様に愛されているペットなんだっ。そこいらの野良と一緒にするんじゃねぇ!』最高レベルのテイマーだと勘違いされてしまうティナと、自分の持てる全ての能力をもって、大好きなご主人様のために頑張る最強スライムスーの物語。他サイトにも投稿しています。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。 4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

収奪の探索者(エクスプローラー)~魔物から奪ったスキルは優秀でした~

エルリア
ファンタジー
HOTランキング1位ありがとうございます! 2000年代初頭。 突如として出現したダンジョンと魔物によって人類は未曾有の危機へと陥った。 しかし、新たに獲得したスキルによって人類はその危機を乗り越え、なんならダンジョンや魔物を新たな素材、エネルギー資源として使うようになる。 人類とダンジョンが共存して数十年。 元ブラック企業勤務の主人公が一発逆転を賭け夢のタワマン生活を目指して挑んだ探索者研修。 なんとか手に入れたものの最初は外れスキルだと思われていた収奪スキルが実はものすごく優秀だと気付いたその瞬間から、彼の華々しくも生々しい日常が始まった。 これは魔物のスキルを駆使して夢と欲望を満たしつつ、そのついでに前人未到のダンジョンを攻略するある男の物語である。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

魔法筆職人の俺が居なくなったら、お前ら魔法使えないけど良いんだよな?!

大石 とんぼ
ファンタジー
俺は慈悲深い人間だ。 だから、魔法の『ま』の字も理解していない住民たちに俺の作った魔法筆を使わせてあげていた。 だが、国の総意は『国家転覆罪で国外追放』だとよ。 馬鹿だとは思っていたが、俺の想像を絶する馬鹿だったとはな……。 俺が居なくなったら、お前ら魔法使えなくて生活困るだろうけど良いってことだよな??

処理中です...