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第4章 飄々
第35話 終章Ⅰ ~種は旅立つ~
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少女は暗闇の中で目を開く。
体を包み込むような弾力のある豪奢な椅子に座っていた。
ここは何処だろう。
それが少女のこの世界で初めて意識したことだ。
そして――それと同時に自分がダンジョンの主であることを理解する。
相棒はダンジョンの核であり管理者であるヌクレオ。
何の知識もないがダンジョンを管理運営する方法だけは初めから知っていた。
少女はその仕組みの中で生きる。
少しずつ力を付けて階層を増やし人間に襲われることなく長い時を過ごした。
目覚めて三万五千年。
風変わりな少年にこの世界での生活がどうやって始まったかを聞かれその瞬間を思い出していた。
少女がそれを話すと誰が仕組んだか知りませんがいい迷惑ですよねそう言って少年は笑った。
このところ週に一度料理を教えてもらうようになった少年だ。
少女に食事は必要ないが料理を食べると今までとは違う何かが満たされる気がした。
この頃度々入るようになった温泉への入浴もそうだ。
温泉に浸かっているときは体に血が巡っていることを感じられた。
今までの長い生涯で感じた事の無い”生きる”という現実を意識できる。
神武は少女を慈しみ見守る。
様々な質問を少年に投げかける少女に少年はある日一つの提案をした。
それは身長も伸びてもう青年と呼ばないといけないくらい彼が成長した頃だった。
少女は逡巡し――ゆっくりと頷いた。
§
なんて輝かしくて美しい場所なんだろう。
エミリアは椅子に座って目の前の料理を見つめる。
職業が料理人の父は公共事業の一環で行なわれている王国領の畑で農業を仕事にしていた。
職業が芸術家の母は針子の仕事をしている。
シェア層の両親は家にいることも多いが長女のエミリアは二人の弟妹の面倒をよく見ていた。
貧しくはないが裕福でもない家で質素な食事を作っていたエミリアにとって目の前の見た事の無い料理はご馳走に見えた。
父が働く畑の管理者であるケィンリッドの計らいで父が栽培し収穫した野菜が家族に振舞われたのだ。
光あふれる場所の名はネスリングス。
弟も妹もキラキラした瞳で料理に釘付けだ。
ケィンリッドの短い挨拶の後に食事会は開催される。
エミリアはどれを食べても美味しい料理に目を丸くしながら食べこぼす弟の世話をする。
飲んだことのないシュワシュワ音を立てて泡がはじけるジュースに後を引いて病みつきになるポテチと呼ばれるスナック。
中でもコロッケという小麦色の料理に添えられたシャクシャクと歯切れのよい白く甘い食べ物に心が躍った。
たまらずに各テーブルを回って飲み物を注いでいる少年に話しかけた。
「すみません。この甘い食べ物はお菓子なんですか?」
エミリアは菓子を食べたことが無い。
そして――それがエミリアの大きな悩みだった。
「っん? それはトウモロコシもやしの炒め物だね。私も好きなんだ。気に入った?」
エミリアはお菓子が甘いものだと聞いていた。
「お菓子じゃないんだ……」
「――お菓子が食べたいの?」
「はい。……あのっ! あたし職業が菓子職人なんですけど。菓子がなにか分からなくて……近くで知っている人も居なくて。甘くて美味しいからてっきり……」
「へぇ。菓子職人なんだ?」
「はい。神様から頂いた職業なのに諦めなきゃいけないかと思ってたんです」
少年はどこからともなくバスケットに入った小麦色の薄い板状のものを少女に差しだす。
それが菓子だという言葉を聞いてエミリアは驚く。
「そう。クッキーというお菓子だよ。試作品だけどね。食べてみる?」
見た目は堅そうなのに口にするとさっくりと崩れ上品な甘さと香ばしい風味が口に広がった。
「このクッキーはあの娘が作ったんだ。クローエッ! ちょっとこの娘とお菓子のこと話してて」
少年はそう言うと瞬く間に両親に説明をして、あくる日からエミリアがネスリングスに通う事が決まった。
エミリアは年上のクローエの手伝いをしながらお菓子を作り始める。
高級な卵をふんだんに使ったお菓子に目眩を感じながら目まぐるしい日々が続く。
そんなある日。王宮から彼女の召喚を伝える使者が訪れる。
エミリアは突然の事態に断る間もなく召し上げられた。
王宮に連れてこられたエミリアが豪華な待合室で縮こまって座っていると。
不意にドアがノックされる。
「どっ。どうぞ」
恐る恐る声をかけると現れたのはレオカディオ。
「エミリア。すまないな。少し手が遅れた」
「えっと。どういう事でしょうか?」
「エルフの方々に作っている菓子があるだろう? パオラも融通してもらっているんだが。それが手違いで王宮に流れてね」
(正確には、こそこそ食べているパオラが王妃様に見つけられてしまったんだが……)
「はぁー」
「君を王宮で召し抱えたいという話が出たんだ」
「へぇ。……えっ! ――えっ! ……えぇぇっ!!」
「君も望むまいと思って差し止めておいた。もう店に戻れるから送ろう」
体を包み込むような弾力のある豪奢な椅子に座っていた。
ここは何処だろう。
それが少女のこの世界で初めて意識したことだ。
そして――それと同時に自分がダンジョンの主であることを理解する。
相棒はダンジョンの核であり管理者であるヌクレオ。
何の知識もないがダンジョンを管理運営する方法だけは初めから知っていた。
少女はその仕組みの中で生きる。
少しずつ力を付けて階層を増やし人間に襲われることなく長い時を過ごした。
目覚めて三万五千年。
風変わりな少年にこの世界での生活がどうやって始まったかを聞かれその瞬間を思い出していた。
少女がそれを話すと誰が仕組んだか知りませんがいい迷惑ですよねそう言って少年は笑った。
このところ週に一度料理を教えてもらうようになった少年だ。
少女に食事は必要ないが料理を食べると今までとは違う何かが満たされる気がした。
この頃度々入るようになった温泉への入浴もそうだ。
温泉に浸かっているときは体に血が巡っていることを感じられた。
今までの長い生涯で感じた事の無い”生きる”という現実を意識できる。
神武は少女を慈しみ見守る。
様々な質問を少年に投げかける少女に少年はある日一つの提案をした。
それは身長も伸びてもう青年と呼ばないといけないくらい彼が成長した頃だった。
少女は逡巡し――ゆっくりと頷いた。
§
なんて輝かしくて美しい場所なんだろう。
エミリアは椅子に座って目の前の料理を見つめる。
職業が料理人の父は公共事業の一環で行なわれている王国領の畑で農業を仕事にしていた。
職業が芸術家の母は針子の仕事をしている。
シェア層の両親は家にいることも多いが長女のエミリアは二人の弟妹の面倒をよく見ていた。
貧しくはないが裕福でもない家で質素な食事を作っていたエミリアにとって目の前の見た事の無い料理はご馳走に見えた。
父が働く畑の管理者であるケィンリッドの計らいで父が栽培し収穫した野菜が家族に振舞われたのだ。
光あふれる場所の名はネスリングス。
弟も妹もキラキラした瞳で料理に釘付けだ。
ケィンリッドの短い挨拶の後に食事会は開催される。
エミリアはどれを食べても美味しい料理に目を丸くしながら食べこぼす弟の世話をする。
飲んだことのないシュワシュワ音を立てて泡がはじけるジュースに後を引いて病みつきになるポテチと呼ばれるスナック。
中でもコロッケという小麦色の料理に添えられたシャクシャクと歯切れのよい白く甘い食べ物に心が躍った。
たまらずに各テーブルを回って飲み物を注いでいる少年に話しかけた。
「すみません。この甘い食べ物はお菓子なんですか?」
エミリアは菓子を食べたことが無い。
そして――それがエミリアの大きな悩みだった。
「っん? それはトウモロコシもやしの炒め物だね。私も好きなんだ。気に入った?」
エミリアはお菓子が甘いものだと聞いていた。
「お菓子じゃないんだ……」
「――お菓子が食べたいの?」
「はい。……あのっ! あたし職業が菓子職人なんですけど。菓子がなにか分からなくて……近くで知っている人も居なくて。甘くて美味しいからてっきり……」
「へぇ。菓子職人なんだ?」
「はい。神様から頂いた職業なのに諦めなきゃいけないかと思ってたんです」
少年はどこからともなくバスケットに入った小麦色の薄い板状のものを少女に差しだす。
それが菓子だという言葉を聞いてエミリアは驚く。
「そう。クッキーというお菓子だよ。試作品だけどね。食べてみる?」
見た目は堅そうなのに口にするとさっくりと崩れ上品な甘さと香ばしい風味が口に広がった。
「このクッキーはあの娘が作ったんだ。クローエッ! ちょっとこの娘とお菓子のこと話してて」
少年はそう言うと瞬く間に両親に説明をして、あくる日からエミリアがネスリングスに通う事が決まった。
エミリアは年上のクローエの手伝いをしながらお菓子を作り始める。
高級な卵をふんだんに使ったお菓子に目眩を感じながら目まぐるしい日々が続く。
そんなある日。王宮から彼女の召喚を伝える使者が訪れる。
エミリアは突然の事態に断る間もなく召し上げられた。
王宮に連れてこられたエミリアが豪華な待合室で縮こまって座っていると。
不意にドアがノックされる。
「どっ。どうぞ」
恐る恐る声をかけると現れたのはレオカディオ。
「エミリア。すまないな。少し手が遅れた」
「えっと。どういう事でしょうか?」
「エルフの方々に作っている菓子があるだろう? パオラも融通してもらっているんだが。それが手違いで王宮に流れてね」
(正確には、こそこそ食べているパオラが王妃様に見つけられてしまったんだが……)
「はぁー」
「君を王宮で召し抱えたいという話が出たんだ」
「へぇ。……えっ! ――えっ! ……えぇぇっ!!」
「君も望むまいと思って差し止めておいた。もう店に戻れるから送ろう」
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