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第6章  罪咎

第82話  正規

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 だが否定的な感情もある。ここがダンジョン? ダンジョンの草や樹、岩はオブジェだ。そのように見えるが、折ったり削りとったとしても地面に落ちることは無い。モンスターの身体と同じように霧となって霧散する。

 この草原は霧雨が降り、毒草は取得可能な植物だ。一切の生物がいないが。――自然でありながら生物がいない。これにも記憶がある。エルフの聖域。――天蓋てんがいだ。辺りにはそこに似た雰囲気が漂う。自然にして、不自然で異質な不協空間。

 俺がここに戻って来たのは、あの時の忘れ物を取る為だ。まさか、食料無しで二週間以上歩くのが正規ルートとは考えられない。――いやあいつならあるいは。。。

 あの時ジョシュアさん達に助けられなければ、運が良く一番近くの村に辿り着いたとしてもあと六日は歩かなければならなかった。その情報が無かった俺は更に彷徨さまようはめになった筈だ。

 だから、ずっと考えていた。森が正規ルートだと。せっかく近くまで来たのだから、それを確認しておきたい。そこに何があるのかを、そこで何を得られたかをだ。

「よし。またキャビンに乗ってくれ。疲れたら休憩するからいつでも声かけてくれよ」

 二人にそう促す。ぬいぐるみのような子狼モフモフもそっちだ。抱き枕宜しくクラーラが抱いている。女の子だったこの子にも名前を付けた。

 トゥエアル。こちらの古い言葉でしんの統べる者とか、まことの神という意味だ。俺的には日本狼。つまり、古の信仰対象である真神まかみをイメージして付けた。

「そのキャンピングカー? 揺れなくて快適。スティ姉とずっと話しているから全然大丈夫です!」

 クラーラが元気よく答えてくれた。何しろ宙に浮いている魔道具だからね。付いているタイヤは飾りだ。会話ってたぶん彼女がずっと喋ってエステラは合いの手を入れているだけのような気が…、まぁ。いいさ。

「何かあれば無線でな」

 詳しくは言わないがお花摘みとか。伐採とかね。男だと雉打ちだったっけ? 一応午前と午後に短時間の休憩を挟み。昼食も移動を止めて楽しんでいる。俺はエチケットにも気を使える紳士なのだよ。

 トラが平らな草原を走り出す。あの地獄の記憶は薄れないが、今は草原の美しさを純粋に楽しむ余裕がある。見渡す限り深緑の絨毯だ。幻想的で神秘に満ちているじゃないか。

 休憩中にその風景の写真を撮った。ネスリングスのあいつらにも見せてやろう。死の草原の美しい姿をさ。
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