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第1章 〈地下世界〉編

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 世界の敵である魔王が、勇者によってたれた。

 そのしらせはまたたく間に世界中へと広がり、人々は平和な世の到来と、勇者の偉業いぎょうに沸き立った。
 聖剣に選ばれた勇者として過酷な旅へと挑んだエルドール王子は、討伐のあかしとして魔王の剣を手に、王都へ凱旋がいせんした。
 その供として、友として闘いへとおもむいた聖女ミラ、賢者ルーベン、騎士ベラトリス、魔導士リリアも無事に帰還している。
 たった5名で世界の悪へと立ち向かい、見事、魔王を討った彼らの功績は、のちの世に永く語り継がれることになるだろう。


(筆者の記憶が確かならば、あと1名、勇者パーティとして参加していた青年がいたはずだが、その姿は見えない。勇者たちの話にも上らないが、記憶違いだろうか。情報求む)



* * * * * * * * * *



 目を通し終わった記事をテーブルに放り、ウォルトはコップを口に運んだ。
 口に広がるすっきりとした苦味に、満足気に目を細める。

 魔王を討伐してから、ひと月が経った。

 勇者エルドールに置き去りにされたウォルトだったが、により一命を取り留め、かつ誰にも気付かれないよう細心の注意を払って脱出。
 そして姿をくらましたまま、このトーノ村まで辿り着いた。

 大陸の南西に位置する小国にある村で、貧しくもなく、かといってさかえているというほどでもない、平和な土地だ。
 勇者たちが属する王国は大陸中央にあり、馬車でおよそひと月の距離がある。ウォルトが読んでいた記事も、書かれたのはひと月ほど前だ。

 テーブルの上には他にも数枚の記事があり、そのどれもが『勇者による魔王討伐』について書かれている。
 人の口に上る話題もそれ一色であったが、最近になり落ち着きをみせていた。



 今から約20年前。突如として起こった、魔族による世界侵攻。ひきいるは魔王を名乗る者。
 元々、大陸の北にある別大陸を統治していたのだが、歴代最強の魔王が台頭たいとうしたことにより、領土拡大をはかったのだ。

 世界中で魔族との戦争が発生し、多くの村や街、国が滅んだ。
 当時3歳だったウォルトが暮らしていた村も魔族の襲撃にあい、もう無い。ウォルトを抱えた母親と共に森の中へと逃げ込み、何とか逃げ延びることができた。

 侵攻から6年後。大陸北部にあった3国が滅び、そこを魔族領と呼ぶようになる。
 魔族たちは魔族領を拠点とし、大陸中央にある3大大国との戦闘を始め、約10年、魔族領と大国は大小の戦争を繰り返していた。
 そんな中、王国から勇者が誕生する。

 勇者の名はエルドール・オブ・シュナイゼン。
 大陸3大大国が1つ、シュナイゼン王国の第一王子である。

 3大大国が1つ、ミュラーリル神聖皇国がまつる聖剣に選ばれたというエルドールは、王子という高貴な身でありながら勇者に選ばれた者として、魔王を討つ決意を表明する。
 それから1年後。

 聖女ミラ。
 賢者ルーベン。
 騎士ベラトリス。
 魔導士リリア。
 そして勇者エルドールの5名は魔王討伐を掲げる勇者パーティとして、世界を救う旅に出た。

 各地で起こる魔族の襲撃を退け、敵の誇る強力な四天王を打ち破り、魔族領を取り返すこと3年。

 ついに、勇者は魔王を討ち、戦いに勝利したのである。



 というのが、【大戦】と呼ばれる魔族の世界侵攻のあらまし。

 ウォルトはテーブルに置かれた記事を集め、空のコップと皿を手に席を立った。
 カウンターに食器と硬貨1枚を置くと、奥にいるであろう店主に声をかける。

「ごちそうさん」
「あいよー」

 女性の声だけが返ってきたが、気にすることなくきびすを返す。
 まだ朝早い為、他に客はいない。いつものことだ。

 喫茶店『ルルの箱庭はこにわ』を出ると、ドアにかけられている「準備中」の板をひっくり返し「営業中」にして、ウォルトは真っ直ぐに通りを進む。
 通りにはまばらに人の姿があり、仕事に向かう者や、店の開店準備をする者たちが、まだ少し眠たそうな顔で動いていた。

 ググッと身体を伸ばしたウォルトは、村の端の方へと歩く。
 南区と呼ばれている地域へと入ると、周辺の建物が一気に変わる。

 『ルルの箱庭』のある北区は、いわゆる住民の生活区域。
 それに対してここ南区は、住民とは少し違った者たちが暮らしている場所だ。

 剣。槍。斧。弓。ナイフ。様々な武器を置いた店。
 冑。鎧。篭手。マント。色々な防具を置いた店。
 北区にある雑貨屋のようでいて、陳列されているのは回復薬や解毒薬、地図、テントといった日常生活ではあまり馴染みの薄いもの。

 南区は、【探索者】という職業に就く者たちやその関係者が暮らしている区域となっていた。

 広く知られているのは、冒険者と呼ばれる者たちだ。
 魔物を狩り、素材を集め、未知へと冒険する者たちを指す。

 それに対して、探索者とは――。

 南区のうち、住居や宿屋が集まっている場所。
 その中で決して大きくはないが、真新しく綺麗な造りの一軒家へとウォルトは歩み寄る。

 ポケットから鍵を取り出すと、ドアの鍵穴へと差し込み回す。
 がチャリと音をたてて解錠し、室内へと入った。

 木造の匂いと木目が落ち着きを与える室内。
 小さめのキッチンと、テーブルとイスの置かれたダイニング。
 奥には小部屋が2部屋。
 そして、少し乱雑に置かれている雑多な物。

 トーノ村へ来てひと月。
 ここがウォルトの、現在の拠点だ。
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