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第1章 〈地下世界〉編
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イスに座り、テーブルへと地図を広げる。
それはトーノ村の地図でも、属する小国でも、大陸の地図でもなかった。
【探索者】とは、一部の地域でのみ通ずる職業である。
というより、ここトーノ村でしか探索者が活躍できる場がない。
よく知らない者たちは、冒険者と同じだと考える。
しかし、実際に探索者である者たちは「違う」と答えるだろう。
彼らが活躍する場。
そこは、〈地下世界〉と呼ばれている。
〈地下世界〉を調べた考古学者曰く、そこは遠い遠い昔、今いる種族の祖先となるものたちが暮らしていたという。
その規模、なんと大陸の3分の2。
大陸にある多くの国の下には、別の世界があるのだ。
しかし、少し頭の回る者なら疑問に思う。
「そんな空間があるなら、地上の地面はどうやって保っているのだろうか」と。
「何故、そんな場所がありながらも、ほとんどの人は存在すら知らないのか」と。
その答えが、このトーノ村で探索者という職業を生み、〈地下世界〉を探る理由だ。
「前回が、ここまでか」
そう呟いたウォルトが、地図に書き込みをする。
〈地下世界〉の地図だ。大きな紙の、約2割ほどが埋まっている。
これは、今までトーノ村で探索してきた者たちの成果と、ここひと月のウォルトの成果である。
〈地下世界〉は大陸の3分の2ほどの土地があるとされているが、あくまでもそれは仮説の段階でしかない。
あまりに規模が大きい為、その全容は未だに解明できていないのだ。
そして、何よりも問題なのが、その世界の先住民ともいえる「怪物」のせい。
〈地下世界〉に暮らしていた祖先たちが創った、防衛生物と言われている。
その力は魔物と遜色なく、侵入者に容赦なく襲い掛かる。
しかし、その人工的に生命を創る技術に始まり、祖先たちは驚くほどの高文明をもっていた。
生物学はもちろん、太陽のない地下で食料――植物を育てる農学、それらを支える魔法学に魔道具学。
それらの情報でも物でもいい。探索し、”技術”を持ち帰る。
それが探索者と呼ばれる者たちの仕事だ。
ウォルトも探索者として、地下へと潜る生活を送っていた。
「ん。そろそろ時間か」
ふと顔を上げ、差し込む光が生む影の向きを確認し、ウォルトは腰を上げた。
広げていた地図を折りたたみ、壁に掛けておいた鞄へとしまう。
その横に立ててあった剣と、イスにかけられていたマントを装備。
しっかりと施錠を済ませ、家をあとにした。
向かった先は南区の更に南。南と西が海に面しているトーノ村だが、南は崖、西は浜辺と違っている。
その崖の上に、大きな建物が1つ。小さな建物が1つ。
大きな建物は正面が解放されていて、十数名の探索者が出入りしている。看板には「探索者ギルド」の文字。
小さな建物は両開きの門となっていて、両脇に警備の者が2人。看板には「地下入口」の文字。
トーノ村にしか探索者がいない理由。それが、この「地下入口」である。
この入口は、現在、ここトーノ村でしか確認できていないのだ。
考古学者曰く、他にも入口――正確には「出口」だが――はあったはずなのだが、何かしらの理由で埋め立てられたり、自然災害で埋まってしまったりしているそうだ。
可能性としては、発見しても公表していないのだろうといわれているが……そこはトーノ村も同じようなものだ。
そもそも入口だけでなく、この「トーノ村」自体が公表されていないのだから。
「――うぉると~! こっち~!」
探索者ギルド前で立ち止まったウォルトの耳に、幼子のような拙い声が聞こえた。
声の方を見やると、木箱の上に乗り丸テーブルでパンを齧る少女の姿を見つける。
1メートル未満ほどの背丈しかなく、5歳ほどの子供にしか見えない容姿は、探索者ギルドという場所には不釣り合いにも思える。
しかし、その後ろに置かれた巨大なメイスが、何よりも少女――コッタの正体を現していた。
パンを片手にブンブンと手を振るコッタに、ウォルトも手を上げて近寄る。
「待たせたか?」
「ううん、だいじょうぶ! うぉるとも食べる?」
「いや、俺は済ませてきた」
「そっか~!」
にぱっと笑うコッタは、容姿そのまま幼子のように見える。
だが、その実ウォルトより1つ年上の24歳。歴とした成人女性だ。
小人族と呼ばれる種族であり、成人しても男女共に1メートル届かないくらいの背丈しかない。
それでいて筋力に優れ、また大きな武器を好む性分で、己の背丈の倍はあろう武器を振り回したりする。
子供だと舐めてかかり、笑顔でぶん投げられる輩も少なくない。
コッタとの出逢いも、そんなぶん投げられることから始まった。
もちろん、投げられたのはウォルトではなかったが。
「ぷぅ、ごちそうさまでした!」
満足気に笑ったコッタは木箱から飛び降りると、己の身体ほどある鞄を背負い、己の身体の倍以上はあるメイスを軽々と持ち上げた。
見慣れているウォルトは特に驚くことなく、共にギルドから外へ向かう。
「地下入口」と書かれた建物へ近付くと、警備していた2人が気付き親し気な笑みを浮かべた。
「やぁ、お二人さん。今日が潜る日か」
「コッタちゃん、ご飯食べたか?」
「うん! パンおいしかったよ!」
「そうかそうか」
まるで近所の子供に対する態度だが、コッタは24歳である。
子供扱いされたコッタも、子供扱いする警備たちも、気にした様子はないが。
小人族は別段、性格まで幼いなんてことはなく、普通に大人になれば大人な態度が身に付く。
しかし、コッタの場合。
『こうやって子供っぽーくしてると、みんな優しくしてくれるの~!』
ということらしい。やはりそこは大人な考え方であった。
誰かが損をすることもなしに、ウォルトも深くは気にしないようにしている。
警備に探索者ギルドで配布される個人カードを見せ、入場料として銀貨3枚を払う。
〈地下世界〉探索は一応公共事業という扱いなので、利用するにはお金がかかる。そのかわり、探索で見つけた物は高値で買い取る関係性だ。
地下の世界へ行くのだから、当然、下へ潜ることになる。
入口の門を潜り、きちんと整地された階段をウォルトが先頭となって下っていく。
階段にはカンテラがかけられており、視界は確保されている。
天井は約3メートル、幅は約2メートル。
タイミングによっては他の探索者と階段ですれ違うこともあるが、今日はまだ上がってくる者たちはいないようだ。
コッタのご機嫌な鼻歌と、階段を下る2つの足音のみが響いている。
そのまま階段を下り続けること、実に20分。
ウォルトとコッタは〈地下世界〉へと降り立った。
それはトーノ村の地図でも、属する小国でも、大陸の地図でもなかった。
【探索者】とは、一部の地域でのみ通ずる職業である。
というより、ここトーノ村でしか探索者が活躍できる場がない。
よく知らない者たちは、冒険者と同じだと考える。
しかし、実際に探索者である者たちは「違う」と答えるだろう。
彼らが活躍する場。
そこは、〈地下世界〉と呼ばれている。
〈地下世界〉を調べた考古学者曰く、そこは遠い遠い昔、今いる種族の祖先となるものたちが暮らしていたという。
その規模、なんと大陸の3分の2。
大陸にある多くの国の下には、別の世界があるのだ。
しかし、少し頭の回る者なら疑問に思う。
「そんな空間があるなら、地上の地面はどうやって保っているのだろうか」と。
「何故、そんな場所がありながらも、ほとんどの人は存在すら知らないのか」と。
その答えが、このトーノ村で探索者という職業を生み、〈地下世界〉を探る理由だ。
「前回が、ここまでか」
そう呟いたウォルトが、地図に書き込みをする。
〈地下世界〉の地図だ。大きな紙の、約2割ほどが埋まっている。
これは、今までトーノ村で探索してきた者たちの成果と、ここひと月のウォルトの成果である。
〈地下世界〉は大陸の3分の2ほどの土地があるとされているが、あくまでもそれは仮説の段階でしかない。
あまりに規模が大きい為、その全容は未だに解明できていないのだ。
そして、何よりも問題なのが、その世界の先住民ともいえる「怪物」のせい。
〈地下世界〉に暮らしていた祖先たちが創った、防衛生物と言われている。
その力は魔物と遜色なく、侵入者に容赦なく襲い掛かる。
しかし、その人工的に生命を創る技術に始まり、祖先たちは驚くほどの高文明をもっていた。
生物学はもちろん、太陽のない地下で食料――植物を育てる農学、それらを支える魔法学に魔道具学。
それらの情報でも物でもいい。探索し、”技術”を持ち帰る。
それが探索者と呼ばれる者たちの仕事だ。
ウォルトも探索者として、地下へと潜る生活を送っていた。
「ん。そろそろ時間か」
ふと顔を上げ、差し込む光が生む影の向きを確認し、ウォルトは腰を上げた。
広げていた地図を折りたたみ、壁に掛けておいた鞄へとしまう。
その横に立ててあった剣と、イスにかけられていたマントを装備。
しっかりと施錠を済ませ、家をあとにした。
向かった先は南区の更に南。南と西が海に面しているトーノ村だが、南は崖、西は浜辺と違っている。
その崖の上に、大きな建物が1つ。小さな建物が1つ。
大きな建物は正面が解放されていて、十数名の探索者が出入りしている。看板には「探索者ギルド」の文字。
小さな建物は両開きの門となっていて、両脇に警備の者が2人。看板には「地下入口」の文字。
トーノ村にしか探索者がいない理由。それが、この「地下入口」である。
この入口は、現在、ここトーノ村でしか確認できていないのだ。
考古学者曰く、他にも入口――正確には「出口」だが――はあったはずなのだが、何かしらの理由で埋め立てられたり、自然災害で埋まってしまったりしているそうだ。
可能性としては、発見しても公表していないのだろうといわれているが……そこはトーノ村も同じようなものだ。
そもそも入口だけでなく、この「トーノ村」自体が公表されていないのだから。
「――うぉると~! こっち~!」
探索者ギルド前で立ち止まったウォルトの耳に、幼子のような拙い声が聞こえた。
声の方を見やると、木箱の上に乗り丸テーブルでパンを齧る少女の姿を見つける。
1メートル未満ほどの背丈しかなく、5歳ほどの子供にしか見えない容姿は、探索者ギルドという場所には不釣り合いにも思える。
しかし、その後ろに置かれた巨大なメイスが、何よりも少女――コッタの正体を現していた。
パンを片手にブンブンと手を振るコッタに、ウォルトも手を上げて近寄る。
「待たせたか?」
「ううん、だいじょうぶ! うぉるとも食べる?」
「いや、俺は済ませてきた」
「そっか~!」
にぱっと笑うコッタは、容姿そのまま幼子のように見える。
だが、その実ウォルトより1つ年上の24歳。歴とした成人女性だ。
小人族と呼ばれる種族であり、成人しても男女共に1メートル届かないくらいの背丈しかない。
それでいて筋力に優れ、また大きな武器を好む性分で、己の背丈の倍はあろう武器を振り回したりする。
子供だと舐めてかかり、笑顔でぶん投げられる輩も少なくない。
コッタとの出逢いも、そんなぶん投げられることから始まった。
もちろん、投げられたのはウォルトではなかったが。
「ぷぅ、ごちそうさまでした!」
満足気に笑ったコッタは木箱から飛び降りると、己の身体ほどある鞄を背負い、己の身体の倍以上はあるメイスを軽々と持ち上げた。
見慣れているウォルトは特に驚くことなく、共にギルドから外へ向かう。
「地下入口」と書かれた建物へ近付くと、警備していた2人が気付き親し気な笑みを浮かべた。
「やぁ、お二人さん。今日が潜る日か」
「コッタちゃん、ご飯食べたか?」
「うん! パンおいしかったよ!」
「そうかそうか」
まるで近所の子供に対する態度だが、コッタは24歳である。
子供扱いされたコッタも、子供扱いする警備たちも、気にした様子はないが。
小人族は別段、性格まで幼いなんてことはなく、普通に大人になれば大人な態度が身に付く。
しかし、コッタの場合。
『こうやって子供っぽーくしてると、みんな優しくしてくれるの~!』
ということらしい。やはりそこは大人な考え方であった。
誰かが損をすることもなしに、ウォルトも深くは気にしないようにしている。
警備に探索者ギルドで配布される個人カードを見せ、入場料として銀貨3枚を払う。
〈地下世界〉探索は一応公共事業という扱いなので、利用するにはお金がかかる。そのかわり、探索で見つけた物は高値で買い取る関係性だ。
地下の世界へ行くのだから、当然、下へ潜ることになる。
入口の門を潜り、きちんと整地された階段をウォルトが先頭となって下っていく。
階段にはカンテラがかけられており、視界は確保されている。
天井は約3メートル、幅は約2メートル。
タイミングによっては他の探索者と階段ですれ違うこともあるが、今日はまだ上がってくる者たちはいないようだ。
コッタのご機嫌な鼻歌と、階段を下る2つの足音のみが響いている。
そのまま階段を下り続けること、実に20分。
ウォルトとコッタは〈地下世界〉へと降り立った。
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