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第1章 〈地下世界〉編

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 エルドール・オブ・シュナイゼンは、自身が選ばれた存在だということを疑ったことはない。

 大陸の3大大国と呼ばれるシュナイゼン王国の、第一王子であり王位継承権第1位。
 王族として生まれ持った恵まれた容姿に、勉学を苦にしない頭脳。
 極めつけは、女神に選ばれし者である証明ともいえる、聖剣の主。

 これだけのものが揃っていて、自分が特別な存在でないなどと、思えるだろうか。
 少なくともエルドールは、幼い頃からそう思っていた。

 それと同時に、浮かんだ1つの考え。

「私のような選ばれた人間が、面倒なことをする必要があるだろうか」

 特別な存在だからこそ、優遇されるべきである。
 手間暇をかけることはもちろん、危険な戦闘など以ての外。

 もともと頭の出来が良かったエルドールは、如何に楽に生きるかに考えを巡らすようになる。

 その答えが、他者の功績の横取りだった。
 いや、エルドールとしては「横取り」などと、そんな低劣なことをしているとは思っていない。

 自分のような特別な存在の為に働け、その功績の1つとなれるのだから感謝するべきだと心から思っていた。

 勉学に関しては特に努力を必要としないだけの才があった。
 しかし、他の事柄には少なくない労力が必要だった。

 最初は、小さなことだった。
 弟である第三王子のミヘルが、母の為に花束を作った。しかし、タイミング悪くミヘルが風邪をひいてしまい、部屋から出られなくなった。
 それを、エルドールが代わりに母へ届けてあげると申し出る。

 ミヘルは兄を疑うことなく花束を渡した。メッセージでも付けていれば良かったが、この時のミヘルはまだ4歳。そこまで考えは至らなかった。

 そしてエルドールはミヘルの代わりに母へ花束を贈った。
 「自分からの贈り物」として。

 日頃からに過ごしていたエルドールの言葉が疑われることはなく、母は優しい子だとエルドールに感謝した。
 ミヘルも気の移ろいやすい子供だった為、後日、花束の話を母に振ることもなく、その嘘がバレることはなかった。

 成長し、学園に通うようになると、王族の慣例として生徒会に入ることになる。
 そこで、エルドールは王族としての特権を使い、他のメンバーを自分が選んだ者だけにした。

 唯一エルドールの性根を知っている従者であるシルヴァに生徒を調べさせ、その中から能力に優れながらも身分のそう高くない家の者を選び出した。
 そして、その者たちにこう話した。

「君たちは優れた能力を持っている。しかし、このまま下手に目立ってしまうと、君たちよりも格の高い家の生徒から疎まれるだろう……私は将来、この国を背負う者として、君たちのような優れた者が、そのようなつまらないことで潰れてしまうのは見過ごせない。
 そこで、どうだろう。表向きは私の功績とするが、私が直接、君たちの働きを学園側へ伝えよう。そうすれば、君たちの学園卒業後の将来は安泰だと思うよ」

 その言葉を受け、生徒たちは真面目に生徒会の仕事に励んだ。
 表向き、称賛されるエルドールが学園側に働きかけてくれると信じて。

 だが、わざわざ学園側に一生徒の働きを告げるなどをエルドールがするはずもなく、全てはエルドールの功績になった。
 なまじエルドールが真面目に取り組めば可能なだけの才能があるだけに、彼の言動が疑われることはなかった。

 当然、他の生徒会メンバーが評価されることもなく、それを不審に思った生徒もいたが、家格が高くないために下手に王子へ抗議するわけにもいかず、泣き寝入りに終わった。

 生徒会長として(表向き)功績を上げたエルドールは、卒業後は王子として国政に関わるようになる。
 そこでも、若手の優秀な者に目を付け功績を横取りし、自らのものにしていった。

 その頃にはもう、エルドールは文武両道で真面目な王子として周知されていた。
 その実、自分で成し得たものなど、片手の数ほどしかない。

 新たな転機が訪れたのは、王子の公務としてミュラーリル神聖皇国へと訪れた時のこと。エルドールが20歳になった頃だ。
 第一皇女の案内で、皇国で祀られている聖剣を見せてくれることになった。

 神聖な聖堂の奥にひっそりと台座に刺さっていた聖剣が、エルドールが部屋へと足を踏み入れた瞬間から強い光を発し始めた光景は、皇国の人間もエルドールについてきた王国の人間も、誰しもが呆けたように固まっていた。

 そんな中で、エルドールだけはーー、

「やはり、私は選ばれた存在だったのだ」

 そう強く確信を得た笑みを浮かべていたのだった。

 王子であり、勇者でもあったエルドールの人気は爆発的に高まった。
 それは同時に「魔王討伐」を期待されることでもあったが、エルドールはすでに手は打ってあった。

 ウォルトリアム。剣士の界隈では「剣聖候補」と目されている男。
 2年程前から魔族との戦いの場に姿を見せ、その圧倒的な剣技と強さを示した。

 しかし常にフードを深く被っているために人相は不明。性別と、恐らく10代後半から20歳の年頃、そして『』という名の美しい宝剣を持っていることだけが知られていた。

 それを聞きつけたエルドールは、ウォルトリアム本人と密かにコンタクトを取ると同時に、その謎の人物が実はシュナイゼン王国の王子が変装した姿だった、という噂を流す。
 聖剣に選ばれた存在として名が挙がっていたエルドールとウォルトリアムを結びつける者は多く、その噂は瞬く間に広まっていった。

 その噂が十分に公然の秘密と化した頃、エルドールはウォルトリアムと密会することになる。

「君が噂の殿か。魔族との戦いにおいて、目覚ましい戦果を挙げていることは聞き及んでいるよ。未来の王国を担う者として、君の活躍に心より感謝する。
 ……そして、大変に心苦しいのだが。実は君の正体が、私なのではないかという噂が世間で広まってしまっているようなんだ。もちろん私も否定させてもらったのだが、どうも謙遜しているだけだと取られているようでね。
 それに加え、私自身も聖剣という特別な存在に選ばれてしまった。王や臣下からも、下手に謙遜するよりも大々的に公表して、民たちに希望を与えるべきだと……」

 不服だと言わんばかりに顔をしかめて俯いてみせたエルドールは、ひっそりとウォルトリアムの表情を窺った。

 調べによると、ウォルトリアムの実年齢はエルドールの1つ下。背丈はほぼ同じで、体格もフードを纏ってしまえば大差ない。
 顔立ちもなかなか整っているといえるが、如何せん、黒髪に深藍の瞳と、色合いが地味ではないだろうか。

 輝かんばかりの金髪に金の瞳の自分とは違う、とエルドールは自然に思った。
 そして、この男では駄目だと思った。

 大衆を導くには、目に見えて分かりやすい「特別感」が必要なのだ。
 それはウォルトリアムのような闇に溶けるような色合いでは務まらず、エルドールのような陽の下できらめくような色合いでなくてはならない。

 ならば、エルドールがやらねばならないだろう。
 何故なら、自分は選ばれた存在なのだから。

「そこでだ。どうか民たちの心の平穏のため、私に協力してもらえないだろうか。私は近い将来、聖剣に選ばれた者として、女神に選ばれた勇者として魔王討伐の旅に出ることになる。その時に、これまでの噂もつもりだ。君の功績を奪ってしまうことになり申し訳ない。だが、それも大陸の平和を思えばこそなんだ。
 そして、できれば君にも旅に同行してもらいたい。君ほどの剣士がいれば、きっと平和な未来が早まるだろうから」

 そう王子然とした、勇者然とした笑みを浮かべてみせた。

 終始無言で話を聞いていたウォルトリアムは、エルドールも驚くほどあっさりと提案を受け入れた。
 それとなく理由を聞いてみたが、どうも世間からの評価というものに興味がない人間であるらしい。

 それであれば後から騒がれるようなこともないだろうと、エルドールにとっても都合が良かった。
 密約として書面に残すわけにはいかないと尤もらしいことをあげて、この密会は公的には一切証拠が残らないものとなる。

 それから、ひと月ほど。
 エルドールは勇者として、聖女ミラ、賢者ルーベン、騎士ベラトリス、魔導士リリア、そして未公表の剣聖ウォルトリアムを仲間に、魔王討伐の旅へと赴くことになった。
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