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第1章 〈地下世界〉編

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 予定通り、1週間の探索を終えたウォルトとコッタは、これといって怪我という怪我もなく地上へと帰還した。

 帰還して真っ先に行うことは、まずは探索者ギルドへの帰還報告と探索報告。
 今回はもともと、前回の探索場所である教会への調査が入る前の、最終安全確認の意味合いが強い。それと合わせて周囲の探索も進めたが、これといって目覚ましい発見はなかった。

 広大な地下都市を調べるにあたり、何の成果もないことは珍しくない。

 広大であれば見つかる物も多いように思われがちだ。
 しかし、その実態は、言わば民間の村を調べるようなもの。真新しい物が置いてある民家など、そうあるものではない。

 もちろん、各家庭に置いてある魔道具はいくらあっても良いし、それなりの値段で買い取ってもらえるので回収済みだ。
 しかし、探索の醍醐味といっていい「新発見」は、なかなかに巡り合わせのないものである。

「おかえりなさい、ウォルトさん、コッタさん」

 探索者ギルドの受付に座っていたのは、受付嬢であるチータ。受付に座って3年目になる、ギルドでは古参の顔だ。

「たっだいま~!」

 ウォルトは片手を上げ応え、コッタは元気良く返事をする。そこでコッタは受付ではなく右手にある別のカウンターへと向かった。
 ウォルトだけがチータの前に立ち、懐から地図を取り出す。

「今回の成果だ」
「拝見します」

 チータも手元から地図を取り出すと、ウォルトの持った地図と見比べる。ウォルトの地図の方が、書き込まれた情報が多い。

「……はい、新しい探索区域の解放を確認しました。お疲れさまです」

 ササッと手早く正確にウォルトの地図を書き写したチータが、満足気に頷く。

怪物クリーチャーは全てハティ型でしたか」
「あぁ。どうやら区域ごとに型が決まっているのは確からしい。この教会辺りではハティ以外は出たことがないな」
「分かりました。そちらも情報料に加算しておきますので」
「助かる」

 ちらりとコッタが向かった先を見ると、どうやらあちらはまだ終わっていないようだ。
 コッタが背負っていた鞄から、明らかに見た目の容量を超えた物品を取り出していく光景を見て、ウォルトはチータとの会話を続ける。

「次回の調査について、何か連絡は入ってないか?」
「少々お待ちを…………あぁ、これです。こちら、ニルヴァ様からのお手紙です。2日前に届きました」
「ありがとう」

 チータに礼を言い、早速ウォルトは手紙の封を開け、中身に目を通す。

 ニルヴァとは、教会の調査を願い出た学者の名前だ。普段はトーノ村の外に住んでいて、調査の必要がある時に出向いてくる。
 学者にしてはまだ年若く、それでいて〈地下世界アガル・タガル〉研究では名の通った人物である。年嵩としかさの学者の腰の重さに対し、身軽に現地におもむくフットワークの軽さが彼の強みだ。
 ウォルトとコッタとも見知った仲で、過去に2回、彼の現地調査を手伝った。

 手紙には彼の少々走り気味の文字で、今から3日後にトーノ村に到着するとのこと。
 調査に向かうのは、翌日の4日後としたいとの希望が書かれていた。

「調査に行くのは4日後になるそうだ」
「かしこまりました。どのくらいの期間、潜ることになりそうでしょうか?」
「ニルヴァ次第ではあるが……そうだな、2週間はかからない、くらいか」
「では、魔導鞄は2週間を目途に押さえておきますね」
「頼む」

 それから2、3言葉を交わすと、チータと別れてコッタの下へと向かう。

 コッタが向かっていたのは、買取用の受付だ。カウンター横には1辺2mほどの空間があり、そこに戦利品である地下での収集品を提出する。
 収集品の中には、食材を冷蔵保存できる「保冷庫」や火を使わずに鍋を温める「魔導コンロ」など、大の大人が両手で抱えて持たねばならないようなサイズの物もある。
 それが、30点近く並べられていた。

 普通に考えれば在り得ないと思うだろうが、これらは全て、コッタが背負っていた鞄に収納されていたのだ。

 その秘密が、「魔導鞄」と呼ばれる空間魔法を使った魔道具だ。
 〈地下世界アガル・タガル〉での収集品の1種で、鞄の容量が実際のものより大幅に拡張されている。その拡張率は、なんと200倍。

 現代にも空間魔法を用いて容量を増やした魔道具である「魔法鞄」と呼ばれるものがあるが、そちらの性能は拡張率50倍。それが現代での限界だと言われている。

 魔法鞄と魔導鞄。
 如何いかに古代の魔道具が優れているのか分かる例だ。

 欠点としては、これも古代の魔道具として魔水晶を必須とすることと、魔法鞄の近くに置くと互いの空間魔法に干渉してしまうのか、中身が勝手に出てきてしまうなどの誤作動があることだろうか。

 魔導鞄は発見数が少ない為、発見されればギルドに必ず売却することが義務となっている。その代わりに、他の魔道具が金貨1桁の買取に対して、金貨20枚と高額での買取を約束している。
 そして、買い取った魔導鞄はギルドが探索者に貸し出しを行っており、賃料大銀貨1枚とそれなりの額ながら、それで持ち帰れる戦利品の売却額を考えれば、借りない探索者はいないだろう。

 ただ数に限りがあるので、いつでも借りられるわけではない。
 ギルドの方で貸し出す相手や期間を管理し、できるだけ多くの探索者に使用機会がくるようにしている。

 すでに空間には様々な戦利品が並べ終わっており、職員が1つ1つ状態を確認しながら買取金額を試算していた。

 コッタはその周りをちょこまかと動き回っている。

「え~、そっちの保冷庫は金貨2枚なのに、こっちのは1枚なの? なんで? そんなに変わらないよ?」
「コッタちゃんが見てるやつ、背面の下側に傷があるんだよ。だからだね」
「え~! これだけで金貨1枚分も査定下がっちゃうの? 保冷の効果は一緒だよ? 保冷するだけなら表面の傷も変わらないよ?」
「まぁ、そうなんだけどね……」
「ねぇねぇ、この傷が金貨1枚分もないよね? せめて大銀貨2枚分だよねぇ?」
「い、いやさすがに大銀貨2枚は……」
「じゃあじゃあ、大銀貨5枚! 金貨1枚と大銀貨5枚ならいいでしょ~?」
「えぇ…………」
「おねが~い!」

 なかなかしたたかに査定額の交渉をしていた。自らの小柄で愛らしい外見を武器に、職員に圧を――否、お願いをしている。
 職員もなかなかに粘っていたが、最終的にはコッタの押しに負け、傷付きの保冷庫を金貨1枚と大銀貨5枚で査定した。

 苦笑しながらそれを眺めていたウォルトに気付いたコッタが、自慢げにピースしてみせた。
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