リア=リローランと黒の鷹

橙乃紅瑚

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第二章

25.〈ほころび〉

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 はずれの村の視察を年に一度とする。実に厭わしい命令だと思った。俺とリアが堂々と会える権利を奪うなど……。

 殺意が湧いた。この命令を下した奴を処分してやろうかと思った。己を律するまでにそれなりの時間がかかった。ああ、いけない。なるべく冷静でなくてはいけないのだ。目的を遂行するためには、頭に血を上らせてはいけない。

 堂々と会える会う理由が無くとも、魔法を使ってリアを犯してしまえば良い。ただそれだけのこと。命令が下された次の日に、それを実行に移すことを決めていた。

 リアの泣く顔を見るのがとても楽しみだった。無理やり犯される彼女はどんな顔をするのだろうと、日がな一日考えていた。俺は彼女を想い自身を慰め続けている。溜まりきった熱を彼女に放ってしまいたい……。

 そんなことを考えていたところ、俺の部下が思わぬ幸運をもたらしてくれた。ファティアナ王女の誕生会に俺を招いたのだ。王女の望みは俺の心を躍らせた。リアを王都に呼び寄せる大義名分が手に入る! しかし、リアをどこで保護するべきか?

 決まっている。俺の屋敷しかない。俺とリアは誰の邪魔も入らない屋敷の中で共に暮らしていくのだ。リアを匿い、じっくりねっとり愛を捧げて、あの身体の内に魔力の器を作ってしまおう。

 大急ぎで彼女が住む部屋を整えなくては。そして全てのものに念入りに魔力を纏わせなくては。シャンデリアに魔法球を仕込み、部屋で過ごす彼女を監視出来るようにしなくては。彼女の身体にぴったりと合う服を揃えなくては……。

 毎日彼女を観察できる。毎日彼女に触れることができる! ああ、なんて素晴らしいのだろう! リアと暮らす想像をすると非常に胸が躍る。思う存分に、リアを穢すことが出来る!

 俺はすぐ準備に取り掛かった。王都に招く賓客には、立派な住居と仕事場を与えなければならない。リアを王都に呼ぶための事務的な手続きを、速やかに進める必要があった。

 王族の命ゆえ、リアを住まわせる住居をすぐに確保しろと担当の者に急がせれば、無能な輩はリアを王都の端の古びた寮に追いやろうとした。見せられた書類に、俺は怒りと呆れから思わず大笑いをしてしまった。

 ああ、駄目じゃないか? 彼女は俺の近くに居るべきなのだから、俺の屋敷に住まわせるのが一番なのだ。書類を奪い、リアの住居を俺の屋敷とするように書き換えた。これで公的な書類が手に入った。手続きを担当した者には罰として強い幻覚を見せる魔法をかけてやった。頭から倒れ、怯えた様に床に転がるそやつの姿を見て胸が空いた。リアと俺を引き離す奴は、大いに苦しめてやらないと!

 さて、次はリアの仕事場だ。俺の屋敷の近くには、幸いにして鍛冶場のある中央政府管轄の小さな工場こうばがあった。小さいとはいえ、リアが作業するのには充分な広さのはずだ。そして往復するリアの監視をする上でそれほど手間もかからなさそうだった。俺は書類に、その工場の名を記すことにした。

 その鍛冶場を管理しているのは、まだ年若いハーフエルフの男だった。

 レント=オルフィアン。俺は奴を知っている。純血のエルフでもない奴がなぜ工場一つを任されるまでに出世したのかと言えば、そやつの持つ力がエルフ全体から見てもごく珍しいものだからだ。
 確か未来視であったか? まあいい。俺には関係のない話だ。

 リアの仕事場を管理するのが男であるというのは実に気に入らないが、年若いハーフエルフだ。戦闘経験もろくに積んでいない貧弱な若造。俺の魔法でどうにでも出来るだろう……。

 そしてここでも俺の部下が役に立ってくれた。レント=オルフィアンは偶然にもアンジェロの奴と同期で、それなりに仲良く過ごしてきたらしい。アンジェロの名を出し中央政府発行の書類を見せれば、奴はこちらを全く疑うことなく鍛冶場を整えることを約束した。

 リアはどんな人物だと奴は聞いてきた。
 俺は彼女の素晴らしさを説いてやった。そしてリアの美しさが大勢の者の目に留まらぬ様に、彼女は人見知りのゆえ他の者の目に付かないところで作業させるように命じた。

 その夜は興奮で眠れなかった。リアと共に住むことが出来るなんて。女神はどれだけ俺に幸福をもたらして下さるのだろう!

 精神世界の城に転移し、毎夜の習慣である鷹が見聞きした記録を確認する。さて、今日はどんなリアを見られるだろうか?

 眩しい夏日の中で水に脚を浸け涼むリア。その脚の白さに俺は魅了され、何度も何度も自分を慰めた。あの脚に擦り付けて射精するのも気持ち良さそうだ。今度試してみよう……。リアは落ち込んでいるようだった。もしかして、俺と会えなくて寂しいと思ってくれているのだろうか? 憂いを帯びた顔は美しく、切り取っていつまでも見てみたいと思った。

 記録を魔力で現像し、得た彼女の写真を城の壁に貼っていく。もう随分と写真も溜まった。彼女の髪の色で城の壁が赤くなるくらいに……。

 リアが一日中、あの髭面と共に居たことが気に入らない。弟の様な存在だとしても油断できない。

 早く、早く俺の屋敷に住まわせなければ……!


 ――――――――――


 リアはいつも朝四時に起きている。迎えに行くなら早い方が良いだろう。だから俺は朝四時半に彼女の家を訪ねることにした。アンジェロの奴を叩き起こし急いで準備させる。

 俺一人で向かっても良かったが、アンジェロはどうやら、俺がリアに「夢」を見せている間に髭面と距離を縮めた様だ。リアを王都に連れて行く上での最大の懸念点は、彼女と一番仲が良いあの髭面だった。髭面に対する説得材料のひとつとして、アンジェロを連れて行くことにした。

 口元が緩むのを止められない。彼女が俺の手に落ちてくるのだと思うと……。

 彼女の家の前でしばらく待ってやれば、足音と共に可愛らしい鼻歌が聞こえた。ああ、可愛い。とても可愛い。この鼻歌は後で繰り返し聞くことにしよう。

 俺の姿を見て腰を抜かしたリア。身体を抱き留めた時、その柔らかさに我を忘れそうになった。やはりアンジェロを連れてきて良かった。一人だったらそのまま襲ってしまっていたところだ。

 話を直ぐに進めたいところだったが、アンジェロの奴が机に突っ伏した。リアの事で頭が一杯になって今気がついたが、そういえば奴に朝食を食わせていなかったか。こやつは本当に面倒な体質をしている。毎食大量の料理を食べないと直ぐに倒れてしまう。

 図々しくも食事を要求した奴に対して、心優しいリアは嫌がらずにすぐに食事を与えた。ライ麦パン、サラダと野菜のスープ、ベリーのコブラー。実に美味そうな料理がアンジェロの前に並べられる。
 女神の様な優しさだ。その上料理上手ときた。リアは本当に素敵な女性だ……。

 黙々と食事をするアンジェロを見ながらリアは微笑んでいる。アンジェロも無表情ではあるが、その瞳に感謝の色を宿しているのを見た。奴は食べ物を与えたらすぐに懐く。気に入らない。二人の距離が縮まってしまう。

 朝食を食べてきたのでさして腹も減っていなかったが、リアの料理をいただく事にした。どれも美味で、彼女が作ったのだと思えば心まで満たされた。俺の姫君は素晴らしい。屋敷に住まわせたら、負担にならない程度に料理を作ってもらおう……。

 彼女の料理をゆっくり味わいつつ、俺は彼女に話を切り出した。王都に住む素晴らしさを説いたにも拘らず、彼女の顔は晴れない。なぜ、首を縦に振らない? 

 苛々する。苛々する。苛々する。

 君にとって美味しい話だというのに。
 何をそんなに気にしている? 
 君をこき使う村に未練があるのか? 

 もしかして……俺が気が付かなかっただけで、好いた人間でもいるのだろうか? 

 あるいは、恋人がいる?

 そんなことがあってはならない! 
 男がいるのだとしたらそやつを葬ってやらなければ!

 答えを急かせば、リアはどちらもいないと言った。

 返ってきた彼女の言葉に、俺は心底ほっとした。
 そうだ。君は俺だけの姫君だ。君には俺がいればいい……。

 気がかりを聞けば、実に彼女らしい理由だった。村の住民共と髭面のことが気になるのだという。肩を震わせて、だが落ち着いて言葉を選びながら話すリア。涙を流さないようにと耐える思慮分別のあるその姿。

 愛おしい。だが、……嫉妬する。
 俺の入り込めない領域に、他の者の姿がある……。

 ふとアンジェロが席を立ち髭面を中に入れた。髭面は思いの外役に立ってくれた。奴は王都に行く後押しをしてくれた。リアが涙を流して髭面に抱きつく。その姿は気に入らなかったが、拳を強く握りしめ必死で我慢をした。目的の為だと己に言い聞かせながら。

 その後、リアは髭面を伴って村を回った。鷹を使って監視をしていたが、村の人間共は意外にも誰一人としてリアを引き止めることはしなかった。ああ、思っていたよりはずれの村の住民共は賢い様だ。戻ってきたリアの顔は晴れ晴れとしていた。王都に行くことを決めた彼女の顔には決意が宿っていた。

 良かったよ。君が自分から王都に向かうことを決めてくれて。君が頷かなければ、俺は住民共の命を、髭面の命を人質に取るつもりだった。無理やり王都に連れて行くことにならずに本当に良かった。

 リアの私物も俺の屋敷に持っていこう。彼女が使っていたものを俺は触れたいし、彼女の慰みにもなる筈だ。だがベッドだけは置いていく。あの小さなベッドでは俺が一緒に寝られないし、彼女と愛を交わす度によく揺れそうだ。リアを休ませるために、既に最高級品のベッドを部屋に用意している……。

 それにしても、髭面は案外聡いらしい。俺のリアに対する好意を見抜いた。リアに対する好意が漏れても構わんのだが、アンジェロ以外にリアが好きなのだと言ったことは無かったから、そんなに俺は分かりやすいのかと驚いた。

 素直になれるといいですね……か。

 髭面の癖に、俺の柔らかい部分を随分と突いてくるじゃないか?
 素直に接することができたら苦労はしないのに。

 魔法などに頼らずとも、距離を縮められたかもしれないのに。

 不快な気持ちを誤魔化し、アンジェロには先に帰る様に言っておいた。リアを何処に送っていくのかと聞かれたので、俺の屋敷だと答えればアンジェロは珍しく顔を歪めた。アンジェロの癖に気に入らない。お前の良いところは度を越した面倒くさがりで、俺のすることに対して口答えをしないところなのに。

 まあ、何にしてもこれで彼女を側に置いておける。早速今夜、リアには「夢」を見せてやろう……


 ――――――――――


 屋敷に転移した後、俺はわざとしばらくリアを一人にした。俺の屋敷の中で佇むリアを観察したかった。不安そうに周りを見渡したかと思えば、広間を見てほうと溜息を付き、感心した様に目を輝かせた。
 ああ、飽きない。君の姿はいつまでも見ていられる。

 転移魔法に驚くリアは余りにも可愛らしい。ずっと抱き留めていたい。瞳を覗き込み力を奪えば、彼女は俺の腕の中で大人しくなった。抱きしめればリアの身体から甘い匂いがして、頭の奥がくらくらとした。

 さて、俺の屋敷に住むからには君に充分贅沢をさせてやろう。その言葉に喜んでくれるかと思ったのに、リアは顔を曇らせた。

 そして、あろうことか、一人で暮らしたいと言いだした! 
 そんなことは、絶対に許されない!

 リア、君は分かっていないのだ!
 俺の屋敷に住むのが一番安全なのだ!

 ここに住めば俺以外の全てから君を守ってやれる。なのに……。

 何故?
 何故喜ばない?

 聞き分けがないなら、今ここで犯してやろうか?

 そう思いながら彼女の背を撫で上げれば、俺の考えていることが伝わった様に瞳を潤ませた。

 俺に怯えるその表情も悪くない……。
 ああ、いけない。警戒されただろうか? 

 まあ良い。赤い髪の姫君は今、俺の手中にある。
 屋敷を案内しよう。俺と君がしばらく共に暮らすことになる愛の巣を。

 俺はリアの手を取った。
 城に愛しい姫を招いた王子にでもなった気分で、心が踊った。

 手始めに庭を案内した。リアは花が好きなようで、俺の庭に植わっている薔薇に目を向けていた。そういえばリアは家の外にも中にも花を飾っていたか。可愛らしい女だ。今度その赤い髪に薔薇を差してやろう……

 リアの家から持ってきた野菜は、適当な場所に適当に植えてやった。畑など弄ったこともないから、土を適当に耕しただけ。それなのにリアは嬉しそうに笑った。本当に嬉しそうに笑ったのだ。俺に感謝の言葉を述べながら。

 俺に、リアが満面の笑みを向けている。

 衝撃を受けた。
 君は、俺が心の内で何を思っているか分かっているのか? 
 君を穢すことばかり考えているのに。
 俺の心は黒く蠢いて、君を食わんとしているのに。

 なぜそんな無防備な、打ち解けた笑みを俺に向ける?

 色々な感情が一瞬にして自分の内を巡った。
 若干の苛つき、大きな嬉しさ、こそばゆさ……
 これは、照れか?

 その後も台所や書斎や風呂場を案内する度に、リアは俺に笑顔を向けた。心から嬉しそうな顔。優しくも穏やかに距離を取ろうとする微笑みとは違い、打ち解けた者にしか見せない笑顔。

 その顔が、やけに俺の中に焼き付いた。
 焼き付いて離れなかった。
 俺にその笑みを向ける理由を、ずっと考えていた。

 そして、俺はとうとう彼女の部屋のドアを開いた。リアは部屋の素晴らしさに目を輝かせた。

 そうだろう? 
 素敵な部屋だろう? 
 君を想って仕立てたのだ!
 俺も君がここに住むと思うと嬉しいよ。
 俺と君が愛を交わす部屋だ。しっかり見るといい……。

 この部屋の全てのものに、俺の魔力を強く強く纏わせている。彼女はすぐに魔力酔いを起こすだろうが構うものか。俺が「夢」を見せて彼女の熱を取ってやればいいのだから。そしてすぐに魔力を注ぎ込み、また熱が出ればまた鎮め……。そうして彼女を堕としていこう。あの快楽に弱い身体は、すぐに俺に屈服する筈だ。

 ああ、念押しをしないと。ドワーフの血を引く者は忍耐強く頑固だという。リアがまた一人暮らしをしようと言い出さないように、しっかり言い含めておこう。君の家はここだと強く言えば、リアはこくりと頷いた。聡く良い女だ。実に、俺の好みだ……。

 その後は、彼女の入浴をよく観察した。本当に悩ましい身体つきだ。今日実際に嬲ることが出来ると思うと、俺は興奮を抑えきれなかった。彼女の湯浴みをじっくりと眺めながら、俺は何度も射精した。

 魔力を纏わせた湯が、彼女の身体を濡らす。早くワインも飲んでしまえ。俺の魔力を纏えば纏うほど、魔力の器が早く出来上がるのだから。



 その夜はとみに月が美しかった。

 リアが寝入ったことを確認し、俺はじっくりと彼女の姿を見た。
 俺が用意した部屋で、俺が用意したネグリジェを着て、俺が用意したワインを飲み、俺が用意したベッドの上で眠っている。実に喜ばしい。ようやくあるべき姿になったのだ。

 やっと安心できる。俺の目の前に彼女がいる。

 ぷっくりとした柔らかい唇に、俺はそっと自分の唇を合わせた。そして彼女の内に魔力を注ぎ込むように、幻惑魔法をかけた。

 一週間ほど味わっていなかったリアの身体。甘く、柔らかく、良い匂いで、可愛くて、愛おしくて。俺は何度も口付けを落とし、念入りに彼女の身体に快楽を与えた。

「夢」の中のリアは素直で、それなりに大胆だ。
 従順で快楽に弱い女。

 いやだいやだと言いながら、俺が苛めてやると嬉しそうに目を潤ませる。喜色を露わにした顔。切羽詰まった悲鳴。新たな快楽を求め俺に縋り付き、強くねだる様は、まるでリアが心から俺を求めている様な錯覚を起こさせた。

 ああ、「夢」以外の場所でもこうであったらいいのに。
 彼女は「夢」と現実を完全に切り離して考えている。

 俺とこれだけ睦み合う夢を見ているというのに、昼間のリアは俺に対して何も主張することはない。穏やかな微笑みを浮かべて、俺に対し柔らかく距離を取る。

 彼女にとって、これはただの淫らな「夢」に過ぎないのか。俺は、君のことを一日中考え続けて、飢えた心のまま生きているというのに……。

「夢」の中のリアは俺を拒否しない。俺はリアに嫌がられていると思っていたが、まるでそんなことはないとでも言うようにリアは俺を求めてくる。

 だから尚更俺は飢えてしまう。強く俺を拒否してくれないから、もしかしたらリアに好かれているのではないかという愚かな期待を持ってしまうのだ。 

 リア、リア……。
 ついに君を穢すことが出来る。

 これは「夢」ではなくて紛れもない現実だと知った時。君はどう思うかな。既に純潔を奪われ、子種を何度も吐き出され、身体には俺の魔力が染み付いている。

 俺を軽蔑するだろうか? 
 嫌うだろうか? 
 泣き叫ぶだろうか? 
 心を、開いてくれなくなるだろうか。

 ……苦しい。

 そんな想像をした時、強く心が軋んだ。
 冷や汗が出て、目の奥が熱くなる。

 ……なぜだろう?

 彼女の身体を堕とし、精神世界へ引きずり込む。
 それが最優先事項で、彼女の心は二の次だった筈だ。

 しかし……。

 俺は結局、彼女の奥を暴くことが出来なかった。

 あの眩しい心からの笑顔。
 それがずっと俺の頭から離れないのだ。
 無理やり暴いてしまえば、多分あの笑顔は手に入らない。

 力が抜けていく。強い興奮を覚えたままだというのに、なぜかその先に進もうと思えなかった。

 苛々した。自分で自分が分からない。

 なぜ躊躇する? 
 この瞬間をいつまでも待ち望んでいただろう? 
 穢すことを希っていただろう?

 ああ、だが……。

 あの笑顔が、どうしようもなく欲しい。
 自分に心を許してほしい。
 リアと心を通わせたい。リアに愛されたい。

 好きだ、好きなんだ。リア……。

 愛されないと思うと、苦しくて堪らない。

 その夜は眠れなかった。

 俺は、俺自身に問いかけ続けた。
 踏み込めなかった理由を探るために。


 ――――――――――


 嫌な予感はしていた。そしてそれはやはり的中した。

 数ヶ月前からずっと慌ただしかった。そしてとうとう、中央政府から緊急任務を言い渡されてしまった。国庫から流出した莫大な金、そのルートのひとつを掴んだ中央政府は、抱える特殊部隊に加えて、何人かの強大な力を持つエルフに任務に加わる様命令をした。

 犯罪人の命の有無は問わない。つまり、抵抗在るならば殺してしまえという事なのだろう。一介の役人ながら、このような血生臭い任務にあたるのは珍しくもない。魔力操作に秀でた俺は、諜報も戦闘も得意としていた。

 エルフとして生きるということは、こういうことだ。
 強大な力を持つ故に、個人の意思とは関係なく危険な任務に行かされる。命を落とすかもしれない任務に。

 俺は溜息を吐いた。リアを屋敷に迎え入れた次の日にこのような命が下されるなんて。しばらく屋敷には帰ってこれない。リアに堂々と会えない。私的な時間も殆どないから、鷹の記録を確認し、彼女の暮らしを監視することも叶わないのだろう。

 俺は渋々、誰かにリアの行き帰りを確認するよう頼むことにした。仕方なく付き合いの長い同僚、オリヴァーに頼んだ。奴は引き受けてはくれたが、何分声が大きい。俺の頼みが周囲に知れ渡ることになった。俺は後悔した。やむなしとは言え、この様子では大勢でリアの監視を行うことになりそうだ。

 誰かがリアの魅力に惹かれたらどうしようか? 
 やはり頼むべきではなかったかと思った。しかしリアはとても可愛いのだ。誰かに見張らせておかないと、必ず通りすがりの不埒な輩に手を出されてしまう。俺の居ぬ間にそんなことはさせない!

 オリヴァーはにやにやと笑いながらリアのことをあれこれ聞いてきた。俺は最低限の情報のみを答えたが、どうしてか同僚もまた、リアに対する好意を見抜いたらしい。

 気に入らなかった。奴の口からリアの名が出るのが癪に触ったので、腹を殴り今後一切リアの名を呼ばぬ様に脅しておいた。


 ――――――――――


 任務は過酷を極めた。

 殺したり殺されそうになる中で、毎朝、リアに書き置きを残すことが精一杯だった。はじめは短い時間の間にリアの元に転移して「夢」を見せることも出来たが、やがてそれも叶わなくなった。

 リアと会えないのは本当に辛かった。
 リアはどうしているだろうか?

 会いたい。触れたい。話したい。

 またあの満面の笑みを見せてほしい。身体の飢えよりも先に、俺はあの笑顔が堪らなく欲しくなった。目の前で見て、赤くふわふわした髪を撫でたかった。

 毎夜毎夜、リアを想いながら過ごした。


 ――――――――――


 それから何日経っただろうか。
 俺はとうとう追っていた犯罪者共を捕らえた。

 俺は怒りを感じていた。制御できない位に、どうしようもなく強い怒りだった。

 後から到着する部隊に犯罪人を引き渡すことも出来ただろうが、俺はそれを選ばなかった。捕縛した犯罪人を前にして、釈明も聞かず殺す選択をした。

 こやつらが居るせいで俺はリアに会えなかったのだ!
 俺とリアの間を引き裂く者は皆敵だ!

 殺す。殺す。殺す。殺す。
 生まれてきたことを後悔する様な、凄惨な殺し方で以ってその命を奪ってやる!

 俺の殺意を察知した蛆虫共は愚かにも俺に命乞いをする。気に入らなかった。お前らの命より、リアと会えなかった俺の一日の方が遥かに重要であるのに。お前らの命など、何の償いにもならないというのに。

 虫けら共が!
 殺してやる。鳥葬してやる!

 何十羽もの鷹を創り、一斉に犯罪人共を襲わせる。鷹は少しずつ痛みと恐怖を与えながら、犯罪人共の身体を啄んでいく。聞くに堪えぬ耳障りな悲鳴が響く。羽の音と咀嚼音。何かが飛び散る音。やがて何も聞こえなくなると、俺は鷹を消し去った。

 ああ、良かった。すっきりした。裁きを下してやった。
 後は、リアに会うだけだ……

 任務が終わったと感じた途端、ずっしりとした疲労が襲ってきた。もう休もう。そして気に入っている菓子屋でクッキーを買って、リアと一緒に食べることにしよう。ハーフドワーフのリアは沢山食べると聞いた。それなら甘い甘い菓子を、土産に沢山買っていってやろう!

 ああ、楽しみだ。もうすぐでリアを抱きしめられる。

 到着した部隊に後は任せて、俺は上機嫌でその場を後にした。犯罪者共の末路を見て部隊の者は吐いたり、俺をやりすぎだと罵ったりもしたが、別に構わなかった。

 俺はリアが一番大切なのだ。俺とリアの間を邪魔する奴は、皆こうしてやる。


 ――――――――――


 持ち帰りの仕事を片付けるために登庁した俺は、同僚達に囲まれた。労いの言葉もそこそこに、リアについての話を聞かされる。聞けばリアの監視を七、八人で行っていたと言う。

 王都に来た真っ赤な髪のハーフドワーフ。皆、リアに強い興味を抱いている様だった。ある者は外見を褒めそやし、ある者は彼女の手先の器用さに興味を持ち、ある者は俺のリアに対する好意を深掘りしようとする。

 ああ、気に入らない。
 俺のリアだ。俺だけのリアだ。なのに、リアは注目を浴びている。

 やはり彼女は目を引いてしまうのだ。早く、早く精神世界に連れていきたい……。

 俺が監視を頼んだ同僚は、珍しく深刻な顔で、リアの元気がないから早く会いに行ってやれと言ってきた。
 俺はその言葉を聞いて、何か込み上げるものを感じた。

 リア、俺は君に会えなくて本当に寂しかった。
 もしかしたら、もしかしたら君も……同じことを思ってくれたりしたのだろうか?

 ああ、早く会いたい。早く会いたい、会って抱きしめたい。

 仕事を急いで片付け俺は屋敷に向かった。
 菓子をたくさん食べさせよう。そして会えなかった分、色々な話をするのだ。ああ、リア。赤い髪の姫君。君に会いたくて堪らない。
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