リア=リローランと黒の鷹

橙乃紅瑚

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第二章

28.オリーブ ★

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 秋は終わり、冬の気配が満ちるようになった。すっかり寒くなった空気がリアの頬を刺す。寒さからリアがマフラーを巻き直そうとすると、長い手が伸びてきてマフラーを整えてくれた。

 冬の朝は暗く寒い。最近、リアの隣には必ずゼルドリックの姿があった。悴む手を暖めるようにゼルドリックは手袋越しにリアの手を繋ぐ。

「冷えるな。大丈夫か?」

 白い息を吐きながらゼルドリックはリアを気遣った。繋がれた手からは温かみのある暖炉の様な光が漏れ出ている。リアはゼルドリックが魔法を使って自分の手を暖めてくれているのだと気がついた。

「ありがとう、大丈夫よ。……ゼルは凄いね、色々な魔法を使えて」

「そうだろう? 俺は色々な魔法を使える。魔法を使って何だって出来るんだ」

「それなら暖炉を出してもらったり、甘いお菓子を出してもらうこともできるのかしら」

「当然さ」

 くすくすと笑い合い、雑談をしながら二人は工場までの道を歩いた。
 リアはゼルドリックの横顔を見上げた。彼の表情は柔らかく、機嫌が良さそうに見える。リアは安心した。そしてまた不安の種が心の内で芽吹いていくのを感じた。

(ゼルのことが、分からない)

 彼からの接触は増える一方で、人目を憚らず触れられることも多い。ゼルドリックは基本的には優しいが、以前に比べて非常に不安定になってしまった。怒ったり、急に上機嫌になったり、あるいは泣きそうになったり。

 リアは不安定になったゼルドリックを慰め、その度に不安を打ち明けてほしいと声をかけたが、彼は心の内をリアに曝け出すことを選ばなかった。

 ただ、どこにも行くな、嫌わないでくれと繰り返すばかりで、それがリアを一層不安にさせた。

(私の何がゼルを怒らせ、何が不安にさせるのか。どうしたら喜ぶのか。どうしたら安心させることができるのか。……私は、そればかり考えてしまっている。らしくない。私は、他人の感情に振り回されるほど弱くないのに。ゼルも、……ゼルも、自分の感情で他人を振り回すほど幼くはないはずなのに。最近のゼルはおかしい。監視と言っていいほどに私のことを気にする……)

 ゼルドリックが我を忘れてリアに激昂した翌日から、彼はリアの送り迎えまでする様になった。自らの仕事もその他にやることもあるだろうに、誰かに手を出されたら堪らないのだと、片道十五分ほどをリアと共にする。

 そして昼時にはリアの働く工場に顔を出し、彼女を昼食に連れ出した。夕暮れ前には工場まで迎えに来て、行きと同じくしっかりとリアのマフラーを巻き、魔法で温めながら手を繋ぎ、屋敷までの道を共に歩いた。

 身体の大きなダークエルフと真っ赤な髪の女の組み合わせは目立つらしく、リアは昼間食事するレストランで、あるいは仕事帰りに寄る店で、周囲からじろじろと見られたり、こそこそと話をされたり、表立って揶揄われたりした。

 リアはマフラーの中で溜息を吐き、考え込んだ。

 ……注目されるのも当然だろう。中央政府の制服を纏うエリートであるエルフが、人目を憚らずべたべたと女に触れているのだから。

 腰に手を回され、エスコートする様に手を取られ。髪に顔を埋められ、首筋を彼の高い鼻でなぞられ、後ろから抱き抱えられる様に腕を回され、そして時折……堂々と抱きしめられる。

 これは友人の距離ではないとはっきり分かった。
 むしろ、これは恋仲の距離ではないだろうか? 

 ゼルドリックに対し、はっきりと中央政府の役人としての意識を持ってくれと言えば、彼はあの昏い瞳を向けそんなものはどうでもいいと言い切った。かつてアンジェロに対しあれこれ注意をしていた厳格なエルフは、もういなくなってしまった気がした。

 そして面倒な事に、どうも周囲の男たちからゼルドリックの「愛玩動物」だと受け取られてしまっている様だった。ゼルドリックが居ない間に度々男から声をかけられた。胸と尻の肉付きが平均より大分良いことは自覚しているが、下品な男たちに「中央政府のエリート様が溺れるほど良い身体をしているなら、俺にも試させてくれよ」と下卑た誘いを受けた時には参ってしまった。

 結局その男たちはやってきたゼルドリックに脅され、殴られ、魔法で歯を抜かれ、散り散りになって去っていった。あまりにも暴力的なゼルドリックの様子に恐怖を感じやりすぎだと窘めれば、彼はなお昏い瞳を向けてくる。そしてより一層、自分に対する監視を強めるようになった。

 リアは目を閉じた。

(一度、ゼルを突き放してみようか)

 あなたの考えている事が分からないと。
 なぜ心の内を私に打ち明けてくれないのかと。
 自分の感情で他人を振り回している自覚があるのかと。

 今までの自分ならすぐさまそうしていた。だが……。

 あの彼の昏い瞳。黒く蠢く何かを宿した濁った瞳。あの目を見ると堪らなく怖くなる。そして懇願する様に嫌わないでくれと縋られたら、刃を含ませた言葉をゼルドリックに振り下ろす勇気が持てないでいた。

(ゼルが何を考えているのか分からないけど……ゼルのことは、今も好き。嫌いになることはない)

 リアは深く息を吸った。

(好きだから、やっぱり突き放したくはない。それをするのは最後。まず彼の不安を見極めて、できることならそれを取り除きたい。これからも一緒に笑って過ごしたいから。ゼルが、心の内を話してくれるまで。もう少しだけ待ってみよう……)

 リアがあれこれ考え込んでいる内に、もう随分と歩いたらしい。工場が見えてきて、リアはここまでで大丈夫だとゼルドリックに言った。

 ゼルドリックは名残惜しそうにリアの手を離した。そして彼女の身体を優しく抱き締めた。

「えっ!? ゼル……!」

「寒い。暖めてくれ」

 魔法で暖めればいいのに、ゼルドリックはリアの身体を抱き締め、髪に顔を埋めている。リアは誰かに見られたらどうするのかと真っ赤な顔で辺りを見渡した。そして案の定……。

「おっ! おふたりさん、熱いねえ!」

 冷やかしの声がかけられる。聞き慣れた声だった。
 声の主は八百屋のオークだった。リアは思わず強い力でゼルドリックの胸を押し彼から逃れた。

「どっどっ……どうして、八百屋さんがここに!?」

 吃りながらリアがオークに問いかければ、オークの男はにやにやとしながら野菜がたっぷり入った籠を見せた。

「久しぶりだな赤毛のねえちゃん! 俺はこの辺りに野菜を卸してんだよ。お役人さん専用の食堂があるってもんでな」

「そ、そうなんですか……」

 リアは羞恥から顔を真っ赤にした。自分の知る者に恥ずかしい所を見られるのは非常に心臓に悪い事だった。

「リア、そやつと喋るな」

 ゼルドリックはずいっと前に出てリアを後ろに隠した。そしてオークの男を鋭く睨め付け、威嚇した。

「ひゅー、やきもち焼きってか? とんだ束縛野郎だな、ダークエルフのでっかい兄ちゃんよ。あれから赤毛の姉ちゃんを俺の店に通わせもしてくれねえ」

 ゼルドリックが強く睨みつけ威圧しているにも拘らず、オークの男は全く意に介さないようで、ゼルドリックをふざけた調子で冷やかした。

「兄ちゃん、あんたこの辺りで随分と噂になってるぜ。やたら女に入れ込んでる中央政府のお役人様が居るって」

「黙れ」

「まあ落ち着けよ兄ちゃん。これは上客のあんたに対するアドバイスだ。誰に対してもそんな調子でいると、いずれ足元を掬われるし、いつかその姉ちゃんに絶対に嫌われるぜ」

「黙れと言っている!」

 嫌われるという言葉にゼルドリックは過敏なほど反応した。肩を怒らせ声を張り上げる。そんなゼルドリックを見て、オークは呆れた顔をした。

「あーあ。こりゃ仕方ねえな。重症だ。姉ちゃんも束縛の強い彼氏を持って大変だな」

「えっ!? か、彼氏じゃありません! ……むぐっ」

 リアは急いで釈明をしたが、ゼルドリックがリアの身体を強く抱きそれ以上言葉を紡ぐ事が出来なかった。オークは野菜かごを背負い直し、二人に向けて手を振った。

「俺ぁそろそろ行くわ。じゃあなお二人さん。また買い物に来てくれよ!」

 オークが去ったのを確認してからゼルドリックはリアを解放した。リアはすぐさまゼルドリックの裾を引っ張って彼を窘めた。

「ちょっとゼル! 前も言ったでしょ! 親切な八百屋さんに対してあんな言い方をしては駄目!」

「またそれか。リア、君の言うことは聞かない。君は放っておくと直ぐ悪い男に目を付けられる、だから俺が近くに居て追い払わないと……」

「あの八百屋さんは悪い男性ひとじゃありません!」

「そんなの分からんだろうに! 君はもっと俺以外の男に対して警戒をしろ!」

「ゼル、あなた本当に過保護よ! 私だって三十年生きてるのだから良い人とそうでない人くらい見分けがつくわ!」

「つかぬ! 君はそのうち絶対に騙される! それから俺とは恋仲と言え! 前も言っただろう? その方が虫除けになる!」

「嫌よ、恥ずかしいから! そんなこと言ったら色々な人から今よりもっと揶揄われるでしょう? そんなの嫌!」

「何だと?」

 工場の前で言い合うゼルドリックとリアを、通りすがりの者たちが好奇の目で見る。その二人の元に、呆れたように溜息を吐きながらひとりのエルフの男が近づいた。

「朝から騒がしいと思い出てきたが……これはこれは。ゼルドリックと綿毛女じゃないか」

「……あっ」

 特徴的な若草色のおかっぱ頭。リアは彼が現れたことで我に返り、羞恥に頬を染めた。
 ゼルドリックの同僚、オリヴァーは目を細めつつ、苛む様にゆっくりとダークエルフに話しかけた。

「全く……ゼルドリックよ。恥ずかしいと思わんのか? 中央政府に属するエルフが混ざり血の女ひとりに鼻を伸ばしみっともなく執着するなど……いち役人としての意識が不足している。目を覚ませ、近頃の貴様は見ていられん」

「オリヴァー。なぜここに?」

「レントのことで貴様に話があってここに来た。彼は私の可愛い部下だ。ゼルドリックよ。貴様は先日レントを脅したらしいな? 魔力で同胞を威圧するなど以ての外。一体どういうつもりなのか聞かせてもらおうか」

 オリヴァーは、一歩一歩緩やかに歩みゼルドリックに近づいた。胸を張り、顎を突き出すようにして歩くその様は、高慢さを感じさせるものではあるが威厳に満ち溢れている。

「ふん。奴がリアにちょっかいを出したので教育してやっただけだ」

「ほう? 教育とは。実に粗末な答えだ。私が彼にどれだけ目をかけているか、貴様が知らない訳がないだろうに。正当な理由なく彼を傷付けた責任をどう取るつもりだ?」

 オリヴァーは緑色の瞳に嘲りの色を宿し、魔力で創られた葉を自身の周辺に浮かび上がらせた。大きな緑色の葉は、鋭い先端をゼルドリックに向けている。それはゼルドリックに対する、明確な威嚇だった。

「貴様は私欲に塗れた愚かな行動を、中央政府の役人という衣で包み隠し正当化しようとしている。だが、貴様の行動は看過できるものではないぞ」

 オリヴァーはリアを見た。

 魔力の流れを追うように彼女の身体を見透かせば、大きな魔力の器が彼女の胸の辺りにあることが分かる。そしてリアの纏う魔力は強い不快を感じさせる悍ましいものだった。魔力の在り処を探る魔力探知の術に優れるオリヴァーは、巧妙に隠されているが、ゼルドリックの魔力が数多の黒い手となってリアの身体を這い回るのをしっかりと認識した。

「そして、その悍ましい魔力は何だ? よもや貴様は多種族差別解消法を忘れた訳ではあるまいな?」

「オリヴァー。俺は俺の任務に忠実であるだけだ。彼女は俺が庇護する必要があるゆえに!」

「ゼルドリックよ、落ちぶれたな。かつての貴様はどこに消えた? 高い魔力と冷静な判断力を以て悪を断罪し、同胞の為にその身を砕くと称賛されしダークエルフ。中央政府行政部第二課の黒い鷹……。私は、誉れある貴様と共に政府に身を捧げることが出来て光栄だと思っていた。だからこそ貴様の変わり様を心から残念に思っている」

 オリヴァーは視線だけをゼルドリックから外さずに、葉を浮かび上がらせつつゆったりと歩き回った。

「ゼルドリック、最後の忠告だ。戻ってこい。かつての貴様は厳格かつ模範的な役人であったゆえに。同胞を傷付け、越権行為とも取れる方法で女に入れ込む者では決して無かった筈だ。はっきりと言おうか。その女を手放せ。手放して、もう関わるな」

「何だと!?」

 ゼルドリックは黒い靄を立ち昇らせた。そのもやの勢いは、オリヴァーの創り出した葉を吹き飛ばしてしまう程攻撃的なものだった。

「オリヴァー! お前にそんなことを言われる筋合いは無い! お前は知っているだろう? 俺がリアに対してどんなに目を掛けているか! 彼女は繊細なのだ。お前を始めとしたエルフ、その他種族に傷付けられてきた! ゆえに俺が丁寧に庇護する必要がある! リアを絶対に手放すことはしない!」

「ああ、貴様がその赤い髪の姫君に入れ込んでいることはよく知っている。わざわざ私に監視を頼み……同胞を脅す程だからな。珍しいこともあるものだと思ったが、まさかここまで深く入れ込んでいるとは思わなんだ。だが、貴様がそう頑なならば、私は強硬な手段を取らざるを得ない」

「笑わせる。強硬な手段だと? お前が俺と争ったところで勝てると思うのか?」

「そうだな。貴様は天才だ。魔力操作術に長けた貴様と相対して勝てるほど私は強くない。しかし方法はいくらでもあるのだよ。貴様を出し抜く方法はな。さてゼルドリック、再度言う。その女を解放し、貴様は元の厳格な役人に戻れ」

「下らぬ。リアを手放すことは決してない! リアの話を出した時、お前は俺を応援すると言ったな? 聡明な奴だと感心したがあれは嘘だったか?」

 ゼルドリックの答えに、オリヴァーは片方の眉を跳ね上げた。だが、ふとリアを見て魔力を霧散させた。

 ゼルドリックはリアに魔法をかけ一時的に聴覚と視覚を奪っている。この会話を彼女に聞かせたくないためだろう。

 任務外で魔法を他種族に使うのは禁止されている。何の躊躇いもなく、己の目の前でそれをしたゼルドリックに対しオリヴァーは諦めたように目を閉じた。

 尊敬していた同僚の姿は、完全に失われた。己の同僚は立場を考えることなく赤髪の女に入れ込んでいる。

 ゼルドリックの情欲の犠牲になっているであろうリアに心の内で謝りつつ、オリヴァーは一旦退くことを選んだ。

「ゼルドリック。貴様が誰を飼おうと常識の範囲内であれば邪魔はせぬが……私も中央政府の者だ。貴様が魔力を用いて彼女に害を及ぼしているのであれば、私はひとりの役人としてそれを止めなければならぬ。常に貴様を見ているぞ。ゼルドリック」

 きん、と音がして、オリヴァーの姿はその場から消え去った。



 同時に、ゼルドリックはリアにかけた魔法を解いた。リアの視覚と聴覚が元に戻っていく。彼女は周りをきょろきょろと見回した後、ゼルドリックの裾を引っ張った。

「……ゼル、ちょっと、ゼル! ねえ、あなた私に魔法をかけたでしょう? 二人で何を話してたの? 私何も見えなかったし、何も聞こえなかったんだけど……」

「何でもない。あんな奴のことなど君の気にすることではない」

「もう! またそんなこと言って誤魔化し……ゼル? どうしたの?」

 リアはまたゼルドリックに抱き締められた。力無く腕を回してくる彼は項垂れているように思え、リアはそっと大きな背中を摩った。彼はまた不安に襲われている様だった。

「ねえ…………ゼル」

「何だ」

「確かあなた……明日は休みって言ってたわよね? 私も休みを取るから一緒に出かけない?」

「……どうしたんだ。急に」

「最近のあなたは元気がなくて……何に悩んでいるのか中々話してくれないけど。出かけることで少しでも気晴らしになったらいいなと思って」

 リアがゼルドリックの頭を撫でると、彼はリアを強くかき抱いた。

「ちょっと……苦しいわ」

「許せ。君は優しいな。……本当に可愛くて仕方ない。そうだ。明日は休みだ。是非に二人で出かけよう、可愛いリア」

 耳元で囁かれリアは顔を赤くした。ゼルドリックから可愛いと言われる度に、身体が強く疼いた。そろそろ行かないととリアが声をかければ、ゼルドリックはゆっくりとリアの身体を放した。

「……それではな、リア。また昼時迎えに来る」

「うん。ゼルもお仕事頑張って」

 そうして二人は今日も穏やかに別れた。リアは、オリヴァーが隠れつつ、遠くから自分を見守っていることには気が付かなかった。


 ――――――――――


 その日の夜。リアはまた夢を見た。


「んっ……! んっ……あっ……はあっ……は、あはぁっ……」

「くうっ……リア、リア、リア……! うっ……」

 ぱちゅん、ぱちゅんと肌のぶつかり合う音が響き、リアの豊かな双丘が揺れる。リアはベッドの上で組み敷かれ、正面からゼルドリックの剛直を執拗に抜き差しされていた。膝を持たれ、脚をなお割り開かれる。腹の奥を満たされる快感に、リアは溢れる声を抑えきれない。

「ああっ……あ、ああっ……ああああああっ……ゼル、ゼル……! もうっ……」

 リアは目を潤ませた。

 初めてを夢の中の男に捧げてからどれくらい経っただろうか? あれから月のものが訪れる時以外は、必ずうつろを貫かれている。何度も何度もほぐされ、腹の裏側を執拗に擦られ、最奥で射精されるうちに、自分は膣内で何度も情けなく達してしまうようになった。

「はあっ……あ、ははっ……リア、またいくのか……?」

 リアが達してしまいそうになると、ゼルドリックは必ず嬉しそうに笑う。そしてわざと腰の動きを緩め、リアの身体を抱き締めたり、耳元で可愛いと呟いたり、色々なところに口付けを落としたりする。緩慢な動きで、じっくりと煮込まれるように快楽が積み重なっていく。リアにはこれが辛かった。

「あ、あああああっ……や、んんんっ……」

「はあっ……リア、リア……。君が達くところを、じっくり見ててやるからなっ……」

 リアはゼルドリックと指を絡ませ合い、青い瞳を潤んだ目でじっと見つめた。絶頂を迎えそうになった時は必ず自分の目を見つめるのだと、近頃彼女は黒の王子から何度も何度もそう躾けられてきた。

 ゼルドリックに勢い良く弱いところを擦られ、快楽の海に突き落とされるのはとても気持ちが良い。だが、今されているように、身体をぴったりと密着させ、ゆるゆるとほんの少しだけ腰を動かされる方が自分は弱い。

 逃げ場の無い状況で快楽が確実に積み重なっていく。じんわりと奥が熱を持ち、その熱がある時膨れ上がって、急に燃え上がる。そして情けなく悲鳴を上げて深い深い快楽の海に沈んでしまう。全身が粟立ち震える。涙を、声を止めることができない。

 肉の芽に与えられる鋭く即時的な快楽。最奥を勢い良く塞がれる、突き落とされるような衝撃のある快楽。どれも耐え難く気持ち良いのに、それ以上の快楽を拾う手段がある。
 狂愛の海に緩やかに溺れていくような、逃げられない、重い重い快楽。幾度の交わりの中で、ゼルドリックに身体の隅々を暴かれ知られてしまった。自分の身体はすっかりゼルドリックに堕ちてしまったのだと、リアは薄暗い歓喜に心を震わせた。

「あああっ……だめ、だめ……ああ、あああ、あああああああああっ……」

「ふっ……ははっ……! 達ったな……? ああっ……くううっ……」

 膣の収縮を愉しみ、ゼルドリックは強い快楽に痙攣するリアに深い口付けをした。舌を絡ませ、指を絡ませ、目を合わせながら交わすキスはとても気持ちがいい。二人は快楽に酔いしれ、蕩けた顔でお互いの唾液を交換した。

「リア、リア……リ、ア……」

「はあっ……はあっ……ああ……、はあっ……。ぜ、る……」

「リア、……リア。君は、可愛い……。可愛くてたまらない。好きだ、大好きなんだ、愛している……」

「う、ああっ……」

「はあっ……。ずっとこうしていたい。君と溶け合いたい。愛する君と、ずっと一緒にいたい……」

 耳を噛まれ、どろりと熱の籠もった愛の言葉を囁かれる。絶頂後の力のない身体にそれは隅々まで染み渡り、うつろに挿入ったままの彼をまた柔らかく締め付けてしまう。リアは目を閉じた。夢だとはいえ、恋い焦がれる男に毎夜毎夜こうして愛を囁かれるのは毒に違いなくて。心と身体に与えられるあまりの快楽に、気がおかしくなってしまいそうだった。

「なあ、リア……。君は、どこにも行かないよな……? 俺を置いて、どこにも……。」

 ああ、まただ。目の前の男は、自分を絶頂に導いた後こうして不安げな声を漏らす。彼もまた、最近おかしくなっている。初めてを捧げた日から、尚更自分に執着を向けるようになった。そして彼はどうやら、最近は嫉妬に狂っているようだった。

「君を狙う奴が多すぎる……。君は可愛いから、誰かに攫われてしまわないか、不安だ……。レント=オルフィアンも、アンジェロの奴も、髭面も、そして忌々しいオリヴァーも……。その他大勢の奴が、君を俺の元から攫ってしまわないか、本当に不安なのだ……」

 リアは、夢の中のゼルドリックは随分とおかしなことを言うものだと思った。他の男のもとになど行く気はないのに。自分がこれほど恋情を向けるのはあなただけ。これほど心も身体も支配されていては、あなたのところ以外になど行ける訳がないのに。あなたの傍にいて、永遠に愛してもらうしかないのに……。

 喉が快楽に震え、上手く言葉を出すことができない。リアは代わりに、ゼルドリックを力の入らない腕で弱く抱き締めた。ゼルドリックは弱ったリアをなお苛むように、腰を動かし始めた。

「ああっ……。リア、お願いだっ……。他の……、男のもとになど行くな! 俺は……怖い。怖い……。怖くてたまらない。君に捨てられてしまったら、君に嫌われてしまったら……! その時どうなるのか、自分でも分からない……」

「ああっ……あ、あああっ……ぜるぅ……あああっ……」

「なあっ……。情けなく喘いでないで言ってくれ……何処にも行かないって。俺を嫌わないって! 俺の傍に、ずっといるって……!」

「ああああっ!?」

 ゼルドリックは勢い良く腰を打ち付けた。弱いところを不意に勢い良く擦られたリアは、大きく目を見開いた。そしてゼルドリックはリアの腰を強く掴み、腰の動きを速めた。まるで自分の身体を自慰に使われるような、やや乱暴さを含んだ彼の行動に、リアはまた快楽の海に突き落とされる心地がした。

「リア、リアっ……リアっ……リア……!」

「ああああっ……や、やああっ……んんんっ……ふやあああっ……」

「はやくっ……言え……」

「あっ……ぜるっ……いかなっ……いかないからっ! ……あ、やああああっ……」

「は、はははっ……。そう、そうだよな……? 君はどこにも行けるはずが無いんだ……。こんなっ……こんなに、俺のっ……匂いを擦りつけてるのだから……! 君の身体を、支配しているのだから……!」

 ゼルドリックはなお腰の動きを速めた。肉のぶつかり合う音が響く。ぐちゃぐちゃと結合部からは粘り気のある音がして。リアは目を白黒させた。無防備な最奥を勢い良く突かれる。快楽に充分煮込まれきった身体に、抵抗できないまま絶頂の杭を打ち込まれてしまう。

「んんんっ……あああ、ぜるっ……つよいっ……そんなの、またっ……い、いっちゃ……」

「はははっ……達けよ、何度でも……。君を縛り付けてやるっ……。君にこんな快楽を与えられるのはっ……俺だけだ、俺だけなんだ……! そんな堕ちきった身体で、絶対に何処にも行けるはずがないっ……う、あああっ……」

「ああああ、あああああああっ………!」

 身体の奥に、温かいゼルドリックの子種が勢い良く放たれる。リアは絶頂に身体を戦慄かせた。ゼルドリックは乞うようにリアの胸に顔を落とした。甘えているような、謝っているような、今にも泣きだしてしまいそうな、そのゆらゆらとした不安定な様に、リアは彼の黒髪を指で梳き、優しく頭を撫でた。

 ――これは、本当に夢なのだろうか。

 リアは何度目かの問いを繰り返した。何もかもが真に迫る。現実と繋がっている気がする。そんな訳がないと分かっているのに、頭の中で警鐘が鳴っている。

 ゼルドリックは不安定だ。現実でも、夢の中でも。あの、レントと会話を交わした日、ゼルドリックは自分を屋敷に連れ去り、激昂した。怒る理由は教えてくれなかったが、ただ自分を嫌わないでくれと懇願してきた。

 あの日についた黒い染みが消えない。それは日毎にどんどんと大きくなっていく。彼は自分を監視している。縛り付けようとしている風に思える。自分の服も、装身具も、化粧品も、彼が揃え、身に付けるように指示をする。工場には一人で行けるというのに、無理やりと言っていいほどの勢いで、共についてくるようになった。そして自分が他の男と話せば、許されないことのように邪魔をする。恋人だと対外的に言えと、強制をしてくる。

 夢の中でこうして睦み合えど、自分は……彼にとっての何物でもないのに。恋人ではないのに。現実のゼルドリックから、好きだと言われたことはないのだ。彼が自分を縛る権利はないと言える。なぜ、彼は自分を己のもとに縛り付けようとするのだろうか? 

 だから、自分はこんなおかしな夢を見てしまうのだ……。現実と地続きのような、甘く、そして不穏な夢を。

 リアはさらさらとした黒い髪を梳きながら、考えがまとまらない頭を働かせた。だが、強い快楽を与えられた身体は疲れ切っていて。強い眠気の渦に巻き込まれ、リアはやがて意識を失った。
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