ポーリュプスの籠絡

橙乃紅瑚

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13.Lucent

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「ルブラ……。大好きよ、ルブラ……」

 ラズリは蛸の軟らかな頭に顔を埋めながら、愛する男に何度も呼びかけた。

 女の声は甘い。快楽に彩られているだけではない、男への確かな恋情が滲む声。ラズリの声は、ルブラへの熱に柔らかく揺れている。異形の怪物に散々嬲られた後だというのに、ラズリは幸せそうに微笑んだ。

「やっと……やっとあなたを抱きしめることができた」

 頬をほんのりと赤く染め、目を潤ませるラズリの顔は蕩けきっている。その表情に、ルブラは怒りが込み上げてくるのを感じた。

 ……この女はとうとう頭がおかしくなったのか?

 そんな目で見るなよ。
 またお前からの愛を信じてしまいそうになるだろ。

 もう俺を苦しめないでくれ。
 見返りを求めて苦しむのはうんざりなんだよ。

 やめてくれ、やめろ。

 そんな顔で俺を見るな、ラズリ!


『黙れ』

 おどろおどろしい狂気がラズリを包む。
 部屋中の触手がルブラの怒りに応えるように激しく蠢いた。

『黙れよ、嘘吐き女。今更何なんだよ。俺を愛してるだって? 下らねえ! 媚びれば俺を止められるとでも思ってんだろ!? 全く、偉大な水神サマも馬鹿にされたもんだぜ!』

「……違うわ。お願い、私と話をして」

『はあぁぁぁぁあ? 話をしろだあ!? 黙れっつってんだろ頭スッカスカのクソ女! 俺を苛つかせることばっかり言いやがって!』

 自分の頭にしなだれかかる女に、蛸はぞっとするほど冷たい目を向けた。鬱陶しげに身を捩り、自分の頭に縋り付く女を弾き飛ばそうとする。だがラズリは決してルブラから離れようとしなかった。悲痛な声で懇願しながら、必死に蛸の頭にしがみついた。

「いやよ、いや! もうこんなのは嫌なの。傷つけあうのは嫌なのよ! せっかくあなたに会えたのに!」


 ……ずっとずっと後悔していた。

 ルブラの目的を聞き出せなかったこと。
 目を見るのが怖くて彼を避けてしまったこと。
 縋る彼を置いて逃げ回ったこと。

 あの時、ルブラを信じて振り向いていれば、ここまで拗れることはなかったはずなのに。

 ルブラの言う通りだ。
 私も、ずっと前から選択を誤ってしまった……。

「私が勝手なことを言ってるのは分かってるわ、でもルブラと話し合いたいの! お願い……お願いよ。私と話をしてくれるまで、絶対に離れないから!」

 ルブラを殺してしまった時、私の魂が欠けたのを感じた。

 いつもあなたが戻ってきてくれることを望んでいた。
 戻ってきてくれるなら蛸の姿でも怪物の姿でも良かった。
 とにかくあなたに会いたかった。

 目の前に求め続けたあなたがいる。

 もう離れたくない。何があっても絶対に放さない。

 ルブラ。あなたとやり直したいのよ。
 だから、そんな何もかもを諦めたような苦しそうな目をしないで。

「お願いよ、ルブラ……」

 ラズリの腕の力はどんどんと強くなる。泣きながら自分を抱きしめる彼女を突き飛ばし、ルブラは怖ろしい唸り声を上げた。

『うるせえな! ピーピー喚くんじゃねえ!』

 ルブラの眼から悍ましい狂気が滲み出す。だがラズリは彼の威嚇に怯えることなく、ひたすら愛の言葉を紡ぎ続けた。

「話を聞いてくれるまで何度だって言うわ! ルブラ、あなたを愛してるのよ……」

 青い目から涙が滴り落ち、蛸の軟らかな頭を濡らしていく。ラズリはまっすぐにルブラの眼を見つめた。

「私も同じよ。ただひたすらにあなたのことが愛おしかった。逃げてごめんなさい、傷つけてごめんなさい。ごめんね、今までたくさん苦しい思いをさせてしまったわよね」

『……やめろ』

「ずっと後悔していたの。あなたと向き合わなかったことを。あなたを喪った時、私も海に沈んでしまおうかと思った!」

 罪悪感に胸が張り裂けそうだった。
 どうか海から戻ってきてくれないだろうかと、祈りながら棺に灰を入れた。

 ルブラを殺した時の痛みが、心の奥底でじくじくと疼き続けている。

 この痛みは消えない。
 あなたが傍にいてくれなければ、決して。

「あなたが望むなら、永遠に海底に閉じ込められてもいい。同じように焼かれたっていい! どんなことをされてもあなたを憎んだりしない。だって、私はおかしくなるほどルブラが好きだから……」

 愛している。
 愛している。
 愛している。

 憎悪に凝り固まったルブラの心が、ラズリの告白に解け始める。誤魔化しようのない喜びが心に込み上げてきたが、彼は頭を振ってラズリの言葉を遠ざけようとした。

『やめろって。おい、やめろってば。下らねえ嘘を吐くのはもうやめろ。やめてくれよ、もう……。ああああああッ、もう! やめろって言ってんのが聞こえねえのか!? これ以上俺を怒らせるな!』

 信じるな。信じては駄目だ。
 あの時感じた仮初の喜びを、そしてそれが嘘だと気が付いた時の苦痛を思い出してしまう。

 お願いだ、これ以上傷付けないでくれよ!

「大好きよ、ルブラ。大好き……」

『っち、うざってえなあ!! お前いい加減にしろよ! もっと酷くされてえのか!? おい、俺をよく見ろよ。お前を犯してる俺の姿をよ!!』

 ラズリの全身に触手が巻き付く。腹に、首に、腕に、そして指の一本一本まで。ルブラはラズリを引き寄せ、彼女の視界を狂気の眼で埋め尽くした。

『ひひひっ、不気味だろ。お前は蛸に犯されてるんだぜ? 自分よりもずっとずっと大きい蛸に全身どろぐちょにされてんだよ。俺の肉に取り込まれてさ、ずっと身体をべろべろ舐め回されてんだ! なのにお前はそんな嬉しそうな顔をしやがって、ド淫乱じゃねえか! 俺の霊気に侵されてとうとう狂っちまったか? ラズリちゃんよおぉぉぉお!?』

 輝く金眼がラズリを見据える。
 長方形型の瞳孔、人ならざる者の眼。その眼にどろりとした憎悪と悲しみと宿し、ルブラはぎりぎりとラズリを締め上げた。

『もう愛してるとか愛してないとかどうでもいいんだよ。俺はお前の愛なんざ求めてねえ! 憎め、俺を誰よりも何よりも憎めよ! 憎んで憎んで、その心を俺で埋め尽くせ!』

 ラズリの表情は変わらない。
 涙を流しながらも、青い瞳を柔らかく輝かせながらルブラを見つめている。

「そんなこと、できないよ。あなたを憎むなんてできない」

 清らかな目。一片の曇りもない美しい目。
 その目に、ルブラはまた業火に焼かれるような感覚がした。

『なんでそんな目をするんだよ。俺が求めているのは愛じゃない、強烈な憎悪なんだ。それでこそ俺が感じた苦しみと釣り合いが取れる、それでこそ俺の愛と釣り合いが取れる! そうだろ? 睨んでくれよ、ラズリ。俺を殺したいって言えよ! なのに、なんで俺を愛してるって言うんだよ? どうして、どうしてっ! 本当に頭空っぽになっちまったのか!?』

「……みっちり詰まっているわよ、馬鹿ルブラ」

 信じてほしい。
 私の心を占めているのは、あなたへの愛なの。

 ラズリは契りを交わすように、細長い蛸足の先端を小指で掬い上げた。軟らかな感触を愉しみながら触手を摩る。ルブラが感じた苦しみが、少しでも取り除かれるようにと。

「憎まないよ。ルブラを憎んだりしない。あなたには憎悪じゃなくて、愛を受け取ってほしい」

『何だよ、それ……』

「蛸でも神でも何でもいい、人じゃなくたって構わない。どんな姿だってあなたを愛してる。私には、あなたしかいないのよ」

 ラズリは懸命に縋り、何とかルブラに自分の気持ちを伝えようとした。だがルブラは大きな頭をぶるぶると震わせ、なおもラズリの紡ぐ愛の言葉から逃れようとした。

『……んなもん、今更信じられるかよ』

「お願い。お願いよルブラ。私を信じて」

 ルブラをここまで歪ませ、頑なにさせてしまったのは私のせいだ。

 自分の告白が受け取られなかった時の悲しみ、戸惑い、怒り、諦め。

 こんなにも痛いものなのか。
 こんなにも苦しいものなのか。

 私はずっと、あなたにこんな思いをさせてしまったのね。

「ルブラ、ごめんね。ごめんなさいっ……」

 想いが伝わらないもどかしさに、涙が溢れて止まらない。ラズリがしゃくり上げながら何度も謝ると、頬を優しく拭われた。

「………違うんだ、違う。泣かないでくれよ……」

 聞き慣れた男の声に、ラズリははっと顔を上げた。

「お前に、こんなことしたい訳じゃない。俺は――」

 いつの間にか蛸の頭が、人間の男の上半身に変わっている。ルブラは太い腕でラズリを抱き寄せ、彼女の頬に手を添えた。

「そんな風に泣くところなんて見たくない。俺は、俺はお前の笑顔が好きだ。俺はラズリと一緒にいたいだけだった。愛し、愛されながら幸せに過ごしていきたかっただけなんだ! 嘘だ、ラズリ……。本当は憎んでなんかほしくない! こんなの、こんなのは嫌だっ……!」

 美しい金色の目から、次々と雫が流れ落ちていく。ルブラは不思議そうに自分の目から溢れたものを拭っていたが、やがて顔を覆い、苦しそうに嗚咽した。

「なんだよ、これ。止めようと思っても止まらねえや……。ははっ、俺が泣いていい訳ないのに。泣く権利なんか無いのに! もうどうしようもないのに、取り返しがつかないのにっ……。なのに俺は、何で今になって後悔してんだよ……? ラズリ、らずりぃぃ……」

 大きな手の下から、ぼろぼろと雫が流れ落ちていく。怖ろしい邪神なのに、苦痛に涙を流す男の姿はどこまでも人間らしかった。

「ごめん、ごめんな、ラズリ……」

 触手による拘束が緩められる。
 ラズリはルブラの広い背にしっかりと腕を回し、彼の涙を唇で掬い取った。

「……泣かないで、ルブラ」

「俺を愛してるだって? 違う、俺がラズリから愛される訳ないだろ! だって俺は人間になり損ねた最低の奴だから! こんなにラズリのことを愛してるのに、どうやったって大切に扱うことができねえんだよ! いつも傷付けちまうんだ! なあ、ラズリ。俺が狂気漬けにしたせいでお前はおかしくなってんだよ。俺への愛は、狂気によって作り出されたまやかしなんだ……」

 ルブラは哀しく笑い、ラズリの額にそっとキスを落とした。

「俺はラズリを、縛り付けて苦しめることしかできなかった。何よりも大切にすると誓ったのに、こうしてお前を泣かせることしかできない。俺はどうしたって人間にはなれなかった。俺の抱える愛はきっと普通じゃない。ラズリと夫婦になりたいなんて、最初から叶わない願いだったんだ。それならお前の幸せを願って手を放してやりゃ良かったのに、それが出来なくてこんな真似をした! 何よりも大切なお前を、ここまでめちゃくちゃにしちまった!」

 ラズリはルブラの背を摩りながら慰めたが、彼の涙は止まることがなかった。

「もう俺に謝るなよ、ラズリ。お前は悪いことなんざしてねえだろ? 悪いのは俺一人なんだ! ごめんな。俺は償いようのないことをお前にしちまった……。愛しいラズリ、優しいラズリ。お前を傷付けてごめん……! でもどんなに謝ったってもう手遅れだ。何もかも手遅れだ! そうだろ? 俺はもう……」

 目を閉じ、肩を震わせながら泣くルブラはとても痛々しい。傲慢な神からかけ離れたその姿を哀れに思いながらも、ラズリは男に強い愛おしさを感じた。

「ルブラ、こっちを見て」

 太い首を引き寄せ、ルブラの唇をそっと塞ぐ。
 目を瞬く彼にラズリは優しく微笑んだ。

「手遅れじゃないよ。私もルブラもここにいる。私たちは何度だってやり直せる」

「……お前は正気を失っちまったんだ。だから、そんなことを言うんだ」

「私は正気だよ。目を見れば分かるでしょう?」

 青い目が、ルブラの金眼から溢れる光を受けてきらきらと輝いている。清らかな空を思わせるその色を、ルブラは心から綺麗だと感じた。

 ラズリは蛸足のひとつを摩りながら、自分の気持ちを彼に打ち明け始めた。

「……私ね、ルブラの目が怖かったの。あなたは最初、とても冷たい目で私を見ていたわね。愛してると言うくせに、こちらを闇に引きずり込むような目を向けてくる理由が分からなかった。何か良からぬ目的でこの男は愛を囁いてくるんだ、だから決して受け入れる訳にはいかないって思ってた。……ルブラの話を聞いて、あんな目を向けてきた理由が分かったけどね」

 罪悪感に身を硬くするルブラに微笑み、ラズリはゆっくりと話を続けた。

「でもね。見透かされていた通り、私はずっとルブラのことが好きだったの。島での生活において、あなたの存在は心の支えだった。ルブラがいたから、私は魚にならずに済んだのよ」

 毎日真珠を差し出してくるあなたが愛おしかった。
 一生懸命海の魅力を説いてくるあなたが面白かった。
 こんな筋肉女を綺麗だって褒めてくれるのが嬉しかった。

 私を孤独から救い出してくれたのはあなただった。

 金の瞳、屈強な身体、快活な笑顔。
 あなたの何もかもが愛おしい。

 ルブラと話す時間が好き。
 私を優しく扱ってくれるあなたが好き。
 この髪を編んで、俺とお揃いだと笑うあなたが好き。

 ルブラとの生活は私の宝物だった。

 ずっとずっとこんな時間が続けばいいと、そう思ってしまうほどルブラのことが好きだった。

「だからこそ、ルブラが私と同じ感情を抱いていないことはすぐに解ったわ。あなたは親切だったけれど、私に対する憎しみが目に出ていたから。狂わせて殺そうとしてたって聞いた時は、驚いたと同時にやっぱりねって思った」

 冷たい目を向けられるのが痛かった。
 嘘の愛を囁かれるたび、悲しくて仕方なかった。

 ルブラに心を明け渡したらきっと怖ろしいことになる。
 その本能的恐怖が私を押し留めたのだ。

 何の気がかりもなく、あなたの手を取れたら良かったのにと何度思ったか。

 ルブラは私を愛していない。そう思っていた。
 だからこそ、あなたの急激な変化が理解できなかった……。

「ねえ。私が村人たちに殺されかけたあの日から、あなたは愛情が籠もった目で私を見るようになったわね。どうして?」

「……ラズリが殺されかけた時、俺の名を呼んだからだ。お前が呼んだのは、家族でも仲間でもなくこの俺だった。それが堪らなく嬉しかった」

 やはりあの場にいたのかとラズリが尋ねると、ルブラは気まずそうに身を捩らせた。最初はお前を見殺しにするつもりだったんだと小さな声で呟くルブラに、ラズリはくすりと笑った。

「でも、ルブラは私を助けてくれた。……正直ね、あなたを呼んだかどうか覚えていないの。あの時は恐怖を堪えるのに必死で、誰かを呼ぶ意識もしていなかった。でも無意識のうちにルブラを呼んでしまうほど、あなたの存在が心に入り込んでいたのね」

 刺青が施された分厚い胸に顔を埋める。一定のリズムを刻むルブラの心音に、ラズリは深い安心感を抱いた。

「やっぱりあなたの腕の中は落ち着く。ここが私の居場所なんだって思える」

 自分と同じ速さで鼓動を刻む胸。
 ルブラは生きている。生きて、確かに自分を抱きしめてくれている。

 この胸に顔を埋めながら眠りたい。
 ずっとくっついていたい。

 ルブラの抱える愛に焼かれても構わない。
 もうこの男を、決して失いたくない……。

「私はルブラに抱かれた時、とっても嬉しかったわ。そのままあなたの女になりたいと思った」

「……なら、どうして俺の手を取ってくれなかったんだ?」

「とにかくあなたが怪しかったからよ。ルブラに抱かれてから、奇妙なことがたくさん起き始めたわ。何よりも、あなたが作った料理を食べると記憶が霞んだ」

「ラズリ、それは――」

 焦ったように蛸足をうねらせ始めたルブラに、ラズリはじとりとした視線を送った。

「はあ……。大方、私を囲い込むためにあれこれ細工をしたのでしょう? ねえルブラ。普通はね、島を外から隠したり、自分の肉を食べさせたりなんてことはしないのよ。そんな極端な行動に出る前に何を考えているのか教えてほしかったわ」

 蛸足がしんなりと下がる。犬の尻尾のように感情を露わにするそれに、ラズリは声を上げて笑った。

「まあ、何を考えているのか伝えなかったのは私も一緒よね。私はあなたを警戒していたの。この男は、村人たちと同じように私を敵として見做しているのかもしれないと思ってた。警備隊員として、怪しいあなたを受け入れる訳にはいかなかった」

「……だから、あんなに俺を避けたのか」

「私の態度に、ルブラが戸惑っているのは分かっていたわ。でもあの時の私は疲れきっていて、どうしてもあなたに向き合うことができなかったの。結果、あなたをここまで追い詰めることになってしまった……。本当にごめんなさい」

 ルブラの蛸足が慰めるようにラズリの背を撫でる。その優しい動きにラズリは涙を溢れさせ、ルブラの胸に濡れそぼった顔を押しつけた。

「憎しみが見え隠れするあなたの目が怖かった。私の目の色が気に入らないのだろうと気が付いた時は、心が拉げそうになった。酷く傷付けられるくらいなら、諦められるうちに恋心を殺してしまおうと思っていた」

 何が嘘で、何が本当なのか。
 ルブラのことがずっと分からなくて怖かった。

「馬鹿ルブラ。私、本当に辛かったんだから。あんな風に暗い部屋にずっと閉じ込められたら、誰だって気がおかしくなってしまうわ。人質を取って私を散々強姦した。あなたの行いは男として最低よ」

 ――でもきっと、これで正解だったんだよな? 追い詰めて、苦しめて、お前の思考を奪った末に……やっとお前は愛をくれたんだもんな?

 違うよ、ルブラ。
 そんなやり方で得た愛は、あなたをずっと苦しめる。

「……私は、私は……。無理やり愛してるなんて言わされたくなかった。ルブラのことをしっかり理解した上で、あなたを愛してると伝えたかったの」

 あの時、自分の告白に喜ぶルブラを見て胸が軋んだ。
 何か間違っている気がしてならなかった。想いを伝えあったのに、何故だか悲しかった。

「だってそうでしょう? あんな形でルブラの花嫁になってしまったら、私の本当の気持ちはずっと伝わらないと思ったから……」

 ルブラの目が見開かれる。
 彼は唇を噛み締め暫し黙り込んだ後、ぽつりぽつりと話した。

「お前の言う通りだ。あんなやり方でお前を花嫁にしたって、俺は幸せになれなかった。ずっとお前からの愛を疑って苦しみ続けていたと思う。……はは、俺は本当に情けねえな。そんなことにも気づけねえなんて。ラズリに好きって言ってもらいたくて、でも思い通りにならないからって監禁して、逃げるお前を逆恨みした。ラズリが天空神だって気が付いてからは、もっとお前を追い詰めるような真似をした。俺が見せた夢のせいで、お前はすっかり痩せちまった。ごめんな。綺麗な腕だったのに、俺のせいで傷だらけだ!」

 腕を蛸足に摩られる。引っ掻き傷が一撫でされるごとに薄くなっていき、やがてラズリの肌はかつての滑らかさと美しさをすっかり取り戻した。
 ごめんな、ごめんなと何度も謝るルブラの頭を撫で、ラズリは彼の耳元で囁いた。

「ルブラ。私には天空神としての記憶がない。でもあなたが抱える憎しみが消えないのなら、私を存分に嬲って恨みを晴らせばいい。あなたからの感情は、何だって受け止めると決めたから」

 憎しみも愛も、全部全部私のもの。
 あなたから逃げない。もう拒絶しない。

「でも、叶うのなら……。ただのラズリとルブラとして、また一から始めていきたい」

 拗れてしまったけれど、ルブラと一緒にいたい。
 あなたとしたいことがたくさんあるの。

「ルブラと色々なところに行きたい。またあなたが作る料理を食べたい。私とあなたがゆったり寝転がれるような、大きな大きなベッドを作りたい。知ってる? 私は父さんの仕事を手伝っていたから、木を加工するのは中々得意なの」

 ルブラが自分の夫となることをずっと夢見ていた。この男が夫ならどんなに素敵かと、共に暮らしていく想像をしては心をときめかせた。

「あなたを故郷に連れていきたいわ。父さんが獲った獣肉をご馳走して、山も悪くないんだって教えてあげたいの。ふふ、ルブラを連れて帰ったら、母さんも村長さんもびっくりするでしょうね!」

 手を取り合いながら生きていきたい。
 笑顔で過ごしていきたい。

 誰かと結婚するなんて最初は考えていなかったのに、あなたの妻になりたくてたまらないの。

「あなたと夫婦になりたい。ずっとルブラの隣にいたい」

 青いドレスを着て、真珠の耳飾りをつけて、花かんむりを頭に乗せて。
 綺麗な浜辺でふたりきりの式を挙げたい。

 世界一私を幸せにしてくれるのでしょう?

 それならずっと傍にいて。
 いつまでも私を愛してよ、ルブラ。

「…………。ラズリ、俺は……お前を徹底的に傷付けた。こんな酷い奴が夫でいいのかよ……?」

「うん。私の願いは、あなた以外には叶えられないから」

 ルブラの小指に、自分の小指を絡ませる。

 ラズリはルブラの耳元で、もう一度「あなたと夫婦になりたい」と繰り返した。真っ直ぐな言葉が、ルブラの心に沁み渡っていく。彼は目を潤ませ、ラズリの小指をきゅっと握りしめた。

「俺は人間にはなれない。それでも――」

「それでもいい。あなたが何であっても構わない」

「……俺が抱える愛は異常だ。きっと、またお前を傷付けてしまう時が来る」

「それでもあなたを受け止める。ルブラが暴走しそうになった時は止めてみせる。不安なことがあったら、こうして話し合えばいい」

 ラズリは言い切り、男の大きな手を握った。

「ねえ、私もあなたのせいで元に戻れないの。だから、私をめちゃくちゃにした償いをして。私を籠絡した責任を取って、ずっと傍にいて……」

「……ラズリ」

 愛しい女が笑っている。求めて止まなかった宝物が目の前にある。胸がとくとくと跳ね、こそばゆくなる。温かくて、何か柔らかいものに包まれているような感覚がする……。

「愛してるわ、ルブラ」

 ああ、そうだ。これは幸福だ。
 自分がずっとずっと追い求めていたものだ。

 ラズリは俺を受け入れてくれる。
 散々酷い目に遭わせた自分を、受け入れてくれると言うのだ。

 なんという奇跡だろう。
 求め続けた心からの愛が、やっと手に入ったのだ!

「ラズリ、ラズリ、ラズリ……!」

 ルブラは自分の欠落がラズリによって埋められたのを自覚し、歓喜と安堵の涙を溢れさせた。

「らずりっ……、ラズリ、俺も大好きだ。ラズリ……!」

 ラズリは太い腕の中に捕らわれた。ルブラはもう言葉が紡げないようで、しゃくり上げながら腕の中の女を掻き抱いた。いつもの饒舌さを打ち捨て、ラズリの名を熱が籠もった声で呼び続ける。愛が受け入れられた感動に、何度も何度も愛しい女に口付けをする。ラズリはうっとりと目を瞑り、キスの雨を受け入れた。

「ルブラ……あなたがそんな風に泣くところを初めて見たわ」

 わあわあと声を上げて泣くルブラをしっかりと抱きしめる。編み込まれた髪を指に絡ませ、屈強な背を優しく摩る。そうすればそうするほどルブラの涙は溢れて止まらず、ラズリは困ったように笑った。

 愛してる、幸せだ、大好きだ、ずっとずっと傍にいる。ルブラの少し掠れた声で紡がれる言葉が、ラズリの心に深い安心感を与える。塩の味がするキスを幾度も交わしながら、二人はたくさんの愛の言葉に溺れた。

「俺も、お前と色々なことをしたい。仲睦まじく過ごしていきたい」

 端正な顔を綻ばせ、ルブラは幸せそうにラズリの頭を撫でた。

「俺は……ラズリを憎んでなんかない、もう憎みたくないんだ。心の底からお前のことが大好きなんだよ、ラズリ! ラズリが俺の隣にいてくれるなら、過去も世界もどうでもいい! その目を含めて、お前の何もかもを愛しているんだ! 大好きだ、大好きだラズリ! こんな幸福が手に入ると思っていなかった……! ああ、俺は今世界一幸せだ! ラズリ、俺の宝物。ずっとずっと一緒にいような!」

 蛸足がぐねぐねと嬉しそうに蠢き、ラズリの薬指にくるりと先端が絡みつく。足で契りの指輪を形作るルブラが可愛らしくて、ラズリは笑いながら分厚い胸にキスを落とした。


「さてと、仲直りも済んだところで……」

 歓喜に触手をうねらせるルブラを押し倒し、ラズリはその逞しい身体の上に伸し掛かった。

「ルブラ。またしましょ」

 唐突なラズリの切り出しに、ルブラはぎょっと肩を跳ね上がらせた。

「はっ?」

「何驚いてんのよ。私を嬲るためにこの部屋に連れてきたんでしょ? ならもっとしてよ。あれじゃ全然足りないんだけど」

 ラズリは蛸足を柔らかく握り男根を扱くように摩った。床に広がったルブラの蛸足が、混乱にぱたりぱたりとのたうつ。彼は蠱惑的に微笑む目の前の女を、信じられないものを見るような目で見つめた。

「お、まえ……。突然なに言い出すんだよ? 今まで何回したと思ってんだ!? 全身どろどろのぐっちょぐちょにされたんだぜ!? さすがにもう疲れただろ!」

「ちょっと、そんな目で見ないで! 私がやらしいみたいじゃない! どっかの誰かさんが付けた蛸のせいで身体がずっと変なのよ。こんな風にした責任を取りなさいよ!」

 ラズリの下腹に刻まれた蛸が妖しく光る。
 ルブラはああと呟き、己が施した隷属の徴を気まずそうに見つめた。

「お前がそうなっちまったのは、確かに俺のせいだな」

 愛しいラズリを逃したくなくて、彼女の精神を侵蝕しながら少しずつ刻んだ蛸の徴。

 ラズリの肉体の隅々まで己の霊気を巡らせた。神の子を孕めるように変質させた。自分を求めさせるため、絶えず淫欲に苦しめられるように仕向けた。陸で生きられないようにしてやろうと思って幾つもの呪いを施した。

 消し去るのが不可能なほど、ラズリの身体に強く濃く、己の愛を刻みつけた。

「悪ぃ、それ消せねえんだわ。どうにでもなっちまえばいいと思って、元に戻せねえ変化をラズリにもたらしちまった。……まさかこうして、お前と心を通わせることができるとは思ってなかったんだ」

「そうなの? それじゃ私は、あなたを連れて故郷に帰れないの?」

 自分が山に帰ることで、両親や他の人たちが魚になってしまうのは困る。眉を下げるラズリに、ルブラは慌てて俺が霊気を抑えるから大丈夫だと説明した。

「あああ、そんな顔すんなよラズリ! 村に帰ったって本当に何も起きねえから! ……あのさ、消せない徴をつけてしまった分、何よりもラズリを大切にする。お前の言うことは何でも聞く。責任はしっかり取る。だから許してくれ、頼む!」

 問題なく陸で過ごせるようにするし、滅ぼそうとした世界も元に戻す。美味しい料理も毎日作る。だからどうか自分を嫌わないでほしい。
 ぐねぐねと足を動かしながら謝るルブラをちらりと見遣り、ラズリは仕方がないといった様子でふうと息を吐いた。

「……まあ、いいわよ。全身につけられた吸盤の痕も、この蛸の徴も、あなたからの愛だと思うと嬉しく感じるから」

 ラズリは微笑み、自分の内でとぷりと跳ねるルブラの精を想った。

(全く、仕方のない蛸さんなんだから)

 異常で、歪んでいて、海の底のように暗くて、どろりとした執着に塗れた愛。その愛に溺れることは、なんて甘いのだろうか。

 この男は私を愛している。私が手に入るなら世界なんていらないと言い切るほど、愛してくれている。本当に幸せだ。愛するルブラに満たしてもらうのは、こんなにも心地よい。

「私の言うことは何でも聞くと言ったわね。なら早く抱いてよ。これがあると奥が疼いて仕方ないの。私を満たせるのはあなたしかいないんでしょ?」

 軟らかな蛸足の上に跨りそっと腰を下ろす。白濁を溢す秘部に、ルブラの交接腕を擦り付ける。

「疼きが収まるまで付き合ってもらうからね。いい?」

「ぷふっ……。くくくっ、あははははははっ! 本当にお前は凄え女だよ。俺を押し倒してそんなこと言える奴はお前しかいねえ!」

「そうよ、あなたについていけるのは私だけ。満足させてね」

「ああ。もうたくさんだって言いたくなるくらいにひぃひぃ言わせてやる。どろどろに甘やかして、隅々まで気持ちよくしてやるからな」

 その言葉にラズリの肩が小さく跳ねる。快楽を待ち望む彼女がいじらしく、ルブラは笑いながらラズリの秘部を足で摩った。 


 ……ああ、幸せだ。

 肌をくっつけあっているだけで満たされる。

 この女を殺さなくて本当によかった。

 あれだけ自分の霊気に侵されたのに、その目には全く曇りがない。この女はいつまでも清らかなままだ。

 穢れを跳ね除ける女。そして正気のまま自分を好きだと言う女。

 ラズリは自分の運命だ。彼女との出逢いは、きっと星の巡り合わせだった。

 世界の支配なんてどうでもいい。
 愛しいラズリと暮らしていく、それ以上の結末はない。


「たくさんしような、ラズリ」

 無数の触手が蠢きながらラズリの元に伸びてくる。
 ラズリは自分の下にいる男を、紅潮した顔で見つめた。


 ********


「ん、あうぅっ、あ、ああっ、ああッ、ああ、はあああぁぁっ……!」

 二穴を触手にみっちりと埋められ、ずるずると抜き差しされている。蛸足に持ち上げられ大きく開かされた足の間から、愛液と触手の粘液が混じり合うぬちゃぬちゃとした水音が響く。ルブラの筋肉で構成された触手はラズリの秘部を甘やかに刺激しながらも、確かな力強さを以て彼女の泣きどころを擦り上げた。

「はひっ、あっ、あっ、あっ、あああッ! るぶっ、らあぁ……! ひぃっ、きもちいいよおっ……! ん、んうぅぅっ!」

 刺激され続けた秘部はどろどろに蕩けている。解れきった膣口から奥までを一気に突かれたかと思えば、後孔に挿入された触手が内を掻き回すように動く。交互の穴をとんとんと穿たれる度に、汗や愛液をぶわりと溢れさせてしまう。そしてその体液を、触手やルブラの舌で舐め取られる。

「くくっ……。ふふふっ。可愛いなあラズリ。本当に、ほんっとうにお前は可愛い。ああ、可愛すぎておかしくなりそうだ。もっともっと気持ちよくなろうな、俺のラズリ」

 後ろからルブラに抱きしめられる。頭を撫でられる安心感に、ラズリは微笑み彼の方へ寄りかかった。

 ああ、気持ちいい。とても幸せだ。
 自分はルブラの肉に取り込まれて、彼に抱かれて、こうして全身を可愛がられている……。

 首に口付けられ、ちゅ、ちゅと肌を吸われる。ラズリはルブラの太い腕に縋り付きながら、内を満たす触手の律動に浸った。

「ひっ、ふぐぅっ……ああっ、あっ!? そこだめぇ! そこだめなのっ! あぁっ、んっ、んんんんっ!」

 腫れ上がった陰核に吸引型の触手がぱくりと食いつき、ちゅぱちゅぱと音を立てて内に迎えたラズリの肉芽を吸引する。自分の弱点を容赦なく攻撃され、ラズリは呆気なく達してしまった。

「ふぅぅッ!? ――あっ、ああああぁぁぁぁッッ……!」

 触手の吸引は止まらない。唇で吸い上げられるような優しくも鋭い感覚が、ずっと陰核に襲い来る。触手の中で蠢く無数の突起が、ラズリの敏感な場所をあらゆる角度から舐めあげる。包皮を剥かれた状態で根元から先端をこねくり回される。絶頂途中の陰核をふるふると揺り動かされる。
 
 調教され、過敏になった陰核をねっとりと刺激される快感に、ラズリは媚びるような嬌声を上げた。

「ひぐっ、いくぅっ……。いっちゃうぅぅぅっ! ああっ、あ、あああああっ……! いぐぅっ、ね、ねえっ! いったの! もうとめてよぉぉ……!」

 おかしくなりそうな快楽にラズリは激しく首を横に振った。足をばたつかせ、なんとか触手から逃れようとする。だが背後のルブラがそれを許さず、ラズリの膝裏に腕を入れて足を閉じられなくしてしまった。

「俺に満足させてって頼んだのはお前だろうが? ほら、遠慮せずまたイっとけ」

「ひうっ!? あっ、ひぃっ、ひどいよぉぉっ……! あうっ、はあぁッ、あッ、んひっ、ふうぅぅっ! あっ、いっ――――くうぅぅぅ!」

 陰核を吸われると共に、自由自在にうねる触手がラズリの膣天井を力強く摩る。人外の快楽に、ラズリはまた甘やかな絶頂を迎えた。触手の先端から、大量の精液がどくどくと吐き出される。最奥に放たれた生暖かい精液の感覚にラズリは被虐的な興奮を覚えた。

「ひっ、んんんっ、でて、るっ……! やっ、もうはいらないの……ふっ、ああああぁぁぁぁ……」

 彼女の秘部から逆流した精液が溢れ、床をびちゃびちゃに濡らしていく。己の霊気と媚毒に塗れた精を、ルブラは嬉しそうにラズリの全身に塗りつけた。ひくひくと身体を痙攣させる彼女を、今度は正面から抱きしめる。情欲に濡れた青い瞳を覗き込みながら、ルブラはべろりと長い舌を見せつけた。

「ラズリ、舌出せ。ほら、あーん」

「はあっ、ふ、んくっ……! んっ、むうっ……。ふくっ、んふっ、ふう……」

 ルブラに深く口付けられる。
 唇を塞がれて、絶頂の余韻から出る声を飲み込むことしかできない。

 大きな手に乳房を揉みしだかれ、胸の谷間や尖りきった乳首に精液を塗り拡げられる。指の腹で先端を扱かれる切ない快感が全身に拡がって、ラズリはふうふうとキスの合間に荒い息を漏らした。

「あはははっ、俺もお前もどろどろのぐっちょぐちょだなあ」

「ふうっ、う、うん……。ぬる、ぬるするぅ……」

 ラズリは快楽の涙を流しながら、蕩けた顔で微笑んだ。

 白濁に塗れたラズリは酷く淫猥だ。滑らかな肌は粘液にぬらぬらと光り、潮と体液が混ざった濃密な匂いを放っている。ルブラは彼女の姿に更なる劣情を覚え、金の目を興奮と歓喜に潤ませた。

「……幸せだ。とっても幸せだ。何度も何度もお前を抱いてきたのに、今が一番気持ちいい。ずっと胸が温かいんだ。お前と心を通わせることができたから、こんなに気持ちいいのか?」

「んっ、ふ、ふふっ……。そうね、わたしも今が一番きもちいいわ……。やっとあなたに、本当の気持ちを伝えられたから」

 ラズリが耳元で「愛してる」と囁くと、ルブラは荒々しい顔を真っ赤にした。

「ふふふっ……! そんなに顔を赤くしてどうしたの? なんだか茹でた蛸みたいよ」

「うるせえな、言われ慣れてねえんだから仕方ないだろ! おい! あんま俺の顔を見んじゃねえよ!」

「あははっ! 可愛い。それならたくさんルブラに好きだって伝えなくちゃね。今まで言えなかった分、たくさん……」

 愛してる、愛してる。
 ラズリが甘い声でそう紡ぐと、ルブラは嬉しそうに照れ笑いをした。

 膣と後孔から触手が引き抜かれ、新たにルブラの交接腕が挿入される。ラズリは太い首に腕を回し、再び奥を穿たれる快楽に溺れた。

「あうっ、ああっ、るぶっ、らあ……! るぶら、だいすきっ、だいすき……」

「俺もだっ……ラズリ、ラズリ……!」

「んふっ、ふっ……あ、ああっ、やっぱりっ……これが、いちばんいいわっ……! るぶらのあしがっ、いちばんおちつくの……」

 ルブラの蛸足。
 自分を夢の中で何度も何度も犯し、その度に精莢を押し込めてきた触腕。

 ルブラによって用意された様々な形の触手はいずれも気持ちよかったが、慣れ親しんだ蛸足に穿たれると肉の快楽だけではない、孤独を埋めるような充足感が込み上げてくる。

「っ……。ああもう、可愛いこと言ってくれるじゃねえか! ご褒美に、もっと気持ちよくしてやらないとな」

 ルブラは隷属の徴に手を当てた。
 ラズリの下腹に刻まれた蛸が、再び妖しい光を放つ。

「ふあうっ!?」

 尖りきった胸の先端からぴゅっと白いものが飛び出る。乳を溢した己の胸に、ラズリは目を見開いた。

「や、なにこれぇ……!?」

「大丈夫、俺がつけた徴のせいだよ。お前にもっと気持ちよくなってもらいたくてそうしたんだ……」

 ルブラに双丘を揉みしだかれる度、じわりと白いものが乳首に滲む。
 胸が熱い。乳輪も乳首も、ふっくらと腫れ上がって与えられる快楽を待ち望んでいる。ルブラに先端を舐めしゃぶられると、身を捩りたくなるような鋭い快感が全身を駆け巡る。

「あっ、ああああぁぁ! やっ、すっちゃだめ! ん、うぅぅぅっ!」

「はあっ……ん、んふうっ……お前の乳は甘くて美味いな……。はは、乳がぱんぱんに張ってる。搾ってやらなくちゃな」

 ラズリの陰核を散々苛め抜いた吸引型の触手が、今度は胸を可愛がってやろうと頭をもたげる。両胸の先端を触手に吸い付かれ、ラズリは搾乳の快楽に大声を上げて絶頂した。

「ひいぃっ! あっ、だめぇ! もうすわないでっ! ああっ、あっ、あっ! ――――ああああぁぁぁぁぁぁっ!」

「だーめ。お前に消えない徴をつけた償いをさせてくれよ。お前の疼きが収まるまで続けるからな、可愛いラズリ……」

 胸を、膣奥を、そして後孔や陰核を徹底的に犯される。唇はルブラのものに塞がれ、敏感な舌先を舐め回される。どこもかしこも気持ちよくて仕方ない。自分を可愛がる触手に指を絡ませ、ラズリは喘ぎながらもうっとりと笑った。

「ぷはっ! ふあっ、あはあッ、ふっ、……ふふっ。どこも、きもちいい……だいすきよ、るぶらっ……。だいすきっ、だいすき……!」

 快楽に溺れながらも自分に愛を囁くラズリがいじらしくて、可愛くて仕方ない。ルブラは蛸足の動きを速め、そして彼女の奥に精莢を押し込めた。

「ん、はあっ……出る……! らず、り……。ラズリ! ラズリ、愛してるっ……」

 ルブラの精がたっぷりと詰まった器が放たれる。
 蠢く精莢の動きを感じながら、ラズリはゆっくりと目を瞑った。
 
「あっ、あ、はあぁぁ……」

 ルブラに頭を撫でられながら、肉欲が満たされた満足感に浸る。自分を包む触腕の軟らかさに、ラズリは眠気が込み上げてくるのを感じた。

「はあっ、はあ……。随分とたくさん出されたわね」

 僅かに膨らんだ下腹を摩ると、奥からごぷりと大量の精が溢れ出てくる。これだけあなたを受け入れたら孕んでしまうかもしれないとラズリは呟いた。

「安心しろ。お前の許可なく腹を膨らませたりしねえよ。俺とお前の子供はきっと可愛いけど、俺はお前がいればそれで幸せなんだ。愛しいラズリ、いつまでも一緒だ。お前はずっとずっと、俺の隣にいるんだ……」

 己が刻みつけた隷属の徴を撫で、ルブラは荒々しい顔を幸福に緩ませた。

 彼の手に、自分の手を重ねる。
 ラズリはルブラの顔を見上げ、甘い声で懇願した。

「幸せ。……愛しいルブラ。また私の身体が疼いたら、こうして満たしてね」

「勿論だ。何度でもこの部屋に連れてきて、お前をぬるぬるのどろどろのぐちょぐちょにしてやる」

「……ふふ。それは楽しみだわ」

 赤褐色の蛸足が、喜びを示すようにぐねぐねと左右に揺れ動いている。その忙しない動きを楽しみながら、ラズリはルブラの髪に指を絡ませた。
 
「なあラズリ。俺さ、海で眠っている間考えてたんだ。何でお前は、わざわざ俺を石の棺に入れて水葬したのかって。あの水葬自体が、海へ還る者を送り出すための儀式なんだ。あの水葬があったからこそ、俺は早く復活することができたんだ……」

 ルブラは穏やかな声で囁いた。

「今なら分かる。お前は、もう一度俺に会いたいと思ってそうしてくれたんだな」

「……そうよ。島に縛り付けられるのは嫌だったけど、私はルブラを殺してまで逃げるつもりはなかった。あなたを心から愛していたわ。どうか戻ってきてと、必死に願い続けたの……」

 ずっとあなたに会いたかった。
 愛しいルブラ、帰ってきてくれてありがとう。

「あなたと出逢えてよかった」

 男の硬い身体をしっかりと抱きしめる。

 胸を満たす幸福に、ふたりは微笑みあった。 
 

 ********


 水神『xxxxx』は邪悪な神だ。

 天空神によって海底に封じられたその神は、眠りながらも数多の人間を海に誘った。

 人々の夢に現れ、巧みに誘惑をしその魂を堕落させた。何百年、何千年かに一度微睡みから目覚めては、天空神への恨み言を吐き散らかした。その声に海の民はいきり立ち、陸に生きるものを激しく害したのだ。一体どれだけの人間が、魚人によって苦痛のうちに殺されたのだろうか。

 自分の内に、醜い魚の血が入っていると思うと吐き気がする。消えたい。この存在を消し去りたい。水神が存在する限りこの世界に安寧は訪れない。人間が大切にしてきたものは全て、邪なる神への信仰によって簡単に潰されていくのだ。

 未来を語り合った友も、かつて愛した人も。
 大切な人たちは皆、血族によって殺された。

 決して許すものか。邪神の祝福を受けたものは、自分含めひとり残らず滅びるべきだ。喪った者たちへの手向けに、世界の破滅を何としても阻止しなければならない。

 それが目標だった。
 自分はそれだけを糧に、忌むべきこの肉体で生き続けてきたのだ。

 だから、天空神の化身を見つけた時はこれでやっと救われると思った。女神ラズワードの青い炎を宿す者――ラズリに心酔した。彼女ならば怖ろしい邪神を、この醜い海の民を、清浄な炎で焼き尽くしてくれるだろうと考えた。

 だが、ラズリの力を以てしても邪神の復活を阻むことはできなかった……。

「一体、何が起きたんだ?」

 マーシュは強い倦怠感に苦しめられながら、一歩ずつ階段を登った。

 目覚めた時周囲に魚人の姿はなく、街は静寂に包まれていた。住民たちはあの狂乱を誰も覚えていないようだった。頭の中を掻き回すような呼び声は消え、魚へと変貌した身体はすっかり人間のものに戻っている。

 マーシュは何が起きたのか確かめるため、監視塔の頂上から街全景を見渡そうとした。

「……綺麗だな」

 雲ひとつない青空が目にしみる。

 最上階に辿り着いたマーシュは、清々しい朝の空気を胸いっぱいに満たした。

 白壁の家、色鮮やかな屋根、街のあちこちに植えられたレモンの樹。慣れ親しんだ海沿いの都市の光景だ。自分がよく知る世界が、眼下に広がっている。

「空も海も静かだ。破滅がすぐそこまで訪れていたのに、なぜ元に戻った?」

 ラズリが持つ清らかな霊気は邪神によって掻き消されてしまった。彼の野望を阻むものはもう何もなかったはずだ。なのになぜ、xxxxxはあと一歩のところで鉾を収めるような真似をしたのだろうか。

「…………」

 世界が終わるという絶望の中、一瞬、温かな幻視を見た。

 ラズリが異形の男に寄り添い微笑んでいる光景。彼女を抱きしめる男、ルブラも幸せそうに笑っていた。あの幻視を見た時、自分の心に喜びの感情が流れ込んできた。
 
 あれは何だったのだろうか。
 水神は無意識のうちに、自分の喜びを眷属に共有したのだろうか。

「…………まさか」

 ――ルブラは、私を愛してると言ってくれました。狂気的な男だったけれど、私は彼の愛を嘘だとは思えない。私と夫婦になりたい、それが叶うなら世界なんて要らない。ルブラはそう言ったのです……!

「まさか、xxxxxは本当にラズリくんを愛していたというのか? 彼女と生きていくために、世界の支配を諦めたというのか……」

 マーシュは呆然と海を見つめた。
 
 空と海の境界が、柔らかく溶け合っている。
 透き通る優しい青色に、マーシュは安堵の涙を溢れさせた。

「……こんな結末があるのか」

 色鮮やかな海鳥が青空を旋回する。

 寄り添うふたりの姿を思い出しながら、マーシュは輝く水平線を眺め続けた。
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