91 / 96
終章 リュータとそれぞれの話
第九十一話 シルビィの話
しおりを挟む
リュータのご両親、ワシとは義理のお父上とお母上にあたる方々に、リュータが知らなかった新たなご兄弟との対面を終え、その後まったりと二か月滞在し森林ダンジョンのいくつかを制覇したワシらは、ご両親や現地の方々に大変感謝され定住しないかと誘われつつも、やるべき事があり、帰るべき場所があるとお伝えし、パンテモンを後にすることにしたのじゃ。
「皆の者、世話になったのじゃ。いやなに、こちらこそ、なのじゃ」
見送りに来てくれた皆に別れを告げるために一度バスから降りあいさつ回りを再度行った。外部からの客人が珍しいこの都市で、なおかつまた外へと旅立つワシらに、彼らは心配の声と熱いエールを送ってくれたのじゃ。
いつか絶対にこことオビヒロを繋げてみせると、リュータが涙を隠しながら決意しておったのが印象的じゃった。
今、ワシらのいる城塞都市の門前には、世話になった住人の多くと、その先頭で手を振るご両親、リュータの弟トラオ殿、そして神の化身でありながら家政婦のような事をしておったウンちゃんが見える。
ウンちゃん、偶像に宿ったかりそめの身とは言えワシらと異なり正真正銘の女神様なのにその名でよいのか? と何度も思ったものじゃが、ご本神に不満はないようなので口出しはせなんだ。それにしてもさすがリュータのお父上じゃ。お父上があの残酷な名を付けたと聞いた時は開いた口がふさがらなかったが、リュータのご家族に常識は通用しないのじゃな、と改めて思い知った。よもや女神様を家政婦として雇い、女神様の神名の中でも特に問題となりそうな部分を抜粋しての名づけを行ってもなお、女神様には恨まれず、それどこか人々と神が笑顔でいられる場所を作ったのじゃ。
「ほれリュータ、もう街も見えなくなったというのに、そんなに泣くでない。いや、泣いてないって事はないのじゃ。思い切り出てるのじゃ、涙。それは心の汗じゃないのじゃ。ほれ、鼻も出ておる。チーンじゃ、チーン」
そうやって別れに涙する感受性豊かなリュータをあやしながら、先の光景を思い出すのじゃ。
神と人との共存は、エンテ様が願ってやまない奇跡に近しい所業。それはまさしく偉業と呼べるほどで、実際に領主たるご両親に街についてお話を拝聴させて頂くに、リュータのご両親はまさに治世の英雄と呼ばれる程の傑物じゃと断言できるほど、知識と経験が豊富であった。さすがあの理想の環境を作った英雄であろうと、思わず納得したものじゃった。
リュータはご両親について知らなかったようで驚いておった。どうやらあちらの世界ではリュータのご両親は共に弁護士と言う法に携わる職業についておったそうじゃ。ご両親はその経験が生きたのだと、朗らかに笑っておった。
「しかしご両親が弁護士、お国に認められたエリートとは、さすがリュータのご両親じゃったのぉ!」
そう褒め称えたら、リュータがちょっと気まずい感じじゃったのじゃ。なぜかと聞いたら、自分は平凡だからと、何やらかわいい事を言い出したので思わず抱きしめてしまったのじゃ。
照れくさそうに笑い抱きしめ返してくるリュータに軽くキスをしながら、割り込んできたドラに場所を譲り、ワシはご両親からお教えいただいたことを思い出す。
地球の治世システムを参考にパンテモンの治世は行われており、その実務もこの目で拝見させて頂いた。目新しいシステムが多いその中でも特筆すべき点は、細かな制度の数々じゃった。その合理性、利便性には驚きの連続じゃったが、この世界にもその名残はあるので受け入れられやすかったとお聞きした。エルフの長として、あまり長としての仕事はしておらなんだが、とにかくそう言う立場であったが故に、非常に興味を惹かれたのじゃが、話を聞いて己の無能さ、無知さにがっくりしただけじゃった。
「ま、ワシはお飾り同然じゃったしのぉ。見てるだけで何も出来ず、気が付けば滅ぶ寸前であったとなれば、胸を張ってもいられぬ、か」
エルフの里は特に遅れているようで、人間の国では近い制度そのものはあったそうじゃが、それでも恐らくリュータのお父上の仰られているほどの制度ではないのだろう。それを感じ取ったワシとミチルと紀子は、ご両親に弟子入りしリュータと共に四人、日が暮れてからの勉強会に勤しんだ。ワシは特に積極的に質問し、学び、徹底的に知識を頭に叩き込んだのじゃ。
この勉強会の結果、リュータもオビヒロに戻ったら早速様々な制度を採用してみると意気込んでおったし、この出会いが、人の上に立つのに乗り気ではなかったリュータの心を変えたようじゃ。これで政治に力を入れるようになるのであれば、あの街へと導かれた事は、ご両親とただ再会するだけではなく、リュータ自身の今後の身の振り方を考える上でも必要な行動であったのじゃろう。
「特にウィルは、諸手を挙げて喜ぶのお」
エンテ様のお導きに最も感謝するのは、彼かもしれぬの。
ワシらは当初の目的の通り、荒野を半日北上し、それからオビヒロへと戻るように西進中じゃ。パンテモンで大量の食料と魔石を大量に確保したので、今までよりもはるかに速く移動中じゃった。
魔物により死滅した大地を疾走する旅は案外に平穏で、ワシはその道中、暇に飽かせてリュータのご両親について考えたのじゃ。
リュータがご両親はすでにお亡くなりになったと聞き、ご挨拶が出来ぬと悲しい思いもした。
しかしそのご両親は異世界へと迷い込んでおられ、しかも戦いで命を落とされた前領主殿に託され、新たな領主としてパンテモンの街を切り盛りしておった。
これはこれで、まぁ、驚きじゃが、それ以外の部分でも驚きはあったのじゃ。
あまりの衝撃に、何人かが気絶した話、前世では元勇者に元聖女であったとお聞きした時は、ワシも大層たまげたものじゃ。その際の記憶はおぼろげではっきりせぬようであるそうじゃが、力の使い方、使い道は覚えておられたようで、この世界に迷い込んでもさほど苦労はなさらなかったと聞き、リュータの元いた世界の方々は逞しいとワシは思わず関心したものじゃ。
「しかしあの時は、ふふ、生真面目なミチル、藍子殿、ソラミ殿がそろって気を失ってしまい、大変じゃったな」
思い出し笑いをしつつその時の会話を思い出す。会話の中で気になっておったのは、お父上のお名前である「タロー」と言う名前の勇者はワシの記憶にもなく、皆も知らなかった事じゃ。勇者については魔王に対抗すべく、アンリエット殿が様々な文献を調べ、丁寧にまとめ上げておった。それを読み込んでいたので、ワシは記録にあるすべての勇者の名前を憶えておる。記子も記憶を司っておる神様の子だけあり、同様に知りうる限り全ての勇者の名前を暗記して負った。
それなのに心当たりがなかったのじゃ。つまり「タロー」殿はワシらが知らぬ時代、あるいは記録に残らない場所で勇者として降臨なさっておったのじゃろうと推測したが、はてさてどうじゃろうか。
おそらくエンテ様に問えばお答えいただけるかとも思うが、それをするのも無粋と言うものじゃろう。疑問はあるが、個人的な興味で軽々しくお聞きするものではなかろう。何せ前世と言う事は、その時はお亡くなりになっているという事じゃからの。いくら気さくなお方とは言え、さすが気軽には尋ねられぬのじゃ。
いつかご両親が思い出話として思い出し、その英雄譚の一端をお話をお聞かせ願える日を思いつつ、さて、次の目的地について考えるとするかの。
「う・・・、うっ!?」
揺れる車内で考え事をしておったからか、急に気分が悪くなってきたのじゃ。
「す、すまぬ・・・急に吐き気が・・・、エロエロエロ・・・」
気持ち悪い、吐きそう。
そう思った時にはすでに我慢しきれずに吐しゃしておったのじゃ。その後の事はよく覚えておらぬが、みなが心配し、車内の清掃を行ってくれ、ワシはグッタリと横たわるハメになったのじゃ。
リュータが車酔いをしたのかもと心配しその場で野営の準備を始め、調子が戻らぬまま数泊したのじゃ。旅に遅延が生じたのが心苦しく、また同時に、寄りそうリュータに安堵し、久しぶりに独占出来た事を喜んだワシは、悪い女じゃ。
しかし、パンテモンでの補給を頼りに爆走邁進したツケがたたったのじゃ。体調思わしくないワシの所為で、行くに行けず、かと言ってパンテモンとは相当な距離があるために戻るに戻れず、見事に立往生をしてしまったのじゃ。
そんな心苦しい中、心配したドラが添い寝をしてくれ、その心地よい体温に癒されつつ横になっていると、今度はミチルにも同様の症状が現れたのじゃ。
これはいよいよもって流行り病でも拾ってしまったのかと心配し、ドラには近寄らぬよう言い含め、眠れぬ夜を跨ぎ、昼間に熟睡したのじゃ。
そのような不安定な日々を送り、なんとか調子を取り戻したワシはミチルの看病を買って出た時に、ミチルから驚きの話を聞いたのじゃ。
「な、なんじゃと・・・!? いや、まさか・・・、うむ」
これはさすがにエンテ様へお尋ねする事案じゃろうと、急ぎ儀式を行ったのじゃ。
儀式と言うが、身綺麗にしエンテ様への祈りを捧げるだけなのじゃが、以前の降臨の反動で連絡が付きにくくなると仰られておった通り、普段であれば即座にあるエンテ様の反応がなく、お返事が返ってきたのはその翌日の夕方の事じゃった。
しかし待った甲斐があり、それは我らにとってはまさに天啓じゃった。
「リュータ、聞いておくれ!」
ワシとミチルはそう、子を宿しておったのじゃ!!
ワシらを苛んでいたのはツワリと呼ばれる妊娠初期症状で、エンテ様のお告げより今はもう安定期に入ったと聞いたので一安心じゃった。ミチルは、地球の人と比べて安定期に入るのが早いと言っておったが、地球とこちらでは一か月の日数が違うのを失念しておるようじゃの。しかし、それを指摘し精神に負担をかける訳にもいかぬので、ワシはそれを黙っておいたのじゃ。聡明なミチルがそんな事にさえ気が付かぬのじゃ。彼女はまだ本調子ではないのじゃろうな。
それはともかくとして、安定期に入りワシらが再び日常生活をまともに送れるようになってからも、ワシらは妊婦と言う事で大層大事に扱われたのじゃが、それもまた問題じゃった。
まずもって、ワシとミチルを苦手にしておった藍子殿が最も過保護じゃった。段差があれば手を差し伸べ、食べ物の配膳もバランスよく、と常に気を配って下さったのじゃ。夜も寒くないかと様子を見に来たり、昼間も何かと世話を焼く。本人曰く、母なる海に連なる存在として、母親には敬意を払うと言っておったが、ありゃ単に性根の優しい心配性じゃな。その優しさに嬉しくもあり、おもはゆくもあり、と言った所じゃった。
そしてもう一つの問題じゃが、これが致命的じゃった。
何せ現状で戦える者は、リュータ、ミント殿、そしてワシの三人じゃった。他の者たちも自衛は出来る程度の実力者じゃが、やはりこの後に控えるダンジョン攻略では力不足じゃろう。そんな中でワシが脱落したら、戦えるのはリュータとミント殿のみ。これではやはり、今後に支障が出るであろう。
しかしリュータはなんとかなる、なんとかすると言い切りおった。
「カッコいいの、我が夫殿は」
ワシの呟きに同意してくれたのは、ドラだけだったのじゃがの。
本当にリュータといると、驚きの連続なのじゃ。
次の目的地はオビヒロから見て丁度北にある、原初のダンジョンじゃと聞いておった。
エンテ様がこのダンジョンの解放は、世界を解放するに必須じゃと申しておられたが、さて、これはどう言った状況じゃろうか。
「ダンジョンが眩く光っておるのぉ」
キラキラと、まるですべてが白紙に帰ったかのような純白色に輝くダンジョンの入り口を前に、ワシらは呆然と佇んでおる。
この先は、エンテ様が仰るには一般的な洞窟型のダンジョンなのじゃが、床も天井も光り過ぎて見えぬのじゃ。
リュータが手に持った棒で床をツンツンしながら進んでいくのじゃが、途中で段差でもあったのかすっころんでしまったのじゃ。うーむ、ここの攻略は容易ではないであろうな。
それはそれとして
「藍子殿。ワシとミチルの前に立ちはだかって光を遮ろうと努力するのは、無駄なんじゃないじゃろうか。それに感じるに、この光に悪い気配はないのじゃ。いや、じゃから、うむ・・・、心配性じゃのぉ。好きにするがいいのじゃ」
一番の問題は過保護な藍子殿ではなく、どうやってこのダンジョンを攻略するか、じゃからな・・・。
そうして連日連夜の家族会議の末、ダンジョン攻略についての話がまとまった。
最後まで反対しておった藍子殿には悪いが、これしか手はないのじゃ。
「リュータ、ドラ、そしてワシの三人でダンジョンを攻略するのじゃ」
ミント殿には野営地の警護を頼んだのじゃ。なんせここいらは魔物の領域。神の威光にすがりたいのか、あるいはワシらの気配に惹かれたのか、このダンジョンの周囲には続々と魔物が集まってきておる。これを退治しながら拠点防衛となれば、リュータかミント殿のどちらかが残る他なかったのじゃ。
不安がないと言えば、嘘になるのじゃ。
浅いダンジョンで、半日もすれば最奥に着くとエンテ様は仰られておったが、それでも半日じゃ
腹は服の上からでも分かる程ふくれ、時折腹の中の子が身じろぐのも感じられる。戦闘はおろか、足場の悪い洞窟内を歩くのでさえ、確かな危険が伴う身じゃ。それも往復でまる一日ともなれば、ダンジョン内に巣食う魔物以前に、色々と我が子の身が危ういのじゃ。
しかし、今回も必ず上手くいく、大丈夫じゃ。
「なんせワシには、リュータが付いておるでな!」
ワシが最も信頼するリュータといればそう、何も怖い事は起こらないのじゃ。
じゃからワシが心配するのは、リュータがいないお主らのほうじゃぞ?
そう言えば、藍子殿はやっと笑ってワシを見送ってくれたのじゃった。
「皆の者、世話になったのじゃ。いやなに、こちらこそ、なのじゃ」
見送りに来てくれた皆に別れを告げるために一度バスから降りあいさつ回りを再度行った。外部からの客人が珍しいこの都市で、なおかつまた外へと旅立つワシらに、彼らは心配の声と熱いエールを送ってくれたのじゃ。
いつか絶対にこことオビヒロを繋げてみせると、リュータが涙を隠しながら決意しておったのが印象的じゃった。
今、ワシらのいる城塞都市の門前には、世話になった住人の多くと、その先頭で手を振るご両親、リュータの弟トラオ殿、そして神の化身でありながら家政婦のような事をしておったウンちゃんが見える。
ウンちゃん、偶像に宿ったかりそめの身とは言えワシらと異なり正真正銘の女神様なのにその名でよいのか? と何度も思ったものじゃが、ご本神に不満はないようなので口出しはせなんだ。それにしてもさすがリュータのお父上じゃ。お父上があの残酷な名を付けたと聞いた時は開いた口がふさがらなかったが、リュータのご家族に常識は通用しないのじゃな、と改めて思い知った。よもや女神様を家政婦として雇い、女神様の神名の中でも特に問題となりそうな部分を抜粋しての名づけを行ってもなお、女神様には恨まれず、それどこか人々と神が笑顔でいられる場所を作ったのじゃ。
「ほれリュータ、もう街も見えなくなったというのに、そんなに泣くでない。いや、泣いてないって事はないのじゃ。思い切り出てるのじゃ、涙。それは心の汗じゃないのじゃ。ほれ、鼻も出ておる。チーンじゃ、チーン」
そうやって別れに涙する感受性豊かなリュータをあやしながら、先の光景を思い出すのじゃ。
神と人との共存は、エンテ様が願ってやまない奇跡に近しい所業。それはまさしく偉業と呼べるほどで、実際に領主たるご両親に街についてお話を拝聴させて頂くに、リュータのご両親はまさに治世の英雄と呼ばれる程の傑物じゃと断言できるほど、知識と経験が豊富であった。さすがあの理想の環境を作った英雄であろうと、思わず納得したものじゃった。
リュータはご両親について知らなかったようで驚いておった。どうやらあちらの世界ではリュータのご両親は共に弁護士と言う法に携わる職業についておったそうじゃ。ご両親はその経験が生きたのだと、朗らかに笑っておった。
「しかしご両親が弁護士、お国に認められたエリートとは、さすがリュータのご両親じゃったのぉ!」
そう褒め称えたら、リュータがちょっと気まずい感じじゃったのじゃ。なぜかと聞いたら、自分は平凡だからと、何やらかわいい事を言い出したので思わず抱きしめてしまったのじゃ。
照れくさそうに笑い抱きしめ返してくるリュータに軽くキスをしながら、割り込んできたドラに場所を譲り、ワシはご両親からお教えいただいたことを思い出す。
地球の治世システムを参考にパンテモンの治世は行われており、その実務もこの目で拝見させて頂いた。目新しいシステムが多いその中でも特筆すべき点は、細かな制度の数々じゃった。その合理性、利便性には驚きの連続じゃったが、この世界にもその名残はあるので受け入れられやすかったとお聞きした。エルフの長として、あまり長としての仕事はしておらなんだが、とにかくそう言う立場であったが故に、非常に興味を惹かれたのじゃが、話を聞いて己の無能さ、無知さにがっくりしただけじゃった。
「ま、ワシはお飾り同然じゃったしのぉ。見てるだけで何も出来ず、気が付けば滅ぶ寸前であったとなれば、胸を張ってもいられぬ、か」
エルフの里は特に遅れているようで、人間の国では近い制度そのものはあったそうじゃが、それでも恐らくリュータのお父上の仰られているほどの制度ではないのだろう。それを感じ取ったワシとミチルと紀子は、ご両親に弟子入りしリュータと共に四人、日が暮れてからの勉強会に勤しんだ。ワシは特に積極的に質問し、学び、徹底的に知識を頭に叩き込んだのじゃ。
この勉強会の結果、リュータもオビヒロに戻ったら早速様々な制度を採用してみると意気込んでおったし、この出会いが、人の上に立つのに乗り気ではなかったリュータの心を変えたようじゃ。これで政治に力を入れるようになるのであれば、あの街へと導かれた事は、ご両親とただ再会するだけではなく、リュータ自身の今後の身の振り方を考える上でも必要な行動であったのじゃろう。
「特にウィルは、諸手を挙げて喜ぶのお」
エンテ様のお導きに最も感謝するのは、彼かもしれぬの。
ワシらは当初の目的の通り、荒野を半日北上し、それからオビヒロへと戻るように西進中じゃ。パンテモンで大量の食料と魔石を大量に確保したので、今までよりもはるかに速く移動中じゃった。
魔物により死滅した大地を疾走する旅は案外に平穏で、ワシはその道中、暇に飽かせてリュータのご両親について考えたのじゃ。
リュータがご両親はすでにお亡くなりになったと聞き、ご挨拶が出来ぬと悲しい思いもした。
しかしそのご両親は異世界へと迷い込んでおられ、しかも戦いで命を落とされた前領主殿に託され、新たな領主としてパンテモンの街を切り盛りしておった。
これはこれで、まぁ、驚きじゃが、それ以外の部分でも驚きはあったのじゃ。
あまりの衝撃に、何人かが気絶した話、前世では元勇者に元聖女であったとお聞きした時は、ワシも大層たまげたものじゃ。その際の記憶はおぼろげではっきりせぬようであるそうじゃが、力の使い方、使い道は覚えておられたようで、この世界に迷い込んでもさほど苦労はなさらなかったと聞き、リュータの元いた世界の方々は逞しいとワシは思わず関心したものじゃ。
「しかしあの時は、ふふ、生真面目なミチル、藍子殿、ソラミ殿がそろって気を失ってしまい、大変じゃったな」
思い出し笑いをしつつその時の会話を思い出す。会話の中で気になっておったのは、お父上のお名前である「タロー」と言う名前の勇者はワシの記憶にもなく、皆も知らなかった事じゃ。勇者については魔王に対抗すべく、アンリエット殿が様々な文献を調べ、丁寧にまとめ上げておった。それを読み込んでいたので、ワシは記録にあるすべての勇者の名前を憶えておる。記子も記憶を司っておる神様の子だけあり、同様に知りうる限り全ての勇者の名前を暗記して負った。
それなのに心当たりがなかったのじゃ。つまり「タロー」殿はワシらが知らぬ時代、あるいは記録に残らない場所で勇者として降臨なさっておったのじゃろうと推測したが、はてさてどうじゃろうか。
おそらくエンテ様に問えばお答えいただけるかとも思うが、それをするのも無粋と言うものじゃろう。疑問はあるが、個人的な興味で軽々しくお聞きするものではなかろう。何せ前世と言う事は、その時はお亡くなりになっているという事じゃからの。いくら気さくなお方とは言え、さすが気軽には尋ねられぬのじゃ。
いつかご両親が思い出話として思い出し、その英雄譚の一端をお話をお聞かせ願える日を思いつつ、さて、次の目的地について考えるとするかの。
「う・・・、うっ!?」
揺れる車内で考え事をしておったからか、急に気分が悪くなってきたのじゃ。
「す、すまぬ・・・急に吐き気が・・・、エロエロエロ・・・」
気持ち悪い、吐きそう。
そう思った時にはすでに我慢しきれずに吐しゃしておったのじゃ。その後の事はよく覚えておらぬが、みなが心配し、車内の清掃を行ってくれ、ワシはグッタリと横たわるハメになったのじゃ。
リュータが車酔いをしたのかもと心配しその場で野営の準備を始め、調子が戻らぬまま数泊したのじゃ。旅に遅延が生じたのが心苦しく、また同時に、寄りそうリュータに安堵し、久しぶりに独占出来た事を喜んだワシは、悪い女じゃ。
しかし、パンテモンでの補給を頼りに爆走邁進したツケがたたったのじゃ。体調思わしくないワシの所為で、行くに行けず、かと言ってパンテモンとは相当な距離があるために戻るに戻れず、見事に立往生をしてしまったのじゃ。
そんな心苦しい中、心配したドラが添い寝をしてくれ、その心地よい体温に癒されつつ横になっていると、今度はミチルにも同様の症状が現れたのじゃ。
これはいよいよもって流行り病でも拾ってしまったのかと心配し、ドラには近寄らぬよう言い含め、眠れぬ夜を跨ぎ、昼間に熟睡したのじゃ。
そのような不安定な日々を送り、なんとか調子を取り戻したワシはミチルの看病を買って出た時に、ミチルから驚きの話を聞いたのじゃ。
「な、なんじゃと・・・!? いや、まさか・・・、うむ」
これはさすがにエンテ様へお尋ねする事案じゃろうと、急ぎ儀式を行ったのじゃ。
儀式と言うが、身綺麗にしエンテ様への祈りを捧げるだけなのじゃが、以前の降臨の反動で連絡が付きにくくなると仰られておった通り、普段であれば即座にあるエンテ様の反応がなく、お返事が返ってきたのはその翌日の夕方の事じゃった。
しかし待った甲斐があり、それは我らにとってはまさに天啓じゃった。
「リュータ、聞いておくれ!」
ワシとミチルはそう、子を宿しておったのじゃ!!
ワシらを苛んでいたのはツワリと呼ばれる妊娠初期症状で、エンテ様のお告げより今はもう安定期に入ったと聞いたので一安心じゃった。ミチルは、地球の人と比べて安定期に入るのが早いと言っておったが、地球とこちらでは一か月の日数が違うのを失念しておるようじゃの。しかし、それを指摘し精神に負担をかける訳にもいかぬので、ワシはそれを黙っておいたのじゃ。聡明なミチルがそんな事にさえ気が付かぬのじゃ。彼女はまだ本調子ではないのじゃろうな。
それはともかくとして、安定期に入りワシらが再び日常生活をまともに送れるようになってからも、ワシらは妊婦と言う事で大層大事に扱われたのじゃが、それもまた問題じゃった。
まずもって、ワシとミチルを苦手にしておった藍子殿が最も過保護じゃった。段差があれば手を差し伸べ、食べ物の配膳もバランスよく、と常に気を配って下さったのじゃ。夜も寒くないかと様子を見に来たり、昼間も何かと世話を焼く。本人曰く、母なる海に連なる存在として、母親には敬意を払うと言っておったが、ありゃ単に性根の優しい心配性じゃな。その優しさに嬉しくもあり、おもはゆくもあり、と言った所じゃった。
そしてもう一つの問題じゃが、これが致命的じゃった。
何せ現状で戦える者は、リュータ、ミント殿、そしてワシの三人じゃった。他の者たちも自衛は出来る程度の実力者じゃが、やはりこの後に控えるダンジョン攻略では力不足じゃろう。そんな中でワシが脱落したら、戦えるのはリュータとミント殿のみ。これではやはり、今後に支障が出るであろう。
しかしリュータはなんとかなる、なんとかすると言い切りおった。
「カッコいいの、我が夫殿は」
ワシの呟きに同意してくれたのは、ドラだけだったのじゃがの。
本当にリュータといると、驚きの連続なのじゃ。
次の目的地はオビヒロから見て丁度北にある、原初のダンジョンじゃと聞いておった。
エンテ様がこのダンジョンの解放は、世界を解放するに必須じゃと申しておられたが、さて、これはどう言った状況じゃろうか。
「ダンジョンが眩く光っておるのぉ」
キラキラと、まるですべてが白紙に帰ったかのような純白色に輝くダンジョンの入り口を前に、ワシらは呆然と佇んでおる。
この先は、エンテ様が仰るには一般的な洞窟型のダンジョンなのじゃが、床も天井も光り過ぎて見えぬのじゃ。
リュータが手に持った棒で床をツンツンしながら進んでいくのじゃが、途中で段差でもあったのかすっころんでしまったのじゃ。うーむ、ここの攻略は容易ではないであろうな。
それはそれとして
「藍子殿。ワシとミチルの前に立ちはだかって光を遮ろうと努力するのは、無駄なんじゃないじゃろうか。それに感じるに、この光に悪い気配はないのじゃ。いや、じゃから、うむ・・・、心配性じゃのぉ。好きにするがいいのじゃ」
一番の問題は過保護な藍子殿ではなく、どうやってこのダンジョンを攻略するか、じゃからな・・・。
そうして連日連夜の家族会議の末、ダンジョン攻略についての話がまとまった。
最後まで反対しておった藍子殿には悪いが、これしか手はないのじゃ。
「リュータ、ドラ、そしてワシの三人でダンジョンを攻略するのじゃ」
ミント殿には野営地の警護を頼んだのじゃ。なんせここいらは魔物の領域。神の威光にすがりたいのか、あるいはワシらの気配に惹かれたのか、このダンジョンの周囲には続々と魔物が集まってきておる。これを退治しながら拠点防衛となれば、リュータかミント殿のどちらかが残る他なかったのじゃ。
不安がないと言えば、嘘になるのじゃ。
浅いダンジョンで、半日もすれば最奥に着くとエンテ様は仰られておったが、それでも半日じゃ
腹は服の上からでも分かる程ふくれ、時折腹の中の子が身じろぐのも感じられる。戦闘はおろか、足場の悪い洞窟内を歩くのでさえ、確かな危険が伴う身じゃ。それも往復でまる一日ともなれば、ダンジョン内に巣食う魔物以前に、色々と我が子の身が危ういのじゃ。
しかし、今回も必ず上手くいく、大丈夫じゃ。
「なんせワシには、リュータが付いておるでな!」
ワシが最も信頼するリュータといればそう、何も怖い事は起こらないのじゃ。
じゃからワシが心配するのは、リュータがいないお主らのほうじゃぞ?
そう言えば、藍子殿はやっと笑ってワシを見送ってくれたのじゃった。
0
あなたにおすすめの小説
【鑑定不能】と捨てられた俺、実は《概念創造》スキルで万物創成!辺境で最強領主に成り上がる。
夏見ナイ
ファンタジー
伯爵家の三男リアムは【鑑定不能】スキル故に「無能」と追放され、辺境に捨てられた。だが、彼が覚醒させたのは神すら解析不能なユニークスキル《概念創造》! 認識した「概念」を現実に創造できる規格外の力で、リアムは快適な拠点、豊かな食料、忠実なゴーレムを生み出す。傷ついたエルフの少女ルナを救い、彼女と共に未開の地を開拓。やがて獣人ミリア、元貴族令嬢セレスなど訳ありの仲間が集い、小さな村は驚異的に発展していく。一方、リアムを捨てた王国や実家は衰退し、彼の力を奪おうと画策するが…? 無能と蔑まれた少年が最強スキルで理想郷を築き、自分を陥れた者たちに鉄槌を下す、爽快成り上がりファンタジー!
追放された荷物持ち、スキル【アイテムボックス・無限】で辺境スローライフを始めます
黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティーで「荷物持ち」として蔑まれ、全ての責任を押し付けられて追放された青年レオ。彼が持つスキル【アイテムボックス】は、誰もが「ゴミスキル」と笑うものだった。
しかし、そのスキルには「容量無限」「時間停止」「解析・分解」「合成・創造」というとんでもない力が秘められていたのだ。
全てを失い、流れ着いた辺境の村。そこで彼は、自分を犠牲にする生き方をやめ、自らの力で幸せなスローライフを掴み取ることを決意する。
超高品質なポーション、快適な家具、美味しい料理、果ては巨大な井戸や城壁まで!?
万能すぎる生産スキルで、心優しい仲間たちと共に寂れた村を豊かに発展させていく。
一方、彼を追放した勇者パーティーは、荷物持ちを失ったことで急速に崩壊していく。
「今からでもレオを連れ戻すべきだ!」
――もう遅い。彼はもう、君たちのための便利な道具じゃない。
これは、不遇だった青年が最高の仲間たちと出会い、世界一の生産職として成り上がり、幸せなスローライフを手に入れる物語。そして、傲慢な勇者たちが自業自得の末路を辿る、痛快な「ざまぁ」ストーリー!
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
99歳で亡くなり異世界に転生した老人は7歳の子供に生まれ変わり、召喚魔法でドラゴンや前世の世界の物を召喚して世界を変える
ハーフのクロエ
ファンタジー
夫が病気で長期入院したので夫が途中まで書いていた小説を私なりに書き直して完結まで投稿しますので応援よろしくお願いいたします。
主人公は建築会社を55歳で取り締まり役常務をしていたが惜しげもなく早期退職し田舎で大好きな農業をしていた。99歳で亡くなった老人は前世の記憶を持ったまま7歳の少年マリュウスとして異世界の僻地の男爵家に生まれ変わる。10歳の鑑定の儀で、火、水、風、土、木の5大魔法ではなく、この世界で初めての召喚魔法を授かる。最初に召喚出来たのは弱いスライム、モグラ魔獣でマリウスはガッカリしたが優しい家族に見守られ次第に色んな魔獣や地球の、物などを召喚出来るようになり、僻地の男爵家を発展させ気が付けば大陸一豊かで最強の小さい王国を起こしていた。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
無能扱いされ、パーティーを追放されたおっさん、実はチートスキル持ちでした。戻ってきてくれ、と言ってももう遅い。田舎でゆったりスローライフ。
さら
ファンタジー
かつて勇者パーティーに所属していたジル。
だが「無能」と嘲られ、役立たずと追放されてしまう。
行くあてもなく田舎の村へ流れ着いた彼は、鍬を振るい畑を耕し、のんびり暮らすつもりだった。
――だが、誰も知らなかった。
ジルには“世界を覆すほどのチートスキル”が隠されていたのだ。
襲いかかる魔物を一撃で粉砕し、村を脅かす街の圧力をはねのけ、いつしか彼は「英雄」と呼ばれる存在に。
「戻ってきてくれ」と泣きつく元仲間? もう遅い。
俺はこの村で、仲間と共に、気ままにスローライフを楽しむ――そう決めたんだ。
無能扱いされたおっさんが、実は最強チートで世界を揺るがす!?
のんびり田舎暮らし×無双ファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる