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第二章 大森林
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しおりを挟む「私はここの領主だ。名前は、失礼だとは思うが、この質問の後にさせてもらうよ。大事な事なのでね」
後頭部を殴られ涙目になりながらも強かな精神でそれに対抗する領主に、少しばかり自分とは違う何かを感じながら、そんな彼がどんなことを言い出すのかを身構えた。
顔立ちだけがケンに似ているだけではなく、精神性もどうやら似ているようだ。気弱な表情とは裏腹に確かな意志を感じさせるその瞳は、彼の強い商魂を如実に表していた。
領主のはずなのに……。
「単刀直入に聞くよ。メイドである彼女を見て、どう思う?」
唐突に、何の前触れもなく、いきなりそんな事を言い出した。
いや、今までの思わせぶりな態度や発言から、どうしてそうなった!?
なんだろう。妻自慢なのだろうか。
確かに彼女はかわいい。
大きめの茶色い瞳に、同じ色の髪。やや丸い顔立ちであるが、それがまた良い愛嬌となっている。
綺麗と言うよりは可愛い系で、奉仕してもらいたくなるような柔和な表情もまた素晴らしい。
……、最も、今は目元が笑っていないので空恐ろしい感じとなっているが……。
「あー、えーと……」
素直に褒めていいのかと思ったが踏みとどまった。
彼女は人妻だ。しかも領主の妻、貴族様の妻なのだ。
だから言葉を選ばなければならない。口説くのはご法度だろう。
だが、そもそもこの世界に来て女性を口説いた事などない。
そう言えば、前世でもそうだった。妻以外に甘い言葉をささやいた事がない。六十余年と生きてきたが、やっていない事が多いとこんな形で気付かされるとは。
結局、上手い言葉が思いつかず、俺は言いよどむ。
すると、その俺を見て何を思ったのか、領主が一歩踏み出して俺にささやきかけてきた。
「何も心配しなくていい。アレについて思ったことを、そのまま述べて欲しい。その意見で罰したりは、決してしないから」
小声で俺に告げてくる。手も添えて、明らかに誰かに聞かれたくない感じだった。
気弱な、ちょっと眉根を寄せたその表情から、今のは奥方に聞かれたくない質問だったのだろう。
近い俺でさえわずかにしか聞き取れない音量に、色々と何かを察した。
でも、なぁ。
……、ケモミミ系の獣人は耳がとてもいいと聞いた事がある。
そしてメイドの奥方にはバッチリ聞こえていたようで、アレ呼ばわりされた時に彼女のこめかみに青筋が増えていた。
「あー、そうですねー。頼もしいですね」
そっと領主から離れ、彼女の射程圏外へと移動しつつ、俺は無難にそう答えた。
「いや、ほら、もっとあるでしょう? 見た目とか、容姿とか!」
「ちょっ! おい! 離れろ! いや、お離れ下さい!?」
領主に両肩を掴まれたが、そんな事よりも気になるのは、明らかに不穏な光を手に集中させている奥方が領主の肩越しに見える事。
あれ、明らかに攻撃魔法だろう!
殺傷力は低いだろうが、巻き込まれたら色々面倒そうだ!
引き難して……、くっ、こいつ、ヒョロい見た目とは裏腹に意外とマッスルが強いのか!? 俺のマッスルをもってしても、一歩も動けない、だと!?
「ぐ、おおお……!!」
「ぐ、ぐぬぬ……、ふふ、舐めてもらっちゃ困りますよ! これでも昔は冒険者としてここの開拓隊に加わっていましたからね!!」
「なん……、だと!?」
どうやら直接的な腕力でマッスルを固定している訳ではなく、何かのスキルを用いて俺を固定しているようだ。
しかしなるほど。強いスキルを持っていればマッスルを凌駕する働きが出来るのか。現に俺のハイパーなマッスルはこのスキルに足止めされている。
いや、マッスルだけではない。俺は魔法への抵抗値も高い。それなのにその防御機構の全てを貫いて固定化してきているのだ。これはとんでもない話だ。
己のマッスルを過信してはいけないと、こんな形で思い知るハメになるとは!!
「わ、分かった! 言う! 言うから離れてくれ!」
「ええ、存分に本心をぶっちゃけて下さい!! そうすればすぐにでも解放しますよ!」
「くそう! そうだ! かわいいな! 羨ましいぞこの野郎!!」
「……、ほうほう、それで!?」
「あの耳触り放題とかあり得ん! モフモフのフワフワで気持ちよさそうじゃないか!!」
「!? ええ! ええ! フワフワで最高なんですよ!! しかも触ると彼女も気持ちよさそうな声を出してね!」
「なんだと! ラブラブか! 俺もそんなかわいい嫁さん欲しいわ!!」
「彼女、服で隠れていますがフワフワな尻尾もあるんですよ! それもまた触り心地抜群です!」
「なんだとー! けしからん! 実にけしからんぞ! うらやまけしからん!」
わいのわいの。
なんだろうか。気付いたら本音をぶちまけた上に、領主の自慢話に血涙を流す勢いで俺自身も気付いていなかった欲求の暴露をし始めた。
だが、そうか。
「「同志よ!!」」
固定化は既に解かれた。
その結果、俺たちは抱き合った。
そして……、奥方と目が合った。手の光が凶悪な渦を描いて、俺たち二人をまとめて吹き飛ばしそうな剣呑さがうかがえる。
わ、わーお。
「あ、うん……ゴカイデス!!」
「まとめて死になさい!!」
殺傷力は低いがそれでも強く暴力的な、まるで彼女の今の心境を表したかのような暴風が俺と領主を舞い上げる。正確には俺自身は抵抗に成功したが、抱き合っていた領主に道連れにされた。天井に強かに後頭部を打ち付け、落下時に風で追い打ちをかけられ後頭部を強打する。
彼女はどうやら後頭部を狙い撃つのが得意なようだ。しかし俺にダメージはない。あるのは領主にだけだった。
「はぁはぁ。君、随分と頑丈なのですね。それと、重いですわ」
それは、褒められているのだろうか。
「たたたた……。いやー、ファリスの魔法は相変わらず強力だねぇ。そしてアル君は本当に頑丈なんだね」
「ケン坊ちゃんの言っていた通りですね。そもそも私の魔法は抵抗されていましたし」
「ケン君の事を信じていない訳じゃなかったけど、こればかりは自分の目で確認しないといけなかったからね」
……ふむ、どうやら何かの企み、と言うほどでもないか。俺を試す何かが今の間にあったようだな。
「いや、本当にすまない。ささ、まずは腰かけてもらえるかな?」
あれだけ派手にぶっ飛んで痛めつけられて、それなのに何事もなかったかのように振る舞われても……。
これがこの世界の貴族の流儀、やり方、常識なのか……?
応援ありがとうございます!
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