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第二章 大森林
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「『こっちに来い、デカブツ』!!」
「ギュルアアアアア!!」
俺の挑発の意を乗せた声により、ムラマサへと向かっていた大熊は俺へと進路を変えた。
六つ足で突進してくるその巨体を、俺は手に持ったナイフサイズの袋槍で受け止める。いや、受け止める気だった。
しかしその大熊が俺に接触する直前、横合いから痛烈な一撃が大熊の首に叩き込まれた。
「『ネックチョッパー』!! ハァァ!! べらんめぇ!」
スキルと共に右手のハンドアックスを振り下ろしたムラマサの顔に返り血が付着する。そして、一撃で首を飛ばされた大熊の真正面にいた俺には吹き出した血が降り注ぐ。
全身ぐっちょり、血まみれだ。
「……、ムラマサ? おい逃げるな!」
「ワザ、ワザとじゃねーし!?」
ったく。俺があまりにも強過ぎて一撃で外敵を駆除するから腕が鈍るというのでやらせてみたら、この様よ。
「モ、モンスターの血だかんな? すぐ消えるっての! ほ、ほれ!」
「む、ふう。そうだな」
モンスターは不思議生物だ。
このように倒すと後にはドロップ品しか残らない。降り注いだ血も、俺に付着した血も、何もかもが黒い煙となって霧散する。残るのはモンスター化の要因である魔石と、モンスター化した事により魔力が過剰に蓄えられた部位だけ。
「こいつぁ変異型か。やったぜ!」
「ドロップは、肝臓?」
生々しい半正三角形の三角定規のような赤黒い、俺が今しがた述べた通り肝臓のようなものがドロップしていた。
ただしサイズは黒マグロほどもある超巨大サイズだ。
生臭いし、見ていて気持ちの良いものでもないのでさっさと『収納棚』へと仕舞う。
「肝臓といやぁ、どの動物でもそれなりに有名な薬になる材料だが、どうせなら胆のうが良かったってんでぇ」
「熊の胆か」
「つってもまぁ、熊の肝臓ならそのまま焼いて食ってもうめーし、滋養もあっからな! 毒もねーし!」
そう言えば、一部の動物は肝臓に人間だと毒になる物体をため込む事もあるのだったな。
「それに肝はあの村じゃ売れねーしな! 売るなら王都くれーまで行かなきゃ買い叩かれちまう」
金策に使えるかと思ったが、そうか、ダメか。
「っと、何だかんだ言ってたらもう一体でやがったぜ」
「『マグナム』!!」
「あっ……」
そんな切なそうな声出してもダメだ!
とっておきのお菓子を目の前で食われたような、そんな悲し気な瞳で見られてもダメだ!
「ムラマサの実力に申し分はなかった。なら、もういいだろう?」
「うん……」
うん、って、ガキか!?
おいオッサン!
はぁ、ったく、しょうがないな。天才は自分が気に入ったことがあると飽きるまで繰り返すからな。一度ノリに乗ったら、気が済むまでやらせないとダメか。
「ムラマサ、ムラマサ」
「なんでぇ?」
「次、来てるから、頼むぞ」
「お、おおお! おうよ!」
そうして残る二体も撃破し、合計四体の大熊を退治したのだが……。
「あとの傷だらけ二体は、モンスターではなく動物か?」
「だろうな。モンスター化してねーヤツだ。これで熊肉が食えるぜ?」
「そう、だな」
「これだけの巨体だ。俺ら二人では食いきれねーな! わっはっはっはっは!!」
「ワハハー、ムラマサ、俺と言っているぞ」
「そ、そうだな。わっはっはっはっは!!」
傷だらけの二体は、どうやらモンスター化している大熊とケンカをしていたようで、全身が傷だらけだった。いや、モンスター化した大熊が無傷な事を考えると、一方的に攻撃されていたのだろう。とは言え、モンスターは基本的に動物をほとんど襲わない。襲うのはモンスターに成りたての半端なヤツだけだ。
つまり、動物の方の大熊がモンスターにケンカを売って返り討ちに合っていたのだろう。動物だからと情けをかける必要がなくて気分的に助かるな。
「傷だらけだが、毛皮はそれなりに取れそうだな」
「そうか、そうか! わっはっはっはっは!!」
「……、はぁ。で、どうするのだ、コレ」
「……、どうすんでぇ」
全身血まみれの男二人。猟奇的な光景だ。
それもこれも、全てムラマサが悪い。
「まさか同じ戦法で斬首してしまうとはな」
「お、俺はあれしか出来ないのです」
「また俺になってる。いや、そこまで怒ってないから気にするな。確認しなかった俺も悪いのだ」
「そうか? ならいいってなもんでぇ! 許してやらぁ!」
こ、こいつ……。
「っかし、参っちまったな。こりゃどっか川でも見つけて身体洗わねーとやべぇってなもんでぇ。ドワーフは綺麗好きなんでぇ! 親父もお袋もそうなんでぇ!」
そうなのか。
言われてみれば確かにこいつの住んでいたアパートの部屋は随分と整頓されていたな。
ん?
「お前、この前自分の両親はエルフだと言ってなかったか?」
「あ? ンなのツィママンだまくらかすウソに決まってんだろ! でなきゃオイラの体がドワーフになるわきゃねーじゃねーか! ファリスだって耳だけ獣人だろーがよ」
「確かに不思議だと思っていたが、言われてみればその方が自然だよな」
どうやらこの世界でも遺伝子は正常作用していたようだ。
「だろーが。つってもよ、エルフの里出身ってのも、エルフの血が混じってんのもホントだがな! 俺の大大大大……ともかくかなり前のババ様がエルフなんでぇ。 てやんでぇ!」
そうなのか……。
しかし、こんな微妙な所で嘘つかれているとは、あいつ、本っ当にトコトン嫌われているのだなぁ。
「それはそれで話を聞いてみたくはあるが、今は目先の問題の解決が優先だ。このまま血まみれのまま森を歩くか?」
「臭いで色々引き付けちまうだろうが、しゃーなしだ! こまけぇこたぁ、いいんだよ!」
「良くはないし、こういう時に途端に大雑把になるのはどうなのだ」
「オイラ、正直言えば物を作るんと飯と酒以外はどうでもいいんでぇ!」
「おう、正直な事だ。オラァ!」
「ギャフン!」
調子に乗っていたのでゲンコツを頭に落としたのだが、ギャフンとはまたオッサン臭い悲鳴を上げる。
「とにかく軽く魔法で洗い流して、『音魔法』で『消臭』しながら進むか」
「音と臭い、どっちがモンスター引き寄せっかねぇ」
「音はその時だけ警戒すればいい。臭いは常時だ」
「はぁ、消去法でそれっきゃねーな。ま、すまんが頼むぜ、兄弟」
ったく。
「どうせなら詠唱の練習に当ててみるか。『我が魔力よ 集いて臭いを消せ』『消臭』」
「おお? クン、クンクン、グングンギュンギュンギュン……無臭だ。気になってた加齢臭すらしねー」
「加齢臭!?」
いや、ヤツの年齢ならおかしくないが、だが、その美少女然とした見た目でそう言われてもな。
ヤツのベッドで寝たがそんな臭いはしなかったぞ?
「いいじゃねーか。オイラにも色々あんでぇ」
「……そうだな」
深くは突っ込むまい。
「そんで、だ。大峡谷まで行きゃ谷には水が流れてっが、そこまでは無理だ」
「ほうほう、それで?」
「んで、川を探すってんなら、ほれ、あっこに山が見えっだろ? あの上は雪が積もってっからな。雪解け水から川が出来てんじゃねーか? もしくは池、ないしは湖ってなもんがあってもおかしかねぇ」
なるほど、雪国あるあるだな。
「それなら一番近い山の麓を目指すのがいいか?」
「見た感じ、歩いて五日、いや、テメーのスキルがありゃ半日でってとこだしな」
「分かった。ただ、『消臭』しながらだからペースは落ちるぞ。今日中に山のふもとに付けたら御の字。途中で最悪はこのまま野宿も覚悟しておけ」
「わぁってら!」
ビシッと血濡れの右手でサムズアップする良い笑顔の少女。とても、猟奇的でホラーだ。
「はぁ、さっさと体を洗いたいものだ。では、行くぞ。~~~『強行軍』」
「よし、よしよしよし、キター!!」
みなぎるパワー、みたいなポーズを取ったムラマサが唐突に歩き出した。
「おい、一応俺は護衛だから前を歩かせろ!」
「てやんでぇ! テメーがおせーだけだってんでぇ! バーロー!」
ここは危険なモンスターが多数生息する大森林。
しかし俺たちは気軽に散歩でもする気持ちでこの森を歩き続けた。
危険度が高いと言われていたのに、存外に大したことのないモンスターばかりで気が緩んでいたのだろう。
確認されていた最大の脅威である大熊、ジャイアントフォレストロクワングリズリーでさえ赤子のようにあしらった俺たちは明らかに増長していた。
そんな俺たちの目の前に、ソレは現れた。
「ここは、珍妙な場所だな」
「なんでぇ、ここは。切り株だらけじゃねーか」
今ムラマサが指摘した通り、俺たちの目前には奇妙にも、切り株が並んでいた。
その数は十や二十どころではなく、百以上、ヘタをすると千以上の切り株があった。
「この鋭利な切り口、両側から挟まれたような跡。やべぇな」
「この辺に人でも住んでいるのか? それにしては奇妙な光景だが」
「そうじゃねぇ。こりゃ、モンスターの仕業だ」
「何?」
「モンスターの中にゃ、丸太を小枝のように扱って巣を作ったりするヤツがいるんでぇ。野生のドラゴンとかに多いっつー話だな」
「ドラゴン……」
ファンタジーのラスボス。定番中の定番、ドラゴン。
俺の知識で言えば、世界で最強格の存在がドラゴンだ。
この世界でもそうとは言い切れないだろうが、以前聞いた獄氷竜の話からすると、この世界のドラゴンも大概に無茶苦茶なパワーを持った存在だろう。
しかし、それよりも気になる単語があった。
「野生のドラゴン? 野生ではないドラゴンがいるのか? 飼いならされた、とか?」
ポチと呼ぶと尻尾振って近寄ってくるのか?
なんか、それはイヤだな。
「あ、まぁ、それにちけーが、ドラゴンってのは知能がたけーかんな。人の姿を取るヤツもいるし、人間との間に子供もいたりすっし、どっちかっつーとアウトローなドラゴンっつーべきか? モンスター扱いだから殺しても構わねーし、血の気が多い阿呆も多いからな。山賊みてーなもんで、向こうが襲ってくるならぶっ殺しても誰も文句言わねーよ」
「人の姿を取る相手を殺すのか? まぁ、場合によっては人でさえ殺すのだから当然なのだが」
「心配すんな! 人型になれるヤツぁ、人に敵意を持ってねーんだよ。そもそも敵意を持つ相手にゃ変身できねーかんな! 常識だ、常識!」
そのような常識、初耳です。
「っかし、ドラゴンがやったにしちゃ見事すぎんな。こりゃ別のモンスターだろうな。それも結構な巨体だ」
「だろうな。これなぞ樹齢何百年かと思うほど太い幹が、右と左の一撃ずつで切れている。よほど大型の刃物、それこそ俺と同サイズの長さの刃でなければこうは切れんぞ」
刃だけで二メートルを超える相手か。それなら本体はどれほどの大きさなのだろうか。
そしてそれほどの巨体の姿が見えないことに不安を感じる。
「おい、あれ見てみろ!」
ムラマサが指差す方向を見ると、白い玉が見える。
「いや、あれは白い繭? モゾモゾと動いているが、あれは一体……」
「もしかしてコレをヤった犯人の繭かもしれねーな。出来るなら身動きできねーうちに退治しちまいたいモンだが……」
二人して未知の物体に危機感を募らせ、ソロリソロリと歩みを進める。
しかし、俺たちはバカだった。
森の中ならいざ知らず、切り株だらけで見通しのよい場所で忍び足など、無意味極まりない。
これでは発見してくれと言っているようなものだが、血まみれな上に理解不能な状況を目の当たりにした所為か、冷静さを欠いていた。
コロコロコロ。
コロコロ。
二、三!
あっ!
「結構デカいな。直径五メートルくらい、か?」
「これだけの糸がありゃ、住人の服も作り放題でぇ」
え?
「え?」
「あん?」
こいつは何を言っているのだろうか。
そう考え、右手に立つムラマサの方を向いた時、俺はそいつと目が合った。
体高三メートル。いや、足を屈めているから立ち上がればもっと大きいのだろう。クリクリの複眼に、前面に突き出た両手剣のような鋭く長すぎる牙。保護色と言うよりも、擬態が正しいのだろう。まだら模様で森に溶け込んでいる全身。そして、本体の全長と同等の長さの巨大すぎる触手がウィンウィンと揺れ、まるで俺たちを観察するように左右に動いている。足は十本あり、それぞれが非常に堅牢な外殻で覆われているのが見て取れた。
俺は咄嗟に左手でムラマサの二の腕を掴み、俺の後方へと投げ飛ばす。
「な!? なんでぇ!?」
抗議の声を上げるムラマサに構ってはいられない。
魔力の浪費も覚悟のうえで、無詠唱でスキルを放つ。
右手に魔力を込め、突き出して唱える。
「『ヤマト』!!」
だが、スキルを放つ直前に気付いてしまった。
これは、届かない、と。
単純に飛距離が足りないのだ。
本来であればこの『ヤマト』の射程はキロ単位だ。だが、その飛距離を伸ばすには槍の柄が長くなくてはいけない。それなのに今手元にあるのは、柄のない袋槍。
俺の殺気を浴びてか、立ち上がった目の前の虫、恐らくカミキリムシの類だろう、は一軒家を軽々と跨げるサイズで、胴体と地面が十メートルほども離れている。今の袋槍の性能ではこの距離からでは当然届かず、仮に届いても威力は蚊に刺された程度しか出ないだろう。
だが、俺のそんな想像を超え、カミキリムシは足の一本で『ヤマト』の砲弾を受けた。
そして威力が衰えていないその一撃は衝突の衝撃波と激音を発した。ガギィィィンと金属同士がぶつかるような強い音を発して、それから、なんと『ヤマト』の砲弾は消失した。
直撃を受けたはずのカミキリムシの足は、無傷だった。
「有効射程内の『ヤマト』が押し負けた?」
これは、あれだ。
「逃げるぞ、ムラマサ!!」
「は? あ、ええええ!! なんじゃありゃああああああ!!」
「そして魔力ももうない。俺たちに残された手段は、全力で逃げるのみだ!」
「なんじゃそりゃぁぁぁぁ!!」
やっとカミキリムシの存在を認識したムラマサに現実を突きつけ、俺たちは森へと駆け出した。
「ギュルアアアアア!!」
俺の挑発の意を乗せた声により、ムラマサへと向かっていた大熊は俺へと進路を変えた。
六つ足で突進してくるその巨体を、俺は手に持ったナイフサイズの袋槍で受け止める。いや、受け止める気だった。
しかしその大熊が俺に接触する直前、横合いから痛烈な一撃が大熊の首に叩き込まれた。
「『ネックチョッパー』!! ハァァ!! べらんめぇ!」
スキルと共に右手のハンドアックスを振り下ろしたムラマサの顔に返り血が付着する。そして、一撃で首を飛ばされた大熊の真正面にいた俺には吹き出した血が降り注ぐ。
全身ぐっちょり、血まみれだ。
「……、ムラマサ? おい逃げるな!」
「ワザ、ワザとじゃねーし!?」
ったく。俺があまりにも強過ぎて一撃で外敵を駆除するから腕が鈍るというのでやらせてみたら、この様よ。
「モ、モンスターの血だかんな? すぐ消えるっての! ほ、ほれ!」
「む、ふう。そうだな」
モンスターは不思議生物だ。
このように倒すと後にはドロップ品しか残らない。降り注いだ血も、俺に付着した血も、何もかもが黒い煙となって霧散する。残るのはモンスター化の要因である魔石と、モンスター化した事により魔力が過剰に蓄えられた部位だけ。
「こいつぁ変異型か。やったぜ!」
「ドロップは、肝臓?」
生々しい半正三角形の三角定規のような赤黒い、俺が今しがた述べた通り肝臓のようなものがドロップしていた。
ただしサイズは黒マグロほどもある超巨大サイズだ。
生臭いし、見ていて気持ちの良いものでもないのでさっさと『収納棚』へと仕舞う。
「肝臓といやぁ、どの動物でもそれなりに有名な薬になる材料だが、どうせなら胆のうが良かったってんでぇ」
「熊の胆か」
「つってもまぁ、熊の肝臓ならそのまま焼いて食ってもうめーし、滋養もあっからな! 毒もねーし!」
そう言えば、一部の動物は肝臓に人間だと毒になる物体をため込む事もあるのだったな。
「それに肝はあの村じゃ売れねーしな! 売るなら王都くれーまで行かなきゃ買い叩かれちまう」
金策に使えるかと思ったが、そうか、ダメか。
「っと、何だかんだ言ってたらもう一体でやがったぜ」
「『マグナム』!!」
「あっ……」
そんな切なそうな声出してもダメだ!
とっておきのお菓子を目の前で食われたような、そんな悲し気な瞳で見られてもダメだ!
「ムラマサの実力に申し分はなかった。なら、もういいだろう?」
「うん……」
うん、って、ガキか!?
おいオッサン!
はぁ、ったく、しょうがないな。天才は自分が気に入ったことがあると飽きるまで繰り返すからな。一度ノリに乗ったら、気が済むまでやらせないとダメか。
「ムラマサ、ムラマサ」
「なんでぇ?」
「次、来てるから、頼むぞ」
「お、おおお! おうよ!」
そうして残る二体も撃破し、合計四体の大熊を退治したのだが……。
「あとの傷だらけ二体は、モンスターではなく動物か?」
「だろうな。モンスター化してねーヤツだ。これで熊肉が食えるぜ?」
「そう、だな」
「これだけの巨体だ。俺ら二人では食いきれねーな! わっはっはっはっは!!」
「ワハハー、ムラマサ、俺と言っているぞ」
「そ、そうだな。わっはっはっはっは!!」
傷だらけの二体は、どうやらモンスター化している大熊とケンカをしていたようで、全身が傷だらけだった。いや、モンスター化した大熊が無傷な事を考えると、一方的に攻撃されていたのだろう。とは言え、モンスターは基本的に動物をほとんど襲わない。襲うのはモンスターに成りたての半端なヤツだけだ。
つまり、動物の方の大熊がモンスターにケンカを売って返り討ちに合っていたのだろう。動物だからと情けをかける必要がなくて気分的に助かるな。
「傷だらけだが、毛皮はそれなりに取れそうだな」
「そうか、そうか! わっはっはっはっは!!」
「……、はぁ。で、どうするのだ、コレ」
「……、どうすんでぇ」
全身血まみれの男二人。猟奇的な光景だ。
それもこれも、全てムラマサが悪い。
「まさか同じ戦法で斬首してしまうとはな」
「お、俺はあれしか出来ないのです」
「また俺になってる。いや、そこまで怒ってないから気にするな。確認しなかった俺も悪いのだ」
「そうか? ならいいってなもんでぇ! 許してやらぁ!」
こ、こいつ……。
「っかし、参っちまったな。こりゃどっか川でも見つけて身体洗わねーとやべぇってなもんでぇ。ドワーフは綺麗好きなんでぇ! 親父もお袋もそうなんでぇ!」
そうなのか。
言われてみれば確かにこいつの住んでいたアパートの部屋は随分と整頓されていたな。
ん?
「お前、この前自分の両親はエルフだと言ってなかったか?」
「あ? ンなのツィママンだまくらかすウソに決まってんだろ! でなきゃオイラの体がドワーフになるわきゃねーじゃねーか! ファリスだって耳だけ獣人だろーがよ」
「確かに不思議だと思っていたが、言われてみればその方が自然だよな」
どうやらこの世界でも遺伝子は正常作用していたようだ。
「だろーが。つってもよ、エルフの里出身ってのも、エルフの血が混じってんのもホントだがな! 俺の大大大大……ともかくかなり前のババ様がエルフなんでぇ。 てやんでぇ!」
そうなのか……。
しかし、こんな微妙な所で嘘つかれているとは、あいつ、本っ当にトコトン嫌われているのだなぁ。
「それはそれで話を聞いてみたくはあるが、今は目先の問題の解決が優先だ。このまま血まみれのまま森を歩くか?」
「臭いで色々引き付けちまうだろうが、しゃーなしだ! こまけぇこたぁ、いいんだよ!」
「良くはないし、こういう時に途端に大雑把になるのはどうなのだ」
「オイラ、正直言えば物を作るんと飯と酒以外はどうでもいいんでぇ!」
「おう、正直な事だ。オラァ!」
「ギャフン!」
調子に乗っていたのでゲンコツを頭に落としたのだが、ギャフンとはまたオッサン臭い悲鳴を上げる。
「とにかく軽く魔法で洗い流して、『音魔法』で『消臭』しながら進むか」
「音と臭い、どっちがモンスター引き寄せっかねぇ」
「音はその時だけ警戒すればいい。臭いは常時だ」
「はぁ、消去法でそれっきゃねーな。ま、すまんが頼むぜ、兄弟」
ったく。
「どうせなら詠唱の練習に当ててみるか。『我が魔力よ 集いて臭いを消せ』『消臭』」
「おお? クン、クンクン、グングンギュンギュンギュン……無臭だ。気になってた加齢臭すらしねー」
「加齢臭!?」
いや、ヤツの年齢ならおかしくないが、だが、その美少女然とした見た目でそう言われてもな。
ヤツのベッドで寝たがそんな臭いはしなかったぞ?
「いいじゃねーか。オイラにも色々あんでぇ」
「……そうだな」
深くは突っ込むまい。
「そんで、だ。大峡谷まで行きゃ谷には水が流れてっが、そこまでは無理だ」
「ほうほう、それで?」
「んで、川を探すってんなら、ほれ、あっこに山が見えっだろ? あの上は雪が積もってっからな。雪解け水から川が出来てんじゃねーか? もしくは池、ないしは湖ってなもんがあってもおかしかねぇ」
なるほど、雪国あるあるだな。
「それなら一番近い山の麓を目指すのがいいか?」
「見た感じ、歩いて五日、いや、テメーのスキルがありゃ半日でってとこだしな」
「分かった。ただ、『消臭』しながらだからペースは落ちるぞ。今日中に山のふもとに付けたら御の字。途中で最悪はこのまま野宿も覚悟しておけ」
「わぁってら!」
ビシッと血濡れの右手でサムズアップする良い笑顔の少女。とても、猟奇的でホラーだ。
「はぁ、さっさと体を洗いたいものだ。では、行くぞ。~~~『強行軍』」
「よし、よしよしよし、キター!!」
みなぎるパワー、みたいなポーズを取ったムラマサが唐突に歩き出した。
「おい、一応俺は護衛だから前を歩かせろ!」
「てやんでぇ! テメーがおせーだけだってんでぇ! バーロー!」
ここは危険なモンスターが多数生息する大森林。
しかし俺たちは気軽に散歩でもする気持ちでこの森を歩き続けた。
危険度が高いと言われていたのに、存外に大したことのないモンスターばかりで気が緩んでいたのだろう。
確認されていた最大の脅威である大熊、ジャイアントフォレストロクワングリズリーでさえ赤子のようにあしらった俺たちは明らかに増長していた。
そんな俺たちの目の前に、ソレは現れた。
「ここは、珍妙な場所だな」
「なんでぇ、ここは。切り株だらけじゃねーか」
今ムラマサが指摘した通り、俺たちの目前には奇妙にも、切り株が並んでいた。
その数は十や二十どころではなく、百以上、ヘタをすると千以上の切り株があった。
「この鋭利な切り口、両側から挟まれたような跡。やべぇな」
「この辺に人でも住んでいるのか? それにしては奇妙な光景だが」
「そうじゃねぇ。こりゃ、モンスターの仕業だ」
「何?」
「モンスターの中にゃ、丸太を小枝のように扱って巣を作ったりするヤツがいるんでぇ。野生のドラゴンとかに多いっつー話だな」
「ドラゴン……」
ファンタジーのラスボス。定番中の定番、ドラゴン。
俺の知識で言えば、世界で最強格の存在がドラゴンだ。
この世界でもそうとは言い切れないだろうが、以前聞いた獄氷竜の話からすると、この世界のドラゴンも大概に無茶苦茶なパワーを持った存在だろう。
しかし、それよりも気になる単語があった。
「野生のドラゴン? 野生ではないドラゴンがいるのか? 飼いならされた、とか?」
ポチと呼ぶと尻尾振って近寄ってくるのか?
なんか、それはイヤだな。
「あ、まぁ、それにちけーが、ドラゴンってのは知能がたけーかんな。人の姿を取るヤツもいるし、人間との間に子供もいたりすっし、どっちかっつーとアウトローなドラゴンっつーべきか? モンスター扱いだから殺しても構わねーし、血の気が多い阿呆も多いからな。山賊みてーなもんで、向こうが襲ってくるならぶっ殺しても誰も文句言わねーよ」
「人の姿を取る相手を殺すのか? まぁ、場合によっては人でさえ殺すのだから当然なのだが」
「心配すんな! 人型になれるヤツぁ、人に敵意を持ってねーんだよ。そもそも敵意を持つ相手にゃ変身できねーかんな! 常識だ、常識!」
そのような常識、初耳です。
「っかし、ドラゴンがやったにしちゃ見事すぎんな。こりゃ別のモンスターだろうな。それも結構な巨体だ」
「だろうな。これなぞ樹齢何百年かと思うほど太い幹が、右と左の一撃ずつで切れている。よほど大型の刃物、それこそ俺と同サイズの長さの刃でなければこうは切れんぞ」
刃だけで二メートルを超える相手か。それなら本体はどれほどの大きさなのだろうか。
そしてそれほどの巨体の姿が見えないことに不安を感じる。
「おい、あれ見てみろ!」
ムラマサが指差す方向を見ると、白い玉が見える。
「いや、あれは白い繭? モゾモゾと動いているが、あれは一体……」
「もしかしてコレをヤった犯人の繭かもしれねーな。出来るなら身動きできねーうちに退治しちまいたいモンだが……」
二人して未知の物体に危機感を募らせ、ソロリソロリと歩みを進める。
しかし、俺たちはバカだった。
森の中ならいざ知らず、切り株だらけで見通しのよい場所で忍び足など、無意味極まりない。
これでは発見してくれと言っているようなものだが、血まみれな上に理解不能な状況を目の当たりにした所為か、冷静さを欠いていた。
コロコロコロ。
コロコロ。
二、三!
あっ!
「結構デカいな。直径五メートルくらい、か?」
「これだけの糸がありゃ、住人の服も作り放題でぇ」
え?
「え?」
「あん?」
こいつは何を言っているのだろうか。
そう考え、右手に立つムラマサの方を向いた時、俺はそいつと目が合った。
体高三メートル。いや、足を屈めているから立ち上がればもっと大きいのだろう。クリクリの複眼に、前面に突き出た両手剣のような鋭く長すぎる牙。保護色と言うよりも、擬態が正しいのだろう。まだら模様で森に溶け込んでいる全身。そして、本体の全長と同等の長さの巨大すぎる触手がウィンウィンと揺れ、まるで俺たちを観察するように左右に動いている。足は十本あり、それぞれが非常に堅牢な外殻で覆われているのが見て取れた。
俺は咄嗟に左手でムラマサの二の腕を掴み、俺の後方へと投げ飛ばす。
「な!? なんでぇ!?」
抗議の声を上げるムラマサに構ってはいられない。
魔力の浪費も覚悟のうえで、無詠唱でスキルを放つ。
右手に魔力を込め、突き出して唱える。
「『ヤマト』!!」
だが、スキルを放つ直前に気付いてしまった。
これは、届かない、と。
単純に飛距離が足りないのだ。
本来であればこの『ヤマト』の射程はキロ単位だ。だが、その飛距離を伸ばすには槍の柄が長くなくてはいけない。それなのに今手元にあるのは、柄のない袋槍。
俺の殺気を浴びてか、立ち上がった目の前の虫、恐らくカミキリムシの類だろう、は一軒家を軽々と跨げるサイズで、胴体と地面が十メートルほども離れている。今の袋槍の性能ではこの距離からでは当然届かず、仮に届いても威力は蚊に刺された程度しか出ないだろう。
だが、俺のそんな想像を超え、カミキリムシは足の一本で『ヤマト』の砲弾を受けた。
そして威力が衰えていないその一撃は衝突の衝撃波と激音を発した。ガギィィィンと金属同士がぶつかるような強い音を発して、それから、なんと『ヤマト』の砲弾は消失した。
直撃を受けたはずのカミキリムシの足は、無傷だった。
「有効射程内の『ヤマト』が押し負けた?」
これは、あれだ。
「逃げるぞ、ムラマサ!!」
「は? あ、ええええ!! なんじゃありゃああああああ!!」
「そして魔力ももうない。俺たちに残された手段は、全力で逃げるのみだ!」
「なんじゃそりゃぁぁぁぁ!!」
やっとカミキリムシの存在を認識したムラマサに現実を突きつけ、俺たちは森へと駆け出した。
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