離婚しようとしたら将軍が責任とれ?

エイプリル

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第三十ニ話 朴念仁と天女の記憶

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 第三十二話 朴念仁と天女の記憶

「出られない」

 部屋から出ようとすると、何故か止められる。違和感が募る。
 おかしい…
 昨日から晨の姿が見えないのも気になっていた。
 問い詰めても「第六王子の使いで出ている」と言われるだけ。
 そんなはずはない…
 瑶華は潰れるような不安に襲われていた。
 第六王子から貰った本をめくってみても、文字が頭に入ってこない。
 昼になっても夜になっても、晨は帰ってこなかった。
 苦しさのあまり、もはやイラだちを隠せなくなっていた。 

「第六王子を呼んできて!」 

 そう告げたとき、草盈(ツァオイン)が突然「奥さま、このにおい、覚えありませんか?」と首をかしげる。
 持ってきた2つの香炉を円卓に置いた。瑶華はまだ胸の傷がつれ、左腕が上がらない。そのため、置かれた香炉に少し身をかがめ、動く右手で扇いで香りを確かめた。
「これは兄さまのにおいね!落ち着く、いい香り……」
 眉間にしわを寄せていた瑶華の顔が、ほんのり和らいだ。
 すかさず次の香炉を出す草盈。
「ん?何かしら?さわやかで甘くて……どこかで嗅いだことが……あっ……」
 何かを思い出そうで思い出せない。記憶の縁をたどるような表情をしていると、ちょうどその時、第六王子がやってくる。
「あ!」
 その姿を見つけてすぐさまに表情を変え、王子の袖をぐっと握った。
「晨はどこですか!?」
 第六王子は困ったような顔をして、「使いに行かせているんだよ」と答える。
「どこです?いつ戻ってくるんです!?」
 研ぎ澄まされたような瑤華の声色に、第六王子はたじろぐ。
「んー、明日かなぁ」
 目を反らしながら言う第六王子に、
 瑶華はぐいっと近づき、
「い、つ、です、か!」
 真剣な顔をまっすぐに向けられ、
「何故、顔を背けてるんですか?
 王子?」
「瑶華ちゃんの顔が怖いから……
 そんな顔したら可愛い顔が台無しだよ?ね?」
 むぅ~~~っと益々迫る瑶華。
「助けて~」と声を出しながら逃げる王子。
 裾を掴んでいた瑶華が、うっと小さく呻き、胸を抑えて俯いた。
「あ、ごめんね?痛かった?」王子が心配そうに瑶華の肩に手を置いて覗き込む。
 瑶華はニヤリと笑って、
「捕まえたわ~」とさあ、さあ、と詰め寄る。
「わかったわかった」
 降参と、手を挙げる。
「まだ、公表できないんだ。だから内緒だよ?」
 言い方は軽いが、真剣な眼差しで告げる。
「私と、晨は似ていると思わない?」
 言われてみれば、
 並ばないとわからないけれど、
 並んで見れば、耳の形や輪郭など、どこか似ている……
 は!と驚き、瑶華は息を飲む。
 その様子を見た王子が「うん」と頷く。
「従兄弟になるんだよね」
 驚き声をあげそうになったのを、思わず口に手を当てて飲み込む。
 何故晨が狙われたか、分かった。はっきりとした恐怖が足元から登って来て、ぐらりと視界が歪んだ。
「瑶華!」王子が咄嗟に抱き抱え、寝台に運ぶ。
 王子が布団を掛けようとすると、
 瑶華は震える手で王子の手を掴み、
「晨は、それで、晨は無事なの?」と一筋の涙を流した。
 王子はたまらず抱きしめて、
「大丈夫だよ?別の場所で保護してるからね?」と優しい声で背中を擦った。
 安心したら力が抜けたのか、ぐったりと寄りかかったので、そっと寝かす。
 侍女達を呼び、よく休ませるように指示する。
「しばらくの間は、私の部屋から晨も出しません。何が起きるか分かりませんから」





 ……しかし、重い現実が背後から――いや、正面から堂々と、私の大切な人を、家族を引き裂こうとしている。
 私の大切な、小さい頃から弟として育てて来た晨が、
 私の家族では無くなろうとしている。
 誰かが晨を無き者にしようとしている。
 どうして?晨は子供の頃、人買いに酷く殴られていた。
 放って置けず、すぐに買い取って私が育てたのに。
 痩せ細って、か細い声で「お姉様」と呼んでくれた日は忘れられない。
 だからこそ、いつか幸せに暮らせるようにと心を砕いてきたのに。
 晨はただ生まれて来ただけなのに、
 何故、それだけで殺されるような目に遭わなければならないのか。
 誰かの理不尽な考えに、
 瑶華はだんだん悲しみから憎しみに支配されそうな心を、なんとか冷静さで抑え込もうとしていた。
 夜の火が灯る中庭は、夜の色が濃くなるに連れて風景が変わるようで、
 瑶華は窓に近づいて窓枠に手を掛けた………
 ふと、ある事に気がついた。
「そう言えば、果物や花が置かれてない?」
 寝台で起き上がれない時、窓に果物や小さな花束が置かれていて、甘い優しい香りに慰められたものだ。
「天女が降りてきて置いていったわけではないと思うけど」
 自分の考えに呆れながらも、クスクス笑って、
「ああ、本当に癒やされていた。今も思い出すと癒やされる」
 誰だか分からないけれど、窓の外に向かって「ありがとう」と呟いた。
「え?どういたしまして?」
 草盈(ツァオイン)が夜に焚く香の支度をしていた。
「え?あ、うん、いつもありがとう」
 そうだ、彼女も家族。明蘭、繍慧(シュウフェイ)も家族よ!
 悲観してばかりじゃ駄目よ。
 私が守らなきゃ。
 もう誰も傷付けられたくない!
 ちょうど繍慧(シュウフェイ)が焼菓子を持って来た。
 侍女達を集める。
「いい?王子に頼んで泰に伝えて?家具も、少し配置換えするから。
 それから、小麦を詰めた土嚢袋をいくつか用意して、水桶もね。それから……
 わかった?」
 それとなく、さりげなくね!と念を押して侍女は下がっていった。
 やがて第六王子がやってきて、
 わけも分からず家具の配置換えを手伝わされた。
「あーもう。つっかれたぁ」
 足を投げ出す第六王子に草盈(ツァオイン)がお茶を出し、
 繍慧(シュウフェイ)がお菓子を出す。
 瑶華は横からお菓子をつまんでバクバク食べ、お茶をゴクゴク飲み干す。
「喉に詰まりますよ。もっとゆっくり」と明蘭が手巾で口元を拭い、お茶のお代わりを指示する。
「もう。悩まないことにした。将軍との事は、本人と対決する!」
 ふん!と、鼻息荒く握り拳を握り、
「受け身な私は私じゃない!」
 と立ち上がり、拳を天高く突きあげる。
「勇まし~」と何故か皆が拍手する。
「だって夫婦ってこうあるべきって考え過ぎてたわ!将軍がどうして欲しいのか、ちゃんと口で言うべきよ!」
「そうだー!」と侍女達が相槌を打つ。
 明蘭は涙目で「吹っ切れたんですね?元の奥さまが帰って来ました」
 繍慧(シュウフェイ)が明蘭に同意しながら「よかった」と胸を撫で下ろした。
 皆が思い詰めて先の見えない不安にどうにかなってしまうのではと、一番案じていたからだ。
 その前にと、
 草盈(ツァオイン)が、香炉を持ってきた。
「問題の続きですよ」
 そうだった。2種の香りが何か当てるというものだ。
 一つはお兄様の香りで、もう一つはお兄様の香りに少し似ていて、
 甘くて爽やかな、どこか懐かしい香り。
 首をひねっていると、
「あれ?これ霖寅(リンイン)のにおいじゃない?」第六王子が言う。
 草盈(ツァオイン)が頷く。
「前から気になっていたんです。初夜の時に何故奥さまは泣きながらも将軍さまを離さなかったのか。湯浴みの時に香りを嗅いだ途端、おとなしくなったり。この香り、記憶にありませんか?」
「え?」謎掛けのような質問。
 確かに将軍の焚き込められた香は昔懐かしい気がする。
 いつ?
 瑶華が黙して悩んでいると、
「これは私が調合しました。そして将軍に渡したのです。
 未だに使っていらしたんですね。
 香に気づくまで忘れていました。
 覚えてませんか?七日ほどお屋敷で手当てした男の子を」
 記憶を手繰り寄せる。
「濡れネズミの男の子!!」
 そう、子供の頃、裏戸で少年が雨に濡れて寒さと飢えに震えていて、
 屋敷に入れて食事させ、風呂に入れた時に刀傷があった、あの子供?
 七日くらい滞在して、
 兵士になると言って去っていった。
「お屋敷勤めしたばかりの私に『いい匂いがする』と言われて、
『兵士になったら常に身を綺麗にしておかなくてはならない。死んで屍になっても醜態は晒されないから、衣類に焚きしめる香が欲しい』と言われて、私が調合したのを渡し、調合内容も書き出して渡したんです」
 草盈(ツァオイン)はどこか遠くを見るように言った。
 瑶華は、知った香りをまとっていたから近くに来ても嫌な気がしなかったのね、と納得した。
 納得したら腹が立ってきた!
「あの朴念仁は!帰って来たらお仕置きよ!」
「おー!」と何故か王子までつられて掛け声を上げていた。
 
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