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第三十三話 炎と剣、そして揺れる心
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第三十三話 炎と剣、そして揺れる心
まだ夜が明けきらぬ早朝、第六王子は宮殿の奥、皇帝のもとへと静かに歩を進めていた。将軍より密書を預かったからだ。
御前に進み出ると、恭しく膝をつき、言葉を選びながら口を開いた。
「晨という少年…彼は、陛下の兄君──ご長子の忘れ形見にございます」
皇帝は目を伏せたまま、しばらく無言だった。やがて、ふぅ…と小さく息を吐き、「そうであろうと思っていた」その一言に重みがあった。
「だが今は…騒ぎを起こすな。暫し、この件は黙認し、公表する理由にはゆくまい。まだ時が必要だ」
第六王子は深く頭を下げると、静かに退出した。
廊下へ出ると、ちょうど貴姫とすれ違った。
「おや?こんな早朝に何の用かと思えば…何も成果のない穀潰しのようね」
貴姫の毒のある笑みに、第六王子はにっこりと微笑んで返した。
「お褒めいただき光栄です、貴姫さま。これでも国の飾りですから」
飄々と受け流しながら、彼女の背中に軽く手を振って去っていった。
その足で彼が向かったのは、第六王子邸。瑶華のいる離れだった。
「お土産いっぱい持ってきたよ~♪」
そう言って現れた第六王子の手には、香ばしい焼き菓子、話題の恋愛小説、そして組紐の材料が山のように抱えられていた。
「第六王子っ!」
嬉しさのあまり、瑶華は思わず駆け寄り、抱きついた。
「……」
固まる王子。
(う、嬉しいけど…近い近い近い……!)
次の瞬間、瑶華は手にした小説に目を輝かせ、焼き菓子に歓声を上げ、組紐の材料を手に取ってはしゃぎ出す。
「……ああ、これは将軍も浮かばれないな」
王子は苦笑しながらそっとため息をついた。
しばらくすると、王子の計らいで幼馴染の"兄様"がやってきた。
瑶華は直ぐに駆け寄って飛びつくと高く差し上げられぐるぐるまわされる。
「キャ~~~~あはははははお兄さま!おろしておろして~~あはははは~」
椅子にポスんと落とされるように座り、
「あはははははは目が回った~」と泣き笑いしている。
「仲がいいねぇ。あいかわらず~将軍じゃなくても嫉妬しちゃうよ~。退屈してるんじゃないかと思って呼んだんだけど。予想以上に喜んでくれて嬉しいよ。お姫様には笑顔が似合うからね」
おどけるように言った王子の気遣いに、瑶華は目を潤ませて小さく頭を下げた。
「ありがとう、王子…」
兄様と過ごす穏やかな時間。子供の頃の思い出話に花が咲き、二人は笑い声を弾ませた。
その時だった。
「火事だーっ!!」
外から騒然とした声が響く。
第六王子が即座に立ち上がり、
「見てくる!」そう言って部屋を出た。
しかし次の瞬間、部屋の隙間から煙が流れ込み、急速に部屋を満たしていく。
「瑶華、急いで!」
兄様が瑶華を抱きかかえようとした時、扉が乱暴に開かれ、見慣れない使用人が入ってきた。その顔には不気味な笑みが浮かんでいる。
「いけません。ここから出てはなりません。
何故なら………
貴女はここで死ぬのです」
奇妙な言葉に違和感を覚えた瞬間、使用人は懐から抜き身の短剣を突き出してきた。
刃が光を反射し、凍えるような殺意が部屋を支配する。
「危ないっ!」
兄様がとっさに瑶華を庇い、その肩口を深く斬られた。血飛沫が飛び散り、瑶華の頬に熱い液体が飛び散る。
「兄様ーーーーっ!!」
絶体絶命──そう思われたその刹那、鋭い声とともに、黒い外套を翻して将軍が現れた。
「下がれ!」
将軍は一瞬のうちに間合いを詰め、閃光のような動きで剣を突き立てた。使用人は、その刃を心臓に受け、一言も発することなく、音もなく崩れ落ちる。
顔を覆っていた布がはらりと落ち、現れたのは、護衛され地方に送られたはずの第二皇女の顔だった。
その瞳は狂気に満ち、
怨念を宿したまま虚空を見つめている。
「瑶華、大丈夫か」
見上げる瑶華の瞳が潤み、震える唇から将軍の名が叫ばれる。
「霖寅…様?」
将軍の動きが止まる。名前で呼ばれたことに、彼の瞳が大きく揺れる。
「……!」
そのまま、瑶華は彼に飛び込んだ。
「ご無事で……何よりです……!」
ぎゅっと彼にしがみつく。
将軍は一瞬固まったが、次の瞬間、
そっと片腕で瑶華を抱きしめ瑶華に頬を寄せる。ホッと息をはく。
焦げ付くような煙の匂いと、第二皇女の死の気配が満ちる中で、将軍の腕の中だけが、唯一の安息だった。
「……遅くなって、すまなかった」
その言葉は、誰よりも心の奥で瑶華の涙を溶かしていった。
瑶華は抱きしめられ、安堵に震えていた。しかし、第二皇女が目の前で刺し殺されたという現実が、冷たい氷のように胸の奥に突き刺さる。そして、この火事も、第二皇女が仕組んだことなのだろうか。
王族を殺してしまったという事実と、生還した喜びが、複雑に絡み合い、瑶華の心に重くのしかかっていた。
この後、一体何が起こるのだろうか。
まだ夜が明けきらぬ早朝、第六王子は宮殿の奥、皇帝のもとへと静かに歩を進めていた。将軍より密書を預かったからだ。
御前に進み出ると、恭しく膝をつき、言葉を選びながら口を開いた。
「晨という少年…彼は、陛下の兄君──ご長子の忘れ形見にございます」
皇帝は目を伏せたまま、しばらく無言だった。やがて、ふぅ…と小さく息を吐き、「そうであろうと思っていた」その一言に重みがあった。
「だが今は…騒ぎを起こすな。暫し、この件は黙認し、公表する理由にはゆくまい。まだ時が必要だ」
第六王子は深く頭を下げると、静かに退出した。
廊下へ出ると、ちょうど貴姫とすれ違った。
「おや?こんな早朝に何の用かと思えば…何も成果のない穀潰しのようね」
貴姫の毒のある笑みに、第六王子はにっこりと微笑んで返した。
「お褒めいただき光栄です、貴姫さま。これでも国の飾りですから」
飄々と受け流しながら、彼女の背中に軽く手を振って去っていった。
その足で彼が向かったのは、第六王子邸。瑶華のいる離れだった。
「お土産いっぱい持ってきたよ~♪」
そう言って現れた第六王子の手には、香ばしい焼き菓子、話題の恋愛小説、そして組紐の材料が山のように抱えられていた。
「第六王子っ!」
嬉しさのあまり、瑶華は思わず駆け寄り、抱きついた。
「……」
固まる王子。
(う、嬉しいけど…近い近い近い……!)
次の瞬間、瑶華は手にした小説に目を輝かせ、焼き菓子に歓声を上げ、組紐の材料を手に取ってはしゃぎ出す。
「……ああ、これは将軍も浮かばれないな」
王子は苦笑しながらそっとため息をついた。
しばらくすると、王子の計らいで幼馴染の"兄様"がやってきた。
瑶華は直ぐに駆け寄って飛びつくと高く差し上げられぐるぐるまわされる。
「キャ~~~~あはははははお兄さま!おろしておろして~~あはははは~」
椅子にポスんと落とされるように座り、
「あはははははは目が回った~」と泣き笑いしている。
「仲がいいねぇ。あいかわらず~将軍じゃなくても嫉妬しちゃうよ~。退屈してるんじゃないかと思って呼んだんだけど。予想以上に喜んでくれて嬉しいよ。お姫様には笑顔が似合うからね」
おどけるように言った王子の気遣いに、瑶華は目を潤ませて小さく頭を下げた。
「ありがとう、王子…」
兄様と過ごす穏やかな時間。子供の頃の思い出話に花が咲き、二人は笑い声を弾ませた。
その時だった。
「火事だーっ!!」
外から騒然とした声が響く。
第六王子が即座に立ち上がり、
「見てくる!」そう言って部屋を出た。
しかし次の瞬間、部屋の隙間から煙が流れ込み、急速に部屋を満たしていく。
「瑶華、急いで!」
兄様が瑶華を抱きかかえようとした時、扉が乱暴に開かれ、見慣れない使用人が入ってきた。その顔には不気味な笑みが浮かんでいる。
「いけません。ここから出てはなりません。
何故なら………
貴女はここで死ぬのです」
奇妙な言葉に違和感を覚えた瞬間、使用人は懐から抜き身の短剣を突き出してきた。
刃が光を反射し、凍えるような殺意が部屋を支配する。
「危ないっ!」
兄様がとっさに瑶華を庇い、その肩口を深く斬られた。血飛沫が飛び散り、瑶華の頬に熱い液体が飛び散る。
「兄様ーーーーっ!!」
絶体絶命──そう思われたその刹那、鋭い声とともに、黒い外套を翻して将軍が現れた。
「下がれ!」
将軍は一瞬のうちに間合いを詰め、閃光のような動きで剣を突き立てた。使用人は、その刃を心臓に受け、一言も発することなく、音もなく崩れ落ちる。
顔を覆っていた布がはらりと落ち、現れたのは、護衛され地方に送られたはずの第二皇女の顔だった。
その瞳は狂気に満ち、
怨念を宿したまま虚空を見つめている。
「瑶華、大丈夫か」
見上げる瑶華の瞳が潤み、震える唇から将軍の名が叫ばれる。
「霖寅…様?」
将軍の動きが止まる。名前で呼ばれたことに、彼の瞳が大きく揺れる。
「……!」
そのまま、瑶華は彼に飛び込んだ。
「ご無事で……何よりです……!」
ぎゅっと彼にしがみつく。
将軍は一瞬固まったが、次の瞬間、
そっと片腕で瑶華を抱きしめ瑶華に頬を寄せる。ホッと息をはく。
焦げ付くような煙の匂いと、第二皇女の死の気配が満ちる中で、将軍の腕の中だけが、唯一の安息だった。
「……遅くなって、すまなかった」
その言葉は、誰よりも心の奥で瑶華の涙を溶かしていった。
瑶華は抱きしめられ、安堵に震えていた。しかし、第二皇女が目の前で刺し殺されたという現実が、冷たい氷のように胸の奥に突き刺さる。そして、この火事も、第二皇女が仕組んだことなのだろうか。
王族を殺してしまったという事実と、生還した喜びが、複雑に絡み合い、瑶華の心に重くのしかかっていた。
この後、一体何が起こるのだろうか。
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