離婚しようとしたら将軍が責任とれ?

エイプリル

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第三十四話 夜明けの告白と、突然の嵐

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第三十四話 夜明けの告白と、突然の嵐 

まだ焦げ臭い煙の匂いが残る中、第六王子の客間では、沈景潤(ちん けいじゅ)が寝台に伏していた。腕に包帯を巻かれ、額には冷やした布が乗っている。その傍らで瑶華は甲斐甲斐しく世話を焼き、「お兄さま、大丈夫ですか?」「痛くないですか?」と心配そうに顔を覗き込んでいた。
だが、部屋の隅に立つ将軍・霖寅(りんいん)は、不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。
「……さっきから、“お兄さま”ばかりだな」
そんな言葉が喉まで出かかったが、口にはしない。口にしたところで、瑶華が自分を振り返ってくれるわけでもないと分かっていた。
「お兄さま」と呼ばれるたび、胸の奥がチクリと痛む。
景潤は、将軍の視線に気づいたのか、苦笑を浮かべて瑶華の手を軽く握った。

「瑶華、将軍殿と話しておいで。私はもう大丈夫だから」 

「でも……」

「もう、平気だよ」

そう言われても瑶華は名残惜しそうに何度も振り返りながらも、将軍に軽く肩を抱かれ部屋を後にした。

「それでは失礼する」

将軍は形式的な一礼を残して、扉を閉めた。


瑶華用の客間に着くと
将軍の腕が再び伸び、瑶華の細い肩をぐいと引き寄せる。

驚く間もなく、瑶華は強く抱きしめられた。首元に顔を埋めてくる将軍の温もりと香りに、思考が一瞬停止する。

(………………………!)

思いがけない急接近に真っ赤になる瑶華。心臓の鼓動がうるさいほど高鳴ったその時、刺し傷に痛みが走った。

「……っ!」

「痛いか?」

霖寅はすぐに気づき、そっと身を離す。眉をひそめたその顔は、まるで傷つけたことに自分の方が苦しんでいるような表情だった。 

「また、痛くしてしまいましたか……」

「いえ、大丈夫です……ふふっ」

瑶華は椅子に座ると、ふっと微笑んだ。 

「何がおかしい?」

「さっきのアレ、焼き餅ですか?」

「……ち、違う」

とたんに咳払いをして顔を逸らす霖寅。耳まで赤い。

「嫉妬ではない……ただ……少し、羨ましかっただけだ」

「羨ましい?」

「そなたが、何の躊躇もなく“お兄さま”と呼んでいたからだ」

その言葉に瑶華は一瞬、ぽかんとした後、くすりと笑った。

「将軍様、可愛いところあるんですね」

「……可愛いではない」

言いながらも霖寅は懐から小箱を取り出した。

「見せるのは、少し……気恥ずかしいのだが、アヤツが見せろとうるさくてな」 

そう言って瑶華の手に渡された小箱には、手巾、飴の包み紙、折り紙の鶴、そして――組紐。

「これ、私の組紐!」

瑶華は思わず声を上げた。

「それもだが……他にも見覚えはないか?」

霖寅の頬がわずかに紅くなる。期待と照れが入り混じった眼差しで見つめられた瑶華は、組紐に触れながら、手巾に気づいた。

「この手巾……私のですね。昔、無くしたと思ってました」

「軍に入りたての頃、密偵任務で街に出た時、待ち伏せにあって負傷したのだ。その時、かくまってくれた屋敷のお嬢様が、この手巾を巻いてくれた」

「……それが、私」

「気づいていたのか?」

「ええ。少し前に草盈が将軍の香を調合したと話してくれて。思い出したんです。裏門で雨に濡れていた男の子のこと」

将軍は目を細めて、懐かしむように語る。
「その時、そなたは私に飴をくれた。旅の無事を願って折り鶴をくれた。……私はあの時、初めて人の温もりというものを知ったのだ」

「だったら、どうして……私が刺された時、顔を見せてくれなかったんですか?」

その問いに、霖寅はしばし沈黙した後、
小さく言った。

「……あの時、自分の愚かさと狭量さで、そなたを傷つけてしまったと思った。あまりに情けなくて、顔を合わせる資格がないと……」

「将軍様……」

「そなたが門まで来てくれたのに、中に入れなかった自分を、ずっと悔いていた」

うつむく霖寅の手に、瑶華はそっと手を重ねた。

「将軍のせいじゃありません。私も、もう少し勇気を出していれば……」

「いや、私が……」

顔を見合わせ、思わずふっと笑う二人。

「それに……まったく見舞わなかったわけじゃない」

将軍がぽつりとつぶやいた。

「顔を出すのがはばかられて……窓枠に、果物や花を置いていた」

その言葉が、雷鳴のように瑶華の胸に響いた。

「……将軍さまだったんですか?」

瑶華の声が震える。

「私が一人で、恨み言を言っていたときも……見守ってくださっていたんですね……
独りで何処を向けばいいのかわからない。
見捨てられたとさえ思ってた時
果物や花の甘く優しく香りにどれだけ癒やされたか………」

将軍は、私が思う以上に、私を思って、考えてくださっていた――。そう思った途端、
胸の奥から熱いものがこみ上げ、視界が滲む。今まで抱いていた孤独や不安が、温かい雫となって頬を伝った。 

「……霖寅さま」

その名を呼ばれた瞬間、霖寅の体が一瞬ぴたりと止まった。瑶華は潤んだ瞳で顔を上げる。

「今……なんと?」

「霖寅さま……」

瑶華の透き通るような声が、彼の名を再び紡ぐ。霖寅の目がわずかに揺れ、その唇が小さく開いた。

「――瑶華」

ぎゅっと、今度は片手でしっかりと、抱きしめた。そしてぎこちない唇が瑶華の額に触れる。それは、将軍の不器用で、けれど限りない愛情が込められた、初めての口づけだった。
将軍はまだやる事がある、報告もしてくると言って部屋を出ていった。

瑶華は沈景潤の元に戻っていた。

「お兄さま、はい」とおかゆを口に運ぶも、瑶華はぼーっとして手が止まったり、突然、顔を赤くして頭を振ってぶつぶつ何かを言ってみたりと、落ち着きがない。

「将軍と何かいいことかあったのかい?」

景潤の言葉に、「やだ!いいことなんて!」と瑶華は沈景潤の背中をバシッと叩いた。

「痛っ!痛いよ~瑶華~」

「あ!お兄さまごめんなさい」

謝る瑶華を優しい目で見ながら、「良かったね」と言う景潤。
瑶華はもじもじしながら、

「あのねお兄さま、わたし将軍さまと結婚して良かったかも」と照れて笑った。

景潤は瑶華の頭を優しく撫でる。 

「結婚前はあんなに嫌がってたのにね」

「あ!もう。あれは言わないで!」

ポカポカ胸を叩く瑶華を、景潤はぎゅっと抱きしめて、「ホントにお前が幸せなら嬉しいよ」と言った。
兄様の温もりが暖かくて、くすぐったいような。瑶華も「お兄さまも幸せになってね」と抱き返した。
そんな小さな幸せを噛み締めていた時だった。



律が鬼気迫るような顔で客間に飛び込んできた。その顔は蒼白で、息も絶え絶えだ。

「奥さま、申し訳ありません!」

瑶華がむきなおって聞くと、
律は震える声で告げた。

「落ち着いて聞いて下さい。将軍が捕らえられて今………大獄の廊に繋がれています!」

その言葉は、瑶華の幸せな夢を打ち砕く、あまりにも衝撃的な宣告だった。
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