2 / 3
第二話「愛の証明、キスの雨、届かない心の距離」
しおりを挟む第二話「愛の証明、キスの雨、届かない心の距離」
「いるでしょ? 側に手が届く距離だよ?」
結衣の問いかけに、れんはキッチンの壁からゆっくりと体を離した。伸ばしかけた手は、触れる寸前で力なく止まる。
「そうだね、物理的には確かに近くにいる。でも、心の距離が遠い気がして……。触れたくても、君は簡単に逃げられるから。もっと、確かな繋がりが欲しくなるんだ」
「確かな繋がりって、体のこと? 夫婦生活を送っていても、別れる人はわかれるじゃない」
結衣の正論に、れんは眉間に深い皺を刻んだ。キッチンカウンターに両手を突っ張り、自分を支えるように俯く。
「夫婦だって別れるのはわかってる。でも、俺は結衣と別れたくない。体の繋がりだけじゃなくて……心の繋がりを、本当に求めてるんだ」
「心のつながりと体は違うって、わからないの? 『やりたいからやる』って人、多いじゃない。それは勘違いだよ。肌を合わせなくたって、愛情表現はできるでしょ?」
れんの胸に、結衣の言葉が鋭く突き刺さる。彼は混乱と悲しみが入り混じった表情で、小さく息を吐いた。
「愛情表現ができるって言われても……俺には分からないんだ。結衣の言う通りにしても、結局不安が消えない。……どうしたら信じられるんだろう」
「愛情は溢れ出るもので、形があったり、触れたりしないものじゃない?」
「形がないから、信じられないんだよ……」
れんは頭を垂れ、声を絞り出した。目に見えないものは、いつか消えてしまう。確証のない愛は、彼にとって恐怖でしかなかった。そんな彼を見て、結衣はふっと表情を和らげた。
「じゃあ、こっち来て。横に座って、力抜いて」
れんの瞳に期待の光が宿る。吸い寄せられるように歩み寄り、彼女の隣に腰を下ろした。結衣はそっと、彼の頭を抱き寄せた。
「よしよし。何がそんなに不満なのかな?」
腕の中で、れんの体から強張りが消えていく。
「不満なんて、ないよ。ただ……君の温もりを感じると、もっと欲しくなる。このまま時間が止まればいいのに」
「それは無理だね。……何がそんなに不安なの? れんだって外にいけば、モテモテで女の子が山ほど寄ってくるじゃない」
「モテモテなんて嘘だよ。他の子の視線なんて、気持ち悪いだけ。結衣以外、どうでもいいんだ」
れんはか細い声で言い、彼女の胸に顔を埋めた。
「君がいないと、不安で仕方ないんだ」
「何が不安なの? 私が悪いの?」
その問いに、れんは震える声で答える。
「結衣が悪いわけじゃない……ただ、君がいなくなるんじゃないかって、常に思ってる。君の存在が確かじゃないと、俺……壊れちゃいそうになるんだ」
「やっぱり、私が悪いのね。あなたを不安にさせてる。よしよし、どうしたら不安が収まるかしら」
結衣の手のひらが、れんの背を優しく叩く。
「結衣が側にいてくれるって……約束してくれたら、安心できるかも」
れんは縋り付くように彼女の服の裾をぎゅっと掴んだ。結衣は、彼の頭に「ちゅっ」と音を立ててキスを落とした。
「約束しなくても、ここにいるじゃない」
「……でも、いつか突然いなくなりそうで怖いんだ」
れんの瞳には、まだ拭いきれない怯えが張り付いている。
「何でいなくなるって思うの? やっぱり私が悪いのね。どうしたらいいかしら」
「分からない。ただ時々、結衣が遠く感じるんだ。存在が曖昧というか、確かなものが何もなくて……」
結衣の肩に額を押し付け、声を震わせるれん。そんな彼を安心させるように、彼女は額に「ちゅっ☆」と再びキスをした。
「近すぎるのかしら。近すぎて見えなくなってるのかも。一度離れてみる?」
「嫌だ! 離れたら、もっと不安になる。君が見えなくなったら、俺はどうすればいいか分からなくなる……!」
「会える時に会えばいいじゃない」
「それじゃ足りないんだよ! 会えない時間の方が長いじゃないか。毎日、今この瞬間も、結衣と一緒にいたいんだ!」
必死に訴えるれんの頬に、結衣は再びキスをした。
「それじゃ、部屋から出られないよ」
結衣の冗談めかした笑い声。れんは一瞬安心するものの、すぐにまた影が差す。
「閉じ込めたいわけじゃない……。ただ、君がいない世界なんて考えられないんだ」
「今いる世界に存在してるじゃない」
ギュッと頭を抱きしめ、その後でそっと離し、頭を撫でる。
「今を大切にしたら、明日も大切になる。そうやって先まで繋がるんじゃない?」
「今を大切に、か……。簡単に言うけど、俺には難しいんだよ。君がいる『今』さえ、いつか終わるんじゃないかって思っちゃって」
れんの眉間に寄った皺。結衣はそこに優しく唇を寄せた。
「今が不安だから、この先も不安なんだね。ちゅっ☆、ちゅっ☆、ちゅっ☆」
顔中に降るキスの雨。れんの頬が薄紅色に染まり、少しずつ強張りが解けていく。
「私が居なくなるって思うのは、どんな時?」
「……君が遠くを見てたり、何かに集中してたりする時。俺じゃない誰かを見てるんじゃないかって思うと、胸が苦しくなるんだ」
「何で誰かを見てると思うの?」
結衣の目を覗き込み、れんはその腕をぎゅっと掴み直した。
「だって……結衣は綺麗だから。他の人が君を見てるだけで、俺のことなんて忘れてそっちに行っちゃいそうで、怖いんだよ」
結衣は思わず声をあげて笑った。
「あははは、可愛い♪」
彼女は再びれんの頭をキュッと抱きしめると、彼の顔を持ち上げてキスの雨を降らせた。
「綺麗なんて初めて言われたよ。バカね」
愛情に満ちたその拒絶は、れんの心の渇きを一時的に癒やす。けれど、彼が本当に欲しがっている「確かなもの」には、どうしても手が届かないままだった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる