​『完璧な契約書の落とし穴 ~中立国の薬学王女は、氷の王の「合理的」な愛から逃げられない~』

エイプリル

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​第3話:氷上の決意、あるいは王女の矜持

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第3話:氷上の決意、あるいは王女の矜持
~絶望の果てに見つけた一筋の香りと、側室のススメ~


馬車が北へと進むにつれ、車内の空気は凍てついていった。


「騙された……ひどいわ……!」


リーゼの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。これまで積み上げてきた努力、不眠不休で考え抜いた外交案、国を想う心。そのすべてが、最初から自分を「便利な人質」として売り払うための踏み台に過ぎなかったという事実に、心が粉々に砕け散る。
王族としての体裁など、もはやどうでもよかった。彼女は馬車のシートにうつ伏せになり、子供のように声を上げて泣き続けた。
エイルヴィルケンが何を語り、どんなに痛ましげな視線を向けてきても、その声は届かない。彼女を蝕むのは、
愛する母国に

「捨てられた」

という耐え難い孤独だった。
泣き疲れ、深い昏睡のような眠りに落ちた彼女が次に目を覚ました時、そこはすでに極寒の地ノルディアの城だった。
精神的なショックは大きく、彼女はしばらくの間、抜け殻のようにぼんやりと過ごした。反応の薄い彼女を案じた医師は、過度のストレスによる安静を命じ、華やかであるはずの式典は簡素なものへと変更された。

「……姫様、少しは落ち着かれましたか?」

半月が経った頃、心配でたまらないといった様子の侍女が、色とりどりの菓子を並べたトレイを持って現れた。甘い香りが部屋に満ちる。

「ええ……。流石に、いつまでもこうしてはいられないわね」

そう答えるリーゼの笑顔は、痛々しいほどに痩せていた。
だが、侍女は諦めなかった。これこそが姫を救うための「作戦」だった。

「これ、美味しそうね。……あら?」

リーゼがふと手を伸ばした菓子から、馴染みのない、けれど驚くほど爽やかでスッキリとした香りが鼻腔をくすぐった。

「この香り、不思議だわ……。いくつでも食べられそうなほど、心が軽くなる気がする」

「お茶もどうぞ、姫様」 

差し出された温かな茶を一口含む。甘く涼やかな香りが鼻から抜け、凝り固まっていた心がすっと解けていく感覚。

「珍しい味ね。……ねえ、これにはどんな成分が含まれているの?」

好奇心が、絶望の厚い雲を突き破って顔を出した。

「この国特有の植物だそうです。心を穏やかにし、安眠を促す作用があるとか。詳しいことはエイル陛下がご存知かと……」 

「エイル様が? そう、公務から戻られたらお聞きしなきゃ。……癒やしの成分、抽出方法……ブツブツ」

気づけば、いつもの研究意欲がリーゼの瞳に輝きを取り戻させていた。
彼女はふと、自虐的に笑った。

「私、何をしてたのかしら。子供みたいに騒いで……。私は王女。国を追われたなら、今度はこの国で責任を全うしなければ。そのためには早く研究成果を出して、この植物を流通させないと」

リーゼは、温かな茶碗を見つめながら、

ある「決意」を固めた。

「一般的には知られていないけれど、どこの国も王妃の実子が王位を継ぐことは少ないわ。実家の干渉を嫌うのが世の常だもの。……そうよ、それなら好都合じゃない」

彼女はバッと顔を上げた。

「侍女! お代わりを持ってきて! それと食事も! 体力をつけないと戦えないわ」

「姫様、その意気です!」

「決めたわ。エイル様には早々に側室を娶っていただいて、私は王妃としての公務を最小限に抑え、研究に没頭する。これこそが、私にとってもこの国にとっても、最も合理的な解決策よ!」

悲しみはまだ消えていない。捨てられた痛みも、胸の奥に燻っている。
けれど、リーゼは立ち上がった。
他国に売られた「資源」としてではなく、この北の大地に新たな「革命」をもたらす一人の研究者として。
異国の地で一人、彼女の孤独な、しかし力強い戦いが今、幕を開けようとしていた。
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