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第4話:すれ違う合理主義と、見えない「守護」
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第4話:すれ違う合理主義と、見えない「守護」
~効率重視の王女と、過保護な氷の王の共同研究(?)~
ノルディアの王宮、静謐な空気が流れる研究室で、リーゼは大きな溜息を漏らした。
「……効率を求める姿勢は評価しますが、今日はここまでにしましょう」
エイルヴィルケンのその一言に、彼女は表面上、完璧なカーテシーで応じてみせた。
「かしこまりました。陛下もどうぞ、ご自愛くださいませ」
氷色の瞳がわずかに和らぎ、彼が部屋を辞去する。その背中がドアの向こうに消えたのを確認した瞬間、リーゼは拳を握りしめ、全力でガッツポーズを作った。
「やったわ! これでやっと、好きなように研究ができる!」
鼻歌混じりにワルツのステップを踏み、彼女は実験台へと駆け寄る。
だが、喜びも束の間。翌日、お昼を運んできた侍女の前で、リーゼは再び眉間に皺を寄せていた。
「ねえ、聞いて。エイル様が不可解なのよ」
運ばれてきた茶菓子を頬張りながら、彼女は不満をぶちまける。
「リュミエールの花の人工授粉。夜に咲く理由を解明して人工的に夜を作れば、年中収穫できて効率が跳拝的に上がるわ。ここまでは私の完璧な計画通り。でもね……」
リーゼは思い出す。昨日の採取現場で、肌寒いわけでもないのにエイルヴィルケンが上着を掛けてきたり、あろうことか王本人が護衛として張り付いてきたせいで、肝心の採取が進まなかったことを。
「邪魔しないで! って内心イライラしちゃった。最後には何故か陛下がしゃがみ込んで花を観察し始めちゃうし……。もう、なんなの!」
彼女にとって、エイルヴィルケンの行動は「研究効率を著しく下げるノイズ」でしかなかった。
「次回からは絶対に別行動にしてもらいましょう。あ、でもこのお茶、やっぱり美味しいわね……」
甘く涼やかな香りに、トゲトゲしていた心が少しだけ落ち着く。
その時、研究室のドアがノックされ、噂の主が姿を現した。
「……研究が順調でないようですね。何か問題があれば聞かせてください」
冷静な声音だが、その氷色の瞳には、効率とは別の何か——リーゼの疲労を案じるような、不器用な眼差しが宿っていた。
「陛下……。何の問題もございませんわ。研究員一同、リュミエールの成分解明に全力を注ぐことをお約束します」
リーゼは再び、最高に事務的な、そして完璧な「王妃」の仮面を被って微笑んだ。
✱翌日✱
「ん~~っ! 疲れた……」
リーゼは研究ノートを閉じ、大きく伸びをした。セントラル王宮での温室育ちの彼女にとって、ノルディアの峻烈な空気の中での研究は、想像以上に体力を消耗させる。
「王妃様、そろそろ切り上げませんか?」
声をかけてきたのは、研究員の中でもひときわ優秀な青年だった。ノルディア特有の銀髪とアイスブルーの瞳を持ちながら、その面差しは驚くほど優しげだ。
エイルヴィルケンと同じ色彩のはずなのに、纏う空気がこうも違うのかと、リーゼはついマジマジとその顔を見つめてしまう。
(軍事国の人ってみんな厳しい顔をしてると思ってたけど……不思議。この人、なんだか可愛いわね)
少し照れたような表情を見せる研究員に、リーゼは小さく微笑んだ。
「そうね、そうしましょう。……お茶でもいかが?」
リラックスした雰囲気の中、優秀な彼との会話は弾んだ。彼がふと漏らした些細な一言が、停滞していた研究の突破口となる。「これよ!」とリーゼは即座にノートを広げ、明日の計画を書き込んだ。
「やっぱり、リラックスした交流の場は必要だわ。そうだ、バイキング形式のティータイムを作って、研究員同士でディスカッションできるように予算を申請しましょう!」
いいアイデアを思いついたと、リーゼは研究員と顔を見合わせてホッコリと微笑み合う。その和やかな空気を切り裂くように、男の低い声が響いた。
「……必要なものは揃っていると聞いたが。何か不足でも?」
いつの間にか、エイルヴィルケンが入り口に立っていた。
夕陽が差し込む研究室で、彼は無意識に腕を組み、氷色の瞳を細めている。リーゼが優秀な研究員と親密そうに笑い合っていた光景が、彼の胸に得体の知れない「靄」を広げていた。
「あ、陛下。ちょうど良かったわ。少し打ち合わせが……」
リーゼはエイルヴィルケンにそう告げると、再び研究員の方を向き、和やかに話し込み始めた。時折、夢中で説明するあまり、リーゼの手が研究員の腕に軽く触れる。
その瞬間、エイルヴィルケンの表情が目に見えて硬くなった。
「……打ち合わせ、ですか」
自覚なく呟いた声は、冷えた空気よりも低かった。二人の親密そうな様子から逃げるように窓際へ移動するが、耳はどうしても彼らの会話を拾ってしまう。
(なぜ、あのように楽しそうに笑う? 私に向けるのは、いつも完璧すぎるほど事務的な『礼』だけだというのに)
「陛下、少しお待ちくださいね」
リーゼは嬉しそうに微笑みかけ、再び研究員と視線を見つめ合わせて熱心に語り合う。エイルヴィルケンは、窓の外の夕焼けを睨みながら、静かに待つしかなかった。
ようやく打ち合わせが終わり、研究員が辞去すると、エイルヴィルケンは努めて冷静な声を絞り出す。
「……打ち合わせは順調でしたか?」
「ええ、滞りなく!」
リーゼは満足げに答えると、エイルヴィルケンに対して、一分の隙もない完璧なカーテシーを披露した。研究員に見せていたあの無防備な笑顔は、もうどこにもない。
「そうですか。……効率的な協力関係は重要ですね。明日からの作業、期待しています」
「ありがとうございます。お見送りいたしますわ、陛下」
礼儀正しく、けれど明確な一線を引かれたような態度。エイルヴィルケンは一瞬だけ目を細めた。
嫉妬。そんな非合理的な感情に支配されている自分に苛立ち、彼は背筋を伸ばしてドアへと向かう。
「礼は不要です。各自、最善を尽くしましょう」
ドアが閉まる音を聞きながら、リーゼは「やっぱり陛下は厳しいわ。研究員さんみたいに、もう少し優しげにお話しできればいいのに」と首を傾げる。
一方、廊下を歩くエイルヴィルケンの耳たぶは、夕陽のせいではなく、抑えきれない独占欲と苛立ちで微かに赤く染まっていた。
~効率重視の王女と、過保護な氷の王の共同研究(?)~
ノルディアの王宮、静謐な空気が流れる研究室で、リーゼは大きな溜息を漏らした。
「……効率を求める姿勢は評価しますが、今日はここまでにしましょう」
エイルヴィルケンのその一言に、彼女は表面上、完璧なカーテシーで応じてみせた。
「かしこまりました。陛下もどうぞ、ご自愛くださいませ」
氷色の瞳がわずかに和らぎ、彼が部屋を辞去する。その背中がドアの向こうに消えたのを確認した瞬間、リーゼは拳を握りしめ、全力でガッツポーズを作った。
「やったわ! これでやっと、好きなように研究ができる!」
鼻歌混じりにワルツのステップを踏み、彼女は実験台へと駆け寄る。
だが、喜びも束の間。翌日、お昼を運んできた侍女の前で、リーゼは再び眉間に皺を寄せていた。
「ねえ、聞いて。エイル様が不可解なのよ」
運ばれてきた茶菓子を頬張りながら、彼女は不満をぶちまける。
「リュミエールの花の人工授粉。夜に咲く理由を解明して人工的に夜を作れば、年中収穫できて効率が跳拝的に上がるわ。ここまでは私の完璧な計画通り。でもね……」
リーゼは思い出す。昨日の採取現場で、肌寒いわけでもないのにエイルヴィルケンが上着を掛けてきたり、あろうことか王本人が護衛として張り付いてきたせいで、肝心の採取が進まなかったことを。
「邪魔しないで! って内心イライラしちゃった。最後には何故か陛下がしゃがみ込んで花を観察し始めちゃうし……。もう、なんなの!」
彼女にとって、エイルヴィルケンの行動は「研究効率を著しく下げるノイズ」でしかなかった。
「次回からは絶対に別行動にしてもらいましょう。あ、でもこのお茶、やっぱり美味しいわね……」
甘く涼やかな香りに、トゲトゲしていた心が少しだけ落ち着く。
その時、研究室のドアがノックされ、噂の主が姿を現した。
「……研究が順調でないようですね。何か問題があれば聞かせてください」
冷静な声音だが、その氷色の瞳には、効率とは別の何か——リーゼの疲労を案じるような、不器用な眼差しが宿っていた。
「陛下……。何の問題もございませんわ。研究員一同、リュミエールの成分解明に全力を注ぐことをお約束します」
リーゼは再び、最高に事務的な、そして完璧な「王妃」の仮面を被って微笑んだ。
✱翌日✱
「ん~~っ! 疲れた……」
リーゼは研究ノートを閉じ、大きく伸びをした。セントラル王宮での温室育ちの彼女にとって、ノルディアの峻烈な空気の中での研究は、想像以上に体力を消耗させる。
「王妃様、そろそろ切り上げませんか?」
声をかけてきたのは、研究員の中でもひときわ優秀な青年だった。ノルディア特有の銀髪とアイスブルーの瞳を持ちながら、その面差しは驚くほど優しげだ。
エイルヴィルケンと同じ色彩のはずなのに、纏う空気がこうも違うのかと、リーゼはついマジマジとその顔を見つめてしまう。
(軍事国の人ってみんな厳しい顔をしてると思ってたけど……不思議。この人、なんだか可愛いわね)
少し照れたような表情を見せる研究員に、リーゼは小さく微笑んだ。
「そうね、そうしましょう。……お茶でもいかが?」
リラックスした雰囲気の中、優秀な彼との会話は弾んだ。彼がふと漏らした些細な一言が、停滞していた研究の突破口となる。「これよ!」とリーゼは即座にノートを広げ、明日の計画を書き込んだ。
「やっぱり、リラックスした交流の場は必要だわ。そうだ、バイキング形式のティータイムを作って、研究員同士でディスカッションできるように予算を申請しましょう!」
いいアイデアを思いついたと、リーゼは研究員と顔を見合わせてホッコリと微笑み合う。その和やかな空気を切り裂くように、男の低い声が響いた。
「……必要なものは揃っていると聞いたが。何か不足でも?」
いつの間にか、エイルヴィルケンが入り口に立っていた。
夕陽が差し込む研究室で、彼は無意識に腕を組み、氷色の瞳を細めている。リーゼが優秀な研究員と親密そうに笑い合っていた光景が、彼の胸に得体の知れない「靄」を広げていた。
「あ、陛下。ちょうど良かったわ。少し打ち合わせが……」
リーゼはエイルヴィルケンにそう告げると、再び研究員の方を向き、和やかに話し込み始めた。時折、夢中で説明するあまり、リーゼの手が研究員の腕に軽く触れる。
その瞬間、エイルヴィルケンの表情が目に見えて硬くなった。
「……打ち合わせ、ですか」
自覚なく呟いた声は、冷えた空気よりも低かった。二人の親密そうな様子から逃げるように窓際へ移動するが、耳はどうしても彼らの会話を拾ってしまう。
(なぜ、あのように楽しそうに笑う? 私に向けるのは、いつも完璧すぎるほど事務的な『礼』だけだというのに)
「陛下、少しお待ちくださいね」
リーゼは嬉しそうに微笑みかけ、再び研究員と視線を見つめ合わせて熱心に語り合う。エイルヴィルケンは、窓の外の夕焼けを睨みながら、静かに待つしかなかった。
ようやく打ち合わせが終わり、研究員が辞去すると、エイルヴィルケンは努めて冷静な声を絞り出す。
「……打ち合わせは順調でしたか?」
「ええ、滞りなく!」
リーゼは満足げに答えると、エイルヴィルケンに対して、一分の隙もない完璧なカーテシーを披露した。研究員に見せていたあの無防備な笑顔は、もうどこにもない。
「そうですか。……効率的な協力関係は重要ですね。明日からの作業、期待しています」
「ありがとうございます。お見送りいたしますわ、陛下」
礼儀正しく、けれど明確な一線を引かれたような態度。エイルヴィルケンは一瞬だけ目を細めた。
嫉妬。そんな非合理的な感情に支配されている自分に苛立ち、彼は背筋を伸ばしてドアへと向かう。
「礼は不要です。各自、最善を尽くしましょう」
ドアが閉まる音を聞きながら、リーゼは「やっぱり陛下は厳しいわ。研究員さんみたいに、もう少し優しげにお話しできればいいのに」と首を傾げる。
一方、廊下を歩くエイルヴィルケンの耳たぶは、夕陽のせいではなく、抑えきれない独占欲と苛立ちで微かに赤く染まっていた。
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