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第5話:合理的乱入、あるいは氷の王の「定点観測」
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第5話:合理的乱入、あるいは氷の王の「定点観測」
~嫉妬という名のノイズと、お茶会バイキングの乱~
「王妃様、この『リュミエール』の抽出温度ですが……」
「そうね。フィアン、その視点は素晴らしいわ」
ノルディアの研究室で始まった、バイキング形式のお茶会。それはリーゼにとって、砂漠で見つけたオアシスのような時間だった。和やかな空気の中、研究員たちと肩を並べて議論を交わす。インスピレーションが閃き、閉塞していた研究がみるみると形を成していく。
中でも、銀髪を優しくなびかせ、アイスブルーの瞳を穏やかに細める優秀な研究員フィアンは、リーゼにとって一番のお気に入りだった。
「王妃様、こちらのお茶を。研究室がこれほど活気に満ちているのは、貴女様のおかげです」
フィアンが丁寧に椅子を引き、リーゼの好みの温度で茶を淹れる。その気遣いはあまりに自然で、敬愛に満ちていた。
「もう、フィアンたら。……ふふ、ありがとう」
頬が熱くなるのをカップの陰で隠し、リーゼが有意義な時間に浸っていた、その時だった。
(……!?)
入口の壁際に、音もなく立つ人影があった。
夕日に銀髪を赤銅色に染めたエイルヴィルケンが、氷のように鋭い瞳で、談笑するリーゼとフィアンを凝視していたのである。その表情は、今にも猛吹雪を呼び起こしそうなほどに硬い。
(……なぜだ。なぜ私の前では完璧な『王妃』の仮面を被る彼女が、あの研究員にはあのように無防備な笑顔を向ける?)
胸の奥で、制御不能な不協和音が鳴り響く。彼はそれを「国家資産である王女の安全確認」という合理的な理由に置き換えようとしたが、フィアンが彼女の椅子を引くたび、その理屈はボロボロと崩れ去っていった。
邪魔をするつもりはない、そう自分に言い聞かせて背を向けたが、リーゼの声に呼び止められ、彼は凍りついたように足を止めた。
「陛下、何か報告書に問題でも?」
「……いえ、特に問題はない。ただ、皆さんの議論が興味深かったので、聞き入ってしまっただけだ」
「でしたら、こちらでお聞きになりますか?」
リーゼが勧めた椅子に、彼は迷いながらも腰を下ろした。だが、そこからの空気は一変する。
王が「合理的観察」と称して無言で座り続ける中、先ほどまでの和やかな談笑は消え失せ、研究室には奇妙な緊張感が漂った。陛下がフィアンに向ける視線は、まるで希少な薬草の成分を分析するかのように冷徹で、かつ執拗だったからだ。
お茶の時間が終わり、研究へと戻る時間。リーゼは再び、完璧なカーテシーで陛下に礼を告げた。
「陛下、今日はお見守りいただき、ありがとうございました」
「……ああ。有意義だった」
そう短く答えたエイルヴィルケンの背中は、どこか寂しげに見えた。
その夜。
「ねえ、侍女。陛下、本当に何考えてるか分からないわ!」
リーゼは自室で温かいお茶を飲みながら、げっそりとした顔で愚痴をこぼしていた。
「お茶の時間に壁際でじーっと見てるし、誘っても一言も喋らずに座ってるだけ。あの目で見られたら、蛇に睨まれた蛙よ! 全然合理的じゃないわ。私の寿命が縮まる分、効率が落ちてるじゃない!」
一方、月明かりの執務室。
エイルヴィルケンはペンを置き、自嘲的な苦笑を浮かべていた。
「合理的……か」
彼は、自分が今日どれほど非合理的な行動を取ったかを自覚していた。彼女の側にいたい、あの輪に入りたい。そんな子供のような渇望が「見学」という不自然な行動に化けたのだ。
「私自身が、最も不純なノイズになっているな……」
氷色の瞳に浮かぶのは、隠しきれない独占欲と、それを「愛」と呼ぶことにまだ慣れない男の、不器用な葛藤だった。
~嫉妬という名のノイズと、お茶会バイキングの乱~
「王妃様、この『リュミエール』の抽出温度ですが……」
「そうね。フィアン、その視点は素晴らしいわ」
ノルディアの研究室で始まった、バイキング形式のお茶会。それはリーゼにとって、砂漠で見つけたオアシスのような時間だった。和やかな空気の中、研究員たちと肩を並べて議論を交わす。インスピレーションが閃き、閉塞していた研究がみるみると形を成していく。
中でも、銀髪を優しくなびかせ、アイスブルーの瞳を穏やかに細める優秀な研究員フィアンは、リーゼにとって一番のお気に入りだった。
「王妃様、こちらのお茶を。研究室がこれほど活気に満ちているのは、貴女様のおかげです」
フィアンが丁寧に椅子を引き、リーゼの好みの温度で茶を淹れる。その気遣いはあまりに自然で、敬愛に満ちていた。
「もう、フィアンたら。……ふふ、ありがとう」
頬が熱くなるのをカップの陰で隠し、リーゼが有意義な時間に浸っていた、その時だった。
(……!?)
入口の壁際に、音もなく立つ人影があった。
夕日に銀髪を赤銅色に染めたエイルヴィルケンが、氷のように鋭い瞳で、談笑するリーゼとフィアンを凝視していたのである。その表情は、今にも猛吹雪を呼び起こしそうなほどに硬い。
(……なぜだ。なぜ私の前では完璧な『王妃』の仮面を被る彼女が、あの研究員にはあのように無防備な笑顔を向ける?)
胸の奥で、制御不能な不協和音が鳴り響く。彼はそれを「国家資産である王女の安全確認」という合理的な理由に置き換えようとしたが、フィアンが彼女の椅子を引くたび、その理屈はボロボロと崩れ去っていった。
邪魔をするつもりはない、そう自分に言い聞かせて背を向けたが、リーゼの声に呼び止められ、彼は凍りついたように足を止めた。
「陛下、何か報告書に問題でも?」
「……いえ、特に問題はない。ただ、皆さんの議論が興味深かったので、聞き入ってしまっただけだ」
「でしたら、こちらでお聞きになりますか?」
リーゼが勧めた椅子に、彼は迷いながらも腰を下ろした。だが、そこからの空気は一変する。
王が「合理的観察」と称して無言で座り続ける中、先ほどまでの和やかな談笑は消え失せ、研究室には奇妙な緊張感が漂った。陛下がフィアンに向ける視線は、まるで希少な薬草の成分を分析するかのように冷徹で、かつ執拗だったからだ。
お茶の時間が終わり、研究へと戻る時間。リーゼは再び、完璧なカーテシーで陛下に礼を告げた。
「陛下、今日はお見守りいただき、ありがとうございました」
「……ああ。有意義だった」
そう短く答えたエイルヴィルケンの背中は、どこか寂しげに見えた。
その夜。
「ねえ、侍女。陛下、本当に何考えてるか分からないわ!」
リーゼは自室で温かいお茶を飲みながら、げっそりとした顔で愚痴をこぼしていた。
「お茶の時間に壁際でじーっと見てるし、誘っても一言も喋らずに座ってるだけ。あの目で見られたら、蛇に睨まれた蛙よ! 全然合理的じゃないわ。私の寿命が縮まる分、効率が落ちてるじゃない!」
一方、月明かりの執務室。
エイルヴィルケンはペンを置き、自嘲的な苦笑を浮かべていた。
「合理的……か」
彼は、自分が今日どれほど非合理的な行動を取ったかを自覚していた。彼女の側にいたい、あの輪に入りたい。そんな子供のような渇望が「見学」という不自然な行動に化けたのだ。
「私自身が、最も不純なノイズになっているな……」
氷色の瞳に浮かぶのは、隠しきれない独占欲と、それを「愛」と呼ぶことにまだ慣れない男の、不器用な葛藤だった。
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