​『完璧な契約書の落とし穴 ~中立国の薬学王女は、氷の王の「合理的」な愛から逃げられない~』

エイプリル

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第9話:王妃の心、掴め! 陛下、猛アタック開始!?

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第9話:王妃の心、掴め! 陛下、猛アタック開始!?
​~刷り込みの10秒間と、ペンを落とした後の熱病~

​1. 「副作用」という名の恋煩い

​「いいえ、これは間違いなくリュミエール成分の副作用ですわ……! さらなる検証をしなくては」
​研究室の片隅で、リーゼは顔を真っ赤にしながら自分の手首の脈を測っていた。昨夜、観測室でエイルヴィルケンに見つめられた瞬間から、鼓動のグラフが異常値を叩き出し続けている。
​「ひゃっ! な、ななな何ですか、フィアン!?」
​背後から心配そうに覗き込んできたフィアンに、リーゼは飛び上がらんばかりに驚いた。優しげな彼の瞳さえ、今の彼女には「あの熱い視線」を思い出させる引き金にしかならない。
​「王妃様、そのデータにそのような副作用の記録はありませんが……」
「嘘よ、現にこんなに熱くて苦しいんですもの! 早く原因を解明して、新しい研究(科学学校設立の夢)に進まなければ……!」
​逃げるように研究室を飛び出したリーゼの背中を、廊下の影からエイルヴィルケンがじっと見つめていた。
「……副作用、だと? そんなはずはない」
低い呟きが冷えた空気に溶ける。彼女の真っ赤な耳朶と、狼狽した瞳。エイルヴィルケンは氷のような冷静さを装いつつも、内心では侍女から授かった「次なる作戦」の成否を計算していた。

​2. 侍女の必殺「刷り込み」プログラム

​「陛下、やりましたわ! 王妃様を意識させることに成功しました!」
​深夜の密談。侍女は拳を握りしめて力説していた。
「次は『自覚』させる作戦です。純朴な姫様には刷り込みが一番! いい香りの茶でリラックスさせ、『陛下といると安心する』と脳に刻むのです。さらに甘い菓子で高揚感を与え、『陛下といるとドキドキする』と誤認させる……。口元についた菓子のクズを拭うという、あざといアクションも不可欠ですわ!」
​「……あざとい、か。合理的ではないが……」
「陛下、そこは黙って実行してください! そして最後はこれ、**『必殺・10秒見つめ合い大作戦』**です! これで80%は落ちますわ!」
​エイルヴィルケンは、小声で「……80パーセント……」と呟き、氷色の瞳に決意を宿した。

​3. 煌めく10秒の沈黙

​翌日。リーゼが資料を広げていると、エイルヴィルケンが背後から静かに近づいた。
「研究を見せてくれないか」
​椅子に座るリーゼの背後から覗き込む形で、彼の体温が伝わる距離まで接近する。リーゼが息を呑むのが分かった。エイルヴィルケンは侍女に教えられた通り、リラックス効果のある茶と甘い焼き菓子を差し出した。
​「もぐもぐ……。はぁ、美味しい……。陛下、エイル様もフィアンの優秀さは認めてらっしゃいますよね?」
菓子を食べて落ち着いたのか、リーゼがまたフィアンの名を出す。エイルヴィルケンの胸に微かな苛立ちが走った。
​「……優秀だとは評価している。だが、私が評価しているのは、そんなことではない」
​彼はゆっくりとリーゼの正面に回り込み、彼女の肩をそっと掴んだ。
「っ……!?」
​そこから、侍女が言っていた「10秒」が始まった。
窓から差し込む午後の光が、ダイヤモンドのように砕けて二人の間を舞う。エイルヴィルケンの銀髪が光を帯び、その氷色の瞳が吸い込まれるような深みを持って、リーゼの瞳を真正面から捉えた。
​一秒、二秒。リーゼは息をすることさえ忘れた。
三秒、四秒。空気の中に、甘い花の香りと彼の体温が混ざり合う。
五秒、六秒。世界から音が消え、ただ目の前の王の、切ないほどに真剣な熱量だけが伝わってくる。
十秒。
​「はっ……!」
リーゼはたまらず、止めていた息を吐き出した。胸を強く押さえる。
「どうしたのかしら、鼓動がおかしいわ……。エイル様の様子が、今までと違って見える……」
​「……私の様子が違うと感じるのですか」
エイルヴィルケンは内心の満足感を隠し、低く抑えた声で言った。計算通りだ。成功率80%の力が、彼女の「研究バカ」なバリアを突き破り始めている。


​4. ペンが落ちる音、恋が落ちる音


​「あ、私が……私が違うのかも。可笑しいですね。これでは、研究の成果が合理的に……ああ!」
​混乱の極みに達したリーゼの手から、ペンが滑り落ちた。
エイルヴィルケンは反射的に身を乗り出し、床に届く前に素早くそれを拾い上げる。その際、リーゼの震える指先に彼の長い指が触れた。
​「……っ!」
火花が散ったような衝撃。エイルヴィルケンは拾い上げたペンを差し出しながら、至近距離でリーゼを見つめた。その氷色の瞳には、もう冷静さなどひとかけらも残っていない。
​「あなたは、いつもより混乱しているようだ。少し、休憩を挟まれるのは如何でしょうか」
​「はい……そうですね。失礼します!」
リーゼは完璧なカーテシーを投げ捨て、ヨロヨロとした足取りで研究室を飛び出した。
「可笑しいわ……今日は自室で休みましょう。侍女にお茶を淹れてもらえば治るはずよ!」
​研究室に残されたエイルヴィルケンは、彼女が置いていった資料をそっと整理しながら、自分の手のひらに残る熱を見つめた。
「……私が、原因なのか」
自嘲気味に呟きながらも、彼の唇の端は、これまでにないほど柔らかく、確かに弧を描いていた
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