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坊主頭の奇妙な校則
【31】
しおりを挟む【幻想プラシーボ】の治療を行う際。
ほぼ毎回と言って良いほど、明日のような……今日のような、勝負の一日とも呼べる日がある。
他人の幻想に踏み込み、他人の感情をねじ伏せようと動く一日。
他人の心を――――砕く一日。
そんな一日である以上、オレもそれなりのリスクを背負っている。
リスク……そんな言葉を使うのは、些か言い訳苦しいかな?
他人の幻想を打ち砕く。その罪悪感からの逃避にも思えてしまう。
【幻想プラシーボ】とは、『その人物への救い』になっていることが多い。
良くも悪くも。
【幻想プラシーボ】によって、本人が、はたまたその周りの人が、救われ、幸せになっていることも多い。
けれど、以前述べた通り、オレはそんな病で得た幸せを――――ズルだと思っている。
ズル――――すなわち、卑怯なことだと。
この世界は、成るべくして成るべきだし。
逆を言えば、成らざる者は、成らないであるべきなんだ。
幸せを掴もうと努力せず、幸せを簡単に得ようなどという甘えた考えは――――許せない。
人間は、幸せになろうと、努力すべきなのだと、オレは思う。
成るために、成ろうとするべきだと……オレは思う。
『それはね? 龍正。君が「成ろう」と思える、強い心を持っているからこそ、言えることなんだと、ボクは思うよ』
ああ……まただ、また出てきた。
この男は毎回……。
明日のような……はたまた今日のような、勝負の一日を迎える日の夢に、必ずと言って良いほど現れる。
『これこそが、さきほど君が述べた、リスクというやつなのかな? 【幻想プラシーボ】を打ち砕こうとする、その罪悪感からのストレスによって、思い出したくもない人間を、思い出してしまうというリスク』
その男は言う。
『君からしてみれば、ボクという存在は。存在しているだけで、ストレスであり、触れられたくなくて、触れたくなくて、そして――――触れなくてはいけない、君の心の闇そのものなのだから』
………………。
『なるほどなるほど。そう考えてみると、他人様の【幻想プラシーボ】を打ち砕かんとする一日に。他人の幸せをねじ伏せようとする一日に。自分への戒めとして、その対価として、心の安寧《あんねい》を保つためボクを夢の中に案内するというのは、なかなかどうして、理にかなっている』
その男は言った。
『相変わらず――――君の心は強いね』と。
オレが……心の中に、この男を案内している?
自分への戒めとして?
心の安寧を保つため?
そんな訳が……ないだろう。
お前は、お前の意思で、毎回こんな風に、こんな状況下で見るオレの夢に現れているのだろう?
オレへの、嫌がらせのために。
【幻想プラシーボ】を、利用して。
『あははっ、バレてる。やはり一筋縄ではいかないなぁ、龍正は。強い強い。本当に強いや。改めて、君と味方同士でなくて、良かったと思うよ。そんな強い心の近くにいたら、ボクみたいな脆弱な心は、粉々に打ち砕かれてしまったことだろう。ん? いいや? この言い方は違うな――――』
その男は続ける。
『粉々に打ち砕かれてしまったからこそ――ボクは今、こんな風になってしまったのだろうね』
そんなことを、言った。
冗談も程々にしておけよ。
【幻想プラシーボ】などという、ズルを、卑怯を、日本中に解き放ったお前の心が……弱く、脆弱な訳がないだろう?
お前は誰よりも心が強くて、そして誰よりも――――
心が歪んでいる。
『心が、歪んでいる。ねぇ?』
その歪みを正すのが――お前の元、親友であったオレの役目だ。
……否――――オレたちの役目だ。
『……それは無理だよ。と、言っても、君のことだ。君たちのことだから、諦めはしないんだろうね』
諦めない――――それが、白宮 龍正――――オレが、オレである所以だ。
例えコレが、この夢が、この男の言う通り、オレの心の奥底に湧いているストレスから生じている現象であったとしても。
オレは止めない。
決して、止まることはない。
【幻想プラシーボ】は――――一つ残らずこの世から抹消する。
そして必ず――――
お前を取り戻し。
お前と再び、親友になる。
『この【坊主頭の幻想プラシーボ】においても、その一環である、とでも言うつもりかな?』
……その通りだ。
一つ一つ、【幻想プラシーボ】を潰していくことで、オレの目標の実現に近づいていっている。
オレはそう……信じている。
『それは些かズレている認識だと思うけどねぇ? 一つ二つ三つ、【幻想プラシーボ】を破壊しようと、否、治療しようと。この病は際限なく現れる。何故なら、人間とは欲に塗れた生命体なのだから』
………………。
『幻想、妄想、空想、想像、希望、絶望、渇望、欲望……エトセトラ……ありとあらゆる感情から、【幻想プラシーボ】は生まれる。人間と、これらの感情を引き離すことは不可能だ。人間と感情は、いつでもどこでも、どこまで行き着いてもイコールで繋がっている。何故なら、それが人間が人間たる由縁なのだから』
……かもな。
『そうだろう? だからこそ、【幻想プラシーボ】の根絶など不可能なん……――』
だが逆に、そんな引き離すことが出来ない感情たちと――――向かい合ってきたのもまた、人間なんだよ。
お前が列挙した、鬼のように強いと形容できる感情たちを、押さえ込んできたのも――――人間なんだ。
その蓋を壊したのはお前だ。
人類が必死に押し込んでいた感情を、溢れ出させたのはお前だ。
感情上位、人間下位の方程式を作り出してしまったお前は――――
だからこそ、悪なんだ。
悪は許さない――それが、オレの正義だ。
『ならばボクも対抗して言おう。ズルをしてでも、人類は皆、幸せになるべきだ。そんな世界を作り上げること――――それこそが、ボクの正義だ』
分からない奴だ。
誰かの幸せは、他の誰かにとってみれば不幸せにもなり得るんだぞ?
『だからこそ――――【幻想プラシーボ】という救いが、この世には必要なのさ』
……議論は平行線だな。
『だね。どれだけ夢の中で議論しようと、ボクはボクの信念を変えることはないし。君も君の信念を変えることもない……やはり決着は、現実でつけるべきだ』
ああ……そうだな。
とりあえずオレは、明日……もしくは今日、【坊主頭の幻想プラシーボ】を打ち破ることで、オレの正義への一歩を、進ませてもらうことにする。
『お好きにどうぞ』
そう言って、やれやれ……と言わんばかりに、男は乾いた笑みを浮かべた。
………………。
もう二度と、オレの夢の中に現れんなよ――――――義虎。
『それは聞けない相談だね。龍正』
義虎が、そんな迷惑な返答をしてきたところで……。
オレは目覚めた。
月曜日――――勝負の一日となる朝が、訪れていた。
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