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坊主頭の奇妙な校則
【36】
しおりを挟む赤神 円は顔を歪めた。
オレと鶴見先生、そして、狩野先生の会話を聞き、その上で、【坊主頭の幻想プラシーボ】を治療するかどうかの選択を迫られている状況だ。
まだ、十六歳の女子高生に、こんな選択をもとめるのは酷だろう。
しかし、彼女はその選択をしなくてはならない。
これから、否が応でも。
何故なら、この一件に関わってしまったから。
彼女はきっと――――とんでもない男に目をつけられてしまったから。
今後彼女は、この状況よりも酷い選択を迫られる時がくることだろう……。
その時のために、彼女には練習をさせておかなくてはならない。
平和のためには――時に、個人の犠牲が必要にもなることを、理解してもらわなくてはならない。
「もう少し……」赤神さんは言った。
「もう少し……事情を聞いて良いですか? 狩野先生」
「……ええ……」狩野先生は頷いた。
「【幻想プラシーボ】という、皆を坊主頭にしようと思い立った、経緯について、教えていただけませんか?」
「私が吹き込んだのよ」と、鶴見先生が言った。
「順を追って説明しましょう……。まず、もう既に周知の事実だろうけれど、紙子には子供がいるの」
「はい」赤神さんが相槌を打った。
「その子供……筆火はね? 病気なの。余命半年を、五ヶ月以上前に言い渡されているわ。七歳という若さでね」
「ということは……」
「そう……もう、あまり長くはないのよ」
「そんな……」
「心臓の病気でね、苦痛を伴うの。だから薬を服用する訳なのだけれど……その薬の副作用で……」
「その子は髪の毛を失った」
赤神さんのその言葉に、鶴見先生は無言で頷いた。
「抜けていく髪に……随分とショックを受けていたわ……。泣きじゃくってね? 自身の身体におぞましい症状が出て……怖かったのでしょう……紙子や私が、どれだけ励ましても、あの子は泣きじゃくっていたわ」
……髪の毛が抜けていく……なくなって行く様は、怖いよな……。
それにしても、七歳……か。
「そんな時、紙子は自分の髪の毛を剃ったのよ。そして、筆火に見せた、『ほら、同じでしょ?』って……。『私は、こんな風になっても、元気に笑顔で仕事ができる。だから……』だから……あなたも大丈夫よ……? って……」
涙声で、鶴見先生はそう言った。
余談だが、狩野先生が髪の毛を剃ったことを、赤神さんや倉持学級委員長が知らなかったのは、その時期に筆火ちゃんの容態が急変し、彼女は殆ど学校を休んでいたからだそうだ。
もしもその時学校に来て……赤神さんと会っていれば、違った結果があったのかもしれない……。
「筆火は少し、元気を取り戻した。けどね? 髪を剃った紙子を見て、あの副担任――――薄池の奴はなんと言ったと思う?」
薄池 次郎、副担任。
「……何て、言ったんですか……?」赤神さんは、質問に答えず、そう問い掛ける。
鶴見先生は答えた。
『生徒の機嫌を取ることしかできない、無能の頭には相応しい髪型だな。心底笑える』
……そう、言ったそうだ。
赤神さんは歯痒そうに、唇を噛み締めた。
狩野先生の方へと視線を向けると、俯いていた。
ちなみにオレは、「やっぱり、そうか……」と思った。
鶴見先生の顔が、涙と怒りに染まっている。
「無能には相応しい髪型!? 何も知らない癖に! よくもそんな侮辱的なことが言えたな!! と、思うじゃない!! 彼女が一体どんな想いで、頭を丸めたのか! そんなことも知らない奴に、そんなことを言われた!! 紙子は傷付いた! こともあろうか! 愛する我が子がそんな風になってしまった髪型を! 嘲笑されるかの如く!! 許せない!!」
…………そりゃ、許せないよな。
「そんな時――――とある、男の人に出会ったの」鶴見先生は、そう続けた。
なるほどな……と、オレは思った。
「その男の人は――――『幻想教会』という、宗教団体のトップであったらしくて……最初は、私も疑ってかかってたんだけど、悩みを聞いてもらってる内に……良いことを、教えてもらったの……」
「良いこと?」これを尋ねたのは、赤神さん。
「【幻想プラシーボ】っていう病の存在よ」
鶴見さんは答えた。そして続ける。
「これ以上ない、方法だと思ったわ……。【幻想プラシーボ】を利用すれば……紙子も筆火も傷つけない、平等な世界ができると……。あの薄池以外の人間にも、二度とあんなことを言わせることのない世界を創れると……本気で思った……だから私は……【幻想プラシーボ】を紙子が発症するように、行動した。その男の人から……言われた技術の通りに……」
「その男の人の名前は?」これは、オレの問い掛けだった。
「え?」
「その、『幻想教会』のトップと名乗る男の名前を……聞いていたら、教えてくれ」
「……フルネームは知らないけれど……――――
義虎――――って、名乗っていたわ」
「……そうか……」
これで…………確定した……。
紛うことなき本物だ……。
やっぱり……この一件には、お前が関わっていたのか……。
それが分かった以上……オレがもう、この一件にこれ以上介入する必要はなくなった。
「……ごめん。話が逸れた、戻してくれて構わない」
後は完全に、赤神さんに任せよう。
その後の、鶴見先生の話をまとめよう。
狩野先生に【幻想プラシーボ】を発症させるのは、当時の彼女自身のメンタルが不安定であったことから容易だったそうだ。
その後、いの一番に、薄池副担任を感染させ、仕返しと言わんばかりに屈服させた。
知らない内に、自分も【坊主頭の幻想プラシーボ】に感染していた。
再度気が付いた時には『偽感染原者』になっていた。
先週の金曜日、筆火ちゃん病状がさらに悪化し、遂に目を開かなくなってしまった。それがために、紙子先生の【幻想プラシーボ】は強さを増し、形を変えた。
以上の話を聞いて……赤神さんが出した結論は……。
「……うん……やっぱりダメね……。私は、先生方を許すことはできないや」
「ええ……そうよね……」と狩野先生。
「ごめんなさい……狩野先生」
「良いのよ……気にしないで。だって私は……それだけのことを、したのだから……」
苦笑しながら、先生は答える。
赤神さんが続けた。
「狩野先生や……その娘さん、ひつかちゃん……だっけ? が、とても苦しくて、やるせなくて……そして、辛い状況にいた、というのは、とても分かった。それはもう、当時の私を引っぱたいて、今すぐ狩野先生に会いに行けと……鶴見先生を止めろと……薄池副担任をぶん殴れよと……何故そうしなかったんだと、言いたい気分です。私は――――
先生たちが、苦しんでいた時に何もできなかった自分が歯痒い」
赤神さんは……そう言った。
「だけど……」そして更に続ける。
「大多数の人たちを巻き込んだことについては……私の意見は、白宮くん……さん? の意見に、激しく同意する。あなた達二人に、どのような過去があっても……それは、他人を巻き込んで良い理由にはならない……と、私は思う」
彼女は「そんなの、自分が死にたいからって、死刑になるために他人に被害を与える、無差別殺人と何も変わらないもの」と、続けた。
無差別殺人か……。
確かに、価値観を狂わすというのは、人格を殺すということに等しい。
的確な表現だな。
「大多数の人の、失われた髪は生えてきても……感染が解けた後、負う心の傷は……きっと、消えない。消えたように見えても、その傷はきっと、心のどこかに残っている……。その事実を……私は見過ごせない……」
そういった後、彼女は決意を述べた。
「私は――――この悲しい【幻想プラシーボ】を終わらせる」
ポケットから、お決まりのいちごミルク味の飴玉を二個取り出しながら。
「あなた達のしたことは許せない。けれど……だからと言って、別にあなた達に怒りをぶつけたり、責めるつもりなんてありません。とてもじゃないけど、そんな気にはなりませんから」
そう言いつつ、笑いながら、二個のいちごミルク味の飴玉を、狩野先生と、鶴見先生の二人に手渡す。
すると赤神さんが、まるで見本を見せるかのように、封を切り、むき出しになった白と桃色が混ざった飴玉を、ひょいっと口の中に放り込んだ。
「うん、美味しい」
にこやかに微笑みながら、飴玉を口の中で転がしつつ、赤神さんは言う。
「昔……死んだおばあちゃんに教えてもらったんです。いちごミルクの飴を舐めると……どんな嫌なことでも忘れられるって。どんな病気でも、吹っ飛んでいくって」
そう言った。
オレにとって、そう言っている彼女の姿はまるで……処方した薬の説明をしている薬剤師の姿に見えた。
いちごミルク味の飴玉――――特効薬。
そう……。
赤神 円――――彼女の揺るぎない心――それが生み出した、【幻想プラシーボ】に対する特効薬と呼べるそれは……――
「だから私、体調悪い時とか、凹んだ時とか、必ずいちごミルク味の飴玉を舐めることにしているんです。そしたらあら不思議、どんな体調不良も、心の凹みも治っちゃうんですよ? 不思議ですよね! これぞ、おばあちゃんの知恵袋ってやつです!」
いちごミルク味の、飴玉だった。
「だから、二人も舐めてみてください! 甘くて、美味しくて……辛い気持ちも、暗い気持ちも……【幻想プラシーボ】も、どかんっと、吹き飛んでっちゃうはずですから」
彼女が持つ揺るぎない心から生み出された、天然の……【幻想プラシーボ】とは――――
【いちごミルク味の飴玉は、どんな病気にも効く万能薬である】というものだった。
よって、狩野先生と鶴見先生の……二人がその、いちごミルク味の飴玉を舐めた瞬間に――――
【坊主頭の幻想プラシーボ】及び【スキンヘッドの幻想プラシーボ】は……終わりを告げた。
何とも彼女らしい……甘い、結末だった。
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