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10話

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 セバスに引きずられていった伯爵は、猛スピードで着替えを済ませると部屋に戻り、アルフレッドの前の席に座りなおし軽く咳払いをすると何事もなかったかのように話始めた。

「しかし、王都を少し離れるという程度なら、領地に戻っておけばいいだろう?特に我が家や、ましてやお前個人にお咎めがあるわけでもないのに…
 確かに、婚姻の儀式まで進めながら破断になるというのは世間の話題にもなりはするが…。実のところお前自身もエリザベト嬢と友情以上のものを感じていなかっただろう?」

 改めた口調で訪ねてはいるが、その答えには確信があるような様子でアルフレッドを見ている。

「そうですねぇ。昔からエリザベトとクリスが思いあっていることは知っていましたし、二人が一緒にいられるならその手伝いをしようとは思っていましたよ」

 微妙に父の質問にずれたような返答を返すアルフレッドだが、特に話をはぐらかそうとしている様子は見られない。

「…それは、もしクリストフ様が使用人のクリスのままであった場合、お前がエリザベト嬢と結婚をして
、二人の隠れ蓑を買って出るつもりだったということか…?」

「うーん。その道も考えなかったわけではないですが…。どのみちあの二人が一緒にいるのが一番いいことに間違いはないわけですから。白状してしまえば、二人を国外に逃がすことも視野に入れて、安全に生活できる環境を整える準備も少しずつしてもらってましたし」

 あっけらかんと言ってのけるアルフレッドの様子にため息をついたあとで、間違いなく共犯者という名の実行犯である執事をちらりと見るが、当のギルバートはしれっとした表情を崩しもしない。

「そんなことをすれば、お前の評判にも傷がつくことになっただろうに…」

 二人が逃げてしまえば、事実はどうあれアルフレッドは、婚約者を使用人に横からさらわれた男ということになる。

「まあ、それはそれで仕方ないでしょうね。そもそも俺にはギルがいるので、それ以上の人間関係は望んでませんし」

「ぐぬぅ」と父が拳を作って唸り、ムームーと騒ぐ弟に、息子の口を押えたままの母が「あらまあ」と声を上げるが、特に気にした様子もなくアルフレッドは話を続ける。

「で、まあ今回こういうことに落ちついたわけですが、俺自身が新しい婚約者を望んでいないということで、後継ぎはフレディに任せて、俺は旅をしながらこの家に貢献する道がいいと思っています」

 自然な調子で言うアルフレッドの様子を見た父が、ぐっと息をのんで返答をためらっている間に、ついに母の手を振り切ったフレデリックが大きな声を出した。

「それならば!父上母上!私も婚約者などいりませんので、兄上の旅について行きます!後継ぎはもう一人生んでください!」

 その発言内容に父がむせたような咳をし、母は再び「あらまあ」と頬を押さえた。

「もう一人弟かあ…。ふふふ…」

 赤子を想像したかのように表情を明るくして「かわいい」とつぶやいたアルフレッドは「お兄様…お兄ちゃん…ふふふ」と幸せそうな独り言を続けている。

「ん?ちょっと待ってください?兄上?!可愛い弟はすでにここにいますよ!ほら!」

 想像の世界に浸っていたアルフレッドが現実の弟の声にはっと顔を上げる。

「そうか!弟はフレディがいるし、妹もいいなあって思ったけど、フレディが女の子と結婚すれば妹もできるのか…」

「いや、兄上!だから今私は結婚はしないという話を…!」

「うーん。でも、フレディの婚約者さんじゃあ俺のことをお兄様とは呼んでくれないかもしれない…」

「お兄様?!いや、お兄ちゃんと呼んだらいいですか?!ほら、かわいい弟が一人いれば十分ですよね?!兄上!」

「いや、とにかく赤ちゃんから見守る幸せはやはり捨てがたい…。父上母上!やっぱり俺も弟か妹が欲しいです!」

「ぐっ!兄上!では、赤子が生れれば旅に出るのをやめてくださるのですか?!父上母上!やっぱりお願いします!」

 勝手に盛り上がっている兄弟にひきつった顔をした父は頭を抱え、母は頬を赤らめながら「あらまあ」とこぼした。
 どんどん話がそれていく主一家に、ギルバートがこほんと小さな咳払いで注意をひくと、ずっと抱えたままだった小箱を差し出す。

「アルフレッド様、ひとまずこちらのご説明をされてはいかがですか?」

「あ!そうだね。フレディ、こっちへおいで」

 箱を受け取ったアルフレッドは嬉しそうな声を出して、弟を手招きして自分の隣へと呼ぶ。
 フレデリックを抱きとめていた母もすんなりとその手を放し、一緒にソファーまでついてくるとフレデリックの向いに腰を下ろした。
 差し出された箱をそっとフレデリックが開く。中から出てきたのは小さな熊のぬいぐるみだった。
 箱から出てきた黒いふわふわの毛並みに、緑の目をしたその熊を両手で抱えたフレデリックは目をキラキラさせながらアルフレッドを見上げた。

「兄上と同じ色合いでかわいらしいですね!どうしたんですか?これ」

「ふふ。気に入ってくれてよかったよ。これはね、ただのぬいぐるみじゃないんだ」

 アルフレッドはそういうと、すっと後ろからギルバートが差し出した細長い金属の板のようなものを受け取ると、板についた丸いボタンをぽちりと押した。
 すると、フレデリックの手の中の熊が右手を上にあげて振るように動き出し、そのおなかからピコピコと音がし始めた。

「わ!動きましたよ!兄上」

 フレデリックは、熊を顔の前まで持ち上げてはしゃいだ声を出す。

「その動いてる手を握ってごらん。肉球の刺繍のところ」

「こうですか?」

「『そうそう』」

「え?」

「『あ、うまく聞こえてるね』」

 アルフレッドが手に持った板に向けて話すと、熊のほうからもアルフレッドの声が聞こえている。

「この熊!兄上の声がします!」

「『そうなんだ。これがあれば、離れたところでも通信ができる魔道具だよ。こっちの板からもちゃんとフレディの声が聞こえてるよ』」

「すごいです!これも兄上の発明ですか?!」

「『こういうのが欲しいって考えたのは俺だけど、作ってくれたのはギルだよ。熊のデザインもね、フレディはこの色が好きだからって』」

 ソファーの上で飛び跳ねるようにして喜ぶフレデリックの頭をなでながら、アルフレッドが告げる。

「ギルバート。例え兄上の発案とはいえ、これを作成してくれたことは感謝します。この兄上の色を模したデザインも…さすがです…」

 フレデリックは一瞬微妙に表情をゆがめながらも、悔しさをにじませつつお礼を述べた。

「どういたしまして。これは、まだ試作品ですのでこの一対しか完成しておりません。この通信機の性能がどこまで届くのか確認したいと思っておりますので、ぜひともフレデリック様にはこの王都に居ていただき、アルフレッド様のためにご協力いただけないかと」

 にっこりと微笑みながらギルバートが返答すると、フレデリックはさらに悔しそうに顔をゆがめながら
「そういうことか…!」とつぶやいた。

「え?ちょっと待って。それ、一対しかってパパの分は…?え?」

 盛り上がる子供たちをを見守っていた父がうらやましそうに口をはさむが「これは私のものです」とフレデリックが抱きしめ、熊を手放すことはなかった。
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