22 / 114
第十九話 枯れた水と宿の女将クルバ 1/2
しおりを挟む
コランマールに着くころにはすっかり日が暮れていた。街は人口の灯りで照らされており、明るい。人の往来もあり賑わう通りを一つ曲がれば一気に薄暗く、人通りが少なくなる。昼間は気にならないが、日が暮れれば薄気味悪く感じる。坂道を下りクルバの運営している宿屋へと向かう。薄暗いから人通りが少ないのか、人通りが少ないから薄暗く感じるのか考えながらセシリヤはモンタナに着いた。
扉を開けるとクルバが目を見開いた。彼女が手にしていたトレイが滑り床へと落ちる。
「セシリヤちゃん⁉ おかえりなさい!」
クルバが近づいてセシリヤを抱きしめる。困惑するセシリヤにクルバは「良かった、無事に帰ってきてくれて良かったよ……」と涙声で何度も言う。抱きしめてくれる人の温もりを感じるのはいつ以来だろうか、くすぐったさを感じる。
「ク、クルバさん?」
「あらやだ。私ったら、ごめんね」
声を掛けると体を離したクルバが目尻に溜まった涙を拭った。出掛けると言ったきりなかなか戻らないセシリヤを心配していたようだ。苦笑を浮かべる相手にセシリヤは唇を一度結んでから照れくさそうに「ただいま、クルバさん」と告げた。
「お風呂に……と言いたいところだけど、ちょっと時間が掛かるからご飯でも食べて待っててね」
「お風呂どうかしたんですか?」
問うと、クルバは困ったように眉を下げて話しはじめた。
♦♦♦
モンタナのある通りは三年前から人通りが減っていた。元々はここも人通りが多く賑わっており、モンタナにも客は多かった。けれど、突然水の供給が途絶えてしまった。途絶えたのはモンタナのある通りだけ。表の通りや他は途絶えておらず、原因は分からなかった。水の供給が途絶え水道から水が出なくなっただけではなく、近くの井戸も枯れてしまいクルバたちは離れた井戸まで必要な分だけ水を汲みに行く生活をせざるを得なくなってしまった。不便な生活に耐え兼ねた人たちは表通りへと引っ越し、今では人通りが少ないゴーストストリートと化してしまったのだ。クルバは亡き夫の残したモンタナを守りたいと残り生活をしている。風呂の水も近くの井戸から何度も運ぶため「時間が掛かるから少し待っててね」と出て行こうとするクルバをセシリヤは引き止めた。
「クルバさん、水はどれくらい必要ですか?」
セシリヤの問いにクルバは目をしばたたかせた。
「とりあえずセシリヤちゃんのお風呂用とかの生活用水をタンク一杯必要かしらね」
「タンクに案内していただけますか?」
「構わないけど……」
言いながらクルバは非常用タンクのある場所まで案内した。蓋を開くと中には水が溜まっていたが、三分の一程度であり湯船を張るまでの量はない。タンク一杯まで水を何度も汲みに行くとなれば何時間掛かることだろうか。セシリヤはブレスレットに触れた。
「クルバさん、ちょっと離れていてください」
素直に数歩下がったことを確認したセシリヤがアクアマリン色の石を指で撫でて念じた。
(アンディーン、聞こえる?)
――はい、セシリヤ様。さっそく役立つ時が来たのですね
アンディーンの声音が弾んでいるように聞こえる。
(このタンク一杯に水を溜めたいんだけど、出来る?)
――お安い御用です
(それと、水の供給がこの通りだけ途絶えた原因を明日探りたい。協力してくれる?)
――もちろんです。私に出来る事であれば
(ありがとう。助かる)
――いいえ。貴女は私の能力を人のために使うのですね、良かった……
小さく零された言の葉はセシリヤには届いていなかったが、アンディーンは満足そうに微笑むと祈るように両手を組んだ。
タンクの中に水嵩がみるみるうちに増えていく。これにはセシリヤも「おぉ!」と感嘆の声を零す。タンクを覗き込んだクルバも目の前で起こった出来事に何度も目を擦った。
「こりゃあ驚いたねぇ~。セシリヤちゃんは魔法使いかい?」
「ま、魔法使いだなんて……私はただの旅人ですよ」
苦笑を浮かべるセシリヤにクルバは何度も礼を述べる。
「ありがとう、セシリヤちゃん。今からお風呂の準備をしてくるからご飯食べながら待っていてね」
そう言うとクルバは厨房へ急ぎ足で向かって行った。クルバがいなくなったのを見計らってティルラが声を上げた。
「アンディーンの能力すごいわね。水をあっという間に生成するなんてさすが水の精霊」
「そうね……」
「水の供給が途絶えた理由、気になるの?」
「もちろん。クルバさん困っているようだし、解決できるなら協力したいかな」
足もとにいたピー助が両羽を広げてピィー、と鳴いた。自分も協力すると言っているように聞こえてセシリヤは小さく笑うとピー助の頭を人差し指で優しく撫でた。
(アンディーンの能力もだけど、それを普通に使えるセシリヤの潜在能力値の高さよ……。これも師匠とやらの教育の賜物かしら)
「セシリヤちゃーん! ご飯の用意出来たからおいで」
クルバの呼びかけにセシリヤは返事して食堂へと向かった。
扉を開けるとクルバが目を見開いた。彼女が手にしていたトレイが滑り床へと落ちる。
「セシリヤちゃん⁉ おかえりなさい!」
クルバが近づいてセシリヤを抱きしめる。困惑するセシリヤにクルバは「良かった、無事に帰ってきてくれて良かったよ……」と涙声で何度も言う。抱きしめてくれる人の温もりを感じるのはいつ以来だろうか、くすぐったさを感じる。
「ク、クルバさん?」
「あらやだ。私ったら、ごめんね」
声を掛けると体を離したクルバが目尻に溜まった涙を拭った。出掛けると言ったきりなかなか戻らないセシリヤを心配していたようだ。苦笑を浮かべる相手にセシリヤは唇を一度結んでから照れくさそうに「ただいま、クルバさん」と告げた。
「お風呂に……と言いたいところだけど、ちょっと時間が掛かるからご飯でも食べて待っててね」
「お風呂どうかしたんですか?」
問うと、クルバは困ったように眉を下げて話しはじめた。
♦♦♦
モンタナのある通りは三年前から人通りが減っていた。元々はここも人通りが多く賑わっており、モンタナにも客は多かった。けれど、突然水の供給が途絶えてしまった。途絶えたのはモンタナのある通りだけ。表の通りや他は途絶えておらず、原因は分からなかった。水の供給が途絶え水道から水が出なくなっただけではなく、近くの井戸も枯れてしまいクルバたちは離れた井戸まで必要な分だけ水を汲みに行く生活をせざるを得なくなってしまった。不便な生活に耐え兼ねた人たちは表通りへと引っ越し、今では人通りが少ないゴーストストリートと化してしまったのだ。クルバは亡き夫の残したモンタナを守りたいと残り生活をしている。風呂の水も近くの井戸から何度も運ぶため「時間が掛かるから少し待っててね」と出て行こうとするクルバをセシリヤは引き止めた。
「クルバさん、水はどれくらい必要ですか?」
セシリヤの問いにクルバは目をしばたたかせた。
「とりあえずセシリヤちゃんのお風呂用とかの生活用水をタンク一杯必要かしらね」
「タンクに案内していただけますか?」
「構わないけど……」
言いながらクルバは非常用タンクのある場所まで案内した。蓋を開くと中には水が溜まっていたが、三分の一程度であり湯船を張るまでの量はない。タンク一杯まで水を何度も汲みに行くとなれば何時間掛かることだろうか。セシリヤはブレスレットに触れた。
「クルバさん、ちょっと離れていてください」
素直に数歩下がったことを確認したセシリヤがアクアマリン色の石を指で撫でて念じた。
(アンディーン、聞こえる?)
――はい、セシリヤ様。さっそく役立つ時が来たのですね
アンディーンの声音が弾んでいるように聞こえる。
(このタンク一杯に水を溜めたいんだけど、出来る?)
――お安い御用です
(それと、水の供給がこの通りだけ途絶えた原因を明日探りたい。協力してくれる?)
――もちろんです。私に出来る事であれば
(ありがとう。助かる)
――いいえ。貴女は私の能力を人のために使うのですね、良かった……
小さく零された言の葉はセシリヤには届いていなかったが、アンディーンは満足そうに微笑むと祈るように両手を組んだ。
タンクの中に水嵩がみるみるうちに増えていく。これにはセシリヤも「おぉ!」と感嘆の声を零す。タンクを覗き込んだクルバも目の前で起こった出来事に何度も目を擦った。
「こりゃあ驚いたねぇ~。セシリヤちゃんは魔法使いかい?」
「ま、魔法使いだなんて……私はただの旅人ですよ」
苦笑を浮かべるセシリヤにクルバは何度も礼を述べる。
「ありがとう、セシリヤちゃん。今からお風呂の準備をしてくるからご飯食べながら待っていてね」
そう言うとクルバは厨房へ急ぎ足で向かって行った。クルバがいなくなったのを見計らってティルラが声を上げた。
「アンディーンの能力すごいわね。水をあっという間に生成するなんてさすが水の精霊」
「そうね……」
「水の供給が途絶えた理由、気になるの?」
「もちろん。クルバさん困っているようだし、解決できるなら協力したいかな」
足もとにいたピー助が両羽を広げてピィー、と鳴いた。自分も協力すると言っているように聞こえてセシリヤは小さく笑うとピー助の頭を人差し指で優しく撫でた。
(アンディーンの能力もだけど、それを普通に使えるセシリヤの潜在能力値の高さよ……。これも師匠とやらの教育の賜物かしら)
「セシリヤちゃーん! ご飯の用意出来たからおいで」
クルバの呼びかけにセシリヤは返事して食堂へと向かった。
0
あなたにおすすめの小説
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
平凡な王太子、チート令嬢を妻に迎えて乱世も楽勝です
モモ
ファンタジー
小国リューベック王国の王太子アルベルトの元に隣国にある大国ロアーヌ帝国のピルイン公令嬢アリシアとの縁談話が入る。拒めず、婚姻と言う事になったのであるが、会ってみると彼女はとても聡明であり、絶世の美女でもあった。アルベルトは彼女の力を借りつつ改革を行い、徐々にリューベックは力をつけていく。一方アリシアも女のくせにと言わず自分の提案を拒絶しないアルベルトに少しずつひかれていく。
小説家になろう様で先行公開中
https://ncode.syosetu.com/n0441ky/
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる