翠眼の魔道士

桜乃華

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第七十一話 雇い主の屋敷へ

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 「そんなことは分かっている!」

 絞り出すような声を出す相手にセシリヤが目を丸くする。その間にも男は続けた。

 「分かってる……分かってるんだよ、そんなことは。魔術障壁も土人形も……俺の魔術なんか誰も必要としない! でもな、生きるためには金が必要なんだよ!」
 「だから、あの男に金で雇われたの?」
 「そうだ! 生きるために仕事をして何が悪い」

 男は吐き捨てるように言葉を紡ぐ。確かに男は金で雇われて仕事をしただけだ。それにより一部の人間が苦しむことは知っていても見て見ぬふり。栄えている街の中でさえ貧困の差はある。むしろ栄えているからこそその差は大きくなるのだろう、とセシリヤは眉を寄せた。

 「仕事をすることに文句はないわ。あなたが誰から報酬を貰おうが勝手。でもね、そのやり方で苦しんだ人がいたことも事実よ」
 「……」

 黙り込んだ男にセシリヤは続ける。

 「せっかく魔術が使えるのよ? 誰かを苦しめるためじゃなくて楽しませるために使ってみない?」
 「詭弁だな」
 「そうかもね。でもやってみるのも悪くないと思わない?」

 そう言いながら片目を瞑るセシリヤに男は苦笑を見せた。

 「まあ、その前にツノゴマのところに行って、今回の事を認めさせてちゃんと謝罪をしてもらってからだけど! それが済んだら私に考えがあるんだけど、乗ってみる気ある?」
 「……、」

 男が返事をしようと口を開きかけたタイミングで地面に魔法陣が浮かんだ。

 「ただいま戻りましたー!」

 ミラが上機嫌で現れる。

 「あ、ミラ。おかえり」
 「いやぁ~、セシリヤさんの戦闘はやっぱりいいですね。土人形を燃やすところなんて……」
 「あぁー! いいから、言わなくていいから!」

 耐え兼ねたセシリヤがミラの口を片手で塞いだ。恥ずかしかったのか、セシリヤの頬が僅かに赤い。

 「……で、ミラは他の記憶も読んだんでしょ? 有益な情報はあったの?」

 セシリヤの問いにミラは自信満々に「もちろんです!」と頷いた。胸を張り、こほん、と咳払いをする。

 「なんと、雇い主はツノゴマだったんです!」
 「あー、うん。わかった。ありがとう」

 予想と違う反応を見せるセシリヤにミラが地味にショックを受けていた。「なんですって⁉ 雇い主があのツノゴマ⁉ いい情報をありがとう、やっぱりミラは頼りになるわね。さすがだわ」そう言いながら自分を褒めてくれる所までが彼の予想だった。現実はとても厳しい。

 「全然僕の予想と違う! なんでですか⁉」

 地面に両手を付き涙目になりながらミラは肩を落とした。

 「残念ながらこの人が喋ってくれたから」

 男を指すと、ミラもそちらへ視線を向けた。眼差しは嫉妬の色を含んでいる。男は何故、嫉妬の眼差しを向けられているのか心底分からないと言わんばかりに口を半開きにしていた。

 「おのれ! 僕の見せ場を奪った罪は重いぞ!」
 「はいはい! どうどう、落ち着いて。この男との話はついたからさっさとツノゴマのところに行くわよ!」

 男に突っかかるミラをセシリヤは引き離した。ミラはむくれている。様子を窺っていたアンディーンは声を殺して笑うと、男の枷を外した。男は自由になった両手首を軽く動かしている。自由になったからと言って逃げる気はないようだ。まあ、逃げたところでセシリヤから逃げられるとは思えないというのが男の本音だ。まだ命は惜しい。男はセシリヤとミラへと視線を向けた。

 「あー、もー! ツノゴマの件が片付いたらデートでもなんでもしてあげるから!」

 “デート”と聞いてすぐにミラの表情が明るくなる。

 (え⁉ 本当にそんなんで機嫌直るのか⁉)

 男は目を丸くしていた。先ほどまでこちらの胸ぐらを掴み人を殺しそうな目をしていた男とは思えない。

 (よし! ミラの機嫌が直った今のうちに!)

 セシリヤは内心でガッツポーズするとミラの手を引いた。

 「さあ! ミラ、行くわよ」
 「はい! ……その前に一つ聞きますけど、こいつも一緒に連れていくんですか?」

 不満気な声で言うミラにセシリヤは何を言うんだ、と言わんばかりの顔をする。彼を連れて行かずにツノゴマのところに転移なんてしたら通報されるのがオチだ。いや、許可なく他人の敷地に侵入する時点で不法侵入なのだが、細かいことは気にしない。例えツノゴマが騒いだとしてもこの男がいるだけで相手は迂闊に通報など出来ないとセシリヤは踏んでいる。

 「そうよ。文句は後でいくらでも聞いてあげるから、とりあえずミラよろしく」
 「……どこに転移するんですか?」
 「あ……。ねえ、ツノゴマとの待ち合わせ場所とか、あいつの居場所とかあるでしょ。教えて」

 男は素直に話した。ツノゴマへの報告は彼の部屋で直接行うことになっている。彼はパエパランツから西に数キロ離れた位置に建っている屋敷に住んでいる。用心深い彼は腕の立つ用心棒を複数人雇っている。男はミラにツノゴマの屋敷の位置を伝えた。
 地面に魔法陣が浮かび上がり、緩い風が吹き始める。

 「お前はこの魔法陣の中に入れ。セシリヤさんは僕に摑まってくださいね~」
 (扱いの差!)

 ティルラは男に憐みの視線を向ける。

 「だから何でよ⁉ この男みたいに魔法陣の中に入るだけでいいじゃない!」

 巻き込まれたくないと言わんばかりに男は視線を外してフードを深く被った。

 「そうはいきません! せっかくのチャン……じゃなかった。こうでもしないとセシリヤさんとくっつけないので!」
 (隠す気ないのね⁉)

 言い直す意味とは、とツッコミを入れそうになるのをティルラは堪える。自分が口にせずともセシリヤが言うだろうなと勝手に結論付けた。

 「少しは隠しなさい!」
 (ほらね!)
 「いやぁ~どうせ怒られるならいっそ開き直った方がいいかなぁ~って」

 緩く笑いながらミラはセシリヤの肩を抱くなり魔法陣へ魔力を注いだ。輝きが増すと三人は地下水路から姿を消した。
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