翠眼の魔道士

桜乃華

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第七十二話 用心棒 1/2

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 「遅い、遅すぎる! たかが様子を見てくるだけでどれだけの時間を要しているのだ!」

 ツノゴマは荒々しくテーブルを殴った。その拍子に灰皿が跳ね、吸い殻が零れる。

 「役立たずが……!」

 吐き捨てるように零したのとほぼ同時に床に魔法陣が出現した。目を丸くして腰を浮かせたツノゴマの視線の先に人影が三人。一人は自分が地下水路に送り込んだ男。他の二人は男の後ろに隠れて顔が見えない。

 「遅いぞバカ者! そこの二人は何だ⁉ 許可してない者の立ち入りは不法侵入とみなす」
 「はは、すまんな。ツノゴマ様。あんたの事バレちまったよ」

 男が肩を竦めながら言った。

 「どうも~ツノゴマさん。あの地下水路の件に絡んでる、ううん。あれを指示したのはあなたで合ってるわね?」
 「ちなみに、言い逃れをしてもここで交わした彼とのやり取りの記憶を読んでしまえば簡単にバレてしまいますけどね?」

 セシリヤとミラが男の両肩から顔を出した。瞬時にツノゴマの頬が引きつる。

 「き、貴様ら! くっ、ははは、何を言い出すかと思えば……ワシが指示を? その男の妄言では?」

 言いながらツノゴマは指を鳴らすと乾いた音と共に室内に男たちが現れた。

 (四人、か。室内に入った時から潜んでいた人数ね)
 「(セシリヤさん、セシリヤさん。この部屋なんか寒くないですか?)」
 「(ミラ、この男と共に後ろに下がって)」

 セシリヤの指示にミラは頷くと数歩後ろに下がる。

 「妄言と言うならそちらの方たちは何? もてなすにしてはずいぶんと物騒じゃない」
 「もてなすだと? 不法侵入者への措置だよ、措置! 小娘、死んでも文句は言うなよ」

 やれ、とツノゴマの指示に男たちが動いた。一人は姿勢を低くしながら接近してきた。手首に沿うようにナイフを隠し持ち、間合いに入ったところで反転させる。ナイフの先がセシリヤの胸を捉え、男が口角あげて更に腕を伸ばした。

 「っ、」

 手ごたえを感じる間もなく男の体は軽く宙を舞い、床へと落下した。背中を強打した衝撃で息が詰まる。それ以上に今、自分の身に何が起こったのか理解できていないようだ。
 男がナイフを突き出した寸前でセシリヤは半歩前に踏み出すと、伸ばされた男の腕に自分の手を添えて僅かに軌道をずらした。そして添えていた手で相手の腕を掴み男の直進方向へ軽く引けば自ら突っ込んで来た男の体は簡単に傾く。それを利用して流れるようにセシリヤは男に足払いを掛けたのだ。ナイフを手にしていた腕を捻りあげられ男は呻き声と共にナイフを離す。金属音が床に響いた。

 「師匠からの心得その……何番だったか忘れたけど、適当に! まず、室内に入ったら人の気配を探れ」

 仰向けになっている男が抵抗出来ないように腕を掴んだまま腹に片足を乗せながらセシリヤは言う。視線は他の男たちへ向けられていた。
 もう二人が互いに目で合図を送る。

 (あと三人……一人は魔術師か)

 口元が微かに動いている男を見てセシリヤは口の端を吊り上げた。詠唱をしている男の口の動きからある程度の魔術を予測する。

 (室内は冷気で満ちている。そして詠唱は氷結系の魔術、か)
 「セシリヤさん!」

 ミラの声に反応して意識を戻せば、他の二人が距離を詰めていた。掴んでいた手を離してセシリヤは数歩バックステップ踏み距離を取ろうとする。それを男が追う。手にしていたナイフを数本出すとそれをセシリヤへ向けて投げた。

 (避けたらその先に待っている男から攻撃される、と)

 だったら、とセシリヤは避けずに膝立ちのままナイフを見据えた。

 「この冷気、借りるわね」
 「はあ⁉」

 用意していた冷気を奪われた魔術師の男が声を上げた。すぐに違う魔術を構築しようと詠唱を変えた。それを視界の端で捉えたセシリヤは自分の周りに氷の刃を複数出現させるとそれをナイフに向かって放った。氷の刃とナイフがぶつかり推し負けたナイフが床に落ち、氷の刃も床へと突き刺さった。

 「チッ」

 舌打ちをした男はセシリヤへ殴りかかろうと向かって来た。拳が顔面を狙う。
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